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平成16年第二審第46号
件名

漁船荒神丸貨物船バウ パイロット衝突事件[原審・神戸]

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年10月21日

審判庁区分
高等海難審判庁(上中拓治,平田照彦,安藤周二,坂爪 靖,長谷川峯清,長谷川和俊,浦  環)

理事官
雲林院信行

受審人
A 職名:荒神丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:バウ パイロット水先人 水先免許:大阪湾水先区
補佐人
a

第二審請求者
理事官前久保勝己,補佐人a

損害
荒神丸・・・船首部を圧壊,船長及び甲板員が頸椎捻挫などの負傷
バウ パイロット・・・球状船首に擦過傷

原因
バウ パイロット・・・見張り不十分,各種船舶間の航法(避航動作)不遵守(主因)
荒神丸・・・動静監視不十分,各種船舶間の航法(協力動作)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,バウ パイロットが,見張り不十分で,漁ろうに従事している荒神丸の進路を避けなかったことによって発生したが,荒神丸が,動静監視不十分で,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Bを戒告する。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年3月18日06時41分
 友ケ島水道
 (北緯34度14.7分 東経134度58.9分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船荒神丸 貨物船バウ パイロット
総トン数 4.9トン 4,667トン
全長 14.95メートル 103.60メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 46キロワット 3,600キロワット
(2)設備及び性能等
ア 荒神丸
 荒神丸は,平成4年5月に進水した一層甲板型の小型底引き網漁船で,船体中央部に操舵室,後部甲板上にトロールウインチが設置され,船体及び操舵室は上部が青色,下部が白色に塗装されていた。
 トロールウインチは,3個のドラムが横方向に並び,中央のネットドラムで漁網を,左右のワイヤドラムで2本の曳網用ワイヤロープを巻き取る主機直結のウインチで,同ウインチの右舷側に操作レバーのほか,舵及び機関の遠隔操縦装置が設けられており,ウインチ操作及び舵,機関の操作をウインチ機側で行うことができるようになっていた。
 漁具は,袖網と袋網からなる長さ30メートルの漁網と,1対の長さ約75メートルの手綱,網口開口板及び長さ約350メートルの曳網用ワイヤロープからなり,操業方法は,機関を全速力前進にかけて漁網及び曳網用ワイヤロープをほぼ全量投入し,約1ノットの速力で40分間程度曳網した後,機関を中立として約15分間で揚網するもので,揚網中は機側でウインチ操作を行う必要があるほか,揚網が完了するまでは操縦性能が著しく制限される状態にあった。
 同船は,甲板上の高さ約8メートルのところに,漁ろうに従事していることを示す鼓型形象物を掲げていたが,汽笛を装備していなかった。
イ バウ パイロット
 バウ パイロット(以下「バ号」という。)は,1999年にケミカルタンカーとして建造された船尾船橋型貨物船で,船首楼と船橋前面の間が貨物槽であった。操舵室には,前面中央にレピーターコンパス,右舷側にレーダー2台,GPSプロッター及び機関テレグラフ,左舷側に荷役制御台が設置されていた。操舵スタンドは中央のレピーターコンパスの後方にあり,両舷ウイングにもレピーターコンパスが各1台備えられていた。
 満載時,操縦性能表によれば,通常航海速力は約14ノットで,同速力における右旋回時の最大縦距352.5メートル,最大横距270.5メートル,90度回頭に要する時間約54秒で,左旋回時はそれぞれ,357.6メートル,253.6メートル及び52秒であった。
 当時の喫水における操舵室の眼高は約15メートルで,船橋前面から船首端までの距離は約80メートルであった。甲板上に前方の見通しの妨げとなる荷役機械等は存在しないが,船首マストによる前方死角が左右各1度半であった。

