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平成17年仙審第17号
件名

漁船第八十八宮丸乗組員負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年7月14日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(大山繁樹,原 清澄,半間俊士)

理事官
寺戸和夫

受審人
A 職名:第八十八宮丸船長 海技免許:三級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:第八十八宮丸司厨長
補佐人
a(受審人A,指定海難関係人B選任)

損害
司厨長が頭蓋骨及び右脛骨骨折の負傷

原因
もっこの移動に対する安全措置不十分

主文

 本件乗組員負傷は,冷凍漁獲物をもっこでシフト作業中,もっこの移動に対する安全措置が不十分であったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年3月21日15時30分
 マーシャル諸島南西海域
 (南緯01度40分東経165度49分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第八十八宮丸
総トン数 349トン
全長 61.90メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,470キロワット
(2)設備等
ア 第八十八宮丸
 第八十八宮丸(以下「宮丸」という。)は,昭和57年3月に進水し,大中型まき網漁業に従事する全通二層甲板型鋼製漁船で,船首寄りに船橋楼及び機関室を有し,船楼甲板上で船橋楼の後方は,長さ24.0メートル幅11.4メートルの漁労作業甲板に,その後方が網置場になっており,船楼甲板下は,船首から順に甲板長倉庫,機関室上段,保冷用の7番魚倉及び8番魚倉を配置し,両魚倉とも船首尾方中央の通路を挟んで右舷側及び左舷側の各魚倉に区画され,また,上甲板の下方は,船首から順に船首タンク,機関室下段,急速冷凍用の1番魚倉ないし6番魚倉をそれぞれ配置し,それらの魚倉が軸室を挟んで右舷側及び左舷側の各魚倉に区画されていた。
イ 魚倉及び魚倉ハッチ
 漁労作業甲板下に7番魚倉及び8番魚倉が配置し,更に7番魚倉の下方に1番魚倉,2番魚倉及び3番魚倉を,8番魚倉の下方に4番魚倉,5番魚倉及び6番魚倉をそれぞれ配置していた。そして,1番魚倉ないし6番魚倉の各魚倉には1.8メートル四方のハッチがそれぞれ1個設けられ,7番魚倉及び8番魚倉の各魚倉には,同じ大きさのハッチが縦列に3個(以下,各ハッチを「船首側ハッチ」,「中央ハッチ」及び「船尾側ハッチ」という。)設けられており,このほかに漁労作業甲板には,船体中心線上で同甲板後端から船首方7.2メートルのところに径1.5メートルの円形ハッチが設けられ,同ハッチの下部に樋(とい)が取り付けられていて,漁獲物が1番魚倉ないし6番魚倉に投下できるようになっていた。
 なお,漁労作業甲板には,漁獲物積込み等の作業を円滑にするため7番魚倉及び8番魚倉のハッチコーミングと同じ高さに木製グレイチングが張られていた。
ウ 漁労作業甲板の漁労機械等
 漁労作業甲板には,船首寄り中央部に主マストがあり,同マストには1本の主ブームと2本の補助ブームを備え,これらのブームは,操縦室から油圧により遠隔操作されるようになっており,主マストと円形ハッチの中間付近にパースウィンチが設置されていた。
 このほかに,冷凍漁獲物をもっこに入れて魚倉間でシフトする場合など,比較的軽い物の移動には電動ホイストが用いられ,同ホイストは,主マストの左右各舷の漁労作業甲板上に2台ずつ設置され,各ホイストにはカーゴホールが1本巻いてあり,ホイスト運転によるカーゴホールの操作を延長コードスイッチで行うようになっていた。そして,右舷側2本のカーゴホールのうち,一方が主ブームの滑車を,他方が主マストのステイに設けられた滑車を通し,左舷側カーゴホールも同様に滑車を通してあり,カーゴホールを組み合わせてけんか巻きにより冷凍漁獲物を移動していた。

