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平成16年第二審第42号
件名

貨物船エバー レーサー乗揚事件[原審・横浜]

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成17年10月31日

審判庁区分
高等海難審判庁(上中拓治,平田照彦,安藤周二,坂爪 靖,長谷川峯清)

理事官
東 晴二

受審人
A 職名:エバー レーサー水先人 水先免許:清水水先区
補佐人
a

第二審請求者
補佐人a

損害
船首部船底外板に擦過傷

原因
操船不適切(行きあしの減殺措置不十分)

主文

 本件乗揚は,回頭して掘下げ済水路に入る際,回頭操船が不適切であったばかりか,同水路を外れたとき,行きあしを止める措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年1月26日10時45分
 静岡県清水港
 (北緯35度02.2分 東経138度30.9分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船エバー レーサー
総トン数 53,359トン
全長 294.03メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 34,421キロワット
(2)設備及び性能等
 エバー レーサー(以下「エ号」という。)は,平成6年8月広島県で建造されたコンテナ船で,出力1,985キロワットのバウスラスターを装備していた。船橋は船橋楼前端にウイングを設けずに船幅一杯に設けられ,船首端から船橋前面までの距離が約214メートル,船橋楼後端から船尾端までの距離が約65メートル,上甲板から船橋までの高さが約18メートルで,船橋楼前後にコンテナ積載区画が配置されていた。船橋内には操舵スタンド,レーダー2台,GPS,ドップラーソナー,音響測深機及び遠隔操舵装置などが装備されていた。
 エ号は,操縦性能表によれば,排水量79,000トン,平均喫水12.5メートル及びトリム0.6メートル時の機関の毎分回転数と速力との関係は,航海全速力前進が96.5回転で22.3ノット,港内全速力前進が62回転で14.3ノット,半速力前進が48回転で11.0ノット,微速力前進が35回転で8.0ノット及び極微速力前進が26回転で5.9ノットであった。また,半速力前進中に舵角35度をとって左旋回したとき,90度回頭するまでの旋回縦距,旋回横距及び所要時間は,850メートル,450メートル及び4分10秒,同右旋回したとき,820メートル,420メートル及び4分00秒で,半速力前進中,全速力後進発令から船体停止までに要する時間及び航走距離は,7分50秒及び1,540メートルであった。
 当時の喫水で,眼高は約28.9メートルとなり,船橋から船首が見え,前方の見通しが妨げられる状態ではなかった。

3 清水港
(1)港の出入口等の状況
 清水港は,駿河湾の北西部に位置し,三保埼北端の陸岸付近から北北東方へ300メートル延びる三保防波堤があり,その北端に清水港三保防波堤北灯台が設けられていた。また,その北側には,同灯台から315度(真方位,以下同じ。)640メートルの地点を基点とし,そこから北北西方へ100メートル延び,次いで,北北東方へ1,100メートル,北東方へ160メートルそれぞれ延びる外港防波堤があって,その北端に清水港外防波堤北灯台が,同南端に清水港外防波堤南灯台(以下「外防波堤南灯台」という。)がそれぞれ設置されていた。三保防波堤北端と外港防波堤南端との間は東北東方へ向いて開いていて,大型船舶の同港への出入口となっており,港内の北側に興津第1ふ頭や興津第2ふ頭,新興津ふ頭等が築造されていた。
(2)新興津ふ頭及び周辺水域の状況
 新興津ふ頭は,興津第1ふ頭の南東角に設けられた清水港興津防波堤灯台(以下「興津防波堤灯台」という。)から066度120メートルの地点を南西端とし,そこから053度方向に400メートル延びる,最大船型が全長350メートル及び喫水15.00メートルのコンテナ船専用岸壁で,平成15年6月から供用されていた。海図W89(清水港,平成14年5月30日海上保安庁刊行,同15年7月同庁補刷)によれば,新興津ふ頭前面300メートルまでの水域と同ふ頭南西方約1,100メートルにわたる幅240ないし350メートルの水域は水深15メートルに掘り下げられており(以下「掘下げ済水路」という。),外防波堤南灯台と掘下げ済水路南西端との間の距離は900メートルであった。本件当時,同水路のうちの幅240メートルの部分は,更に南東方へ60メートル拡張されていたものの,公表に至っていなかった。また,掘下げ済水路周辺は,南東側が水深11ないし16メートル,北西側が同9ないし13メートルで,興津第1ふ頭と興津第2ふ頭の南側には水深10メートル以下の浅所が存在していた。
(3)避険線
 新興津ふ頭に着岸する,喫水の深い大型船舶は,外防波堤南灯台の東方950メートルのところから南北方向に引かれた港界線を東端とする航路を西進し,同灯台に並航したのち,掘下げ済水路に入るため,約120度の大角度の右転を行う必要があり,同水路周辺には浅所があるので,回頭時の操船に十分注意する必要があった。同船舶は,新興津橋の南方約250メートルにある健康ランドの建物と新興津ふ頭北東端及び清水港南側で港湾合同庁舎の北北東方約100メートルにあるマリンターミナルビルの3地点を結ぶ032度の方位線上を進行すれば,ほぼ掘下げ済水路の中央を航行することができ,また,同ふ頭北東端と清水港江尻船だまり北防波堤灯台とを結ぶ039度の方位線を同水路北西側の,同ふ頭北東端とB社の高さ145メートルの煙突とを結ぶ024度の方位線を同水路南東側のそれぞれ避険線として,同線より北にあるいは南に出ないように航行すれば,掘下げ済水路を安全に航行することができた。
(4)引船の使用基準
 使用引船の隻数,馬力については,清水港港湾施設一覧表及び水先引受基準によれば,船舶の操縦性能,海象・気象状況及び操船状況を勘案して決め,最終的には船長の了解を得る旨が定められている。通常,エ号のような大型船舶が着岸するときには,機関出力2,206キロワット以上の引船2隻が使用され,同程度の出力を有するスラスターを備えている船舶にとっては,これと引船1隻が使用されていた。

