(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年7月30日07時40分
北海道茂津多岬北西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十三明徳丸 |
総トン数 |
96.17トン |
全長 |
34.30メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
294キロワット |
3 事実の経過
第五十三明徳丸(以下「明徳丸」という。)は,昭和53年8月に進水した,従業区域を乙区域とする,いか一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で,照明・動力用の船内電源として,発電用ディーゼル機関(以下「補機」という。)2機を機関室に備え,それぞれ100キロボルトアンペア交流発電機を駆動しており,集魚灯用発電機は船尾の操舵機室に備えていた。
補機は,B社が製造した5G-2S型と呼称する,定格出力110キロワット同回転数毎分1,200の予燃焼室式過給機付4サイクル5シリンダ・ディーゼル機関で,燃料油としてA重油が使用され,各シリンダのシリンダヘッドに組み込まれた吸・排気弁各1個を有し,弁腕装置には入口主管から分岐した潤滑油が供給されていた。
排気弁の排気弁棒は,全長209ミリメートル(以下「ミリ」という。)弁棒外径15ミリ弁傘外径59ミリ同厚み6ミリの耐熱鋼製で,弁座部にステライト合金が盛金されていた。
排気弁棒の整備要領は,取扱説明書には6箇月または1,500時間使用ごとに弁座環とのすり合わせを行うよう,整備業者の整備マニュアルには特殊鋳鉄製弁案内とのすきまの使用限度を0.2ミリとし,また,弁棒外径が0.15ミリ摩耗したときには同案内とともに取り替えるよう,それぞれ記載されていた。
従って,排気弁棒は,高温度の燃焼・排気ガスにさらされ,経年のうちに材料が衰耗するので,整備の際には弁傘部や弁棒部等をカラーチェックして亀裂の有無を調べ,弁棒外径等を計測して継続使用の可否を判断する必要があった。
A受審人は,昭和48年6月に丙種機関長(内燃)の免許を取得し,現船舶所有者が明徳丸を購入した同63年7月ごろから機関長として乗船し,5月下旬から翌年1月下旬までの操業に従事し,主機及び補機の運転・保守に当たっていた。
ところで,A受審人は,補機を約3日ごとに切り替えて連続使用し,冷凍機負荷が多くて排気温度が高いときは並列運転とし,1号及び2号補機をそれぞれ年間に3,000時間近く使用しており,2年ごとの検査時に両補機のオーバーホール整備を行い,その中間の休漁期にはシリンダヘッドを開放して燃焼室掃除及び吸・排気弁の整備を行っていた。
平成15年5月A受審人は,定期検査工事を施工するに当たり,主機のオーバーホール整備は整備業者に依頼し,補機の同整備は自ら行うこととした。
A受審人は,補機の排気弁棒を整備するに当たり,各部を計測するまでのことはないものと思い,整備業者の整備マニュアルに記載された整備要領を確認のうえ,同弁棒の弁棒外径等を計測して継続使用の可否を判断するなど,同弁棒の整備を十分に行うことなく,弁案内に挿入した同弁棒の振れ具合や目視により継続使用の可否を判断し,3本ばかり同弁棒を取り替えたものの,1号補機3番シリンダの同弁棒及び弁案内を継続使用することとし,長期間の使用により同弁棒が衰耗していることに気付かないまま,弁座環とのすり合わせを行って組み立てた。
明徳丸は,同月下旬から操業を始め,越えて翌々7月3日12時00分A受審人ほか5人が乗り組み,船首1.2メートル船尾3.7メートルの喫水をもって,北海道函館港を発し,日本海の秋田県沖合漁場に至って操業を始め,以後漁場を移動しながら操業を繰り返した。
いつしか,明徳丸は,1号補機3番シリンダの排気弁棒が,弁案内とのすきまの過大により,潤滑不良や偏心による発熱から同案内にこう着気味となって,ピストンで繰り返し叩かれながら運転されるうち,弁傘つけ根部に亀裂が生じて進展するようになった。
こうして,明徳丸は,同月30日04時30分操業を終えて北海道西方沖合の漁場を発進し,水揚げのため,1号補機を運転しながら函館港に向け航行中,07時40分茂津多岬灯台から真方位311度54.0海里の地点において,3番シリンダの排気弁棒が前示亀裂箇所で折損して弁傘部がシリンダ内に落下し,それをシリンダヘッドとの間に挟撃した軽合金製ピストンが破損し,ピストンから離脱した連接棒小端部が振れ回って大音を発した。
当時,天候は曇で風力4の北東風が吹き,海上はやや波が高かった。
A受審人は,甲板上で操業の後片付けの作業中,異常に気付いて機関室に急行した。
この結果,明徳丸は,2号補機を運転して航行を継続したが,1号補機は,3番シリンダのシリンダライナが破損,連接棒が曲損,シリンダヘッド等が損傷し,シリンダブロックに亀裂,台板に破孔をそれぞれ生じ,クランク軸等が損傷したが,それらはのち修理された。
(原因)
本件機関損傷は,補機のオーバーホール整備に当たって排気弁を整備する際,排気弁棒の整備が不十分で,同弁棒が衰摩したたまま使用が続けられ,弁傘つけ根部で折損してシリンダ内に落下したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,自ら補機のオーバーホール整備に当たって排気弁を整備する場合,衰耗した排気弁棒を継続使用すると大事に至るから,整備業者の整備マニュアルに記載された整備要領を確認のうえ,同弁棒の弁棒外径等を計測して継続使用の可否を判断するなど,同弁棒の整備を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,各部を計測するまでのことはないものと思い,弁案内に挿入した同弁棒の振れ具合及び目視により継続使用の可否を判断し,3番シリンダの同弁棒を衰耗したまま使用を続け,同弁棒が折損してシリンダ内に落下する事態を招き,ピストン及びシリンダライナを破損,連接棒を曲損,シリンダヘッド等を損傷させ,シリンダブロック,台板,クランク軸等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。