(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年7月7日03時00分
千葉県犬吠埼東方沖合
(北緯35度43分 東経153度14分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船安市丸 |
総トン数 |
118トン |
全長 |
37.70メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,618キロワット |
回転数 |
毎分750 |
(2)設備及び性能等
ア 安市丸
安市丸は,平成7年11月に進水した,かつお一本釣り漁業に従事する船尾楼付き一層甲板型FRP製漁船で,主機としてC社が製造した6MG27HX型と呼称するディーゼル機関及び同機船尾側にD社が製造したMGN2843AV型と呼称する逆転減速機(以下「減速機」という。)が連結され,船体中央部の甲板下に据付けられており,主機遠隔操縦装置が船橋に設置されていた。
なお,主機は,定期検査受検後,最大燃料噴射量制限装置の封印が解かれていた。
イ 減速機
減速機は,1段減速歯車と湿式油圧多板クラッチを内蔵しており,前進及び後進の入力軸は,いずれも軸径125ミリメートル(以下「ミリ」という。)の機械構造用炭素鋼(S45C)製で,主機の運転開始により同軸が回転し,操縦レバーで操作された側のクラッチに油圧がかかり,嵌合(かんごう)した側の入力軸の小歯車が回転を始め,前後進の回転方向が決まった出力軸大歯車を介して,軸径250.3ミリの機械構造用炭素鋼(S45C)製の出力軸から出力され,プロペラ推力が発生するようになっていた。
減速機の軸受は,入力軸がいずれも単列円筒ころ軸受と複列自動調心ころ軸受で支持されており,出力軸船首側の単列スラスト自動調心ころ軸受で前進時のプロペラ推力を受け止め,また,同軸船首側の複列自動調心ころ軸受で後進時の同推力を受け,同軸船尾側は単列円筒ころ軸受で支えられていた。なお,減速歯車は,クロムモリブデン鋼(SCM415)製で,入力軸の減速歯車の歯面点検は,ケーシング上部の点検蓋を開放するなどして行えるようになっていたが,バックラッシが0.30ミリないし0.85ミリを標準とすることや4年ごとに入力及び出力各軸の軸受を新替えすること等が取扱説明書に記載されていた。
ウ 減速機の潤滑油
減速機の潤滑油は,総量120リットルの減速機油だめから32メッシュの入口こし器を経て,2台の直結潤滑油ポンプに分れて吸引されて,一方が,クラッチ油圧調整弁を経て23キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)ないし25キロに調整されてクラッチ作動油として働き,もう一方が,潤滑油圧調整弁にて2キロないし4キロに調節されて,潤滑油冷却器及び150メッシュの複式こし器を経由して,各部の潤滑及び冷却に使用されたのち,いずれも同機油だめに戻るようになっていた。
3 事実の経過
安市丸は,主に宮城県気仙沼港を基地とし,毎年1月中旬から11月末までを漁期として,小笠原諸島周辺から三陸沖合にかけて徐々に北上しながらの周年操業を繰り返し,月間500時間あまりの運転が行われており,魚群を追尾する際には,主機回転数720(毎分,以下同じ。)にかけるなど高出力領域にかかる運転が繰り返されていたが,休漁期の12月に船体及び機関の整備が実施されていた。
A受審人は,機関長兼務の漁ろう長として魚群の探索を行い,操業中には船長に代わり操船するなどしていて,機関長の職務をB受審人にほとんど任せ,同人から要望のあった入渠工事内容を検討のうえ決定しており,FRP船で軸系の軸心が偏移することはよくあることと認識していたが,特に同人に指示することはなく,自らは機関室当直に就くことはなかったものの,同室の見回りを時々行うようにしていた。
B受審人は,実務上,A受審人から機関長の職務を一任されて機関の運転保守に当たっており,機関の整備計画を作成し,平素,機関始動直後に減速機の潤滑油量を確認し,漁期中には1箇月ごとに同機潤滑油こし器の掃除を行い,減速歯車の歯面点検を行うことがなかったものの,毎年12月の休漁期に同油の新替えを行うなどしていた。
ところで,安市丸は,就航からほぼ4年が経過した平成10年7月減速機から異音が発生して,同機潤滑油温度が上昇した際,前進及び後進各入力軸の軸受等は新替えされたが,出力軸の軸受は目視点検されたのみで継続使用されていた。また,同13年12月入渠時には減速機の点検蓋を開放した状況で受検したものの,同出力軸の軸受の点検は実施されていなかった。同14年12月入渠時点では,就航から7年が経過していて,使用時間がほぼ40,000時間に達していた同機の出力軸船尾側軸受が,軸系の軸心が偏移し始めたものか,偏摩耗し始めていた。
しかし,A受審人は,軸系の軸心が偏移することを認識しており,これまでの減速機の入渠工事内容等で経緯を知っていたものの,整備計画を立案していたB受審人からの要望がなかったので大丈夫と思い,整備業者に依頼するなどして,軸系の軸心計測及び経年使用されていた減速機出力軸の軸受の新替えを含め,同機の開放点検を十分に行っていなかったので,軸系の軸心の偏移が改善されず,同機の出力軸船尾側軸受の単列円筒ころ軸受が偏摩耗し,出力軸大歯車が持ち上がって歯車群の歯当たりが偏り,強い面圧が前進小歯車の歯面にかかっていたことに気付かないまま操業を続けていた。
