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平成17年神審第13号
件名

貨物船ニコライ ドリンスキー定置網損傷事件

事件区分
施設等損傷事件
言渡年月日
平成17年8月26日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(工藤民雄,甲斐賢一郎,中井 勤)

理事官
佐野映一

損害
ニコライ ドリンスキー・・・ない
定置網・・・破網やロープ切断等の損傷

原因
水路調査不十分

主文

 本件定置網損傷は,水路調査が十分でなかったことによって発生したものである。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年4月28日02時33分
 能登半島宇出津港沖合
 (北緯37度16.6分東経137度08.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船ニコライ ドリンスキー
総トン数 4,643トン
全長 124.40メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 2,206キロワット
(2)設備及び性能等
 ニコライ ドリンスキー(以下「ニ号」という。)は,西暦1988年(以下「西暦」を省略する。)ロシア連邦ナワシノ市で建造された一層甲板船尾船橋型の鋼製貨物船で,4個の船倉を有し,船首から約92.4メートル後方に船橋楼があり,主としてロシア連邦と日本各港との間で一般貨物の輸送に従事していた。
 操舵室には,航海計器としてジャイロ・コンパス,レーダー2台,GPS装置,電磁式ログ,音響測深儀のほかVHF等が装備されていた。
 ニ号は,2機2軸の推進装置を備え,操縦性能表によると,バラスト状態の全速力前進が11.0ノット,半速力前進が8.8ノット,微速力前進が6.5ノット,極微速力前進が5.0ノットであり,速力5.5ノットにおける舵角30度での旋回径は左右とも約2ケーブルで,全速力前進中,全速力後進発令から船体停止に要する時間は4分10秒,停止までの航走距離は約4.5ケーブルであった。

3 発生海域
 本件発生地点付近の海域は,能登半島東側の宇出津港南方沖合にあたり,同半島東岸の九十九湾から南部の七尾湾にかけての陸岸から2海里以内の範囲には,定置漁業免許状に基づく定置網区域が随所に設けられ,このことは海上保安庁刊行の漁具定置箇所一覧図等で一般に周知されていた。

4 気象・海象
 平成16年4月27日03時現在,九州北方に前線を伴った992ヘクトパスカルの低気圧があって,発達しながら日本海を北東に進んでおり,日本海では大時化が予想される状況で,金沢地方気象台は,05時33分能登地域に対し,強風・波浪注意報を発表し,翌28日00時08分強風注意報及び波浪警報に切り替えて注意を呼びかけていた。

5 事実の経過
 ニ号は,ロシア連邦の国籍を有するAが船長として,ほか同国人22人と乗り組み,アルミニウムインゴット約4,500トンを積み,平成16年4月23日ロシア連邦ナホトカ港を発し,翌々25日07時15分伏木富山港に入港し,同港伏木区及び新湊区で積荷の一部を陸揚げしたのち,同インゴット約1,587トンを載せ,船首3.4メートル船尾4.3メートルの喫水をもって,越えて27日18時10分新湊区を発し,福井県福井港に向かった。
 A船長は,1961年ロシア連邦で生まれ,約1年間の船長職を含む通算20年ほどの海上経験を有し,2004年1月からニ号に船長として乗り組んでいた。
 発航前,A船長は,入手した天気図を見たとき,低気圧が日本海にあって発達しながら北東に進んでいることを知り,今後,日本海が大時化になるものと予想して,天候が回復するまで,能登半島東側の鵜川漁港沖合で一時避難することにし,代理店から投錨せずに漂泊した方がよいとの助言を得たことから,同海域で漂泊して待機することとした。
 ところで,宇出津港南方沖合には,B組合が県知事から許可を受けた免許番号定第26号の定置漁業区域(以下「定第26号区域」という。)が,宇出津港東第2防波堤灯台(以下「第2防波堤灯台」という。)から236度(真方位,以下同じ。)3,100メートル,213度2,970メートル,214度3,280メートル,207度3,630メートル,209度3,750メートル及び242度3,350メートルの各点を順次結んだ線により囲まれた水域に設定されており,同区域内東部の北東方から南西方に長さ約400メートルの本網が,また同網とほぼ直角に長さ約1,050メートルの道網が陸岸に向けて延び,本網南東端付近,道網北側中央付近及び同網北西端付近の3箇所に,灯質が紅または白色で4秒1閃光,公称光達距離約7.5キロメートルの標識灯がそれぞれ設置されていた。
 A船長は,これまで本邦沿岸を幾度も航行した経験を有していたものの,能登半島東岸に接近して航行することや鵜川漁港沖合で荒天避難することが初めてであり,自船が保有するロシア版海図を見たとき,同漁港から七尾北湾北角の沖波鼻にかけての沿岸にロシア文字で多数の漁網があると記載されていたことから,同沿岸に漁網があることを推測したが,自室に石川県や富山県沿岸の定置網の詳細な設置図が保管されていることを知らなかったので,事前の水路調査を十分に行わず,定置網設置位置や標識灯の状況等を把握していなかった。
 こうして,A船長は,出港操船に引き続いて操船指揮に当たり,当直航海士を補佐に就けて富山湾を北上し,目的の鵜川漁港沖合に至り,22時00分第2防波堤灯台から221度3.0海里の地点において,定置網の設置水域である距岸2海里以内に立ち入り,機関を中立にして北寄りの風を受ける状況で漂泊を始めた。
 漂泊開始後,A船長は,二等航海士に,この付近に船位を保って漂泊を続けること,また翌28日01時45分になったら報告することなどを指示して当直を任せ,自室に退いて休息した。
 同28日01時45分A船長は,二等航海士からの電話で風向が南西寄りに変わった旨の報告を受けて昇橋したところ,さほど強い風に感じなかったことから,同航海士に引き続きこの辺りで漂泊を続けるよう指示したものの,風が強まったときには,直ちに報告し,このことを次直の航海士にも引き継ぐよう指示することなく,再び自室に退いた。
 その後,ニ号は,風下に定第26号区域がある状況下,風が強まり,北北東の方向に約3.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で圧流され,次第に同区域に接近するようになったが,A船長は,02時に二等航海士と交替して当直に就いた一等航海士から,圧流についての早期の報告が得られなかったので,このことに気付かずに休息を続けた。
 02時15分A船長は,一等航海士から風が強まって陸岸に急速に圧流されている旨の知らせを受けて昇橋し,レーダーを見て,更に海図で船位を確認したところ,既に陸岸までの距離が約0.7海里になっているばかりか,02時00分から02時15分までの15分間に,北北東方に約0.6海里も圧流されていることを知り,陸岸に接近し続けて乗り揚げる危険が先に立ち,レーダーを適切に調整したり,双眼鏡を適宜使用したりして定置網に対する見張りを十分に行わないまま,急いで沖出して陸岸から離れたところで錨泊することにした。
 A船長は,毎秒約22メートルの南西風が吹き,更に激しい降雨で視程が約600メートルとなった状況下,02時20分定第26号区域南西方約120メートルにあたる,第2防波堤灯台から228度1.9海里の地点において,船首が北北西に向いた状態で,操舵手に右舵25度,次いで一等航海士に両舷機微速力前進を令して右回頭を始め,その後針路を140度に定め,強い南西風を受けて左方に約8度圧流されながら,約3.5ノットの速力で進行したところ,定第26号区域の本網に向首するようになった。
 その後,A船長は,激しい降雨と高まった波浪で海上の小物標の明かりが見えにくい状況にあったこともあって,定置網の標識灯の明かりにも気付かないまま続航し,02時33分第2防波堤灯台から216度1.7海里の地点に至って,ニ号は,定置網上で右舷錨を投じ,錨鎖8節を繰り出して錨泊した。
 当時,天候は雨で風力9の南西風が吹き,潮候は上げ潮の中央期にあたり,視程は約600メートルであった。
 錨泊を続けていたA船長は,定置網に乗り入れていることに気付かないまま抜錨することとし,05時45分抜錨前の準備に当たっていた一等航海士から機関が作動しないとの報告を受け,不審に思って調査した結果,推進器に絡網していることを知り,海上保安部及び関係機関に通報して事後の措置にあたった。
 その結果,船体にはほとんど損傷がなかったが,定置網は,破網やロープ切断等の損傷を生じた。

