(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年8月10日11時30分
択捉島南東方沖合
(北緯43度59.0分 東経149度29.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三十五幸龍丸 |
総トン数 |
9.7トン |
登録長 |
13.21メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
301キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 主機等
第三十五幸龍丸(以下「幸龍丸」という。)は,昭和63年12月に進水したさんま棒受網漁業等に従事するアルミニウム合金製漁船で,主機としてB社が製造した6KH-ST型と呼称する,計画出力301キロワット同回転数毎分2,000(以下,回転数は毎分のものとする。)の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関と操舵室に主機の遠隔操縦及び警報各装置を備え,主機前部の動力取出軸から船内電源用直流及び交流各発電機を駆動していた。
イ 主機のピストン及び連接棒
主機のピストンは,アルミニウム合金製でピストンリングとして3本の圧力リングと1本のオイルリングが装着され,連接棒小端部と浮動式ピストンピンで連結されており,ピストン頭部が下方のピストン冷却ノズルから噴出する潤滑油で冷却されていた。
ウ 主機の燃料噴射装置
主機の燃料噴射装置は,A重油がエレメント式連立燃料こし器を経て一体形燃料噴射ポンプに吸引・加圧され,各シリンダの自動式燃料噴射弁(以下「燃料噴射弁」という。)から,280キログラム毎平方センチメートルの圧力で燃焼室へ噴射されるようになっていた。
燃料噴射弁は,吸・排気弁各2個が組み込まれたシリンダヘッドの中央部に位置し,主機取扱説明書には1,000時間もしくは5ないし6箇月で噴射圧力及び噴霧状態を点検するよう,2,500時間もしくは1年ごとに同弁を取り替えるよう記載されていた。
3 事実の経過
A受審人は,毎年7月下旬から10月中旬まで北海道東部太平洋海域及び同東方沖合でさんま棒受網漁に,その後翌年6月下旬まで同太平洋海域でたこ空釣り縄漁にそれぞれ従事し,全速力時の主機の回転数を1,900として年間に2,500ないし3,000時間運転し,平成11年7月に主機を開放整備した。
ところで,A受審人は,主機の運転・保守に当たるようになったのち,整備業者と相談のうえ,年に3回潤滑油及び同油こし器エレメントの取替えを行うこととし,本件前には同16年7月の休漁期にそれらを行ったが,各シリンダの燃料噴射弁については上記開放整備でノズルを取り替えて以来整備していなかったものの,特に運転状態に異常がないので大丈夫と思い,同休漁期に整備を行わなかった。
A受審人は,同月下旬からさんま棒受網漁を始め,翌8月1日から択捉島沿岸100海里以内の漁場に出漁していたところ,いつしか2番シリンダの燃料噴射弁の噴霧が不良となって,燃焼不良から排気温度が上昇し,煙突からの排気色が悪化したが,潤滑油の量及び性状に気を付けていれば大丈夫と思い,排気温度及び排気色の変化など,燃焼状態の監視を行っていなかったのでこれに気付かず,ピストンが過熱するとともに,カーボン等の燃焼生成物で燃焼室,更にピストンリング溝の汚損が進行したまま,運転を続けていた。
こうして,幸龍丸は,A受審人ほか3人が乗り組み,操業の目的で,船首0.8メートル船尾1.8メートルの喫水をもって,同16年8月9日12時00分北海道霧多布港を発し,時間調整のため回転数約1,600で択捉島南東方沖合の漁場に向けて航行中,主機2番シリンダのピストンリングがこう着してピストンが過熱膨張し,翌10日11時30分北緯43度59.0分東経149度29.0分の地点において,ピストンがシリンダライナに焼き付いて破損し,ピストンから離脱した連接棒小端部がクランク室内を振れ回り,シリンダライナが破損して冷却水がクランク室に流入した。
当時,天候は霧で風はほとんどなく,海上は穏やかであった。
A受審人は,操舵室で当直中,冷却水膨張タンクの水位低下警報の作動に気付き,直ちに機関室に赴いて主機を停止した。
この結果,上記の損傷のほか,2番シリンダの連接棒が曲損するとともにクランク室ドア,シリンダブロック,クランク軸等が損傷し,主機の運転が不能となって救助を求め,来援した僚船及び巡視船に曳航され,のち主機が換装された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,特に運転状態に異常がないので大丈夫と思い,主機の燃料噴射弁を長期間整備していなかったこと
2 A受審人が,潤滑油の量及び性状に気を付けていれば大丈夫と思い,主機の燃焼状態の監視を十分に行っていなかったこと
(原因の考察)
本件は,主機の燃料噴射弁を十分に整備していたなら,噴霧の不良による燃焼不良を防止することができ,また,主機の燃焼状態の監視を十分に行っていたなら,燃焼不良のまま運転が続けられることがなく,発生を回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が,特に運転状態に異常がないので大丈夫と思い,主機の燃料噴射弁を長期間整備していなかったこと及び潤滑油の量及び性状に気を付けていれば大丈夫と思い,燃焼状態の監視を十分に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機の運転・保守に当たる際,燃料噴射弁の整備及び燃焼状態の監視がいずれも不十分で,2番シリンダの燃料噴射弁の噴霧が不良となって,燃焼不良のまま運転が続けられ,ピストンが過熱膨張したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の運転・保守に当たる場合,燃料噴射弁の噴霧の不良による燃焼不良を早期に発見できるよう,排気温度及び排気色の変化など,燃焼状態の監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,潤滑油の量及び性状に気を付けていれば大丈夫と思い,燃焼状態の監視を十分に行わなかった職務上の過失により,2番シリンダの燃料噴射弁の噴霧が不良となって排気温度が上昇し,排気色が悪化したことに気付かず,燃焼不良のまま運転を続けてピストンの過熱膨張を招き,ピストンがシリンダライナに焼き付いて破損し,離脱した連接棒小端部が振れ回ってシリンダライナを破損させ,クランク室ドア,シリンダブロック,クランク軸等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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