(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年10月1日06時30分
東シナ海
(北緯27度48分 東経126度10分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三十一新東丸 |
総トン数 |
324トン |
全長 |
61.40メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備等
第三十一新東丸(以下「新東丸」という。)は,平成元年4月に進水した可変ピッチプロペラを装備する船首楼及び船尾楼付の鋼製漁船で,甲板下に1番から8番までの魚倉を備え,船首楼甲板後部及び船尾楼甲板前部に,それぞれ長さ17メートルあまりのブームを有する大型の魚倉用油圧デリック装置を備えていた。
(3)主機
主機は,B社製の6MG32CLX型と呼称するディーゼル機関で,機関室の中央に据え付けられ,減速機及び弾性継手を介して可変ピッチプロペラを駆動するほか,前部動力取出軸により,油圧クラッチ及び増速機を介し,ウインドラスや魚倉用デリック装置など甲板油圧機器用の油圧ポンプ(以下「甲板ポンプ」という。)を駆動していた。
(4)発電機及び原動機
発電機は,主機の左右にそれぞれ1台ずつ据えられ,いずれも船首側に配置した過給機付6シリンダ・ディーゼル原動機(以下「補機」という。)によって駆動される電圧225ボルトの3相交流発電機であったが,並列運転は不能な仕様で,補機とともに右舷側が1号機,左舷側が2号機と呼称され,1号及び2号発電機の出力がそれぞれ250キロボルトアンペア及び200キロボルトアンペアであった。
一方,補機は,2号補機として,発電機の出力に見合う定格出力198キロワット(KW)のC社製6KHL-STN型機関を備えていたのに対し,1号補機は発電機のほか,動力取出軸で油圧クラッチと増速機を介して駆動する最大出力441KWの甲板ポンプを船首側に付設していたことから,定格出力が同ポンプの最大出力と同じ441KWのB社製6NSD-G型機関が装備されていた。
なお,発電機は,電動機,照明,制御機器などに給電しており,うち,消費電力量が大きな主要機器には,主機用の冷却海水ポンプ(出力7.5KW),冷却清水ポンプ(同11KW)及び予備潤滑油ポンプ(11KW),雑用海水ポンプ(15KW),1号主空気圧縮機(7.5KW)などのほか,魚倉用の海水冷却冷凍機(30KW)及びアイスコンバータと称する氷を砕いて魚倉に散布する装置(36KW)があった。
(5)冷却水系統
1号補機の冷却水系統は,清水冷却器と一体型の膨張タンクから直結の冷却清水ポンプによって吸引された清水が,入口主管を経てシリンダジャケット,シリンダヘッド及び排気集合管を順に冷却したのち,膨張タンクに戻って循環しており,一方,船底の海水吸入口から直結の冷却海水ポンプによって吸引された海水が,潤滑油冷却器,空気冷却器及び清水冷却器を順に通って船外排出口から排出されていた。
なお,冷却清水は,膨張タンクに内蔵された温度調整弁の働きで,排気集合管出口で65度(摂氏温度,以下同じ。)ないし76度となるよう調整され,95度に達すると船橋及び機関室に備えた警報盤で警報を発するようになっていた。また,冷却海水経路には,直結冷却海水ポンプの故障などに備え,電動の雑用海水ポンプで送水できるようになっていた。
3 事実の経過
新東丸は,東シナ海において,あじ,さば等を対象魚とする大中型まき網漁業船団の運搬船として周年操業に従事し,漁場においては,日中は投錨のうえ休息し,夜間は操業を行う船団と行動をともにして捕獲した漁獲物を順次積み込み,魚倉が一杯となる2ないし5日毎に北九州一円の漁港に入港して水揚げを行っており,毎年8月前後に長崎県の造船所に約10日間入渠して船体,機関及び漁具の整備を行っていた。
新東丸は,漁獲物の積込みを行う際,乗組員全員が甲板上で作業に当たり,主機をアイドリング運転とし,アイスコンバータを使用するほか,漁場では海水冷却冷凍機を連続運転することが多いので発電機負荷が増大し,また,作業中は魚倉用デリック装置などを使用するので甲板ポンプを運転する必要があった。
ところで,1号補機は,発電機で給電しながら甲板ポンプを駆動することも可能であったが,甲板油圧機器の使用状況及び消費電力量によっては,過大な負荷が掛かることになるので,負荷状況を監視しながら,甲板ポンプを主機付に切り替えるなり,発電機を2号機に切り替えるなどの負荷分担を行う必要があったが,漁獲物の積込みや水揚げ作業中は,機関部も全員が甲板作業に就くので,負荷状況を監視して負荷分担を適切に行うことは困難であった。
そこで,新東丸は,主機,補機等の使用区分を定め,夜間主機を運転して操業中は1号補機で連続給電し,漁獲物の積込み作業開始の約30分前から補機付甲板ポンプを駆動して魚倉の氷移動などの準備作業を行い,積込み作業開始直前に主機付甲板ポンプに切り替え,岸壁で主機を停止して水揚げ作業中は1号補機を運転して給電しながら甲板ポンプを駆動し,また,錨泊中は,主機及び1号補機を停止して2号発電機を使用するように決めていた。
A受審人は,機関士2人を指揮して機関の運転管理に当たり,1号補機については,潤滑油,燃料油等のこし器を定期的に掃除し,潤滑油を適宜新替えしていたほか,平成14年9月の定期検査工事で全ピストンの抜出し整備などを行っていたが,熱交換器類の掃除を長期間行っていなかった。
また,A受審人は,乗船時に主機,発電機等の使用区分の引継ぎを受けてこれに従っていたものの,やがて,漁獲物積込み作業の際,甲板ポンプを主機付に切り替える必要性に疑問を持つようになったが,造船所などに問い合わせるなど,使用区分の意義を確認しないまま同作業に従事するうち,主機付甲板ポンプへの切替えが遅れ,この間魚倉用デリック装置などの運転に伴って1号補機に断続的に過大な負荷が掛かり,熱交換器類の汚れもあって機関が過熱し,冷却清水温度警報が作動する事態が発生した。
