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平成17年神審第19号
件名

引船第八阿蘇丸被引作業船デコム7号転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成17年9月13日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(甲斐賢一郎,工藤民雄,村松雅史)

理事官
黒田敏幸

受審人
A 職名:第八阿蘇丸船長 海技免許:三級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:C社D支社課長

損害
ムーンプール左舷側壁取合部に破口,バケットエレベータケーシングに折損,海底地盤改良装置,発電機,配電盤などに濡損

原因
荒天航行の危険性に対する配慮不十分
曳航準備作業指揮者の事前浸水防止措置不十分

主文

 本件転覆は,荒天航行の危険性に対する配慮が不十分で,適地にて避泊しなかったことによって発生したものである。
 曳航準備作業指揮者が,事前に浸水防止措置を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aの三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年3月1日01時20分
 徳島県牟岐大島南西方沖合
 (北緯33度36.2分東経134度27.9分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 引船第八阿蘇丸 作業船デコム7号
総トン数 268トン 3,003トン
全長 40.51メートル 63.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 1,397キロワット  
(2)設備及び性能等
ア 第八阿蘇丸
 第八阿蘇丸(以下「阿蘇丸」という。)は,昭和63年3月に進水した,船首船橋型の鋼製引船で,船橋に操舵スタンド,機関コントロール台,レーダーなどがあり,通信装置として船舶電話やFAXなどが設置されていた。船尾には曳航用ワイヤロープの繰り出し長さを調整できる曳航ドラムが設備されていた。
イ デコム7号
 デコム7号(以下「デ号」という。)は,昭和54年に建造され,平成12年に船上タワーを短縮改造した鋼製深層軟弱地盤改良船で,台船状の船体上にセメント関連と地盤改良のプラント設備を備えていた。
 デ号は,船舶安全法上,推進機関及び帆装を有しない船舶で国際航海に従事するなどの条件にも該当しないので,船舶検査を受けておらず,また,船舶職員及び小型船舶操縦者法上,係留船,被えいはしけその他これらに準ずる船舶であったので,その適用がなかった。
(ア)台船上構造物
 台船上は,船首部に処理機昇降用ウィンチ,処理機及び攪拌(かくはん)軸とそれらを支える船上タワーなど,船体中央部にセメントサイロ,プラント全体の操作管理を行う操作建物,セメント混合塔など,船尾部に作業員の食堂施設,排気管を集合した煙突などの構造物があった。これらの構造物を含むデ号の復原力は,十分に確保されており,通常の曳航においても耐えられるものであった。

(イ)台船部
 台船は,船首と船尾の水線下が船体中央部に向かって少しカットされたほぼ直方体の形状をしており,船体中央やや前方に,地盤改良のための処理機と攪拌軸を海底に下ろすことができる,ほぼ縦8.0メートル横7.6メートルの開口部(以下「ムーンプール」という。)をもつ特殊な船体であった。

 台船内部には,バラスト,飲料水,燃料,冷却水,混和剤,潤滑油用などのタンク区画とエンジンルーム,ハイドロオイルユニットルーム,サイロスペース,ストア,パネルルームなどのプラント関連各区画,ボイドスペースが下図のとおり配置されていた。
 各タンク区画は,デ号の建造当初からそれぞれ水密となっていたものの,プラント関連各区画と両舷ボイドスペースは,電路の配線や配管が完全な水密処理をしないまま貫通したり,貫通穴が塞がれておらず,1箇所の区画に大量に浸水があった場合には,隣接した区画への浸水は避けられなかった。
 左右舷のボイドスペースを隔てる隔壁には,底面からの高さ3.25メートルの位置に配管貫通部の未閉鎖口があり,左舷ボイドスペースと左舷サイロスペースの隔壁には,高さ4.30メートルの位置に詰め込まれたモルタルが剥げ落ちた電路の配線口があり,また,左舷サイロスペースとストアの隔壁には,高さ4.00メートルの位置に貫通穴が残されていた。