(本件発生に至る事由)
1 ニ号
(1)A船長が,自室に石川県や富山県沿岸の定置網の詳細な設置図が保管されていることを知らなかったこと
(2)漂泊海域の水路調査を十分に行わなかったこと
(3)A船長が,当直航海士に,南寄りの風が強まった際には直ちに報告し,このことを次直の航海士にも引き継ぐよう指示しなかったこと
(4)一等航海士から圧流についての早期の報告が得られなかったこと
(5)レーダーを適切に調整したり,双眼鏡を適宜使用したりして定置網に対する見張りを十分に行わなかったこと

2 その他
(1)低気圧が日本海を北東進中で荒天であったこと
(2)能登半島東側の九十九湾から七尾湾にかけての沿岸から2海里以内に多数の定置網区域が存在していたこと

(原因の考察)
 ニ号は,能登半島鵜川漁港沖合で荒天避難することが初めてで,九十九湾から七尾湾にかけての沿岸から2海里以内に多数の定置網区域が存在する海域で避泊するにあたり,事前に同海域の水路調査を十分に行うことが肝要であった。当時,ニ号が保有するロシア版海図の,鵜川漁港沖合付近にロシア文字で多数の漁網があると記載され,同沿岸や波並沿岸に漁網があると推測できたとき,自室に保管していた石川県や富山県沿岸の定置網設置図を調べたり,最寄りの海上保安部に問い合わせたりするなどしておれば,定置網の設置位置及びその状況を詳しく知ることができ,同区域から十分に離れることにより,本件発生を容易に回避し得たものと認められる。
 したがって,A船長が,自室に石川県や富山県沿岸の定置網の詳細な設置図が保管されていることを知らなかったこと及び避泊海域の水路調査を十分に行わなかったことは本件発生の原因となる。
 A船長が,当直航海士に,南寄りの風が強まった際には直ちに報告し,このことを次直の航海士にも引き継ぐよう指示しなかったこと,一等航海士から圧流についての早期の報告が得られなかったこと及びレーダーを適切に調整したり,双眼鏡を適宜使用したりして定置網に対する見張りを十分に行わなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実で,同船長が昇橋して指揮をとることができなかったことや定置網に気付かなかった理由となるものの,本件が事前の水路調査が十分でなかったことに起因して発生していることから,本件と相当な因果関係があるとまでは認められない。しかしながら,これらのことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 また,本件発生時及び発生場所が,荒天であったことは,通常あり得る自然現象であり,操船者がこのことを予測して荒天避難することにしたもので,当時の状況から操船者の通常の注意をもって発生を容易に防止できたことから,本件発生の原因とならない。
 能登半島東側の九十九湾から七尾湾にかけての沿岸から2海里以内に多数の定置網区域が存在していたことについては,漁具定置箇所一覧図等により一般に広く周知されて注意が喚起され,必要な安全対策がとられていることから,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件定置網損傷は,夜間,発達中の低気圧が日本海を北東進する気象情報を得て伏木富山港を出港し,能登半島東側の鵜川漁港沖合で荒天避難する際,水路調査が不十分で,定置網設置水域に進入し,同網の上で投錨仮泊したことによって発生したものである。

 よって主文のとおり裁決する。





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