(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年10月21日11時45分
神戸港
(北緯34度41.76分東経135度15.17分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
引船第二信栄丸 |
はしけ双和71号 |
総トン数 |
19トン |
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全長 |
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30.54メートル |
登録長 |
15.95メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
147キロワット |
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(2)設備及び性能等
ア 第二信栄丸
第二信栄丸(以下「信栄丸」という。)は,昭和42年12月に建造された航行区域を限定沿海区域とする鋼製引船兼交通船で,上甲板上ほぼ中央部に操舵室を設け,その後部に機関室囲壁があり,船尾端から船首方4メートルの機関室囲壁後部に曳航フックを設置していた。
また,操舵室には,前部中央に舵輪が,その前面に磁気コンパスが設置され,操縦スタンドの上に遠隔操舵装置のダイヤルが置かれていた。
イ 双和71号
双和71号(以下「双和」という。)は,昭和42年8月に建造された350トン積の非自航型鋼製はしけで,信栄丸の被引はしけとして自動車部品などを積載して貨物船に移送する業務に従事しており,船尾部に長さ1.9メートル幅3.1メートルのハウス及び船体中央部に長さ21.5メートル幅6.9メートル深さ2.5メートルの貨物倉を有し,同倉口は,長さ21.25メートル幅5.7メートルで,周囲に上甲板上の高さ約1メートルのコーミングが設けられており,同コーミングから左右の各舷側までの幅85センチメートル(以下「センチ」という。)の甲板が通路として使用されていたが,両舷側にはブルワークもハンドレールも設けられていなかった。
3 事実の経過
信栄丸は,A受審人が1人で乗り組み,同じくB社所属のCが1人で乗り組み,自動車部品30トンを積載して船首0.5メートル船尾0.7メートルの喫水となった双和を船尾に引き,平成16年10月21日11時30分船首1.2メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,神戸港六甲大橋基部東側の六甲アイランド北物揚場岸壁を発し,同港小野浜町8番地先岸壁に向かった。
ところで,双和では,荷役終了後,積載した貨物及び貨物倉を降雨や波しぶきなどから保護するため,貨物倉口を覆う防水シートを展張する作業があり,同作業は,防水シート吊り下げ用ワイヤーを船体中心線に沿って船首尾方向に両舷各2本と中心線部1本の計5本を張り合わせ,同ワイヤーで防水シートを吊り,かまぼこ型ドーム状に展張して貨物倉口を覆い,同シート両舷側端に約1メートル間隔で取り付けられた両舷各20本の直径12ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ1メートルの合成繊維製細索で防水シートを張り合わせてコーミング下部のバーに係止するもので,同シートの展張作業を平素からC乗組員が単独で行っていた。
曳航は,双和備え付けの両端がアイになった直径40ミリ長さ30メートルの合成繊維製曳航ロープを同船の船首部中央のビットから信栄丸の曳航フックにとり,信栄丸船尾から双和後端までの距離が約55メートルになるものであった。
また,B社は,以前に他社所有のはしけにおいて,航行中に乗組員が転落して死亡する事態が発生したことから,同社が運航し安全管理をする引船及びはしけの全乗組員に対し,「航海中は必ず救命胴衣等を着用すること。」,「航海中に防水シートを張る作業を行わないこと。」などの注意が記載された「就業中の安全について」と題する安全指導文書を配布していた。
A受審人は,発航したとき,双和が防水シート展張用の吊り下げワイヤーを張っただけの状態で,まだ同シートの展張作業が行われていないのを知っており,はしけの乗組員がブルワークもハンドレールもない幅85センチの狭い暴露甲板上で,曳航中に同作業を行うと海中に転落するおそれがあることを承知していた。
しかし,A受審人は,C乗組員もB社が配布した安全指導文書を十分承知していたことから大丈夫と思い,同乗組員に対し,曳航開始時に作業用救命衣を着用することや曳航中に防水シート展張作業を行わないよう指示をするなど安全措置を十分にとらなかった。
こうして,C乗組員は,発航後まもなく,作業用救命衣を着用しないまま,ブルワークもハンドレールもない幅の狭い暴露甲板上で防水シート展張作業を開始した。
