(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年10月8日16時00分
静岡県御前埼東南東方沖合
(北緯34度32分 東経138度22分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第八浜平丸 |
総トン数 |
90トン |
全長 |
40.75メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
計画出力 |
742キロワット |
計画回転数 |
毎分620 |
(2)設備及び性能等
ア 第八浜平丸
第八浜平丸(以下「浜平丸」という。)は,昭和61年3月に進水した,大中型まき網漁業船団の鋼製探索船で,主機が船体中央の甲板下に設置され,主機遠隔操縦装置が操舵室に装備されていた。
イ 主機
主機は,B社が製造した,間接冷却式のシリンダ内径260ミリメートル(以下「ミリ」という。),行程340ミリの6DLM-26FS型と呼称するディーゼル機関で,各シリンダには船首側から順番号が付され,架構船尾側上部に過給機が装備されていた。
ウ 主機潤滑油系統
主機潤滑油系統は,同機油だめの300リットルの潤滑油が,歯車式直結ポンプ(以下「直結ポンプ」という。)で吸引,加圧され,潤滑油冷却器を経て,潤滑油圧力調整弁(以下「圧力調整弁」という。)で軸受油及びピストン冷却油の2系統に分岐され,軸受油は280メッシュの複式ノッチワイヤ式こし器(以下「軸受油こし器」という。)を経て,各主軸受からクランクピン軸受,連接棒を経由してピストンピン軸受までを潤滑し,また,ピストン冷却油は200メッシュの複式ゴーズワイヤ式こし器(以下「ピストン冷却油こし器」という。)を経て,各シリンダライナ下端船首側にボルトで固定されたノズル台の長さ95ミリ口径6ミリのノズルから噴油されて,内径24ミリのピストンの側壁油路を通ってピストン頂部内面に達してピストンを冷却するなどして,いずれの系統も主機油だめに戻るようになっていた。
なお,ピストン冷却油については,ピストン油だまりから一部が前後2本の油路を経て,上側オイルリングのリング溝の開口部へと流れ,同オイルリングを介して,シリンダ内に注油(以下「シリンダ注油」という。)されて,ピストンとシリンダライナとの摺動部(しゅうどうぶ)の潤滑を行えるようになっていた。
エ 圧力調整弁
圧力調整弁は,内部で前示2系統に分かれ,それぞれに圧力設定が行えるばねが組み込まれた逃し弁が付設されていた。潤滑油は,同調整弁入口から軸受油の主管に流れ,潤滑油圧力(以下「油圧」という。)が3.5キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)以上で,同調整弁の軸受油系統側逃し弁が開き始め,同系統の油圧が3.5キロないし5.0キロに維持されて,同逃し弁経由でピストン冷却油系統の主管に潤滑油が流れ始め,同冷却油系統の油圧が2.0キロないし3.5キロに保持されつつ,同冷却油圧が3.0キロ以上になると同系統側逃し弁が開き,余剰となった潤滑油が同弁から容量1,500リットルの潤滑油サンプタンクに流れ,同タンクをオーバーフローした同油も主機油だめに戻るように配管されていた。
オ 主機の油圧低下保護装置
主機には,同機の油圧低下保護装置として,軸受油系統の主管に同系統の油圧が2.5キロ以下で油圧低下警報を発する装置と2.0キロ以下で同機を危急停止する装置が,また,ピストン冷却油系統の主管には同冷却油系統の油圧が1.0キロ以下で警報を発する装置が,それぞれ付設されていた。
3 事実の経過
浜平丸は,静岡県戸田漁港を基地とし,毎日昼ごろ出港して,主に駿河湾内で操業し,翌朝水揚げのために帰港する航海を周年で行っており,主機回転数400の停止回転から回転数620まで使用される状況で,月間400時間ばかりの運転を繰り返していたが,毎年4月には入渠して,主機については,潤滑油の全量交換及びシリンダヘッド整備を行わせていたが,ピストン抜出し整備は,2年おきに実施されていた。
A受審人は,機関長として機関の運転保守を行っており,平素,毎月5日間の連続した停泊を利用して,主機の軸受油及びピストン冷却油の各こし器を開放し,軽油を使用してエレメント等をブラシで洗浄するなどしていた。
