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平成17年神審第35号
件名

引船文丸被引はしけ中央52乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年9月14日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(村松雅史,工藤民雄,横須賀勇一)

理事官
黒田敏幸

受審人
A 職名:文丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
B社 業種名:港湾運送業
補佐人
a(受審人A及び指定海難関係人B選任)

損害
はしけの乗組員が,溺水による死亡

原因
乗組員に対する安全措置が不十分
港湾運送業者が,はしけ曳航時の安全措置について,乗組員に対する指導不徹底

主文

 本件乗組員死亡は,曳航するはしけの乗組員に対する安全措置が不十分で,乗組員が海中に転落したことによって発生したものである。
 港湾運送業者が,はしけを曳航する際の安全措置について,乗組員に対する指導を徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年3月20日10時22分
 神戸港
 (北緯34度38.86分東経135度10.23分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 引船文丸 はしけ中央52
全長   22.50メートル
登録長 9.28メートル  
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 58キロワット  
(2)設備及び性能等
ア 文丸
 文丸は,昭和50年5月に建造された航行区域を平水区域とする鋼製引船で,船舶所有者であるC社からB社に裸傭船され,専らC社の荷物を積載するはしけの曳航に従事していた。
 操舵室は,上甲板上ほぼ中央部に設けられ,その後部に機関室囲壁があり,その後方に曳航フックを備えており,同室内の右舷側前面に主機の遠隔操縦装置が,前部中央少し左にトラックのハンドルを改造した舵輪が設置されていた。
イ 中央52
 中央52は,昭和41年4月に建造された175トン積の非自航型鋼製はしけで,文丸と同様に裸傭船され,同船の被引はしけとして前示輸送に従事しており,船尾部に長さ約2.0メートル幅約2.5メートルの起倒式の操舵室及び船体中央部に長さ16.8メートル幅5.0メートル深さ2.5メートルの船倉を有し,船倉コーミングから左右の各舷側まで幅0.6メートルの甲板を通路として使用していたが,両舷側にブルワークもハンドレールも設けられていなかった。
ウ 中央52のシート展張方法等
 中央52では,積載した荷物及び船倉を濡らさないため,空倉のときでも船倉口を覆うシートを張る作業があり,同作業は,船倉口の船首尾に各3本立てられた折りたたむことができるスタンションを介してシート吊り下げ用ワイヤーを船体中心線に沿って船首尾方向に両舷各1本と中心線部1本の計3本を張り合わせ,同ワイヤーでシートを吊り,かまぼこ型ドーム状に展張するものであった。また,神戸市長田区梅ケ香町C社前岸壁を発航して同市兵庫区高松町南西方までの南北約1,420メートルの水路(以下「高松水路」という。)には4本の橋が架かり,水面上の高さが約2.2ないし2.3メートルしかない低いこれらの橋の下をくぐり抜けるため,船首尾スタンションと操舵室を倒す必要があり,4本の橋を通過後,復旧して航行していた。
エ 文丸の曳航方法等
 曳航は,中央52備え付けの直径38ミリメートル全長50メートルの合成繊維製曳航ロープを同船の船首部中央のビットから文丸の曳航フックにとって引船列(以下「文丸引船列」という。)とし,高松水路に架かる4本の橋の下を通過するまでは曳航ロープの長さを10メートルとし,通過後は長さ30メートルまで延ばして,文丸船首から中央52の後端までの距離を約62メートルとしていた。

3 事実の経過
 A受審人は,平成16年3月20日09時30分ごろC社の岸壁に到着して,B社所属のはしけの乗組員Eとともに中央52の操舵室を倒し,シート展張用ワイヤーを緩めて船首尾スタンションを倒し,前日19日揚げ荷役終了後に展張したシートを船倉に弛ませて4本の橋の下をくぐる準備を終え,更に潮の引き具合を見て発航に備えた。
 こうして,文丸は,A受審人が1人で乗り組み,空倉で船首0.4メートル船尾0.7メートルの喫水となった,D乗組員が1人で乗船した中央52を船尾に引き,回航の目的で,船首0.6メートル船尾1.6メートルの喫水をもって,平成16年3月20日10時00分C社前岸壁を発し,神戸港中之島はしけ係留地に向かった。
 ところで,D乗組員は,B社にはしけの乗組員として60才の定年まで約35年勤めた後,他の会社にはしけの乗組員として勤め,同社が倒産した後,B社に再雇用されていた。
 発航したとき,A受審人は,中央52がシート展張用の吊り下げワイヤーを緩めた状態で,曳航中にシート展張作業が行われることが予想され,D乗組員が,曳航中に同作業を行うと海中に転落するおそれがある状況であったが,慣れた作業で,今まで事故もなかったので大丈夫と思い,D乗組員に対し,救命胴衣を着用することや曳航中にシート展張作業を行わないことを指示するなど安全措置を十分にとらなかった。
 A受審人は,操舵輪の後方に置かれたいすに腰掛けて操舵と見張りに当たり,約3.2ノットの対地速力(以下「速力」という。)で高松水路を南下し,10時14分神戸灯台から293度(真方位,以下同じ。)850メートルの地点で,同水路を通過し,船首尾のスタンションを起こしたD乗組員に曳航ロープを長さ30メートルに延出させて,針路を東方に向け,機関を全速力前進にかけ,5.0ノットの速力で進行した。
 D乗組員は,曳航ロープを延ばした後,船尾に戻り,操舵室の復旧作業にかかった。
 A受審人は,神戸市長田区苅藻島町の北岸及び東岸に沿うようにして水路を抜けて左転し,10時20分神戸灯台から200度100メートルの地点で,針路を護岸に沿う083度に定め,同速力のまま,手動操舵で続航した。
 定針したとき,A受審人は,D乗組員が中央52の操舵室をすでに復旧し,同室左舷横に立っているのを確認した。
 D乗組員は,救命胴衣を着用しないまま,幅の狭い甲板上通路でシート展張作業を行っていたところ,体のバランスを崩して,10時22分神戸灯台から103度255メートルの地点で海中に転落した。
 当時,天候は雨で,風はなく,潮候は下げ潮の中央期で,視界は良好であった。
 10時30分A受審人は,和田岬南方沖合の神戸灯台から086度1,480メートルの地点に達したとき,まだシート展張作業が終わっていなかったことからおかしいと思い,マイクで呼びかけたが返事がなく,文丸を中央52に接舷して船内を探したものの,D乗組員を発見できず,海中に転落したものと判断し,同乗組員を捜しに引き返すとともに,海上保安部に通報を行い,11時34分神戸灯台から097度200メートルの神戸市兵庫区遠矢浜町前面の岩場で,D乗組員が,海上保安部のヘリコプターで発見されて病院に搬送されたが,12時50分溺水による死亡と検案された。
 B社は,事故後,作業用自動膨張式救命胴衣を全船に支給し,全乗組員に救命胴衣着用を義務づけ,引船の船長に対し,はしけの乗組員が救命胴衣を着用していない場合は曳航禁止,はしけの乗組員に対し,曳航中に甲板上でシート展張作業を行わないようそれぞれ指導し,これを厳守させた。また,甲板上に安全ロープを張り,やむを得ず,曳航中に作業を行わなければいけないときでも安全ベルトをこれにかけることにより,海中転落の防止措置を講じた。

