(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年1月30日09時30分
備讃瀬戸
2 船舶の要目
船種船名 |
引船第七十三千代丸 |
総トン数 |
196.40トン |
全長 |
30.50メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,912キロワット |
回転数 |
毎分720 |
3 事実の経過
第七十三千代丸(以下「千代丸」という。)は,昭和55年9月に進水した鋼製引船兼押船で,台船をえい航または押航して北海道から九州南部まで航海し,主機として,B社が製造した6L25BX型と呼称するディーゼル機関を2機2軸配置で装備していた。
主機は,清水による間接冷却式で,シリンダヘッドに4弁式の吸気弁と排気弁が装着され,排気タービン過給機を備えていた。
主機の排気弁は,きのこ形の弁傘にステライト盛りが施され,各シリンダヘッドに嵌められたシートリングに弁傘が当たるよう弁棒が弁案内に挿入され,弁棒頭部がコッタとばね押さえで弁ばねに組み付けられ,ロッカーアームがT字形の弁押金具を介して両弁棒を押し下げて開かれるようになっていた。
主機は,平均して月当たり180時間ほどの運転時間で,独航時及びえい航時を通して概ね回転数毎分650にかけて運転され,定期検査時の入渠のほか,2年を目安に開放整備が行われていた。
千代丸は,平成14年12月に中間検査のため入渠し,両舷主機が開放点検され,右舷機のシリンダヘッドの燃焼面に亀裂が発見され,6シリンダとも同ヘッドが予備のものと取り替えられることとなった。
A受審人は,予備のシリンダヘッドを取り出し,仮に組み込まれていた排気弁の,それまでの使用時間と整備の来歴が確認できないまま,造船所の担当者に取り外させて整備を依頼し,同担当者が整備の都度弁傘の厚さを確認してくれるので任せておけば問題ないものと思い,排気弁の弁傘に亀裂を生じていないか,同担当者に指示してカラーチェックを行わせるなど,排気弁を十分に点検することなく,右舷機に取り付けさせた。
主機は,右舷機に取り付けられた排気弁の一部の弁傘に既に微小な亀裂が生じていたところ,就航後の経年変化等で燃料噴射タイミングが遅れて排気温度が上がっており,台船をえい航して回転数毎分650にかけて運転されるときには,シリンダ出口での排気温度が摂氏440度を超えており,出渠後の運転で弁傘が高温と閉弁時の衝撃にさらされて亀裂が進展した。
こうして,千代丸は,A受審人ほか3人が乗り組み,空倉のバージを引き,船首1.80メートル船尾3.20メートルの喫水をもって,平成17年1月30日06時15分広島県尾道糸崎港を発し,兵庫県尼崎西宮芦屋港に向かい,主機を回転数毎分650にかけて備讃瀬戸を航行中,右舷機4番シリンダの排気弁傘の亀裂がつながり,同日09時30分箱崎灯台から真方位010度2.1海里の地点で,同弁傘が割損し,破片が排気集合管を経由して過給機に入り,大音を発した。
当時,天候は晴で風力2の西風が吹いていた。
A受審人は,異音のする右舷機のシリンダヘッド上部を点検し,4番シリンダの排気弁軸から白煙を生じているのを認めて,直ちに船橋に連絡して右舷機を停止させた。
千代丸は,左舷機のみで航行を続け,翌31日早朝尼崎西宮芦屋港に入港し,その後,大阪港に回航され,右舷機が開放点検されたところ,4番シリンダの排気弁が弁傘の4分の1周の範囲で割損し,その破片が排気集合管から過給機の排気ケーシングに入ってノズルリングとタービン動翼が曲損していることが分かり,更に2番及び3番シリンダの排気弁にも亀裂が発見され,のち損傷箇所と亀裂を生じた排気弁が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は,主機の整備に当たり,排気弁の点検が不十分で,同弁の弁傘に微小な亀裂が生じたまま装着され,運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,入渠して主機の整備を行い,シリンダヘッドを予備のものと取り替える場合,仮に組み込まれていた排気弁の,それまでの使用時間と整備の来歴が確認できなかったのであるから,排気弁傘に亀裂を生じていないか,造船所の担当者に指示してカラーチェックを行わせるなど,排気弁を十分に点検すべき注意義務があった。しかるに,同人は,整備の都度弁傘の厚さを確認してくれるので任せておけば問題ないものと思い,造船所の担当者に指示してカラーチェックを行わせるなど,排気弁を十分に点検しなかった職務上の過失により,亀裂を生じていた排気弁を装着させて主機の運転を続け,右舷機4番シリンダの排気弁傘が割損する事態を招き,同シリンダヘッドと過給機が損傷して右舷機が運転不能となるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。