(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年12月16日15時00分
来島海峡東口
(北緯34度05.3分 東経132度59.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第三海和丸 |
総トン数 |
165.79トン |
全長 |
33.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
147キロワット |
(2)設備及び性能等
第三海和丸(以下「海和丸」という。)は,昭和55年12月に進水し,限定沿海区域を航行区域とする一層甲板船尾船橋型の液体化学薬品ばら積船で,山口県徳山下松港から大阪港,広島県福山港,愛媛県新居浜港などへの液体苛性ソーダ輸送に従事していた。
操舵室は,前方に見張りの妨げとなる構造物はなく,同室中央部に操舵スタンドが,同スタンドの左舷側にテレグラフが,右舷側に機関操縦装置が,同スタンド前方の壁寄りにはマグネットコンパスを中央にしてその左舷側にレーダーが,右舷側にGPSプロッターがそれぞれ設置され,また,同室後部の中央部が畳を敷いた休憩場所になっており,その左舷側が海図台に,右舷側が物入れになっていたが,居眠り防止装置は設置されていなかった。
操縦性能は,船舶件名表抜粋写の海上試運転成績によると,左旋回及び右旋回ともにそれぞれ最大縦距が約70メートル,最大横距が約95メートルで,360度回頭するのにいずれも約1分50秒を要し,全速力前進中,後進を発令して船体が停止するまでに1分30秒を要した。
3 就労状況について
船橋当直は,A受審人及び父親がそのときの航海時間を考慮して5時間ないし6時間交替の単独当直としていた。
荷役作業は,曜日の区別なく日中に行われ,積荷役に約1時間を,揚荷役では荷役設備の状況によって1.5時間ないし4時間をそれぞれ要し,乗組員は荷役中,ポンプの操作や甲板上で荷役作業の監視などにあたっており,約1週間に1回程度の間隔で荷役作業がない休日があった。
4 事実の経過
海和丸は,A受審人及び父親が乗り組み,空倉のまま,船首0.8メートル船尾2.2メートルの喫水をもって,平成16年12月16日13時00分新居浜港を発し,徳山下松港に向かった。
ところで,A受審人は,同月14日08時55分から15日13時50分までの間徳山下松港に着岸して休息をとったのち,積荷役を行って出港し,16日00時40分新居浜港港外に錨泊して時間調整を行い,09時00分同港に入港して12時30分まで揚荷役に従事していたもので,錨泊中に5時間ばかり睡眠をとるなどしていたので,疲労が蓄積した状態でも,睡眠不足の状態でもなかった。
A受審人は,新居浜港での発航操船を父親に任せて甲板上で出港作業を行ったあと,13時15分ころ昇橋して操舵室で昼食をとり,13時40分父親と交替し,操舵スタンド後方に置いた背もたれも肘掛けもないいすに腰を掛けて単独の船橋当直にあたり,来島海峡東口に向けて燧灘を北上した。
A受審人は,間もなく前路で操業中の漁船を認め,左転して同漁船を避航したのち,14時25分半今治港東防波堤灯台(以下「東防波堤灯台」という。)から118度(真方位,以下同じ。)3.1海里の地点で,針路を大浜潮流信号所を正船首少し左方に見る305度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけて7.0ノットの対地速力で進行した。
14時32分A受審人は,東防波堤灯台から116度2.35海里の地点に差し掛かったころ,周囲にそれまで存在した操業中の漁船が見えなくなり,自船の航行に妨げとなる他船がいなくなったことから気が緩み,眠気を催したが,睡眠不足の状態でも,疲労が蓄積した状態でもなかったので,まさか居眠りすることはあるまいと思い,立ち上がって操舵室内を移動するなど,居眠り運航の防止措置を十分にとることなく,同じ姿勢で見張りを続けるうち,いつしか居眠りに陥った。
A受審人は,やがて来島海峡に入り,来島海峡航路外の四国寄りを航行し,14時52分少し前東防波堤灯台を左舷正横に見る地点に達したとき,来島海士瀬灯標を正船首少し左方に見る針路に転じて愛媛県小島と波止浜間の水道に向かう予定であったが,居眠りに陥っていたので,転針予定地点に達したことに気付かず,転針を行うことができないまま,今治港北方の浅所に向けて進行し,15時00分東防波堤灯台から327度1.0海里の地点において,海和丸は,原針路,原速力のまま,同浅所に乗り揚げた。
当時,天候は晴で風力3の北風が吹き,視界は良好で,潮候は下げ潮の初期にあたり,乗揚地点付近には微弱な北東流があった。
乗揚の結果,船首から船体後部にかけての船底外板に凹損などを生じたが,来援した引船によって引き下ろされ,自力で今治港に入港し,のち修理された。
(本件発生に至る事由)
1 居眠り防止装置が設置されていなかったこと
2 自動操舵のまま,操舵スタンド後方に置いたいすに腰を掛けていたこと
3 周囲に操業中の漁船が見えなくなって自船の航行に妨げとなる他船がいなくなり,気が緩んで眠気を催したこと
4 居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこと
5 居眠りに陥ったこと
(原因の考察)
本件は,居眠り運航の防止措置を十分にとっておれば居眠りに陥ることはなく,予定の転針を行って,乗り揚げることもなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,周囲に操業中の漁船が見えなくなって自船の航行に妨げとなる他船がいなくなり,気が緩んで眠気を催した際,居眠り運航の防止措置を十分にとることなく,自動操舵のまま,操舵スタンド後方に置いたいすに腰を掛けて居眠りに陥ったことは,本件発生の原因となる。
居眠り防止装置が設置されていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があると認められない。しかしながら,海難防止の観点から同装置の設置が望まれる。
(海難の原因)
本件乗揚は,来島海峡東口において,居眠り運航の防止措置が不十分で,愛媛県今治港北方の浅所に向け進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,来島海峡東口において,いすに腰を掛けた姿勢で単独の船橋当直にあたり,愛媛県今治港東防波堤北東方沖合に達したころ同県小島と波止浜間の水道に向けて転針する予定で西行中,周囲にそれまで存在した操業中の漁船が見えなくなり,自船の航行に妨げとなる他船がいなくなったことから気が緩んで眠気を催した場合,立ち上がって操舵室内を移動するなど,居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。ところが,同人は,睡眠不足の状態でも,疲労が蓄積した状態でもなかったので,まさか居眠りすることはあるまいと思い,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,居眠りに陥り,予定の転針を行うことができないまま,同港北方の浅所に向け進行して乗揚を招き,船首から船体後部にかけての船底外板に凹損などを生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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