また,B受審人は,毎年12月に減速機潤滑油の新替えを実施しているから同機の軸受が偏摩耗するなどして,歯車群の歯当たりが偏ることはないと思い,バックラッシを確認するなど減速歯車の歯面点検を十分に行っていなかったので,経年使用されていた同機の出力軸船尾側軸受が偏摩耗し,出力軸大歯車が持ち上がって歯車群の歯当たりが偏るなどの状況の変化に気付かず,前進小歯車の歯面に強い面圧がかかる運転を続けていた。
こうして,安市丸は,A及びB両受審人ほか20人が乗り組み,操業の目的で,船首0.4メートル船尾3.2メートルの喫水をもって,平成15年7月4日06時00分気仙沼港を発し,三陸沖合の漁場に至って操業を行い,越えて6日18時00分ごろ機関室の見回りを行った際,減速機付近からの異音及び振動に気付いたものの,発生場所を特定できないまま,主機回転数を690から同650に下げたのみで操業を続け,翌7日02時30分新たな漁場に至り,漂泊ののち,同日03時00分北緯35度43分東経153度14分の地点において,減速機の点検蓋を開放して点検したところ,前進小歯車の歯3枚に欠損が発見された。
当時,天候は曇で風力2の北風が吹き,海上は穏やかであった。
その結果,安市丸は,減速機の運転音の変化等に注意しながら,主機回転数を毎分600として同日17時30分まで操業を行った後,再度点検したところ,前示損傷が進展していたことから,以後の操業を断念し,主機を微速力の回転数570にかけて気仙沼港に帰港した。
その後,業者により減速機が精査された結果,前進小歯車の歯数34枚のうち18枚に欠損及び出力軸船尾側軸受の偏摩耗等の損傷が判明し,のち損傷部品が取り替えられた。
(本件発生に至る事由)
1 高出力領域にかかる主機の運転が繰り返されていたこと
2 減速機の開放点検を十分に行っていなかったこと
3 減速機の減速歯車の歯面点検を十分に行っていなかった
4 軸系の軸心が偏移したまま運転が続けられていたこと
(原因の考察)
機関長が,機関の定期整備を行った際,整備業者に依頼するなどして軸系の軸心計測を含めて減速機の開放点検を十分に行っていれば,同機の出力軸船尾側軸受の偏摩耗等が発見され,同軸受の新替え及び軸系の軸心の偏移の改善がなされ,また,機関長の職務を代行していた甲板員が,バックラッシを確認するなど同機の減速歯車の歯面点検を十分に行っていれば,歯車群の歯当たりが偏るなどの状況の変化に気付き,同機の軸受が新替えされるなどの改善がなされ,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,減速機の開放点検を十分に行っていなかったこと,B受審人が,同機の減速歯車の歯面点検を十分に行っていなかったこと及び軸系の軸心が偏移したまま運転が続けられていたことは,いずれも本件発生の原因となる。
高出力領域にかかる主機の運転が繰り返されていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,機関の定期整備を行った際,減速機の開放点検及び減速歯車の歯面点検がいずれも不十分で,軸系の軸心の偏移が改善されず,経年使用されていた同機の出力軸船尾側軸受が偏摩耗し,出力軸大歯車が持ち上がって前進小歯車に強い面圧がかかる運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,機関の定期整備を行う場合,軸系の軸心は偏移することがあり,減速機の出力軸の軸受類が経年使用されていたのだから,整備業者に依頼するなどして軸系の軸心計測及び同軸受類の新替えを含めて同機の開放点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,機関の整備計画を立案していたB受審人からの要望がなかったので大丈夫と思い,整備業者に依頼するなどして同機の軸受の点検を十分に行っていなかった職務上の過失により,軸系の軸心の偏移が改善されず,経年使用されていた減速機の出力軸船尾側軸受が偏摩耗していたことに気付かないまま操業を続け,出力軸大歯車が持ち上がって歯車群の歯当たりが偏る事態を招き,前進小歯車の歯面に強い面圧がかかる運転を続け,同歯車を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,機関の定期整備を行う場合,減速機は軸受類が偏摩耗して歯車群の歯当たりが偏ることがあるから,同歯当たりの変化等を見落とさないよう,バックラッシを確認するなど減速歯車の歯面点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,同機の潤滑油を毎年新替えしているから軸受類が偏摩耗するなどして,歯車群の歯当たりが偏ることはないと思い,バックラッシを確認するなど減速歯車の歯面点検を十分に行っていなかった職務上の過失により,経年使用されていた同機の出力軸船尾側軸受が偏摩耗し,出力軸大歯車が持ち上がって歯車群の歯当たりが偏るなどの状況の変化に気付かず運転を続け,前進小歯車の歯面に強い面圧がかかる事態を招き,同歯車を損傷させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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