ところで,浜平丸は,平成15年4月定期検査を受検した際,整備業者に主機のピストン及びシリンダライナの抜出し整備,ピストンリング及び直結ポンプの軸受等の新替えなどを行わせるのに併せて,主機潤滑油の全量新替え,主機クランク室及び潤滑油サンプタンクの掃除などを実施させていたが,その後,操業を繰り返すうち,同機の潤滑油配管などに滞留して掃除されなかったスラッジ等の異物や,燃料運転で生じるカーボン等の燃焼生成物などが同油に混入するなどして,いつしか汚損が進行して性状の劣化した同油がシリンダ注油されるなど同機の各潤滑油系統を循環するようになっていた。
A受審人は,出渠後には主機潤滑油の各こし器が通常より汚れ易くなることを認めていたものの,例年どおり4月入渠時に同油を取替えているから大丈夫と思い,機関取扱説明書に同油の性状分析を1箇月ごとに行うよう記載されていたのに,同分析を業者に依頼するなどして同油の性状管理を十分に行っていなかったので,同油の汚損が進行して性状が著しく劣化している状況に気付かないまま運転を続けていた。
こうして,浜平丸は,A受審人ほか5人が乗り組み,さば漁の目的で,船首2.1メートル船尾4.1メートルの喫水をもって,10月8日13時00分静岡県焼津港を発し,御前埼沖合の漁場に至って,主機を回転数570にかけ,約11ノットの速力で魚群探索を行っていたところ,同日16時00分御前埼灯台から真方位118度8.1海里の地点において,同機のピストンとシリンダライナとの摺動部の潤滑が著しく阻害され,6番シリンダのピストンリングがこう着するなどして燃焼ガスの吹抜けが生じ,主機クランク室のオイルミスト抜き管から白煙が噴出し始めた。
当時,天候は曇で風力3の北東風が吹き,海上には白波があった。
A受審人は,白煙を発見した船長からの連絡を受けて機関室に急行し,主機は油圧低下警報を発していなかったが,ピストン冷却油の油圧が2キロ以下になっているのを認め,ただちに同機を停止した後,同油こし器などを開放点検したところ,金属粉が多量に認められたことから,以後の運転は不能と判断し,船長に,その旨を報告して,救援を依頼した。
その結果,浜平丸は,来援した僚船により焼津港に引き付けられた後,業者により主機が精査された結果,前示損傷のほか,全シリンダに亘ってピストン及びシリンダライナ等に損傷が判明し,各損傷部品が取り替えられた。
(本件発生に至る事由)
1 主機潤滑油の性状管理を十分に行っていなかったこと
2 主機潤滑油の汚損が進行して性状が著しく劣化していたこと
(原因の考察)
機関長が,機関の運転保守を行う際,整備業者に性状分析を依頼するなどして主機潤滑油の性状管理を十分に行っていれば,同油への新油補給若しくは同油の更油などが適宜に行われ,汚損が進行して性状の著しく劣化していた同油がシリンダ注油されるなどしてピストンとシリンダライナとの摺動部の潤滑が阻害されることはなく,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,主機潤滑油の性状管理を十分に行っていなかったこと及び同油の汚損が進行して性状が著しく劣化していたことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件機関損傷は,機関の運転保守を行う際,主機潤滑油の性状管理が不十分で,汚損が進行して性状が著しく劣化した同油がシリンダ注油されるなどして,ピストンとシリンダライナとの摺動部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の運転保守を行う場合,同機潤滑油は,潤滑油配管などに滞留して掃除されなかったスラッジ等の異物や,燃料運転で生じるカーボン等の燃焼生成物が混入するなどして,汚損が進行して性状が劣化するから,その変化を見落とさないよう,業者に性状分析を依頼するなどして同油の性状管理を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,同油は毎年入渠時に取替えているから大丈夫と思い,同油の性状管理を十分に行っていなかった職務上の過失により,同油の性状が著しく劣化していた状況に気付かないまま運転を続け,ピストンとシリンダライナとの摺動部の潤滑が阻害される事態を招き,全シリンダに亘ってピストン及びシリンダライナ等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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