4 事実の経過
 エ号は,中華人民共和国国籍の船長Cほか同国籍の船員6人,フィリピン共和国国籍の船員10人,パナマ共和国国籍の船員2人が乗り組み,コンテナ2,282個を積載し,ほぼ満載状態で,船首11.85メートル船尾11.95メートルの喫水をもって,平成16年1月26日02時12分京浜港東京区を発し,清水港に向かった。
 10時24分半A受審人は,外防波堤南灯台から112度1.4海里の地点でエ号に乗船し,C船長と三等航海士の在橋のもと,同船長に「引船を1隻使用して新興津ふ頭に左舷付け係留する。引船索を右舷船尾にとり,着岸するときにはスプリングラインを先にとる。」と伝え,甲板手を手動操舵に就けて嚮導を開始した。
 ところで,A受審人は,新興津ふ頭に左舷付け係留するには,機関を微速力前進として外防波堤南灯台に接近し,同灯台に並航後,右舵一杯とし,徐々に減速しながら約120度回頭して掘下げ済水路に入り,その後,入航針路としている,健康ランドの建物と新興津ふ頭北東端とを一線に見通す032度の方位線に乗せるようにして,同ふ頭の岸壁法線に対し,21度の進入角度で接近する操船方法をとるつもりでいた。
 A受審人は,船橋前面中央に立って操船にあたり,10時34分外防波堤南灯台から103度740メートルの地点に達したとき,引船索を右舷船尾にとるとともに針路を275度に定め,機関を微速力前進にかけて8.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
 10時37分A受審人は,外防波堤南灯台から185度100メートルの地点に達し,同灯台を右舷正横に並航したとき,8.0ノットの速力のまま,右舵一杯を令して右転を開始した。
 10時39分A受審人は,掘下げ済水路入口の手前250メートルの,外防波堤南灯台から270度490メートルの地点に差し掛かかったとき,エ号の旋回径を全長の3ないし3.5倍と予測し,そのまま舵のみで回頭を続けると,90度回頭したころに同水路を外れるおそれがあることを認めたが,回頭中に引船やバウスラスターを使用すれば旋回の修正が可能であるから大丈夫と考え,機関を後進にかけていったん行きあしを減じたうえ,引船やバウスラスターを使用するなどして操船を適切に行うことなく,右舵一杯及び微速力前進のまま,7.9ノットの速力で続航した。
 10時40分A受審人は,興津防波堤灯台から199度1,030メートルの地点で,船首が000度を向いたとき,掘下げ済水路に入り,間もなく同水路の中央を越えて左側に進入し,C船長や当直航海士から水深,速力,船首方向などについての報告がなく,また,自ら乗組員にこれらを知らせるよう要請もせず,自らと乗組員との間で操船についての情報交換が十分に行われないまま,船橋前面中央から左舷側に移動して操船にあたり,掘下げ済水路北西側の境界線に接近する状況となって進行した。
 10時41分少し過ぎA受審人は,興津防波堤灯台から207度830メートルの地点で,船首が興津第1ふ頭と興津第2ふ頭との間を向き,掘下げ済水路北西側の避険線としていた,新興津ふ頭北東端と清水港江尻船だまり北防波堤灯台とが一線となったのを見て,予定針路より北方へ偏し,同水路北西側の境界線を越えて同水路を外れたことを認め,そのまま進行すれば興津第1ふ頭南側の浅所に接近する状況であったが,水深に余裕があるものと思い,直ちに機関及び引船を使用して行きあしを止める措置を十分にとることなく,6.9ノットの速力で続航した。
 10時43分半A受審人は,興津防波堤灯台から210度500メートルの地点に達し,船首が037度を向いたとき,興津第2ふ頭がいつもより左舷側近くに見えたので,乗揚の危険を感じ,機関を停止するとともに舵中央とし,バウスラスターを発動して船首を右に向けるようC船長に指示し,右回頭を早めるため引船に右舷船尾を押させたものの,浅所に接近するおそれがあったのですぐに中止させて引き方用意を指示した。
 10時44分半A受審人は,C船長からGPSプロッターに表示された速力が2.9ノットである旨を告げられ,行きあしを止めて引船とバウスラスターを使用して南方に移動することとし,機関を微速力後進,半速力後進,次いで全速力後進としたが及ばず,10時45分エ号は,興津防波堤灯台から185度100メートルの地点において,037度に向首したまま,船首部船底を乗り揚げた。
 当時,天候は晴で風力2の北西風が吹き,潮候は下げ潮の中央期で,潮高は1.3メートルであった。
 乗揚の結果,船首から後方約40メートルにわたる船首部船底外板に幅30ないし50センチメートルの擦過傷を生じ,引船と機関を使用して離礁を試みたが果たせず,のち引船5隻によって引き降ろされて新興津ふ頭に着岸した。

