(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年8月5日04時20分
和歌山県日ノ御埼北西方沖合
(北緯33度56.8分 東経134度58.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
油送船れい丸 |
総トン数 |
2,991トン |
全長 |
102.95メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,942キロワット |
回転数 |
毎分220 |
(2)設備及び性能等
ア れい丸
れい丸は,平成3年12月に竣工した船尾船橋型鋼製油送船で,国内諸港間におけるナフサ及びガソリンの輸送に従事しており,船橋楼前方に1番から5番までの貨物油倉,同楼に操舵室や居住区域等及びその下方に機関室が配置されていた。
イ 機関室
機関室は,長さ16.5メートル(m)最大幅15.5m高さ9.2mの区画で,上段の船首側に監視室及び左舷側に居住区域の機関室入口に通じる階段,燃料油セットリングタンクや同油サービスタンク,中段の左右両舷側に主発電機及び船尾側に補助ボイラ,下段の中央部に主機,左舷側に停泊用発電機及び左右両舷側に消火兼雑用ポンプや消火兼ビルジポンプのほか,機関室通風装置用の電動式送風機2台並びに鋼板製通風ダクトがそれぞれ設置されていた。
ウ 主機
主機は,平成3年9月B社製造の6EL44型と呼称されるもので,船尾側上部にC社のNA34/T型と呼称される排気ガスタービン式の過給機が付設され,各シリンダに船首側を1番とする順番号が付されており,操舵室から遠隔操縦が行われていた。
主機の排気管系統は,右舷側で上下並行に配列された1番ないし3番シリンダの排気マニホルド及び4番ないし6番シリンダの排気マニホルドが,それぞれ中心部の長さ251ミリメートル(mm)及び401mmの排気連結管と伸縮継手を介して過給機排気入口に接続されていた。
また,主機は,満載及びバラスト各状態の全速力前進航行時に回転数毎分192及び195までとして運転されていた。
エ 過給機の潤滑油系統
過給機の潤滑油系統は,主機潤滑油主管の船尾側端部から分岐した油がオリフィスと圧力調節弁により1.5キログラム毎平方センチメートル(kg/cm2)の圧力にされ,主機排気連結管付近を立ち上がる呼び径25mm鋼管製の潤滑油入口管に入り,過給機の上部に置かれた潤滑油重力タンクを経て軸受部に導かれたのち,潤滑油出口管で同タンクからのあふれ油と合流して主機クランク室底部に落下し,潤滑油サンプタンクに戻って循環する経路になっていた。潤滑油圧力計は主機船首側の計器盤に,また1.1kg/cm2の圧力で作動する潤滑油圧力低下警報装置の圧力スイッチは主機クランク室右舷側のほぼ中央部に取り付けられており,潤滑油入口管のソケットに潤滑油圧力計用導圧管(以下「圧力計用導圧管」という。)及び同警報装置の潤滑油圧力スイッチ用導圧管(以下「圧力スイッチ用導圧管」という。)が,くい込形ユニオンと呼ばれる管継手を介して主機排気連結管のやや上方及び下方でそれぞれ接続されていた。管継手の構造は,いずれも外径8mm厚さ1mmのりん脱酸銅管製導圧管の先端がユニオンナット及び環状黄銅製スリーブを貫通のうえユニオンに挿入され,ユニオンナットが締め付けられることによってスリーブが同管外周に密着するようになっていた。圧力計用導圧管は,管継手部の近くで過給機潤滑油入口管に固縛され,圧力スイッチ用導圧管や計装用導圧管と防振金具で束ねられ主機クランク室右舷側に敷設されていた。
オ 機関室の消防設備
機関室には,炭酸ガスを消火剤とする固定式鎮火性ガス消火装置(以下「炭酸ガス消火装置」という。),消火兼雑用ポンプ及び消火兼ビルジポンプによる射水消火装置,持運び式泡消火器,火災探知装置並びに手動火災警報装置等の消防設備が装備されていた。
3 事実の経過
れい丸は,平成14年7月定期検査受検入渠時に主機の整備が行われており,翌15年8月中旬に次回入渠が予定されていた。
