(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年11月10日09時00分
兵庫県諸寄漁港北方沖合
(北緯35度53.7分東経134度26.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船海王丸 |
総トン数 |
54.00トン |
全長 |
30.98メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
279キロワット |
回転数 |
毎分655 |
(2)設備及び性能等
ア 海王丸
海王丸は,昭和56年8月に竣工し,平成9年7月にA受審人の兄が経営する,B社が中古で購入したFRP製漁船で,9月から翌年5月の間を漁期とし,京都府経ケ岬から山口県北方沖合にかけての海域での沖合底びき網漁業に従事していた。
イ 主機
主機は,昭和56年6月にC社が製造した,T220-T2型と呼称する4サイクル6シリンダの機関で,クランク軸船尾側が逆転減速機を介して推進軸系に接続されていたほか,同軸船首側に増速機を介して接続された漁労用油圧ポンプ及び発電機を駆動できるようになっており,年間の運転時間が約4,500時間であった。
主機の操縦は,機側操縦のほか操舵室からの遠隔操縦が可能で,同室内には,主機の各種警報装置及び手動による危急停止スイッチなどが組み込まれた遠隔操縦盤が備えられていた。
システム油系統は,台板及び独立したサンプタンク内に溜められた合計約780リットルの潤滑油が,1次こし器を経て揚量毎時12.8立方メートルの歯車式直結潤滑油ポンプ又は揚量毎時7.0立方メートルの電動の歯車式予備潤滑油ポンプにより吸引・加圧され,複式の2次こし器及び潤滑油冷却器を経て機関入口主管に至り,主軸受,クランクピン軸受及びピストンピン軸受各メタル並びにカム軸などを潤滑して台板に戻る循環経路をなしていた。
予備潤滑油ポンプは,主として主機停止中にプライミングを行うことを目的として設置されたもので,その揚量が少ないことから,主機運転中システム油圧力が低下した場合に自動始動するようにはなっていなかった。また,同ポンプには,1次こし器の下流側から分岐し,呼び径40A,厚さ3.5ミリメートル(以下「ミリ」という。)の配管用炭素鋼鋼管に3箇所の湾曲を施した長さ約0.8メートルで,主機運転中は常に負圧となる吸入管と,直結潤滑油ポンプの吐出側に合流するように配管された吐出管が接続されており,各湾曲部には90度鋼製エルボ(以下「エルボ」という。)が使用され,それぞれの両端が溶接されていた。
システム油圧力は,常用回転数において約5キログラム毎平方センチメートルとなるように調圧され,2.0キログラム毎平方センチメートルにまで低下すると,機関室及び操舵室で警報を発するようになっていたものの,更に低下した場合には,自動的に主機を停止させる安全装置が備えられていなかったので,速やかに手動で危急停止させる必要があった。
3 事実の経過
平成15年3月海王丸は,主機の主軸受メタルが摩耗限度を超えた状態で使用が続けられていたことにより,クランク軸などに損傷を生じ,同軸のほか同軸受及びクランクピン軸受各メタル全数などを新替えする修理が行われたのち,操業に復帰し,出漁を繰り返していた。
漁期を終えた同年6月A受審人は,以前から休漁期間中に主機開放等の定期的保守を行っていたところ,必要な整備を併せ行った前記修理から長期間を経ていないこともあり,同保守を次回の休漁期に実施することとしたものの,B社から,古い船であるので機関室内各配管の劣化状況について現状を調査するよう指示された。
ところで,予備潤滑油ポンプは,漁期が始まるときなどにプライミングを目的として運転されるが,平素,主機の始動にあたっては運転されることがなかった。同ポンプ吸入管は,主機前部の動力取出し軸の下方で,ビルジに浸ることもある船底の近くに敷設された状態で長期間新替えされておらず,また,近くには主機直結冷却清水ポンプ及び主機冷却海水ポンプなどが設置され,それらポンプ軸グランドからの漏水を完全に止めることができなかったことから,常に湿気にさらされる環境にあったうえ,B社が海王丸を購入したのち,長期間防錆塗装が行われていなかったので,外部からの腐食が進行して厚さが衰耗し,次第に強度が低下する状況となっていた。
A受審人は,休漁期間中に機関室内各配管の現状調査を行った結果,海水系統配管の一部に劣化の進行を認め,のちに新替えしたものの,予備潤滑油ポンプ吸入管については,見えにくい位置に敷設されていたことから,外観目視及び打検するなどして厚さの点検を行わなかったので,腐食が進行し,著しく強度が低下していることに気づかないまま漁期を迎え,出漁を再開した。
