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平成17年函審第25号
件名

漁船第五千鳥丸転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成17年9月14日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(西山烝一,弓田邦雄,堀川康基)

理事官
喜多 保

受審人
A 職名:第五千鳥丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
電動ウインチ及び船外機が損傷,甲板員1人が溺死

原因
磯波の危険性に対する配慮不十分,乗組員死亡は救命胴衣を着用しなかったこと

主文

 本件転覆は,磯波の危険性に対する配慮が不十分で,定置網の点検を中止しなかったことによって発生したものである。
 なお,乗組員が死亡したことは,救命胴衣を着用しなかったことによるものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年8月27日06時00分
 北海道知床半島オンネベツ川河口沖合
 (北緯44度00.6分 東経144度55.2分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第五千鳥丸
総トン数 1.1トン
全長 8.60メートル
機関の種類 電気点火機関
漁船法馬力数 30
(2)設備及び性能等
 第五千鳥丸(以下「千鳥丸」という。)は,平成16年7月に進水した軽合金製漁船で,ます定置網漁などに使用されていた。
 千鳥丸の船体構造は,無甲板の和船型で,船首部に物入れ及び電動ウインチ,船尾部に船外機,燃料タンク及びバッテリ入れが設置されていた。

3 ます定置網付近の海域の状況
 ます定置網が設置されているオンネベツ川河口(以下「オンネベツ河口」という。)沖合は,同河口から400メートル沖合まで水深5メートルの遠浅の地形で,北西方からの風波が強まると,磯波が発生しやすい海域であった。

4 事実の経過
 千鳥丸は,船長Bが1人で乗り組む,D社所有で,総トン数19トンの漁船第三十八千鳥丸に曳航され,A受審人ほか甲板員2人が同船に同乗し,ます定置網の垣網を点検する目的で,平成16年8月27日05時20分船首0.1メートル船尾0.6メートルの喫水をもって,北海道宇登呂漁港を発し,同斜里郡オンネベツ河口沖合のます定置網に向かった。
 ます定置網は,型綱の中に身網が設置され,身網の中央部付近から陸岸にかけて垣網が設けられており,その敷設範囲が,オンネベツ河口から約302度(真方位,以下同じ。)方向に距離220メートル以内で幅100メートル以内と決められ,特別採捕の期間が同年7月14日から9月30日までとなっていた。
 05時50分A受審人は,オシンコシン埼付近の89メートル頂の滝三角点から216度1.9海里の,ます定置網北西方沖合に着き,自らと甲板員2人の全員が救命胴衣を着用しないで,千鳥丸に無理なく移乗し,垣網に向かった。
 ところで,A受審人は,ます定置網が設置されているオンネベツ河口沖合が,磯波の発生する海域であることを知っており,当時,同沖合は,北西風が吹いて波高1.5ないし2メートルばかりの波浪があったことから,磯波が発生しやすい状況にあった。
 A受審人は,右舷側船尾部に腰掛けて船外機の操縦ハンドルを操作し,甲板員の1人が船首部やや右舷側,もう1人が中央部やや右舷側にそれぞれ座った状態で,05時55分垣網に接近したとき,北西方から波浪が高まっているのを認めたが,これぐらいの波ならば転覆することはないと思い,転覆など船舶が危険に陥いることのないよう,磯波の危険性に十分配慮して,同網の点検を中止することなく,垣網の側で,船首を同網とほぼ並行の北西方に向け,機関を中立運転として停留した。
 A受審人は,垣網の点検を行おうとしたものの,波浪により船体が動揺して作業ができないので,第三十八千鳥丸に戻ろうとしたところ,船首方からの大波を認め,船首を波に立てようと,1回目の波をやり過ごしたあと,千鳥丸は,2回目の波で船首が30度ばかり左舷側に振れて傾き,続いて高起した磯波を受けて瞬時に復原力を喪失し,06時00分滝三角点から211度1.9海里の地点において,船首を285度に向けて左舷側に転覆した。
 当時,天候は曇で風力4の北西風が吹き,潮候は下げ潮の末期で,北西方から波高2メートルの波浪があった。
 転覆の結果,千鳥丸は,電動ウインチ及び船外機が損傷したが,のち修理された。また,海中に投げ出された全員が船底に掴まって漂流し,A受審人及び甲板員1人は海岸に無事に流れ着いたが,甲板員Cは,波にさらわれて行方不明となり,のち発見されて病院に搬送されたが,溺水により死亡と診断された。

(本件発生に至る事由)
1 救命胴衣を着用しなかったこと
2 磯波の危険性に配慮して垣網の点検を中止しなかったこと
3 船首方から大波を受けたこと

(原因の考察)
 本件は,定置網の垣網の点検を行うため,オンネベツ河口沖合に敷設してある垣網に接近した際,波浪が大きく点検作業が行えるような状況でなく,また,磯波が発生するおそれがあったから,直ちに点検を中止していれば,発生しなかったと認められる。
 したがって,A受審人が,垣網に接近した際,磯波の危険性に十分配慮し,同網の点検を中止しなかったことは,本件発生の原因となる。
 船首方から大きな波を受けたことついては,転覆の要因であるが,垣網に接近したとき,波浪の状況から直ちに点検を中止し,機関を前進にかけて同網から遠ざかり,船首を波に受けるよう操船していれば本件が発生しなかったと認められるので,原因とするのは相当でない。
 次に,救命胴衣を着用していれば,転覆後波にさらわれても,漂いながら海岸に無事に流れ着くか,または,洋上で救助されたと推認できるので,乗組員が死亡したことは,救命胴衣を着用しなかったことを原因とするのが相当である。

(海難の原因)
 本件転覆は,北海道知床半島オンネベツ河口沖合において,点検の目的で定置網の垣網に接近中,北西方からの波浪が高まっていた際,磯波の危険性に対する配慮が不十分で,垣網の点検を中止せず,船首方から大波を受けて復原力を喪失したことによって発生したものである。
 なお,乗組員が死亡したことは,救命胴衣を着用しなかったことによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,北海道知床半島オンネベツ河口沖合において,点検の目的で定置網の垣網に接近したとき,北西方からの波浪が高まっているのを認めた場合,磯波の発生しやすい海域であったから,転覆など船舶が危険に陥いることのないよう,磯波の危険性に十分配慮して,垣網の点検を中止すべき注意義務があった。しかし,同人は,これぐらいの波ならば転覆することはないと思い,同網の点検を中止しなかった職務上の過失により,大波を受けて復原力を喪失して転覆させる事態を招き,電動ウインチ及び船外機に損傷を生じさせ,甲板員1人を死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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