3 事実の経過
 宮丸は,A受審人,B指定海難関係人のほか17人が乗り組み,操業の目的で,船首4.0メートル船尾5.6メートルの喫水をもって,平成16年3月21日07時00分静岡県焼津港を発し,4月3日マーシャル諸島南西海域の漁場に至って操業を始め,同月24日早朝,揚網を終えて魚群探索のため航行を開始し,同日午後から当日獲れて5番右舷側魚倉で冷凍していた漁獲物のうち,サイズの大きいものを8番右舷側魚倉へ,サイズの小さいものを4番右舷側魚倉へシフトすることとした。
 ところで,このシフト作業は,最初に主ブームを8番右舷側魚倉のほぼ真上となるように振り,それから400ないし500キログラムの冷凍漁獲物を2メートル四方のもっこに入れて,カーゴホールを操作して移動するが,5番右舷側魚倉から8番右舷側魚倉へシフトする場合は,右舷側2本のカーゴホール先端のフックをもっこのリングに掛け,けんか巻きによりもっこを5番右舷側魚倉ハッチから8番右舷側魚倉の中央ハッチまで引き揚げたうえ,同魚倉の船尾側ハッチまで移動して,同ハッチに漁獲物を投入するものであった。また,5番右舷側魚倉から4番右舷側魚倉へシフトする場合は,もっこを同じように8番右舷側魚倉の中央ハッチまで引き揚げたうえ,もっこのリングに更に左舷側カーゴホール1本のフックを掛け,3本のけんか巻きによりもっこを船体中心線方に5メートル移動して円形ハッチまで移動し,同ハッチから4番右舷側魚倉へ投入するものであった。
 14時00分シフト作業を開始し,A受審人と漁労長は,船橋内で魚群探索を続け,安全担当者の一等航海士を含む10人を5番右舷側魚倉に,4人を8番右舷側魚倉と4番右舷側魚倉に配置して冷凍漁獲物の荷役作業に就け,漁労作業甲板においては,甲板長が右舷側2本のカーゴホールの操作に,機関長が左舷側1本のカーゴホールの操作に従事させ,食事の準備を終えたB指定海難関係人を,カーゴホールのフック掛けなどの玉掛けやもっこを魚倉内へ投入する作業に従事させたが,同指定海難関係人は保護帽,長靴,カッパズボン等を着用していた。
 15時10分宮丸は,魚の集まりやすい流れ物の付近に達したので航行による魚群探索を止め,南緯01度40分東経165度49分の地点で漂泊し,A受審人が漁労作業甲板に赴き,機関長と交代して冷凍漁獲物のシフト作業に加わり,漁労作業甲板上における作業責任者として左舷側カーゴホールの操作に当たった。
 その後,2回ほどサイズの大きい冷凍漁獲物をシフトしたところで,15時25分5番右舷側魚倉から「小形の魚で最後のもっこになる。」旨の合図があり,8番右舷側魚倉中央ハッチから1メートルの船首方左舷寄りのところで,甲板長が右舷側カーゴホールを操作して同ハッチまでもっこを引き上げた。
 次いで,B指定海難関係人が8番右舷側魚倉中央ハッチの左舷側で,もっこのリングに左舷側カーゴホール1本のフックをかけたのち,同ハッチ船尾方に待避し,この待避するのを円形ハッチ左舷側にいたA受審人と前示場所にいた甲板長が認め,15時29分もっこを8番右舷側魚倉中央ハッチの左舷側1メートルのところに,底部が甲板に接する状態で一旦置き,同受審人が円形ハッチから4番右舷側魚倉に向かって,「これから魚を落とす。」旨の声を掛け,同魚倉の投入受け入れ準備の知らせを待った。
 一方,B指定海難関係人は,シフト作業の最後にゴミ揚げ用もっこを5番右舷側魚倉へ投入することになっていたが,一旦置いたもっこが移動するまではもう少し時間があると思い,もっこの移動を待たないまま,もっこと8番右舷側魚倉中央ハッチとの間に置いてあるゴミ揚げ用もっこに向かい,投入作業にかかった。
 間もなく,A受審人は,4番右舷側魚倉内の作業員から「魚を落としてもよい。」旨の合図があり,もっこを円形ハッチまで移動することにしたが,もっこ近くに人がいることはあるまいと思い,もっこ周囲の人の存否を確認しなかったので,もっこの陰になっていたB指定海難関係人に気付かず,また,甲板長も同受審人のいる左舷方を見ていて同指定海難関係人に気付かなかった。
 こうして,A受審人は甲板長と暗黙のうちにそれぞれカーゴホールを操作したところ,もっこが吊り上がるのとほぼ同時に操作のタイミングの関係やもっこ内の冷凍漁獲物の移動によるものか少し左右に振れて,ゴミ揚げ用もっこの投入を終えて立ち上がったB指定海難関係人の背中に当たり,15時30分前示地点において,同指定海難関係人が8番右舷側魚倉中央ハッチから6メートル下方の5番右舷側魚倉の倉底に転落して頭部等を強打した。
 当時,天候は晴れで風力2の東南東風が吹き,海上は穏やかであった。
 その結果,B指定海難関係人は頭蓋骨及び右脛骨の骨折を負い,船内で応急手当を受け,ミクロネシア連邦ポンペイ港に入港後,病院に搬送された。