(拡大画面:24KB)
(ウ)スラリーポンプ洗浄水マス及び同洗浄水溜
 スラリーポンプは,最終的に調合されたセメントを処理機に送り込むポンプであるが,作業の中断や終了時には,ポンプ系統自体を洗浄しておく必要があった。洗浄作業で生じた洗浄水を船外に放出しないために,ムーンプールのやや後方の甲板上に,高さ30センチメートルの鋼板によって取り囲んだ,ほぼ幅7.6メートル長さ5.7メートルの長方形の洗浄水マスが設置されており,洗浄水は一旦同マスに集められて,左右にある排水口から洗浄水溜として使用していた左舷側ボイドスペースにパイプを通して溜められるようになっていた。溜められた洗浄水は,次のセメントを混合する際にくみ上げられて混合水として再利用されていた。

3 曳航準備作業
 デ号の広島県広島港から千葉県千葉港への回航に際して,B指定海難関係人は,事前に,回航予定日を平成16年2月27日から同年3月3日とした回航計画書を作成し,曳航を請け負ったE社や引船となる阿蘇丸など関係者に配布した。
 同年2月21日から26日までB指定海難関係人は,デ号作業員17人を使い,処理機の固定,各種ドア・ハッチカバー・海水管・エア抜き管の水密閉鎖,甲板機械の防水処置,乾舷・ヒール・トリムの調整などを実施した。しかし,同指定海難関係人は,これまでの曳航でスラリーポンプ洗浄水マス(以下「洗浄水マス」という。)内に設置された左舷ボイドスペースへ通じる排水口を閉鎖しなくても,そこから浸水することはなかったので大丈夫と思い,同排水口を閉鎖しなかった。また,A受審人に対して,排水口を閉鎖していないことを説明していなかった。
 同月26日10時ごろA受審人は,阿蘇丸をデ号に横付けさせ,B指定海難関係人,E社担当者などと回航の打ち合わせを行ったのち,曳航ロープを接続した。翌27日早朝同指定海難関係人は,デ号の甲板上を点検したあと,08時ごろデ号を離岸させて岸壁沖合で待機し,デ号作業員によって2本の錨が揚収されて甲板上に固縛されるのを確認した。

4 曳航体制
 阿蘇丸の後部から延ばされた曳航索でデ号の船尾を曳く態勢であった。その曳航索の詳細は,阿蘇丸後部にある曳航リールに巻き込んだ直径50ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ500メートルの曳航ワイヤロープの先端に直径100ミリ長さ35メートルの化学繊維製ロープをシャックルで繋ぎ,そのロープ先端にデ号船尾両舷端から延ばされた直径50ミリ長さ30メートルの2本のワイヤロープをデルタプレートでシャックル止めとしていた。


5 気象海象の状況
 同月28日午前中に中国東北部を東進していた低気圧から南西に伸びる寒冷前線が南下しており,29日には四国地方をゆっくり南へ通過した。
 28日18時20分には高知県全域に強風波浪注意報が発表され,強風注意報は29日16時30分まで,波浪注意報については,翌3月1日まで継続して発表中であった。
 29日05時ごろ前記寒冷前線が,四国南方海域を通過し,毎秒 24メートルの最大風速が室戸岬で記録された。
 29日には四国南方海域で,波高4メートルを超える南西からの卓越波が観測されていたが,これは前日28日09時の沿岸波浪24時間予想図でほぼ正確に予想されていた。

