(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年7月20日05時00分
長崎県平戸瀬戸北口付近
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船28海来 |
総トン数 |
17.57トン |
登録長 |
14.30メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
353キロワット |
回転数 |
毎分2,100 |
3 事実の経過
28海来(以下「海来」という。)は,昭和55年3月に進水したFRP製漁船で,平成14年9月に現所有者が買船し,同人の二男であるA受審人(平成5年3月一級小型船舶操縦士免許取得)が船長として1人で乗り組み,長崎県太郎ヶ浦漁港を基地に平戸瀬戸の周辺海域で船団の運搬船として中型まき網漁業に従事していた。
主機は,アメリカ合衆国B社製の3408TA型と呼称するV型ディーゼル機関で,各シリンダにはそれぞれ船首側から左舷シリンダ列が1番から4番,右舷シリンダ列が5番から8番の順番号が付され,4シリンダ一体型のシリンダヘッドが同じく4シリンダ一体型のシリンダヘッドカバーで密閉されており,A重油を燃料油として年間平均約2,500時間運転されていた。
主機の吸・排気弁は,各シリンダヘッドにそれぞれ排気弁を船首側にして前後に2個ずつ直接組み込まれた4弁式で,シリンダヘッドカバー内のロッカーアーム軸受,バルブローテータ,弁棒と弁案内との摺動部など動弁装置各部の潤滑は,主機入口主管から各シリンダ毎に分岐し,カム軸受を経て送油される潤滑油によって行われていた。
ところで,吸・排気弁は,運転時間の経過とともに各部が摩耗し,弁と弁座が偏摩耗すると,燃焼ガスの漏洩,弁棒の中心の狂い,弁棒と弁案内の間隙増大などを招き,燃焼効率が低下したり両弁が損傷したりするおそれがあることから,停泊中にシリンダヘッドカバーを開けてタペット間隙,注油状況等を点検調整し,定期的にシリンダヘッドを取り外して両弁の開放整備を行う必要があり,取扱説明書には2,000運転時間毎,または少なくとも1年毎にシリンダヘッドを開放して吸・排気弁の各部寸法計測,弁と弁座の当り面の修正等の整備を行うよう記載されていた。
A受審人は,平成14年9月に乗船して以来,機関の運転管理も自ら行い,主機については,潤滑油,各部こし器フィルター,保護亜鉛等の交換を適宜行っていたものの,吸・排気弁は,乗船前の整備来歴が不明であったうえ,乗船後の運転時間も整備基準時間を大幅に超過したが,運転に支障がなかったことから機関の調子は良いものと思い,シリンダヘッドカバーを開けて内部を点検することも,整備業者に依頼して開放整備することも行っていなかった。
主機は,長期間無開放のまま運転が続けられるうち,いつしか,4番シリンダの右舷側排気弁が弁と弁座の偏摩耗により,燃焼ガスが漏洩し始めるとともに弁棒に微少な曲がりが生じ,徐々に進行する状況となったが,シリンダ毎の排気温度計を備えていないこともあって,A受審人はこのことに気付かなかった。
こうして,海来は,A受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,平成16年7月19日16時00分太郎ヶ浦漁港を発し,平戸瀬戸北東方5海里付近の漁場へ向かい,18時00分漁場に到着して操業を開始したところ,同排気弁が吹き抜け,高温の燃焼ガスにさらされて疲労強度が低下するとともに,弁棒部が過熱膨張して固着気味となり,翌20日04時30分操業を終えて帰途に就き,主機を全速力と定めた毎分回転数1,500にかけ,太郎ヶ浦漁港に向けて航行中,05時00分平戸瀬戸牛ヶ首灯台から真方位031度530メートルの地点において,同弁が固着してピストン頂部に叩かれ,弁傘部付け根で折損してシリンダ内に落下し,これを挟撃したピストンが割損して連接棒が振れ回り,激突したシリンダライナ及びクランクケースに亀裂が生じ,主機が大きな異音を発して停止した。
当時,天候は晴で風力4の南東風が吹き,海上は穏やかであった。
A受審人は,操舵室で操船中,異音とともに主機が停止したことに気付き,機関室に急行して主機の検油棒挿入口から冷却水混じりの潤滑油が噴き出しているのを認め,主機の運転は不能と判断して僚船に救援を依頼した。
海来は,太郎ヶ浦漁港に引き付けられ,整備業者によって主機を開放して精査した結果,4番シリンダの吸・排気弁,ピストン,シリンダライナ及びクランクケースが損傷したほか,多量の冷却清水がクランク室の潤滑油に混入したため,2番シリンダのピストンとシリンダライナが焼き付き,主軸受及びクランクピン軸受がすべて焼損してクランク軸が修正不能となっていることなどが判明し,修理に多額の費用がかかることから,のち廃船とされた。
(原因)
本件機関損傷は,主機吸・排気弁の整備が不十分で,4番シリンダの排気弁が偏摩耗して燃焼ガスが漏洩するまま運転が続けられ,運転中に同弁が折損して脱落した弁傘部をピストンが挟撃したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の運転管理を行う場合,吸・排気弁は運転時間の経過とともに各部が摩耗し,燃焼ガスが漏洩して燃焼効率が低下したり損傷したりするおそれがあるから,定期的に開放して十分に整備すべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,運転に支障がなかったことから機関の調子は良いものと思い,吸・排気弁を十分に整備しなかった職務上の過失により,4番シリンダの排気弁が偏摩耗して燃焼ガスが漏洩するまま運転が続けられ,運転中,同弁が折損して脱落した弁傘部をピストン頂部で挟撃する事態を招き,主機を運転不能とさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。