(本件発生に至る事由)
1 漁労作業甲板にはハッチコーミングと同じ高さにグレイチングが張られていたこと
2 A受審人がもっこ周囲に人がいないと思い,もっこ周囲の人の存否を確認しなかったこと
3 B指定海難関係人がもっこを移動するまでもう少し時間があると思ったこと
4 B指定海難関係人がもっこの移動を待つことなく,もっこ近くでゴミ揚げ用もっこの投入作業をしたこと
5 A受審人がもっこを再移動する際,甲板長と暗黙のうちにカーゴホールを操作したこと
6 もっこを再移動した際,もっこが少し左右に振れたこと

(原因の考察)
 本件は,もっこ周囲の人の存否を確認していれば,B指定海難関係人に気付くことができ,発生を回避できたと認められる。
 したがって,A受審人がもっこ周囲に人がいないと思い,もっこ周囲の人の存否を確認しなかったことは,本件発生の原因となる。
 一方,もっこ近くでゴミ揚げ用もっこの投入作業をしていなければ,発生を回避できたと認められる。
 したがって,B指定海難関係人がもっこの移動までもう少し時間があると思って,もっこの移動を待つことなく,もっこ近くでゴミ揚げ用もっこの投入作業をしたことは,本件発生の原因となる。
 A受審人がもっこを再移動する際,甲板長と暗黙のうちにカーゴホールを操作したことは,本件発生に至る過程で関与した事実ではあるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点からカーゴホール操作前には合図をするなどの是正がなされるべきである。
 漁労作業甲板にハッチコーミングと同じ高さにグレイチングが張られていたこと,及びもっこを吊り上げて移動する際,もっこが少し左右に振れたことは,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件乗組員負傷は,冷凍漁獲物をもっこで魚倉間をシフト作業中,一旦もっこを魚倉ハッチ近くの甲板に置き,再移動しようとする際,もっこの移動に対する安全措置が不十分で,乗組員が吊り上げられて振れたもっこに押されて魚倉ハッチから転落し,頭部等を強打したことによって発生したものである。
 もっこの移動に対する安全措置が不十分であったのは,船長がもっこ周囲の人の存否を十分に確認しなかったこと,及び乗組員がもっこの移動を待つことなく,もっこ近くでゴミ揚げ用もっこの投入作業をしたことによるものである。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,作業責任者として冷凍漁獲物をもっこで魚倉間をシフト作業中,一旦,もっこを魚倉ハッチ近くの甲板に置いて再移動しようとする場合,移動開始時もっこが振れることがあったから,もっこが乗組員に接触することのないよう,もっこ周囲の人の存否を確認すべき注意義務があった。ところが,同人は,もっこ近くに人がいることはあるまいと思い,もっこ周囲の人の存否を確認しなかった職務上の過失により,もっこ近くでゴミ揚げ用もっこの投入作業をしていた乗組員に気付かず,同乗組員が移動開始時に吊り上げられて振れたもっこに押されて魚倉ハッチからの転落を招き,頭蓋骨及び右脛骨の骨折を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
 B指定海難関係人が冷凍漁獲物の入ったもっこが移動するまではもう少し時間があると思い,もっこの移動を待たずに,もっこ近くでゴミ揚げ用もっこの投入作業をしたことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,現在も通院し,将来乗船しないと決めている点に徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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