6 事実の経過
 阿蘇丸は,A受審人ほか5人が乗り組み,船首2.50メートル船尾3.90メートルの喫水をもって,曳航準備作業を終えた,船首尾とも3.20メートルの喫水とした無人のデ号を曳航して引船列(以下「阿蘇丸引船列」という。)を形成し,平成16年2月27日10時00分広島港宇品区を発し,千葉港袖ケ浦に向けて曳航を開始した。
 ところで,これに先立ち,A受審人は,同日早朝デ号で準備作業の状況を確認したが,B指定海難関係人から洗浄水マス内排水口について説明を受けなかったので,それが閉鎖されていないことに気付かなかった。
 A受審人は,船橋当直を単独4時間の3交代制とし,出港してから阿蘇丸の曳航リールのワイヤロープを全て巻き込んだ状態で機関を前進全速として曳航を開始し,18時過ぎクダコ水道を通過して同ワイヤロープを100メートルほど巻き出した状態とし,また,翌28日07時ごろ速吸瀬戸を通過してから同ワイヤロープを500メートル巻き出した状態で曳航を続けた。
 28日09時ごろA受審人は,愛媛県宇和島港西方沖合を南下中,天気図等を検討して,四国南方では,荒天に遭遇して波高の高い水域を航行することを予想したが,回航計画書の曳航限界条件である風速毎秒12メートル及び波高2メートルを遵守しなくても足摺岬を替われば風波を後方から受けることになるので特に航行に支障になることはないと思い,荒天航行の危険性に対する配慮が不十分で,適地にて避泊しないまま進行した。
 18時45分A受審人は,土佐沖ノ島灯台の西方沖合を航行していたころ,高知地方気象台から高知県全域に強風波浪注意報が発表されていたが,南下を続け,23時30分足摺岬灯台から180度(真方位,以下同じ。)3.0海里の地点に達したとき,針路を室戸岬南方沖合に向ける064度として機関を前進全速として,5.2ノットの対地速力(以下「速力」という。)で続航した。
 29日09時ごろ寒冷前線が四国南方海域を通過し,同海域では最大毎秒24メートルの西寄りの強風が吹き,波高4メートルを超える南西からの卓越波が発生するようになった。
 高知県沖を東行中の阿蘇丸引船列は,後方から卓越波を受けながら進行したが,デ号のムーンプールから跳ね上がった海水が連続して洗浄水マスに打ち込み,同マス内排水口から左舷ボイドスペースに流れ込んでいった。左舷ボイドスペースの海水深さが3.25メートルまで達すると,配管貫通部の未閉鎖口を通じて右舷ボイドスペースに海水が浸水し始め,その後同ボイドスペースの海水深さが同未閉鎖口の高さまで達すると,その上部には空気が抜ける開放口等がなかったので,右舷ボイドスペースへの浸水は止まって左舷ボイドスペースのみの海水深さが増加していった。
 そして,デ号の左舷ボイドスペースの海水深さが4.3メートルまで増加すると,天井甲板付近の隙間塞ぎ用モルタルが剥がれ落ちていた電路の配線口から海水が左舷サイロスペースに浸水していくこととなった。
 デ号の左舷サイロスペースに浸水が進んでいたとき,29日11時30分室戸岬南南西方沖合を航行中であったA受審人は,デ号船体が左舷側に3度横傾斜しているのを確認して,このことをE社などに連絡した。E社が,B指定海難関係人に連絡をとると,同人から,自ら関係者とともに様子を見に行くので室戸岬から陸岸に沿って北上するよう指示を受けた。
 12時00分A受審人は,室戸岬灯台から178度5.5海里の地点に至って,B指定海難関係人の指示どおり北上することとして針路を023度として3.3ノットの速力で北上を開始した。
 デ号の左舷サイロスペースに溜まった海水の深さが4.0メートルに達すると,その高さの区画壁に空けられた貫通穴を通じて海水がストア内に浸水を始めた。
 19時00分A受審人は,阿波竹ケ島灯台から126度2.8海里の地点で,針路を059度として2.4ノットの速力で,徳島県牟岐大島南方沖合に向かった。
 23時00分牟岐大島南方沖合に達したA受審人は,デ号の左舷側への横傾斜が増大したうえ,船首側への縦傾斜が見られ左舷船首が沈下して同甲板に波が打ち上がる状況を確認した。このとき同人は,付近航行中のE社のタグボートと牟岐大島南西方沖合で合流するため,針路を280度として1.2ノットの速力として続航した。
 こうしているうちにも,ストア内への海水の浸水は続き,23時30分ごろ,デ号の左舷側への横傾斜がさらに増大するとともに,右舷船尾の乾舷が増大し,デ号を曳航する抵抗が大きくなった。
 3月1日00時20分A受審人は,牟岐大島南西方沖合で,前示タグボートと会合し,同人がタグボートにデ号の状況を確認させると,左舷船首甲板まで海水につかっているとの報告を得た。
 このとき,すでにデ号の船首部は海水に没した状態だったので,洗浄水マス内排水口からの浸水は止まることなく,01時ごろから阿蘇丸引船列は,機関を停止して漂泊を開始したものの,デ号は,船首側への縦傾斜が増大して右舷船尾船底を見せ始めた。
 01時20分出羽島灯台から128度2.6海里の地点において,デ号は,左舷側に横倒しになった途端,船底を上にして転覆した。
 当時,天候は曇で風力4の北東風が吹き,海上は波高1.5メートルの南西からの卓越波があった。
 A受審人は,事後の処理に当たり,転覆後現場に駆けつけたB指定海難関係人は,サルベージ会社に救助を依頼してその調整に当たった。デ号は,船上タワー等を撤去した後引き起こされ,兵庫県相生港まで曳航されたのち,修理された。
 転覆の結果,ムーンプール左舷側壁取合部に破口を,バケットエレベータケーシングに折損を,また,海底地盤改良装置,発電機,配電盤などに濡損をそれぞれ生じた。

