(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月5日10時50分
和歌山県日ノ御埼南東方沖合
(北緯33度51.9分東経135度04.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
モーターボートトマヤ |
登録長 |
8.95メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
80キロワット |
回転数 |
毎分2,800 |
(2)設備及び性能等
ア トマヤ
トマヤは,昭和62年に竣工し,平成16年4月2日にA受審人が中古で購入したFRP製モーターボートで,上甲板に前部船室,操舵室及び後部船室からなる上部構造物があり,操舵室の下方に機関室,その後部に空所を挟んで容量約500リットルの燃料油タンクがそれぞれ設けられ,同タンクには油面計及び燃料油出口弁(以下「出口弁」という。)を接続した短管などが取り付けられていた。
イ 主機
主機は,B社が製造した,6PHME型と称する電動機始動方式の船内機で,燃料油として専ら軽油を使用し,アイドリング回転数及び常用回転数をそれぞれ毎分500及び2,400として運転されていた。
主機の燃料油は,出口弁から後部船室の床下を経て機関室に耐圧ゴム管で導かれ,上部に空気抜き栓がそれぞれ設けられた油水分離器及びこし器,予圧するための主機直結供給ポンプなどで構成される同油供給系統を経て燃料噴射ポンプに至り,更に昇圧されて各シリンダの燃料噴射弁から燃焼室に噴射されるようになっていた。
また,出口弁,耐圧ゴム管等は,トマヤに備え付けの工具を使用して開放することが可能であった。
3 事実の経過
平成16年3月A受審人は,かねてより新たにモーターボートの購入を計画していたところ,広島県福山港においてトマヤに試乗した結果,特段の問題がなかったので購入することとし,前所有者から機関に関する来歴や整備状況などの情報を得ることなく,同年4月2日に売買契約を結んで名義を変更し,日本小型船舶検査機構による検査を受け,地元への回航に必要な臨時航行許可証を取得した。
ところで,燃料油タンクは,長年使用されていたので,錆及びごみなど(以下「異物」という。)が内部に沈殿していたが,前記購入時にその状態を知ることができず,航行中に同油が大きく流動すると,それらが浮上して同油供給系統に流れ出るおそれがあった。
4月3日07時ごろトマヤは,燃料油タンクに約300リットルの軽油を保有する状態で,A受審人が単独で乗り組み,回航の目的で,船首尾とも1.0メートルの喫水をもって福山港を発し,瀬戸内海を東行したのち,鳴門海峡及び紀伊水道を経由する予定で三重県尾鷲湾内の白石湖と称する入り江に向かった。
17時30分トマヤは,徳島県徳島小松島港内のフェリー発着所に着いて一夜を明かし,4月4日06時ごろ出航したところ,折からの風雨が強くなったので,08時ごろ同県阿南市那賀川河口にある岸壁に係留して天候の回復を待ち,15時ごろ離岸して航行を再開したが,依然として波が高かったことから続航を断念し,16時半ごろ同県椿泊浦で避泊した。
4月5日08時ごろトマヤは,燃料油の残量が約200リットルとなった状態で前記避泊地を発し,同油の補給を兼ねて和歌山県田辺港を次の経由地と定め,紀伊水道の,沿海区域で海岸から5海里を超える水域を東行していたが,海上の風浪が未だ静まっておらず,船体の動揺及び推進器の空転を抑制するため,主機回転数の上限を毎分2,000として出力を調節しつつ,約8ノットの対地速力で波に立てるための操船を余儀なくされていたところ,同油タンク内に沈殿していた異物が浮上して同タンクから流れ出し,出口弁内の流路で堆積し始めたことにより,次第に通油量が減少する状況となった。
10時半ごろ和歌山県日ノ御埼西方約1海里の地点に達したとき,主機は,回転数が不安定となり,このことを認めたA受審人が,アイドリング回転数まで減速したところ,短時間ののちに増速することが可能となったが,その後も同様の現象が繰り返し生じる状況が続いていた。
A受審人は,燃料油タンク内で結露することや異物が沈殿することを承知しており,主機が前記状況を呈している間,同油の供給が阻害されていることを推認できる状況であったが,そのうち正常に復すると思い,油水分離器及びこし器の空気抜き栓並びに出口弁下流側の同油管継手を緩めてみるなど,同油供給系統の通油状態についての点検を行わなかったので,同弁内の流路に異物が堆積していることに気づかず,同弁内を掃除しないまま,増・減速操作を繰り返していたものであった。