(本件発生に至る事由)
1 文丸
(1)はしけの乗組員に対し,救命胴衣を着用するよう指示しなかったこと
(2)はしけの乗組員に対し,曳航中にシート展張作業を行わないよう指示しなかったこと

2 中央52
(1)救命胴衣を着用していなかったこと
(2)曳航中にシート展張作業を行ったこと

3 B社
(1)引船の船長に対し,はしけの乗組員に救命胴衣を着用すること及び曳航中にシート展張作業を行わないことを指示するなどはしけを曳航する際の安全措置についての指導を徹底していなかったこと
(2)はしけの乗組員に対し,救命胴衣を着用すること及び曳航中にシート展張作業を行わないことなどはしけを曳航する際の安全措置についての指導を徹底していなかったこと

(原因の考察)
 本件乗組員死亡は,文丸がはしけを曳航中,はしけの乗組員がシート展張作業中に海中に転落したことによって発生したものである。
 A受審人が,曳航するはしけの乗組員に対し,救命胴衣を着用すること及び曳航中にシート展張作業を行わないことを指示しておれば,海中転落は発生せず,また,同乗組員が救命胴衣を着用していたなら,万一海中に転落したとしても,溺れずに発見され,救助できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,はしけの乗組員に対し,救命胴衣を着用すること及び曳航中にシート展張作業を行わないことを指示しなかったことは,それぞれ本件発生の原因となる。
 また,はしけの乗組員が,曳航中にシート展張作業を行わなければ,海中転落は発生しなかったものと認められ,救命胴衣を着用していたなら,万一海中に転落したとしても,溺れずに発見され,救助できたものと認められる。
 したがって,はしけの乗組員が救命胴衣を着用せず,曳航中にシート展張作業を行ったことは,本件発生の原因となる。
 港湾運送業者が,引船の船長に対し,はしけの乗組員に救命胴衣を着用すること及び曳航中にシート展張作業を行わないことを指示するなどはしけを曳航する際の安全措置についての指導を徹底しておれば,海中転落は発生せず,万一海中に転落したとしても,溺れずに発見され,救助できたものと認められる。また,はしけの乗組員に対し,救命胴衣を着用すること及び曳航中にシート展張作業を行わないことなどはしけを曳航する際の安全措置についての指導を徹底しておれば,同様だったものと認められる。
 したがって,港湾運送業者が,はしけを曳航する際の安全措置について,乗組員に対する指導を徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件乗組員死亡は,神戸港において,はしけを曳航する際,曳航するはしけの乗組員に対する安全措置が不十分で,乗組員が海中に転落したことによって発生したものである。
 安全措置が不十分だったのは,引船の船長がはしけの乗組員に対し,救命胴衣を着用すること及び曳航中にシート展張作業を行わないことを指示しなかったことと,はしけの乗組員が救命胴衣を着用せず,曳航中にシート展張作業を行ったこととによるものである。
 港湾運送業者が,はしけを曳航する際の安全措置について,乗組員に対する指導を徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,神戸港において,はしけを曳航する場合,はしけの乗組員が曳航中にシート展張作業を行うと,海中に転落する危険があったから,曳航するはしけの乗組員に対し,救命胴衣を着用すること及びシート展張作業を行わないことを指示するなど安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,慣れた作業で,今まで事故もなかったので大丈夫と思い,安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,救命胴衣を着用せず,甲板上でシート展張作業を行っていた同乗組員が海中に転落する事態を招き,のちに溺死体で発見されるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
 B社が,はしけを曳航する際の安全措置について,乗組員に対する指導を徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
 B社に対しては,本件後,作業用自動膨張式救命胴衣を全船に配布し,全員に救命胴衣着用を義務づけ,引船の船長に対し,はしけの乗組員が救命胴衣を着用していない場合は曳航禁止,はしけの乗組員に対し,曳航中にシート展張作業を行わないようそれぞれ指導し,これを厳守させ,また,甲板上に安全ロープを張り,海中転落の防止措置を講じていることに徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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