(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月7日09時30分
北海道野寒布岬北東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第八海雄丸 |
総トン数 |
4.47トン |
全長 |
12.98メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
70 |
3 事実の経過
第八海雄丸(以下「海雄丸」という。)は,昭和56年3月に進水し,専ら小型底びき網漁業に従事するFRP製漁船で,A受審人(平成10年10月一級小型船舶操縦士免許取得)が1人で乗り組み,なまこけたびき網漁の目的で,船首0.4メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成16年9月7日08時00分北海道恵比須漁港を発し,08時10分同港北東方沖合2海里付近の漁場に至って操業を開始した。
ところで,海雄丸のなまこけたびき網漁は,八尺と称する長さ1メートル幅2.6メートルの鉄製のけたに,沈子となる錨鎖及び長さ約3メートルの袋網を取付けた総重量約400キログラムの漁具(以下「けた網」という。)を船体前部左舷側から海中に投じ,曳索により海底を曳き,なまこを漁獲するものであった。
海雄丸は,前部甲板前端中央部に長さ5.3メートルのデリックブーム(以下「ブーム」という。)を備えたマストが設置されていた。ブームは,甲板上0.8メートルのところを基点とし,マスト上端からブーム上端に延びるトッピングリフト及び両舷側からブーム上端に延びる索により仰角及び旋回が制御され,ほぼ船体中央部にある機関室囲壁両舷側に設置されたウインチで,先端にフックを取り付けた吊り索をブーム上端のブロックを介して操作するようになっており,けた網を船上に揚げ又は海中に投入する際に使用されていた。
けた網の投網手順は,先ず前部甲板で袋網に付けられた索のリングに吊り索のフックをとり,同索を右舷側のウインチにより,けた網を甲板上わずかに接する程度まで巻き上げ,次にけた網を左舷船縁へ手で押し当てたところで同索を緩め,けた網を同船縁に立て掛けるように置き,袋網及び錨鎖を舷外に垂らしたのち,けたに取り付けてある曳索を左舷船外から同舷船尾のローラーを介して同舷側のウインチにとり,吊り索を外したのち航走を開始して袋網への水の抵抗を利用しつつけたを舷外に押し出し,海中に投入するものであった。
平素,A受審人は,専らウインチの操作を行い,他の乗組員にけた網を押し出す作業などを行わせていたが,他の乗組員が都合により乗船できなかったことから,単独でけた網の投揚網を行っていた。
A受審人は,ブームを仰角60度ほどとして同上端の高さが甲板上約5.4メートルとなる状態で,けた網を左舷側から揚げて前部甲板の同舷船縁に下ろし,なまこ50キログラムほどを漁獲したのち,09時20分稚内灯台から050度(真方位,以下同じ。)1.6海里の地点で,けた網の重量及び位置によって船体が5度ばかり左舷に傾斜した状態で,機関を中立運転として漂泊し,折からの南西寄りのうねりを受け,船首を南東に向けて船体が動揺する状況下,2回目の操業のため,けた網を海中に投入する準備作業を行うこととした。
このときA受審人は,けた網が船体の動揺などによりブームから吊り索がとられたまま船外にずり落ちると,けた網の重量がブーム上端にかかって船体重心が上昇するとともに左舷側への傾斜モーメントが加わって大傾斜するおそれがあったが,今までけた網が動揺により船縁からずり落ちたことがなかったので大丈夫と思い,右舷側から索をとって固縛するなど,けた網の移動防止措置をとることなく,袋網及び錨鎖を順次左舷船外に垂らしたところ,09時29分船体が大きく動揺した弾みでけた網が同船外にずり落ち,けた網の重量が一瞬にしてブーム上端にかかって左舷側に没水角を超え大傾斜し,海雄丸は,09時30分前示漂泊地点において,復原力を喪失して同舷側に転覆した。
当時,天候は晴で風力4の南西風が吹き,潮候は下げ潮の初期にあたり,付近海上には波高約0.5メートルの南西寄りのうねりがあった。
その結果,海雄丸は,機関及び航海計器などに濡損を生じ,のち廃船となった。また,A受審人は,船底に這い上がり,付近の僚船に救助された。
(原因)
本件転覆は,北海道野寒布岬北東方沖合において,漂泊中,うねりを受けて船体が動揺する状況下,左舷船縁にあるけた網を海中に投入する準備作業を行う際,けた網の移動防止措置が不十分で,船体が大きく動揺した弾みでけた網が左舷船外にずり落ち,瞬時にけた網の重量がブーム上端にかかって船体の重心位置が上昇するとともに左舷側への傾斜モーメントが加わり,同側に没水角を超え大傾斜し,復原力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,北海道野寒布岬北東方沖合において,漂泊中,うねりを受けて船体が動揺する状況下,左舷船縁にあるけた網を海中に投入する準備作業を行う場合,けた網が船体の動揺などによりブームから吊り索がとられたまま船外にずり落ちると,けた網の重量がブーム上端にかかって船体重心が上昇するとともに左舷側への傾斜モーメントが加わって大傾斜するおそれがあったから,右舷側から索をとって固縛するなど,けた網の移動防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかし,同人は,今までけた網が動揺により船縁からずり落ちたことがなかったので大丈夫と思い,けた網の移動防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,船体が大きく動揺した弾みでけた網が左舷船外にずり落ち,瞬時にけた網の重量がブーム上端にかかって同舷側に没水角を超え大傾斜し,復原力を喪失して転覆させる事態を招き,海雄丸の機関及び航海計器などに濡損を生じさせて同船を廃船させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。