ところで,主機は,新造時には排気管系統の防熱措置として,排気マニホルドに防熱被覆と鋼製囲板,排気連結管に防熱被覆と外装鉄板及び伸縮継手に防熱被覆と防熱材がそれぞれ施されていたが,就航後,シリンダヘッドやピストン等の開放整備で排気マニホルド等の取外しが繰り返されているうち,いつしか排気連結管の外装鉄板が取り外されたままになっていた。
また,圧力計用導圧管は,主機の運転中に圧力スイッチ用導圧管とともに微振動する状況下,A受審人の乗船前に管継手部から2m隔てた主機5番シリンダ付近で生じた亀裂が合成樹脂と金属粉の混合剤で肉盛りにより補修されていたほか,管継手部のユニオンナットを貫通する箇所で材料の疲労が次第に進行していた。
A受審人は,乗船したころ圧力計用導圧管の前示肉盛りによる補修箇所(以下「補修箇所」という。)を認めており,主機排気連結管は外装鉄板が取り外されたままで,防熱被覆のみとなっていることを知っていた。
れい丸は,同15年8月2日金沢港を出港し,愛媛県波方港に向けて航行中,圧力スイッチ用導圧管が管継手付近の湾曲部に亀裂を生じて潤滑油が漏洩したことから,翌3日02時に主機を一時停止したのち,A受審人及び一等機関士等が同部を部分的に切断のうえ管継手と接続して修理し,翌々4日波方港に到着した。
A受審人は,同港に停泊中,圧力スイッチ用導圧管に亀裂を生じたことが気になり,圧力計用導圧管を目視して補修箇所から漏洩した潤滑油を見付けたので,そこに合成樹脂と金属粉の混合剤で肉盛りを重ねて同油の漏洩を止める措置をとり,10日後の入渠整備時に圧力計用導圧管を取り替えることとした。
ところが,そのとき,圧力計用導圧管の管継手部は,長期間にわたり微振動の影響を受けて材料の疲労の進行による亀裂を生じるおそれがある状況になっていた。
れい丸は,A受審人ほか10人が乗り組み,ナフサ5,000キロリットルを積載し,船首4.95m船尾6.30mの喫水をもって,同月4日15時20分波方港を発して四日市港に向かった。
発航後,A受審人は,自らほか機関士2人が4時間交替の輪番で3直制の機関当直に就いて1時間ごとに機関室の見回りを行う体制とし,主機を運転しているうち,いつしか圧力計用導圧管の管継手部に生じた亀裂から潤滑油が少しずつ漏洩する状況になったが,10日後の入渠整備まで支障ないものと思い,漏油を見落とさないよう,機関当直者が布で拭(ふ)くようにするなどの管継手部に対する点検を十分に行わなかったので,そのことに気付かなかった。
こうして,れい丸は,主機を全速力前進の回転数毎分192にかけ,過給機の排気入口温度が摂氏506度の状態で,航行中,圧力計用導圧管の管継手部に生じた亀裂が著しく進展し,破断に至り,漏洩した潤滑油が主機の6番シリンダのシリンダヘッドカバーに当たって排気マニホルドの鋼製囲板や1番ないし3番シリンダの排気連結管の防熱被覆に降りかかり,防熱被覆内部にしみ込んで高温の排気連結管と接触し,異臭を発する状況になったところ,機関当直中に機関室下段の見回りを行っていた一等機関士がその状況に気付いた直後,翌5日04時20分紀伊日ノ御埼灯台から真方位308度5.7海里の地点において,同油が発火して火災となり,火災探知装置が作動した。
当時,天候は晴で風力3の南南西風が吹き,海上は穏やかであった。
A受審人は,自室で一等機関士から火災発生の報告を受け,機関室に急行して同機関士とともに持運び式泡消火器による初期消火を行い,途中で操舵室に赴いて火災状況を報告のうえ主機を停止し,再び機関室に引き返して同消火を続けたものの果たせなかった。
れい丸は,機関室を密閉して炭酸ガス消火装置を作動させ,海上保安部に火災状況を通報し,鎮火を確認したのち圧力計用導圧管の管継手部を塞(ふさ)ぐ応急措置をとり,自力で続航して四日市港に入港した。
火災の結果,主機船尾側の機関室通風ダクト,排気連結管及び排気マニホルドの防熱被覆等が焼損し,のち焼損箇所が修理されたほか,圧力計用導圧管の管継手部が主機排気連結管の下方に移設された。
(本件発生に至る事由)