A受審人は,同警報の作動で甲板ポンプの切替え忘れに気付き,当初は急いで機関室に入り,甲板ポンプを直ちに主機付に切り替えたうえ,雑用海水ポンプを運転して冷却清水温度が正常に下がることなどを確認していたが,何度か同事態を繰り返すうち,甲板ポンプの切替えは警報が発生してからでも大丈夫と考え,使用区分に従って1号補機の負荷分担を適切に行うことなく,ときに甲板ポンプの切替えを同警報が作動してから行うようになり,そのたびに燃焼室周辺の温度が急上昇し,ピストンとシリンダライナが金属接触気味となってかき傷が発生し,徐々に進行していることに気付かなかった。
こうして,新東丸は,A受審人ほか7人が乗り組み,漁獲物積込みの目的で,船首2.6メートル船尾5.0メートルの喫水をもって,平成15年9月25日10時50分佐賀県唐津港を発し,同日20時ごろ漁場に至り,船団と合流したうえ操業を開始した。
9月30日18時ごろ新東丸は,主機を始動して抜錨したのち操業に掛かり,1号補機で魚倉用海水冷却冷凍機を連続運転した状態で,翌10月1日02時45分アイスコンバータの運転を開始し,03時00分漁獲物積込み準備作業のため補機付甲板ポンプが駆動され,甲板ポンプの切替えが行われないまま漁獲物の積込みが開始されたところ,同補機が過熱し,06時00分冷却清水温度警報が作動した。
A受審人は,甲板上で警報音に気付き,機関室に降りて甲板ポンプを切り替えたうえ,雑用海水ポンプを運転して冷却海水系統に送水し,運転状態を確かめないまま1号補機の高負荷運転を継続して甲板作業に戻ったところ,冷却清水温度は幾分下がったものの,同補機船首側の1番シリンダにおいて,ピストンとシリンダライナのかき傷が進行し,ピストンが過熱してシリンダライナと焼き付き,06時30分北緯27度48分東経126度10分の地点において,同ピストンが割損して連接棒が振れ回り,クランクケースに激突してこれを突き破り,大音響とともに1号補機が自停した。
当時,天候は晴で風力2の南東風が吹き,海上は穏やかであった。
A受審人は,甲板上で作業中,周囲の照明が消えたことから異状に気付いて機関室に急行し,1号補機がいわゆる足出し状態を呈していることを認めた。
新東丸は,2号発電機と主機付甲板ポンプを運転して漁獲物積込み作業を終え,長崎県松浦漁港に入港して水揚げを済ませたのち,造船所の手によって1号補機を精査した結果,1番シリンダの損傷のほか,2番ないし6番シリンダのピストンとシリンダライナも焼き付き,クランク軸,全主軸受及びクランクピン軸受等が焼損し,また,空気冷却器,清水冷却器,潤滑油冷却器の海水側の汚損がいずれも著しいことなどが判明し,のち,損傷部品を全て新替えし,熱交換器類を掃除して修理された。
(本件発生に至る事由)
1 1号補機の熱交換器類の掃除が不十分であったこと
2 主機,補機等の使用区分の意義が確認されなかったこと
3 適切な負荷分担が行われていなかったこと
4 1号補機に断続的に過大な負荷が掛かる運転が繰り返されていたこと
5 1号補機を高負荷で運転して漁獲物積込み作業が開始されたこと
6 警報処理後,1号補機の運転状況の点検が行われなかったこと
7 1号補機の1番シリンダピストン及びシリンダライナが過熱したこと
(原因の考察)
本件は,主機,補機等の使用区分の意義を理解し,これに従って1号補機の負荷分担を正しく行っていれば,発生は回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が,主機,補機等の使用区分の意義を確認しなかったこと,適切な負荷分担を行わなかったこと,1号補機に断続的に過大な負荷が掛かる運転を繰り返していたこと,同機を高負荷で運転して漁獲物の積込み作業を開始したこと,このためピストンとシリンダライナが過熱したことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,1号補機の熱交換器類の掃除を十分に行っていなかったこと及び警報処理後,同機の運転状況の点検を行わなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,1号補機の運転取扱いが不適切で,負荷分担が正しく行われないまま断続的に過大な負荷が掛かる状態で運転が繰り返され,東シナ海の漁場において,漁獲物の積込み作業中,かき傷が生じていた同機のピストンとシリンダライナが過熱したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,機関の運転管理に当たり,1号補機の使用区分に疑問を抱いた場合,同機に過大な負荷を掛けることのないよう,造船所などに使用区分の意義を確認したうえ,同区分に従って同機の負荷分担を適切に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,負荷分担は冷却清水温度警報が作動してからでも大丈夫と考えるようになり,1号補機の負荷分担を適切に行わなかった職務上の過失により,同機の高負荷運転を繰り返し,かき傷が生じていたピストンとシリンダライナが過熱する事態を招き,1番シリンダのピストンとシリンダライナが焼き付いて連接棒がクランクケースを突き破り,同機を運転不能とさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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