(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年6月22日09時25分
兵庫県福良港
(北緯34度15.3分東経134度43.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第十五住吉丸 |
総トン数 |
483トン |
全長 |
62.78メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
第十五住吉丸(以下「住吉丸」という。)は,平成2年9月に進水した,限定沿海区域を航行区域とする船尾船橋型の鋼製砂利石材運搬船で,船体中央部に1個の船倉を有し,倉口前方に旋回式ジブクレーン(以下「クレーン」という。)1基を備え,砕石等を大阪,尼崎西宮芦屋及び姫路の各港から兵庫県福良港及び同県津名港への運搬に従事していた。
住吉丸の倉口は,長さ18.7メートル幅9.0メートルで,平成13年3月の改造時に四方のハッチコーミング(以下「コーミング」という。)のうち,両舷及び船尾部は甲板上の高さが1.45メートルに嵩上げされていたが,船首部だけは0.88メートルのままとなっていた。
上甲板から船倉へ降りるためのステップは,設置されておらず,船首部コーミングとクレーンの間に置かれた長さ7.0メートル幅0.4メートルのアルミ製の梯子が使用されていた。
クレーン機械室(以下「機械室」という。)は,長さ7.15メートル幅5.62メートル高さ2.0メートルの,360度旋回するもので,船首部コーミングから船体中心線上2.8メートル船首寄りの位置を中心とする,半径1.8メートル高さ1.7メートルの円筒型台座上に設置されており,前部中央に幅1.75メートル長さ24.0メートルのジブが装着され,前部右側に操縦席が据えられていた。
機械室の前部下辺は,上甲板からの高さが1.7メートルであったが,同室後部下辺は,釣合錘が下方に張り出していたことから,上甲板からの高さが1.04メートルであった。また,旋回中心から同室の後端が前端より2.7メートル長く,同室の最大旋回半径が4.95メートルであり,ジブを正船尾方向から左に90度旋回すると,同室右辺端が船首コーミングから倉口内側に0.09メートルはみ出すことから,釣合錘の下辺と船首部コーミング上縁との隙間が0.16メートルとなっていた。
機械室の旋回圏内に立ち入りを防ぐための防護柵は,甲板上からの高さが1メートルで黄色に塗られており,旋回圏の外側に船首部コーミングの通路幅を残して設置されていた。
操縦席からの見通しは,ジブが船尾を向いた状態において,水平方向では窓ガラスを通して左正横から前方及び前方から右正横後40度にわたって見通すことができ,伏角方向は船首部コーミング上部及び右方の防護柵の上部を見ることができたが,他は死角となっていた。
3 荷揚げ作業手順
クレーン運転は,主にA受審人が行うこととしており,1,500トンの砕石を荷揚げするのに約2時間を要し,グラブバケットで1つかみ約7トンの砕石の荷揚げ工程が,1回平均35秒で,この工程を約220回行うものであるが,揚荷の残量が少なくなると倉底の砕石をかき集める作業を行うため,1回の工程に5分から10分を要した。
このため,甲板における作業の指揮者は,クレーン運転の操作状況から船倉に入る時機を判断し,片舷のコーミングから船倉の砕石残量を確認したのち,一旦クレーンを停止したところで,船首側コーミングに置かれた梯子をセットして作業員とともに倉内に入り,グラブバケットでかき集められない砕石を手作業でグラブバケットに集めて陸揚げし,荷揚げを終了するものであった。
4 福良港南あわじ市福良字祖江岸壁
住吉丸の福良港における着岸岸壁は,同港北東部の南あわじ市福良字祖江岸壁(以下「福良港祖江岸壁」という。)で,月に1回程度の割合で利用し,荷揚げする際は,岸壁作業の関係から右舷係留としていた。
5 事実の経過
住吉丸は,A受審人及びB一等航海士ほか2人が乗り組み,再生砕石約1,500トンを満載し,船首3.8メートル船尾5.0メートルの喫水をもって,平成16年6月22日00時45分兵庫県尼崎西宮芦屋港を発し,荷揚げの目的で,同日07時10分福良港灯台から真方位064度1,220メートルの地点にある福良港祖江岸壁に右舷係留した。
07時20分A受審人は,いつものように,喫水変化による係留索調整のため船首部にB一等航海士及び甲板員を,船尾部に機関長をそれぞれ配置し,機械室の操縦席に座ってクレーン運転に当たり,カーゴホール連結のグラブバケットを操作し,荷揚げ作業を開始した。
荷揚げ作業を開始するに先立ち,A受審人は,船内における作業の安全措置を行う立場にあり,機械室の旋回圏内に入ると危険であることを知っていたが,B一等航海士がC社において船長職を含め17年の経験があり,平素から荷役の作業指揮をしていたことから,作業手順に慣れた同一等航海士が機械室の旋回圏内に立ち入ることはないと思い,トランシーバーを活用するなどクレーン運転手と作業指揮者間の連絡体制を確立しなかった。