こうして,トマヤは,依然として主機の安定した運転が持続できない状況で航行していたところ,出口弁内の流路が異物で閉塞し,4月5日10時50分紀伊日ノ御埼灯台から真方位151度2,100メートルの地点において,主機が停止し,以後始動することも不能となった。
当時,天候は晴で,風力3の北西風が吹き,海上には白波が立っていた。
その結果,トマヤは,A受審人からの要請を受けて来援した巡視船に曳航され,和歌山県塩屋漁港に引き付けられたのち,出口弁下流側の燃料油管継手を取り外して同弁内を掃除したところ,主機の運転が可能となった。
(本件発生に至る事由)
1 燃料油タンク内に異物が沈殿していたこと
2 A受審人が,トマヤを中古で購入したとき,燃料油供給系統の整備状況などについての情報を得ていなかったこと
3 A受審人が,自身の受有する操縦免許では許可されていない水域を航行したこと
4 A受審人が,主機の回転数が不安定な状況であることを認めた際,増・減速操作を繰り返していれば,そのうち正常に復すると思い,燃料油供給系統の通油状態についての点検を行わなかったこと
5 主機への燃料油の供給が著しく阻害されたこと
(原因の考察)
本件運航阻害は,燃料油タンク内に異物が沈殿した状態で航行中,船体の動揺に伴って主機への燃料油の供給が著しく阻害され,運転が不能となったことによって発生したもので,同油供給系統中の閉塞していた箇所が特定されていれば,堆積した異物を除去することが容易に行われ,航行を再開できたものと認められる。
したがって,A受審人が,主機の回転数が不安定であることを認めたとき,増・減速操作を繰り返していれば,そのうち正常に復すると思い,燃料油供給系統の通油状態についての点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
燃料油タンク内に異物が沈殿していたことについては,結露による水分の滞留を含めてこれを完全に防止するのは困難と認められ,本件発生の原因とはならないが,トマヤのように頻繁に使用されることのない小型船舶においては,同タンク底部に設けられたドレン孔にドレン弁を取り付けるなど,発航にあたり容易に沈殿物の有無を点検し,排出できるようにしておくべきである。
A受審人が,トマヤを中古で購入したとき,燃料油供給系統の整備状況などについての情報を得ていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,購入後初めての航行に供する場合,過去の来歴等を知っておくことは,不具合を予見するうえで極めて重要であり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
また,A受審人が,受有する操縦免許では許可されていない水域を航行したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海技従事者の技能を認定した法律を遵守しなかったことは,遺憾である。
(海難の原因)
本件運航阻害は,船体が動揺する状況の下,紀伊水道を東行中,主機の回転数が不安定な状態となった際,燃料油供給系統の通油状態についての点検が不十分で,同油タンクから流れ出て,出口弁内の流路に堆積していた異物が除去されず,主機への同油の供給が著しく阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,船体が動揺する状況の下,紀伊水道を東行中,主機の回転数が不安定な状態となった場合,燃料油タンク内に異物が堆積することを承知していたのであるから,油水分離器及びこし器の空気抜き栓並びに出口弁下流側の管継手を緩めてみるなど,同油供給系統の通油状態についての点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,減速してしばらくすると短時間の増速が可能となったことから,そのうち正常に復すると思い,燃料油供給系統の通油状態についての点検を行わなかった職務上の過失により,出口弁内の流路において,同油タンクから流れ出た異物の堆積が進行していることに気づかず,同様に増・減速操作を繰り返しているうち,同流路が閉塞される事態を招き,主機の運転を不能とさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
|