(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年8月28日07時50分
沖縄県宮古島東方沖
(北緯24度43.8分 東経125度29.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船幸丸 |
総トン数 |
1.14トン |
登録長 |
7.90メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
36キロワット |
(2)設備及び性能等
幸丸は,昭和55年8月に進水し,船内外機を装備した一層甲板のFRP製漁船で,船体中央部やや船尾寄りに風防付の操舵スタンドを設け,船尾甲板に機関室ケーシングを配置し,操舵スタンドの中央に舵輪を,右舷側に機関遠隔操作用コントロールレバーを,左舷側にGPSプロッターを装備しており,上甲板の周囲には,高さ約35センチメートルのブルワークを巡らせていた。
また,操舵スタンド右舷側のブルワークに電動リール付の釣りざおを1本装備し,釣れた魚を取り込むために,操舵スタンド船首側の前部甲板へ移動する際の海中転落防止用として,操舵スタンドの右舷側に,上甲板上180センチメートルの高さで,逆U字型としたステンレス製パイプ(以下「転落防止パイプ」という。)を設置していた。
3 事実の経過
幸丸は,A受審人が1人で乗り組み,一本釣り漁の目的で,船首0.2メートル船尾0.8メートルの喫水をもって,平成16年8月28日07時ごろ沖縄県宮古島保良漁港を発し,同島平安名埼東方2海里ばかりの漁場に向かった。
07時30分ごろA受審人は,漁場に到着したのち,宮古島東方はるか沖を北上中の台風第16号の影響により,東方から寄せる波高約3メートルで波長の長いうねりによって船体がゆっくり揺れる状況で,先端に疑似餌を付けた釣り糸を約80メートルの長さで流し,救命胴衣を着用することなく,連絡用の携帯電話を身につけずに操舵スタンド上面の物入れに入れたまま,同スタンド船尾側に立ち,6.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,直径1海里ほどの円を描くように右回頭しながら操業を開始した。
07時49分A受審人は,平安名埼灯台から067度(真方位,以下同じ。)1.65海里の地点で,魚がかかったので,舵中央として針路を090度に定め,機関を微速力前進として3.0ノットの速力に減速し,電動リールで釣り糸を巻き込みながら進行した。
07時50分わずか前A受審人は,平安名埼灯台から068度1.7海里の地点において,魚を取り込むこととし,前部甲板への移動の際には,ブルワークの高さが自分の膝より低いので,船体の揺れや手に持った釣り糸にかかった張力により,身体のバランスを崩して海中転落するおそれのある状況であったが,船体の揺れがゆっくりなので,転落防止パイプを掴まなくても安全に前部甲板へ移動できるものと思い,同パイプを掴んで移動するなど海中転落の防止措置を十分にとることなく,移動を開始した。
こうして,A受審人は,07時50分前示地点において,操舵スタンドの右舷側で,先端付近まで巻き込んだ釣り糸を右手に持ち,船首方を向いていたとき,折からの船体の揺れや釣り糸にかかった張力により,身体のバランスを崩して右舷側から海中に転落した。
幸丸は,単独の操船者が海中に転落して無人となり,東方に向首したまま進行し,翌29日,A受審人から通報を受けた第十一管区海上保安本部の航空機及び巡視船により,同船の捜索が行われたものの,発見されず,行方不明となった。
当時,天候は晴で風力3の北北西風が吹き,潮候は下げ潮の中央期であった。
A受審人は,救命胴衣を着用していなかったものの,海中転落ののち,付近を流れていた浮玉に掴まって漂流していたところ,28日16時ごろ,同受審人の帰港が遅いことを心配した家族が手配した漁船によって発見救助され,保良漁港に帰着したのち,本件発生を海上保安庁に通報した。
(本件発生に至る事由)
1 救命胴衣を着用せず,連絡用の携帯電話を身につけていなかったこと
2 ブルワークの高さが膝より低かったこと
3 魚を取り込む際,機関を微速力前進として,3.0ノットの速力で進行していたこと
4 前部甲板に移動を開始する際,転落防止パイプを掴んでいなかったこと
5 うねりによる船体の揺れや手に持った釣り糸にかかった張力により,身体のバランスを崩して海中転落したこと
(原因の考察)
A受審人が,前部甲板へ移動を開始する際,転落防止パイプを掴んでいれば,本件発生時には,船体の揺れはゆっくりだったのだから,身体のバランスを崩したとき,容易に体勢を維持できて海中転落に至らず,本件行方不明は発生しなかったものと認められる。
従って,前部甲板へ移動を開始する際,海中転落の防止措置として転落防止パイプを掴んでいなかったこと及びその結果として,うねりによる船体の揺れや手に持った釣り糸にかかった張力により,身体のバランスを崩して海中転落したことは,本件発生の原因となる。
A受審人は,幸丸において,ブルワークの高さが膝より低いことを承知したうえで,安全を考慮して操業を行い,また,それを補う手段,対策として転落防止パイプを設置しており,本件時,同パイプを掴んで移動するのに,妨げとなる状況ではなかったのであるから,ブルワークの高さが膝より低かったことは,本件発生の原因とはならない。
釣れた魚を取り込む際,機関を微速力前進として,3.0ノットの速力で進行していたことについては,かかった魚を逃がすことのないよう,釣り糸に張力をかけておくために行われる操作であり,A受審人は,前進速力をもって進行していることを承知したうえで,転落防止パイプを掴んで移動するなどして操業しており,本件時,同パイプを掴んで移動することは可能であったのだから,このことをもって原因とするのは,相当でない。
救命胴衣を着用せず,連絡用の携帯電話を身につけていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,A受審人は,幸い,約8時間の漂流ののち救助されたのであるが,海難防止の観点から,船舶職員及び小型船舶操縦者法において,船外への転落に備えた措置として,航行中の小型船舶に一人で乗船して漁ろうに従事する場合に求められる,救命胴衣を着用するなり,防水パックに入れた携帯電話を身につけておくなりして,生命及び身体の安全を確保できる手段を講じておかなかったことは,是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件行方不明は,沖縄県宮古島東方沖において操業中,かかった魚を取り込むために,機関を前進にかけたまま前部甲板へ移動する際,海中転落の防止措置が不十分で,単独の操船者が海中転落し,無人となったまま進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,沖縄県宮古島東方沖において単独で操業中,かかった魚を取り込むために,機関を前進にかけたまま前部甲板へ移動する場合,船体の揺れや手に持った釣り糸にかかった張力によって,身体のバランスを崩して海中転落するおそれがあったから,転落防止パイプを掴んで移動するなど,海中転落の防止措置を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,船体の揺れがゆっくりなので,転落防止パイプを掴まなくても安全に前部甲板へ移動できるものと思い,海中転落の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,身体のバランスを崩して海中転落し,無人となった幸丸を行方不明とさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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