A受審人は,操縦スタンドの上に置いた遠隔操舵装置のダイヤルに右手を添え,操舵室中央に立って操舵と見張りに当たり,六甲大橋に向けて北西進し,11時35分六甲大橋の下をくぐり抜け,船首を摩耶埠頭南東角に向けて4.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)から徐々に増速し,同時38分神戸港第5防波堤東灯台(以下「第5防波堤東灯台」という。)から057度(真方位,以下同じ。)2,500メートルの地点において,針路を手動で257度に定め,機関を全速力前進にかけ,5.0ノットの速力で進行した。
C乗組員は,防水シートを展張し,同シート両舷端の係止作業を右舷船首から船尾方に向けて開始し,左舷船尾から船首方に向けて左舷中央少し過ぎまで終えた11時45分第5防波堤東灯台から044度1,520メートルの地点において,シート係止用細索が切れたかして,体のバランスを失い,海中に転落した。
当時,天候は晴で風力2の北北西風が吹き,海上は平穏で,視界は良好であった。
12時15分A受審人は,小野浜町地先岸壁に着岸したとき,他のはしけ乗組員からC乗組員が船内にいない旨の報告を受け,海上保安部に連絡するとともに,同人を捜しに引き返し,その後,海上保安部の巡視艇も加わっての捜索が続けられ,同月24日発生海域付近で,C乗組員が遺体で発見され,溺水による死亡と検案された。
(本件発生に至る事由)
1 信栄丸
(1)はしけの乗組員に対し,作業用救命衣着用を指示しなかったこと
(2)はしけの乗組員に対し,幅の狭い甲板上で曳航中に防水シート展張作業を行わないよう指示しなかったこと
2 双和
(1)単独乗船の乗組員が作業用救命衣を着用していなかったこと
(2)単独乗船の乗組員が幅の狭い甲板上で曳航中に防水シート展張作業を行ったこと
(原因の考察)
本件乗組員死亡は,信栄丸がはしけを曳航中,はしけの乗組員が防水シート展張作業中に海中に転落したことによって発生したものである。
A受審人が,曳航するはしけの乗組員に対し,曳航中に幅の狭い甲板上で防水シート展張作業を行わないよう指示しておれば,同作業が行われず,海中転落は発生しなかったものと認められる。
また,A受審人が,はしけの乗組員に対し,作業用救命衣着用を指示しておれば,同乗組員が海中転落したとしても,容易に発見され,救助できたものと認められる。したがって,A受審人が,はしけの乗組員に対し,作業用救命衣着用を指示しなかったこと及び曳航中に幅の狭い甲板上で防水シート展張作業を行わないよう指示しなかったことは,それぞれ本件発生の原因となる。
はしけの乗組員が,会社の指示に従って曳航中に幅の狭い甲板上で防水シート展張作業を行わなければ,海中転落は発生しなかったものと認められ,作業用救命衣を着用しておれば,海中転落したとしても,容易に発見され,救助できたものと認められる。したがって,はしけの乗組員が作業用救命衣を着用せず,曳航中に幅の狭い甲板上で防水シート展張作業を行ったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件乗組員死亡は,神戸港において,曳航するはしけの乗組員に対する安全措置が不十分で,はしけの乗組員が海中に転落したことによって発生したものである。
安全措置が十分でなかったのは,引船の船長がはしけの乗組員に対し,作業用救命衣着用を指示しなかったばかりか,幅の狭い甲板上で曳航中に防水シート展張作業を行わないよう指示しなかったことと,同乗組員が作業用救命衣を着用せず,幅の狭い甲板上で曳航中に防水シート展張作業を行ったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は,神戸港において,はしけを曳航する場合,幅の狭いはしけの甲板上で曳航中に防水シート展張作業を行うと,海中に転落する危険があったから,曳航するはしけの乗組員に対し,はしけの甲板上で防水シート展張作業を行わないよう指示するなど安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,会社から航海中は必ず救命胴衣等を着用すること及び航海中に防水シートを張る作業を行わないことなどの注意が記載された安全指導文書が配布されており,同乗組員も十分承知していたことから大丈夫と思い,曳航するはしけの乗組員に対し,はしけの甲板上で曳航中に防水シート展張作業を行わないよう指示をするなど安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,作業用救命衣を着用せず,はしけの甲板上で曳航中に防水シート展張作業を行っていた乗組員が海中に転落する事態を招き,同乗組員を行方不明とさせ,のちに溺死体で発見されるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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