3 事実の経過
 荒神丸は,A受審人が甲板員と2人で乗り組み,小型底引き網漁の目的で,船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成16年3月18日03時10分兵庫県由良港を発し,漁場に向かった。
 A受審人は,03時30分ごろ大阪湾内の漁場に至り,2回の操業を行った後,05時30分ごろ風向が南から西北西に変わったので沖ノ島の南側に移動し,06時00分友ケ島灯台から210度(真方位,以下同じ。)1.9海里の地点で網を投入して3回目の操業を開始し,父親にウインチ操作を任せて自ら操舵室で操船にあたり,機関を全速力前進にかけ,針路を180度に定め,1.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で曳網を行った。
 ところで,同船は,曳網や揚網の作業中であっても,緊急に操船が必要な場合には,ウインチのクラッチ及びブレーキを解除して曳網用ワイヤロープを弛ませることにより,1分以内に機関及び舵を使用して必要な動作をとることができた。
 06時36分A受審人は,友ケ島灯台から203度2.5海里の地点で,曳網作業を終え,トロールウインチを操作するために船尾甲板に向かおうと周囲を見渡したとき,ほぼ正船首方1.2海里のところに,北上中のバ号を初めて視認した。
 A受審人は,バ号が自船に向首し衝突のおそれのある態勢であるのを認めたが,自船が漁ろうに従事しているので相手船の方で避けてくれるものと思い,機関を中立として後部甲板に行き,ウインチを操作して揚網作業にあたり,その後,動静監視を行わなかったので,バ号に避航の気配がなく,同じ態勢のまま接近していることに気付かなかった。
 06時40分A受審人は,バ号との距離が500メートルばかりとなり,汽笛の装備がなく警告信号を行うことができなかったものの,直ちに機関を使用して衝突を避けるための協力動作をとることなく作業を続け,06時41分友ケ島灯台から204度2.4海里の地点において,180度に向首して停留中の荒神丸の船首に,バ号の球状船首が反方位で衝突した。
 当時,天候は雨で風力3の西北西風が吹き,視程は約3海里で,海上にはうねり及び白波があり,潮候は下げ潮の初期で,付近には約1ノットの北流があった。
 また,バ号は,フィリピン人船員16人が乗り組み,空槽で,船首3.60メートル船尾5.65メートルの喫水をもって,3月16日20時00分茨城県鹿島港を発し,大阪湾経由の予定で岡山県水島港に向かった。
 翌々18日05時15分B受審人は,パイロットボートで兵庫県洲本港を発し,06時19分友ケ島水道の南方約7海里の地点でバ号に乗船してきょう導を開始し,船長,三等航海士及び甲板手1人が在橋するなか,レーダー2台を作動し,06時23分友ケ島灯台から184度6.8海里の地点で,甲板手を手動操舵に就け,機関を全速力前進にかけて北上した。
B受審人は,船首マストにより片舷1度半ばかりの死角があったので,ときどき船橋内を左右に移動しながら前方を見るなどしてこれを補い,船長と三等航海士が1台ずつ監視に当たっているレーダー画面を横に立って見るなどして,見張りを行いながら北上を続け,06時35分友ケ島灯台から195度3.8海里の地点で,針路を友ケ島水道中央部に向首する000度に定め,15.5ノットの速力で進行した。
 06時36分B受審人は,友ケ島灯台から196度3.6海里の地点に至ったとき,正船首方1.2海里のところに,鼓型形象物を掲げて漁ろうに従事中の荒神丸を視認することができ,その後衝突のおそれのある態勢で接近したが,パイロットボートで乗船地点に向かっていたとき,海上が幾分しけ模様で,いつもの漁場に漁船を見かけず,操業している漁船はいないものと思っていたことから,見張りが不十分となり,レーダー画面上にその映像を認めず,船体及び操舵室の塗色が青色及び白色で白波に紛れやすく,自船に向首する態勢であったこともあって,同船に気付かないまま,折から左舷前方を南下中の反航船に注意を払いつつ続航した。
 06時40分B受審人は,荒神丸が正船首500メートルばかりとなったが,そのことに気付かず,その進路を避けないまま続航中,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
 B受審人は,衝突直後,三等航海士の報告により,右舷船首至近にいる荒神丸を初めて認めたが,近くを無難に通過し得たように見えたことから,衝突したことに気付かないまま航海を継続し,神戸港沖合に達したところで,海上保安部からの連絡により事態を知った。
 衝突の結果,バ号は球状船首に擦過傷を生じ,荒神丸は船首部を圧壊し,A受審人及び甲板員が頸椎捻挫などを負った。

(航法の適用)
 友ケ島水道付近は海上交通安全法の適用される海域であるが,同法には本件に適用される航法規定がないので,一般法である海上衝突予防法によって律することになる。
 両船間に衝突のおそれのある状況が生じたのは,衝突の6分前,距離が約1.6海里のときで,荒神丸は所定の形象物を掲げて漁ろうに従事しており,当時の視程から,バ号が荒神丸の船体を認め,その後,漁ろうに従事中であることを示す形象物を視認できたことは明らかであった。また,海域の広さから見て,バ号が避航動作をとるうえで何ら支障はなかったものと認められる。
 以上のことから,本件は海上衝突予防法第18条第1項が適用される。