1 過給機の潤滑油入口管に管継手を介して圧力計用導圧管が主機排気連結管のやや上方で接続されていたこと
2 主機排気連結管の外装鉄板が取り外されていたこと
3 圧力計用導圧管が圧力スイッチ用導圧管とともに微振動する状況下にあったこと
4 圧力計用導圧管の管継手部で材料の疲労が進行していたこと
5 10日後の入渠整備まで支障ないものと思い,圧力計用導圧管の管継手部に対する点検を行っていなかったこと
(原因の考察)
本件は,過給機の圧力計用導圧管の管継手部に生じた亀裂が著しく進展し,破断に至り,漏洩した潤滑油が主機排気連結管に降りかかり発火したものである。そこで,圧力計用導圧管の管継手部の亀裂を予見することができたか否かについて検討する。
A受審人が,圧力計用導圧管が圧力スイッチ用導圧管とともに微振動する状況下,本件発生の前々日,圧力スイッチ用導圧管の管継手付近に亀裂を生じたので修理し,更に本件発生の前日,圧力計用導圧管の補修箇所から潤滑油が漏洩したので漏油を止める措置をとっており,管継手部は長期間にわたり微振動の影響を受けて材料の疲労が進行していることを認識し得る状況であったから,圧力計用導圧管の管継手部に亀裂を生じるおそれがあることは予見できたものと認められる。
したがって,その後主機の運転中には随時,圧力計用導圧管の管継手部からの漏油に留意して点検を行う必要があったと言うべきであり,A受審人が,10日後の入渠整備まで支障ないものと思い,機関当直者が布で拭くようにするなどの管継手部に対する点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
過給機の潤滑油入口管に管継手を介して圧力計用導圧管が主機排気連結管のやや上方で接続されていたこと,及び主機排気連結管の外装鉄板が取り外されていたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
圧力計用導圧管が圧力スイッチ用導圧管とともに微振動する状況下にあったこと,及び圧力計用導圧管の管継手部で材料の疲労が進行していたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,主機の運転に伴って不可避的なことから,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件火災は,過給機の圧力計用導圧管の管継手部に対する点検が不十分で,航行中,材料の疲労により管継手部に生じた亀裂が著しく進展し,漏洩した潤滑油が主機排気連結管に降りかかり発火したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,過給機の圧力計用導圧管の補修箇所から漏洩した潤滑油を止める措置をとったのち主機を運転する場合,管継手部は長期間にわたり微振動の影響を受けて材料の疲労による亀裂を生じるおそれがあったから,漏油を見落とさないよう,機関当直者が布で拭くようにするなどの管継手部に対する点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同受審人は,10日後の入渠整備まで支障ないものと思い,機関当直者が布で拭くようにするなどの管継手部に対する点検を十分に行わなかった職務上の過失により,航行中,管継手部に生じた亀裂から潤滑油が少しずつ漏洩する状況に気付かず,同亀裂が著しく進展し,漏洩した潤滑油が主機排気連結管に降りかかり発火して火災を招き,機関室通風ダクト,同排気連結管及び排気マニホルドの防熱被覆等を焼損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文 平成17年4月13日神審言渡
本件火災は,航行中,主機付過給機の潤滑油入口管に接続されていた同油圧力計導管が破断し,噴出した潤滑油が排気管に降りかかって着火したことによって発生したものである。
参考図
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