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平成17年横審第27号
件名

漁船第三十八恵漁丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年8月23日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(濱本 宏,西田克史,小寺俊秋)

理事官
相田尚武

受審人
A 職名:第三十八恵漁丸機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)

損害
主機6番シリンダのピストン及びシリンダライナ等の損傷

原因
主機運転状態の確認不十分

主文

 本件機関損傷は,高出力領域における主機運転状態の確認が不十分で,不均衡な負荷分担が解消されないまま運転が続けられ,過負荷となっていたシリンダのピストンが疲労したことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年7月10日09時50分
 茨城県東方沖合
 (北緯37度30分 東経149度04分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第三十八恵漁丸
総トン数 115トン
全長 37.20メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,029キロワット
回転数 毎分700
(2)設備及び性能等
ア 第三十八恵漁丸
 第三十八恵漁丸(以下「恵漁丸」という。)は,昭和56年9月に進水した,かつお一本釣り漁業に従事する船尾楼付き一層甲板型FRP製漁船で,主機としてB社が製造したT250-T2型と呼称する,ディーゼル機関を船体中央部の甲板下に据付け,各シリンダには船首側から順番号が付され,主機架構船尾側にC社が製造したVTR201-2型排気タービン過給機が付設されており,主機遠隔操縦装置が操舵室に設置されていた。
イ 主機
 主機は,昭和57年度に生産が中止されていたものの,ピストン等には他機種の代替品が使用されており,燃料最大噴射量制限装置が付設されて計画出力323キロワット,同回転数毎分555(以下,回転数は毎分のものとする。)として登録されていたが,受検後に同装置の封印が解除されていた。
ウ 主機のピストン
 主機のピストンは,直径250ミリメートル(以下「ミリ」という。),高さ367.5ミリのB社製のT250-ST型機関用鋳鉄製一体形ピストンが代替品として使用され,同ピストン内部には,ピストン冷却用の空洞(以下「冷却空洞」という。)が形成されていた。
エ 主機のピストン潤滑油系統
 主機のピストンの潤滑油は,各シリンダの主軸受,クランク軸から連接棒内を上昇し,ピストンピン軸受の潤滑を行ったのち,ピストン両側のピンボス穴から冷却空洞内に流れ込み,同空洞内の2本の戻り油管の高さで,しばらく滞留しつつ,ピストンの上下動により,ピストン頂部内面に当たってピストン冷却を行いながら,同戻り油管を経て,油受に戻るようになっており,また,クランクアームの回転によるはねかけでピストン及びシリンダライナの摺動部(しゅうどうぶ)へ注油されるようになっていた。