(本件発生に至る事由)
1 着岸岸壁付近の水深が十分でなかったこと
2 掘下げ済水路の拡張が,公表に至っていなかったこと
3 掘下げ済水路に入る際,大角度の右転を行う必要があったこと
4 引船1隻を使用したこと
5 外防波堤南灯台に並航したとき,8.0ノットの速力のまま,右舵一杯として右転を開始したこと
6 回頭して掘下げ済水路に入る際,操船が適切に行われなかったこと
7 A受審人と乗組員との間で操船についての情報交換が十分に行われなかったこと
8 掘下げ済水路を外れたとき,水深に余裕があるものと思い,直ちに行きあしを止める措置を十分にとらなかったこと

(原因の考察)
 本件は,大角度の右転を行って掘下げ済水路に入る際,回頭操船が適切に行われていれば,同水路内を航行することができ,また,同水路を外れたとき,直ちに行きあしを止める措置を十分にとっていれば,乗揚を防止できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,機関を後進にかけていったん行きあしを減じたうえ,引船やバウスラスターを使用するなどの措置を行わなかったこと,及び水深に余裕があるものと思い,直ちに機関及び引船を使用して行きあしを止める措置を十分にとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 A受審人が,外防波堤南灯台に並航したとき,8.0ノットの速力のまま,右舵一杯として右転を開始したこと及び同人と乗組員との間で操船についての情報交換が十分に行われなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 着岸岸壁付近の水深が十分でなかったこと,掘下げ済水路の拡張が公表に至っていなかったこと,A受審人が,同水路に入る際,大角度の右転を行う必要があったこと及び引船1隻を使用したことは,いずれも本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件乗揚は,静岡県清水港において,新興津ふ頭に着岸するため,大角度の右転を行って掘下げ済水路に入る際,回頭操船が不適切であったばかりか,同水路を外れたとき,行きあしを止める措置が不十分で,興津第1ふ頭南側の浅所に向かって進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,静岡県清水港において,大角度の右転を行いながら新興津ふ頭に向けて進行中,掘下げ済水路を外れたことを認めた場合,そのまま進行すれば興津第1ふ頭南側の浅所に接近する状況であったから,直ちに機関及び引船を使用して行きあしを止める措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,水深に余裕があるものと思い,直ちに行きあしを止める措置を十分にとらなかった職務上の過失により,同浅所に向かって進行して乗揚を招き,船首部船底外板に擦過傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成16年11月30日横審言渡
 本件乗揚は,掘下げ水路に入る際の回頭措置が十分でなかったばかりか,同水路の外に出たとき,行きあしを止める措置が不十分で,浅所に向け進行したことによって発生したものである。
 受審人Aの清水水先区水先の業務を1箇月停止する。


参考図
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