(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年5月13日18時35分
島根県大田市沖合
(北緯35度11.2分 東経132度24.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第15協和丸 |
総トン数 |
6.6トン |
登録長 |
11.32メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
264キロワット |
回転数 |
毎分2,200 |
(2)設備及び性能等
第15協和丸(以下「協和丸」という。)は,昭和57年10月に進水したFRP製漁船で,1層甲板型の船体の中央に機関室を,また,甲板上の機関室囲壁後部に操舵室をそれぞれ配置していた。
主機は,平成3年4月に換装された6GHA-ST型と称するディーゼル機関で,鋳鉄製シリンダブロックに同製シリンダライナを挿入し,同ブロック下面に吊メタル形式の主軸受でクランク軸を支え,アルミニウム製ピストンとクランク軸を鍛鋼製の連接棒で取り付けた構造で,同ブロック下部のオイルパンに潤滑油が溜められていた。
ピストンと連接棒小端部は,ピストンピンで接続され,同小端部側には冷間圧延鋼板の裏金に銅合金が盛り金されたものを巻いて円筒形状としたピストンピンブッシュが圧入され,内面のメタルでピストンピンを受けていた。
主機の潤滑油系統は,オイルパンの潤滑油が歯車式潤滑油ポンプで加圧され,こし器及び冷却器を経て潤滑油主管に入り,主軸受,伝動歯車,ピストン内面等の各部に分配され,潤滑と冷却を終えて再びオイルパンに戻るもので,潤滑油主管圧力の標準値が0.5メガパスカルとなるよう圧力調整され,こし器前後の差圧が0.15メガパスカルを超えるとバイパス弁が開くようになっていた。また,潤滑油主管の圧力低下と,こし器前後の差圧上昇が操舵室の機関警報盤に警報されるようになっていた。
主機の整備は,メーカー作成の取扱説明書に項目別及び運転時間毎に整理して記述され,潤滑油の日常的管理として,オイルパン内の潤滑油とこし器を500時間毎に取り替えるよう,また,シリンダヘッドについては最大5,000時間の運転毎ないしは2年毎に吸気弁及び排気弁の摺り合せを行うよう示されていた。また,2年を超える年数経過後には,専門業者による定期的な開放整備が促されていた。
3 事実の経過
協和丸は,島根県北方沖合の漁場で通年で日帰りの操業を行い,1日当たりの主機の運転時間が8時間で,年間操業日数が約100日であった。
A受審人は,船長の職務を執り始めてから,出港前には主機の潤滑油量を点検し,その量が減少しているときには補給し,入港して主機を停止する際に潤滑油圧力が低下して警報が鳴ることを確認していた。
B社は,各船の日常的な整備を近在の鉄工所に委託し,概ね取扱説明書に記載された時間毎に潤滑油とこし器を取り替えさせていたほか,機関の不具合が生じた際には開放整備を行わせていたが,協和丸の主機については,換装後,A受審人から運転上の不具合が報告されなかったことから,ピストン抜きのうえ主要部の点検をするなど,開放整備を行わなかった。
主機は,潤滑油こし器が定期的に取り替えられており,同こし器が閉塞して差圧警報が鳴ることはなかったものの,潤滑油ポンプのケーシングの経年摩耗が進行して潤滑油圧力が徐々に低下し,同圧力低下警報のための圧力スイッチの設定値が低くなっていたところ,開放整備が行われなかったので同圧力が低くなったまま運転が続けられ,5番シリンダのクランク軸受及びピストンピンブッシュのメタル部分が摩耗してピストンピンとの隙間が増加し,連接棒大端部及び小端部が叩かれていつしか小端部の油孔に亀裂を生じ,更に運転の継続で同亀裂が進展した。
こうして,協和丸は,A受審人ほか1人が乗り組み,船首0.5メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成15年5月13日18時30分島根県五十猛漁港を発し,同県大田市沖合の漁場に向けて主機を回転数毎分2,150に増速してまもなく,主機の5番シリンダの連接棒が,小端部の油穴に生じていた亀裂が進展して破断し,18時35分大岬灯台から真方位298度750メートルの地点で,連接棒が振れ回ってシリンダライナ,シリンダブロックを突き破り,大音を発した。
当時,天候は晴で風力1の南東風が吹いていた。
A受審人は,機関室入口扉から機関室内部を覗き,主機左舷側側壁に破孔を生じて潤滑油が飛散し,発煙しているのを認め,主機が運転不能と判断し,同航していた僚船に曳航を依頼した。
協和丸は,五十猛漁港に引き付けられて精査の結果,主機5番シリンダの連接棒が小端部で破断し,連接棒の振れ回りでピストン,シリンダライナ裾部,シリンダブロック,オイルパン等が割損しているのが分かり,のち主機が換装された。
B社は,その後船団の各船について,主機の開放整備を早期に行うこととした。
(本件発生に至る事由)
1 B社が主機の換装後,開放整備を行わなかったこと
2 潤滑油ポンプのケーシングの経年摩耗が進行していたこと
3 主機の潤滑油圧力低下警報のための圧力スイッチの設定値が低くなっていたこと
(原因の考察)
本件機関損傷は,主軸受,ピストンピンブッシュなど主要な軸受がいずれも異常摩耗しており,ピストンピンと同ブッシュとの隙間が増加して燃焼時の衝撃力と往復運動による慣性力との繰返しで連接棒が小端部で叩かれ,破断に至ったものと認められる。すなわち,本件発生に至るまでの12年の運転経歴の中で,B社が,ピストンや軸受など主要部の健全性を確認できるよう,開放整備を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
主機の潤滑油ポンプケーシングの経年摩耗が進行していたこと,潤滑油圧力低下警報のための圧力スイッチの設定値が低くなっていたことは,いずれも開放整備が行われないまま運転が続けられたために損傷に至る過程で現出し,関与した不具合である。
A受審人が日常的に行った潤滑油管理は,業者に委託して行われた潤滑油及びこし器の取替えと併せて,取扱説明書の記載内容に適ったものと認められ,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件機関損傷は,船舶所有者が,主機の開放整備が不十分で,ピストンピンブッシュが異常摩耗するまま運転が続けられ,連接棒小端部が叩かれて油穴に生じた亀裂が進展し,連接棒が折損したことによって発生したものである。
(受審人等の所為)
B社が,主機の開放整備を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
B社に対しては,勧告しないが,船団各船の維持管理を行う中で,機関の開放整備を定期的に行うよう万全を期さなければならない。
A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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