3 事実の経過
 恵漁丸は,主に宮城県気仙沼港を基地とし,例年2月下旬から11月末までが操業期間で,沖縄島周辺から三陸沖合にかけての太平洋を漁場に,最短1泊2日から最長10日程度を1航海とする周年操業を行っていて,月間360時間ばかりの運転が行われ,12月初めから翌年2月中旬の休漁期には,船体及び機関の整備が行われていた。
 A受審人は,機関の運転保守を行っており,平素,主機の高出力領域における燃焼最高圧力(以下「最高圧」という。)を計測することがなかったが,急激な増減速に伴い過給機で頻繁にサージングが発生していたなか,主機煙突から黒煙が多く出るようになった際には,シリンダ出口排気温度(以下「排気温度」という。)が異常値を示したシリンダの燃料噴射弁のチップを交換するなどしていた。
 ところで,恵漁丸は,主機について,平成13年1月に全シリンダのピストン及びシリンダライナが交換され,同14年2月にもピストンリングが交換されていたが,オイルリングの摩耗を含めたピストン及びシリンダライナの摺動部の摩耗が著しく進行したものか,同15年5月中旬ごろから潤滑油消費量が急増しており,各シリンダにおいて,潤滑油のかき落し不良による燃焼室の汚損やピストンリングの焼付き等が懸念される状況となっており,水揚げのために帰港するときや魚群を追尾する際,主機回転数が700近くになるなど高出力領域にかかる運転が行われ,6番シリンダだけが常に400度(摂氏度,以下同じ。)を超える排気温度となるなどして,同シリンダのピストンは,材料の疲労により,冷却空洞内の戻り油管の高さ付近の側壁上部に亀裂を生じ始めていた。
 ところが,A受審人は,これまで無難に運転できていたから大丈夫と思い,依然として,最高圧を計測するなどして高出力領域における主機運転状態の確認を十分に行っていなかったので,6番シリンダが過負荷となっていることに気付かず,個々のシリンダにおいて,燃料噴射量や同噴射時期を調節するなどの適切な措置が講じられず,各シリンダ間の不均衡な負荷分担が解消されないまま,6番シリンダのピストン側壁上部に生じた亀裂が繰返し応力による材料の疲労に伴い進展する状況にあったが,高出力領域にかかる運転を繰り返していた。
 こうして,恵漁丸は,A受審人ほか20人が乗り組み,操業の目的で,船首1.0メートル船尾3.0メートルの喫水をもって,平成15年7月6日23時00分気仙沼港を発し,越えて9日茨城県東方沖合の漁場に至り,かつお6トンを漁獲し,同日18時00分水揚げのために同港に向け,主機回転数を640にかけて帰港したが,翌10日09時50分北緯37度30分東経149度04分の地点において,主機が異音を発した。
 当時,天候は晴で風力1の南風が吹き,海上は穏やかであった。
 A受審人は,船尾船員休憩室で異音を聞き,機関室に急行して主機を停止して点検を行ったところ,6番シリンダのピストンが冷却空洞の戻り油管の高さ付近で水平に割損しているのを発見して,船内修理不能と判断し,その旨を船長に報告して,救援を依頼した。
 その結果,恵漁丸は,来援した僚船により気仙沼港に引き付けられたのち,業者により主機等が精査された結果,前示損傷のほか,同シリンダのシリンダライナ等の損傷が判明し,損傷部品が取り替えられた。

(本件発生に至る事由)
1 主機燃料最大噴射量制限装置の封印が解除されていたこと
2 主機の急激な増減速に伴い過給機で頻繁にサージングが発生していたこと
3 主機の潤滑油消費量が急増していたこと
4 高出力領域にかかる主機の運転が繰り返し行われていたこと
5 主機6番シリンダが過負荷となっていたこと
6 高出力領域における主機運転状態の確認を十分に行っていなかったこと

(原因の考察)
 本件機関損傷は,主機が高出力領域にかかる運転が行われた際,過負荷となっていたシリンダのピストンが疲労したことによって発生したものであるが,機関長が,最高圧を計測するなどして高出力領域における主機運転状態の確認を十分に行っていたなら,6番シリンダが過負荷となっていることに気付き,個々のシリンダで燃料噴射量,同噴射時期等を調節するなど適切な措置が講じられ,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,高出力領域における主機運転状態の確認を十分に行っていなかったこと,主機6番シリンダが過負荷となっていたことは,いずれも本件発生の原因となる。
 主機燃料最大噴射量制限装置の封印が解除されていたこと,主機の急激な増減速に伴い過給機で頻繁にサージングが発生していたこと,主機の潤滑油消費量が急増していたこと及び高出力領域にかかる主機の運転が繰り返し行われていたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,高出力領域にかかる主機の運転が行われた際,最高圧を計測するなど同領域における主機運転状態の確認が不十分で,各シリンダ間の不均衡な負荷分担が解消されないまま運転が続けられ,過負荷となっていたシリンダのピストンが疲労したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,高出力領域にかかる主機の運転が行われる場合,6番シリンダだけが排気温度が異常に高くなっていたのだから,各シリンダ間の負荷分担が不均衡とならないよう,最高圧を計測するなどして同領域における主機運転状態の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,これまで無難に運転できていたから大丈夫と思い,高出力領域における主機運転状態の確認を十分に行っていなかった職務上の過失により,6番シリンダが過負荷となったまま運転を続け,同シリンダのピストンを疲労させる事態を招き,同シリンダのピストン,シリンダライナ等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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