(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月2日10時45分
山口県深川湾
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五恵比須丸 |
総トン数 |
13トン |
登録長 |
17.20メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
120 |
3 事実の経過
第五恵比須丸(以下「恵比須丸」という。)は,操舵室がなく,船体後部に機関室囲壁があり,その船首側に作業用伸縮クレーン(以下「クレーン」という。)を備え,右舷船首及び両舷船尾にキャプスタンをそれぞれ装備した定置漁業に従事する平甲板型FRP製漁船で,平成14年9月交付の一級小型船舶操縦士の操縦免許を受有するA受審人及びB指定海難関係人ほか3人が乗り組み,浮子綱の貝殻等の付着物を除去する目的で,船首0.3メートル船尾1.1メートルの喫水をもって,同16年9月2日07時30分山口県黄波戸漁港を発し,従船の船外機付伝馬船2隻とともに,同漁港北方の今岬灯台から南東方1キロメートルばかりの定置網漁場に向かった。
ところで,同漁場の定置網は,漁期が終わったことから既に身網及び道網が陸揚げされ,それらの浮子綱のみが同漁場に残されており,その付着物除去作業は,船首及び船尾で,直径20ミリメートル長さ10メートルの合成繊維製索(以下「取ったりロープ」という。)の一端を右舷側ブルワークの内側にそれぞれ係止し,他の一端を浮子綱にバイトに取って右舷船首及び右舷船尾の各キャプスタンで巻き,船体を浮子綱に引き寄せたところで,取ったりロープをキャプスタンに巻き止めし,クレーンで右舷側から同綱を船上に吊り上げたのち,高圧放水銃で同綱に放水して付着した貝殻等を落とすものであった。
A受審人は,クレーン操作を担当しながら作業を監督し,甲板員を2人1組として船首及び船尾に配置することで,同除去作業を前後部で同時に行うこととし,クレーンブーム先端のフックに浮子綱を玉掛けする作業には船首及び船尾作業配置のうち作業が早く終わった組の1人が当たり,放水作業には同作業配置者の中から1人ずつが当たり,放水銃を保持して船首及び船尾からそれぞれ中央部に向かって移動しながら放水するようにしていた。
また,キャプスタン付きの長さ約25センチメートルの操作レバーは,取っ手を上にした直立状態で中立となり,前方に倒すと右回転,後方に倒すと左回転となり,中立位置のところに先端が二股になった起伏式のストッパーがあり,同ストッパーを同操作レバーに掛けることで,キャプスタンが不用意に回転しないようになっていた。そして,右舷船尾キャプスタンの操作レバーは,同キャプスタンの左舷側やや後方脇に設けられ,中立位置にある同操作レバーの取っ手が作業配置者の腰下辺りの高さとなっていた。
07時50分A受審人は,定置網漁場に到着し,恵比須丸の前後に従船を配置し,キャプスタン用の主機駆動油圧ポンプを起動させ,全乗組員がヘルメット,胸付きズボン合羽,厚手の軍手及びゴム長靴を装着し,除去作業を開始することとしたが,乗組員がキャプスタンの操作に慣れているので言うまでもないと思い,キャプスタンの使用を終えたときには,同操作レバーにストッパーを掛けて固定するように指導しなかった。
恵比須丸は,船丈分ずつ浮子綱に沿って移動しながら同除去作業を続け,10時40分今岬灯台から真方位125度900メートルの地点に至り,船首を浮子綱に沿う北方に向け,機関を停止回転として作業を再開した。
B指定海難関係人は,右舷船尾での作業に就き,船尾作業配置の他の甲板員を浮子綱の玉掛け作業や放水銃の準備のために早めに船尾から離れさせたのち,キャプスタンの船尾側に1人で立ち,左手で同操作レバーを動かして,取ったりロープの巻き込みを終え,同操作レバーを中立位置に戻したが,すぐにキャプスタンを操作する必要があったところから,同操作レバーにストッパーを掛けることを面倒に思い,同操作レバーにストッパーを掛けて固定することなく,取ったりロープをキャプスタンに巻き止めようとした。
B指定海難関係人は,同じ位置で,取ったりロープを両手で持ってキャプスタンにかけ回している際,身体を少し左に動かしたとき,左足を滑らせて身体が大きく傾き,キャプスタンの操作レバーに身体が触れ,同操作レバーが前方に倒れてキャプスタンが右回転を始め,10時45分取ったりロープを持ったまま,両手をキャプスタンに巻き込まれた。
A受審人は,機関室囲壁右舷側前部でクレーン操作中,B指定海難関係人の悲鳴を聞いて異常事態の発生を知り,右舷船尾に急行し,キャプスタンを逆回転させて同人を救助した。
当時,天候は晴で風力2の北西風が吹き,潮候は上げ潮の末期で海上は穏やかであった。
その結果,B指定海難関係人は,両手を挫創したほか,左第5中手骨骨折,左橈骨遠位端骨折等の傷を負い,約10箇月の加療を要した。
(原因)
本件乗組員負傷は,山口県黄波戸漁港北方の定置網漁場において,浮子綱の付着物除去作業を行う際,キャプスタン操作終了時の安全確保の措置が不十分で,キャプスタン操作担当者が同操作レバーにストッパーを掛けずに取ったりロープをキャプスタンに巻き止め作業中,同操作担当者の身体が同操作レバーに触れてキャプスタンが回転し,同ロープを握っていた同操作担当者の両手が同ロープとキャプスタンとの間に挟まれたことによって発生したものである。
キャプスタン操作終了時の安全確保の措置が十分でなかったのは,船長が,キャプスタン操作を終えた際には,同操作レバーをストッパーで固定するように指導していなかったことと,同操作担当者が,同操作レバーをストッパーで固定しなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は,山口県黄波戸漁港北方の定置網漁場において,浮子綱の付着物除去作業を行うに当たり,キャプスタンを使用する場合,甲板作業者の身体等がキャプスタンの操作レバーに触れてキャプスタンが不用意に回転することのないよう,キャプスタンの操作を終了した際には同操作レバーにストッパーを掛けて安全を確保するように指導すべき注意義務があった。ところが,同受審人は,乗組員がキャプスタンの操作に慣れているので言うまでもないと思い,同操作レバーにストッパーを掛けて安全を確保するように指導しなかった職務上の過失により,B指定海難関係人が同操作レバーにストッパーを掛けないで作業中,身体が同操作レバーに触れてキャプスタンが回転し,両手を巻き込まれる事態を招き,同人に両手挫創,左第5中手骨骨折,左橈骨遠位端骨折などの傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が,山口県黄波戸漁港北方の定置網漁場において,浮子綱の付着物除去作業を行うに当たり,キャプスタン操作を終了し,その操作レバーを中立位置とした際,同操作レバーにストッパーを掛けて安全を確保する措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,安全意識が低下していたことを反省し,今後の再発防止を誓っている点に徴し,勧告しない。