09時25分少し前A受審人は,残りわずかな砕石をグラブバケットでかき集めて荷揚げをしていたころ,平素は片舷のコーミングから船倉の砕石残量を確認していたB一等航海士が,同受審人にクレーン運転の停止を確認することなく,船首部コーミング左舷側から機械室の旋回圏内に立ち入る状況となったが,クレーン運転手と作業指揮者間の連絡体制を確立していなかったので,この状況に気付かないまま,ジブを左に90度旋回したところ,09時25分釣合錘がB一等航海士の背中を直撃し,機械室後部の釣合錘右側中央部と船首部コーミング左舷上縁との間に挟まれた。
当時,天候は曇で風はほとんどなく,海上は平穏で,潮候は下げ潮の初期であった。
A受審人は,ジブを船尾に向けたとき,左舷ハッチサイドにいた機関長から待てという合図を認め,機械室を出てみると,甲板上に倒れているB一等航海士を認めて驚き,直ちに救急車を要請して事後の措置にあたった。
その結果,B一等航海士(五級海技士(航海)免状受有)は,胸部外傷を負い1時間後に心タンポナーデにより死亡した。
(本件発生に至る事由)
1 船首部コーミングが低くなっていたため船倉を覗きやすかったこと
2 船倉へ降りるステップが設置されず,機械室の旋回圏内に船倉へ降りる梯子が置かれていたこと
3 右舷係留時の荷役作業において,クレーン運転中,機械室の右舷旋回圏内に人が立てる空間ができたが,機械室の左舷旋回圏内には人が立てる空間がなかったこと
4 A受審人がトランシーバーを活用するなどクレーン運転手と作業指揮者間の連絡体制を確立する安全措置を十分に行わなかったこと
5 A受審人が作業手順に慣れていたB一等航海士がクレーン運転中に機械室の旋回圏内に立ち入ることはないと思ったこと
6 B一等航海士がクレーン運転の停止を確認することなく,同旋回圏内に立ち入ったこと
(原因の考察)
本件は,クレーン運転の停止を確認することなく,機械室の旋回圏内に立ち入って発生したもので,トランシーバーを活用するなどクレーン運転手と作業指揮者間の連絡体制を確立する安全措置を十分に行い,クレーン運転の停止を確認していれば,B一等航海士が,クレーン運転中に機械室の旋回圏内に立ち入ることはなく,船首部コーミングと機械室釣合錘との間に挟まれる事態に至らず,本件発生は回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が,作業手順に慣れたB一等航海士がクレーン運転中に機械室の旋回圏内に立ち入ることはないと思い,トランシーバーを活用するなどクレーン運転手と作業指揮者間の連絡体制を確立する安全措置が十分でなかったことは,本件発生の原因となる。
また,船首部コーミングだけが低くなっていたため倉内を覗きやすかったこと,船倉内へのステップが設置されず,機械室の旋回圏内に船倉へ降りる梯子が置かれていたこと,右舷係留時はクレーン運転中に機械室の右舷旋回圏内に人が立てる空間ができたが,機械室の左舷旋回圏内には人が立てる空間がなかったこと,B一等航海士がクレーン運転の停止を確認することなく旋回圏内に立ち入ったこととは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,いずれも,クレーン運転手と作業指揮者間の連絡体制を確立する安全措置を十分に行っていれば,B一等航海士がクレーン運転の停止を確認したうえで機械室の旋回圏に入ったと考えられるので,本件が発生することはなく,本件発生の原因としない。
(海難の原因)
本件乗組員死亡は,福良港祖江岸壁に係留中,荷揚げの目的で,クレーンを運転する際,クレーン運転手と作業指揮者間の連絡体制を確立するなどの安全措置が不十分であったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,福良港祖江岸壁に係留中,荷揚げの目的で,クレーンを運転する場合,機械室旋回圏内に入ると危険であったから,クレーン運転の停止を確認したうえで同旋回圏内に立ち入るよう,トランシーバーを活用してクレーン運転手と作業指揮者間の連絡体制を確立すべき注意義務があった。しかるに,同人は,作業手順に慣れたB一等航海士がクレーン運転中に機械室旋回圏内に立ち入ることはないと思い,クレーン運転手と作業指揮者間の連絡体制を確立しなかった職務上の過失により,クレーン運転の停止を確認することなく,同旋回圏内に立ち入った同一等航海士が船首部コーミングと機械室釣合錘の間に挟まれる事態を招き,同一等航海士に胸部外傷を負わせ心タンポナーデにより死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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