11月9日海王丸は,A受審人ほか7人が乗り組み,操業の目的で,船首0.9メートル船尾2.6メートルの喫水をもって,20時00分兵庫県諸寄漁港を発したのち,主機を毎分640の回転数で運転し,22時30分同漁港北方沖合の漁場に至って投網を開始した。
投網後,海王丸は,機関室を無人状態として主機を毎分350の回転数で運転しながら曳網し,その後揚網する形態で操業を繰り返し,A受審人が,操業中の合間を見て機関室内の巡視を行っていた。
こうして,海王丸は,5回目の曳網中,A受審人が前部甲板上で漁獲物の選別作業を行っていたところ,予備潤滑油ポンプ吸入管に用いられていた3箇所のエルボのうち,同ポンプに最も近い位置にあったものが機関振動などの影響を受け,その上流側溶接部で内面に貫通する長さ約70ミリの亀裂が生じ,多量の空気が直結潤滑油ポンプに吸引される状況となり,11月10日09時00分,余部埼灯台から真方位340度14.6海里の地点において,操舵室内で主機のシステム油圧力低下警報装置が作動していることに船長が気づき,その旨を知らされた同受審人が,急ぎ機関室に入ろうとしたところ,主機が発する大音響が聞こえ,一部の配管が外れたクランク室オイルミスト管から排出されている白煙を認めたので,直ちに主機を停止した。
当時,天候は曇で風力1の東南東風が吹き,海上は平穏であった。
点検の結果,海王丸は,主機全体が過熱しているうえ,主軸受メタルの熱による変色などが認められたので航行を断念し,僚船に曳航されて諸寄漁港に引き付けられ,のち,著しく潤滑が阻害されて焼損したクランク軸及び主軸受並びにクランクピン軸受各メタル全数を新替えするなどの修理が行われた。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,機関室内各配管の現状調査を行った際,予備潤滑油ポンプ吸入管が見えにくい位置に敷設されていたことから,同吸入管について厚さの点検を行わなかったこと
2 湿気にさらされた環境で敷設されていた予備潤滑油ポンプ吸入管に,長期間防錆塗料が塗布されていなかったこと
(原因の考察)
予備潤滑油ポンプ吸入管の腐食は,外観目視することにより,容易に発見でき,打検を加えることによってその進行状態を推察することも可能であったと認められる。
したがって,A受審人が,機関室内各配管の現状調査を行った際,予備潤滑油ポンプ吸入管が見えにくい位置に敷設されていたことから,同管について厚さの点検を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
湿気にさらされた環境で敷設されていた予備潤滑油ポンプ吸入管に,長期間防錆塗料が塗布されていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,環境の大幅な改善を期待することが困難な場所であるものの,防錆措置をとることは,腐食の進行を抑制するばかりでなく,腐食の発見にも寄与すると思料でき,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,機関室内各配管の現状調査を行った際,主機運転中に負圧となる予備潤滑油ポンプ吸入管について厚さの点検が不十分で,同管の腐食の進行に伴って著しく強度が低下した状況のまま運転が繰り返されるうち,同管に亀裂が生じたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,機関室内各配管の現状調査を行う場合,主機運転中に負圧となる予備潤滑油ポンプ吸入管が,常に湿気にさらされている環境にあったうえ,長期間新替えされていなかったのであるから,外部からの腐食の進行状況を判断できるよう,外観目視及び打検するなどして,同管について厚さの点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,予備潤滑油ポンプ吸入管が主機前部下方の見えにくい位置に敷設されていたことから,同管について厚さの点検を行わなかった職務上の過失により,湾曲部での腐食が進行し,著しく強度が低下していることに気づかないまま運転を繰り返しているうち,主機の振動などの外力の影響を受け,亀裂が生じた同部から多量の空気が吸引されてシステム油系統の潤滑阻害を招き,クランク軸,主軸受及びクランクピン軸受各メタルなどを焼損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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