(本件発生に至る事由)
1 B指定海難関係人が,デコム7号の洗浄水マス内排水口を閉鎖しなかったこと
2 B指定海難関係人が,A受審人に洗浄水マス内排水口について説明しなかったこと
3 B指定海難関係人が,デコム7号を無人として曳航させたこと
4 A受審人が曳航限界条件を超える気象海象の悪化を予想したものの,荒天航行の危険性に対する配慮が不十分で適地にて避泊しなかったこと

(原因の考察)
 本件は,前線通過に伴う波高4メートルを超える卓越波域を航行しなければ,洗浄水マス内排水口から台船内への連続した海水の浸水とその後の転覆を回避できたものと認められる。したがって,A受審人が曳航限界条件を超える気象海象の悪化を予想していたのに,後方から波を受けるので大丈夫と思い,荒天航行の危険性に対する配慮が不十分で適地にて避泊しなかったことは,本件発生の原因となる。
 また,曳航準備作業で洗浄水マス内排水口の閉鎖を行っておけば,同様に海水の浸水とその後の転覆を回避できたものと認められる。したがって,B指定海難関係人が,これまで曳航中に洗浄水マスに海水が打ち込むことがなかったので大丈夫と思い,事前の浸水防止措置が十分でなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人が,デ号を無人として曳航させたことは,浸水の状況が確認できないまま,ポンプによる海水の排水などの措置をとることができない状況となるなど,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,このことが直ちに転覆に結びついたわけではないので,原因とするまでもない。
 さらに,B指定海難関係人が,A受審人に洗浄水マス内排水口について説明しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件転覆は,作業船を曳航中,発達した低気圧から伸びる寒冷前線の通過で曳航限界条件を超える気象海象の悪化を予想した際,荒天航行の危険性に対する配慮が不十分で,適地にて避泊しなかったことによって発生したものである。
 曳航準備作業指揮者が,事前に浸水防止措置を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,デ号を曳航して豊後水道を南下中,発達した低気圧から伸びる寒冷前線の通過で曳航限界条件を超える気象海象の悪化を予想した場合,荒天航行の危険性に対する配慮を十分に行い,適地にて避泊すべき注意義務があった。しかしながら,同人は,足摺岬を替わせば追い波となるので大丈夫と思い,荒天航行の危険性に対する配慮が不十分で,適地にて避泊しなかった職務上の過失により,デ号の転覆を招き,デ号のムーンプール左舷側側壁取合部に破口を,バケットエレベータに折損を,また,海底地盤改良装置,発電機,配電盤などに濡損をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

2 勧告
 B指定海難関係人が,曳航準備作業をする際,洗浄水マス内排水口を閉鎖するなど浸水防止措置を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,本件発生直後から原因究明に努め,専用の洗浄水タンクを設けるなど必要な改善措置をとったことに徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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