(本件発生に至る事由)
1 荒神丸
(1)船体及び操舵室が青色及び白色に塗色されていたこと
(2)汽笛が装備されておらず,警告信号を行える状況になかったこと
(3)操舵室を離れて揚網作業に従事したこと
(4)バ号が自船を避けてくれるものと思い,動静監視を行わなかったこと
(5)バ号に向首する態勢であったこと
(6)衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと

2 バ号
(1)乗船地点に向かう際,いつもの漁場に漁船を見かけなかったこと
(2)船首マストによる死角があったこと
(3)荒神丸が正船首方向にあったこと
(4)漁船が出漁していないものと思っていたこと
(5)見張りが十分でなかったこと
(6)荒神丸の進路を避けなかったこと

3 共通事項

 小雨で,うねりや白波があったこと

(原因の考察)
 荒神丸は,バ号を初認した後,その動静監視を続けていたなら,同船が避航動作をとらずに接近することに気が付き,汽笛の装備がなく警告信号を吹鳴することはできないものの,ウインチのクラッチ及びブレーキを解除して曳網用ワイヤロープを弛ませ,機関及び舵を使用して協力動作をとることが可能であり,本件を回避できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,バ号が自船を避けてくれるものと思い,揚網作業に気をとられ動静監視を十分に行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 荒神丸は,汽笛を装備していなかったが,海上衝突予防法は全長12メートル以上の船舶に対して装備を義務づけており,同船が汽笛を装備していなかったことはきわめて遺憾であり,早急に改善されるべきである。
 ところで,A受審人は,サーチライトを使用してバ号に避航を促すことはできたのであり,注意を喚起する手段として,これを活用するべきであった。
 一方,バ号が船首方向の見張りを十分に行っていたなら,荒神丸を視認して避航動作をとっていたものと認められる。
 したがって,B受審人が,見張りを十分に行わず,漁ろうに従事中の荒神丸の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
 B受審人が荒神丸に気付かなかった点については,同船の船体及び操舵室が青色及び白色で白波に紛れて目立たなかったこと,バ号に向首する態勢であったために視角幅が小さくなり,うねりに隠れやすかったこと,バ号の正船首方向にあり,船首マストによる死角に入るとともにレーダー画面上で船首輝線と重なっていたことなどを関与した事実として挙げることができる。これらは,船舶の構造や機器の特性あるいは自然条件による不可避的な事実であり,運航者には,実務上,その事実を前提とした見張りが求められるのである。
 B受審人は,パイロットボートで乗船地点に向かう際,いつもの漁場に漁船を認めなかったことから,漁船が出漁していないものと思っていたのであり,その心理状態が,同人の見張りに対する注意力の欠如を招いたものと認められる。

(海難の原因)
 本件衝突は,友ケ島水道において,大阪湾に向け航行中のバ号が,見張り不十分で,漁ろうに従事している荒神丸の進路を避けなかったことによって発生したが,荒神丸が,動静監視不十分で,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)

 B受審人は,友ケ島水道を大阪湾に向けて航行する場合,海上にうねりや白波があって漁船を識別しにくい状況であったから,漁ろうに従事中の荒神丸を見落とさないよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,漁船は出漁していないものと思い,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路で漁ろうに従事中の荒神丸に気付かないまま進行して同船との衝突を招き,バ号の球状船首に擦過傷を生じ,荒神丸の船首部を圧壊し,A受審人及び甲板員が頸椎捻挫などを負うに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 A受審人は,友ケ島水道において小型底引き網漁の操業中,自船に向首して衝突のおそれのある態勢で接近するバ号を認めた場合,汽笛を装備していなかったのであるから,同船に避航の気配がないときには協力動作をとることができるよう,その動静を十分に監視すべき注意義務があった。しかるに,同人は,バ号が漁ろうに従事中の自船を避けてくれるものと思い,揚網作業に気をとられ,その動静を十分に監視しなかった職務上の過失により,衝突を避けるための協力動作をとることができないまま衝突を招き,前示の事態を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成16年12月17日神審言渡
 本件衝突は,バウ パイロットが,見張り不十分で,停留して漁ろうに従事する荒神丸を避けなかったことによって発生したものである。
 受審人Bの大阪湾水先区水先の業務を1箇月停止する。


参考図
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