(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年10月24日17時20分
広島県柳ノ瀬戸
(北緯34度19.1分 東経132度55.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
引船三洋 |
総トン数 |
198トン |
全長 |
32.83メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
2,574キロワット |
(2)設備及び性能等
三洋は,昭和63年4月に進水した航行区域を限定沿海区域とする2機2軸の船首船橋型引船で,広島県呉港を基地として周辺各港において出入港船の援助作業に従事していた。
操舵室には,航海計器としてレーダー及びGPSプロッターが設置され,自動操舵装置は設置されておらず,同室周囲は窓ガラスで,見張りの妨げとなるものはなかった。
3 事実の経過
三洋は,A及びB両受審人ほか3人が乗り組み,船首2.3メートル船尾3.9メートルの喫水をもって,平成15年10月24日13時30分呉港を発し,16時00分広島県竹原港に至り,出港船の援助作業を終えて帰港することとした。
17時09分A受審人は,竹原港竹原外港防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から091度(真方位,以下同じ。)2.3海里の地点を発し,機関を回転数毎分500にかけて10.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,機関員を手動操舵につけて操船指揮に当たり,竹原市の陸岸と阿波島との間の幅300メートルばかりの高崎瀬戸に向かうため竹原港内を北西進した。
ところで,A受審人は,阿波島北端の源氏ケ鼻から南西方1,000メートルばかりのところに藻ノ手礁が存在することを知っていたが,B受審人は,同礁が阿波島の西方300メートルばかりのところに存在するものと思っていた。
17時14分半A受審人は,防波堤灯台から080度1.5海里の地点で,針路を高崎瀬戸中央部に向首する234度に定めて進行し,17時17分半防波堤灯台から096度1,800メートルの地点に達したとき,同瀬戸最狭部を過ぎたのでB受審人と交替しても大丈夫と思い,引き続き同瀬戸通狭の操船指揮に当たることなく,同受審人と操船指揮を交替し,操舵室右舷後部の海図台で船尾方を向いていすに腰掛けて航海日誌の記入を始めた。
B受審人は,引き続き機関員を手動操舵につけて回転数毎分600にかけて12.0ノットの速力とし,同じ針路で続航した。
そのころB受審人は,左舷前方1海里ばかりのところに北上するフェリーを視認し,左転してフェリーの船尾を替わす針路とすることとしたが,左舷側に存在する藻ノ手礁はすでに替わっていると思っていたので,船内に備えてある海図によって同針路線上の航行の妨げとなる険礁の有無を確認するなど,水路調査を十分に行うことなく,17時18分半防波堤灯台から105度1,560メートルの地点で針路を206度に転じた。
B受審人は,転針後藻ノ手礁に向首するようになったが,このことに気付かず進行し,17時20分防波堤灯台から126度1,550メートルの地点において,三洋は,原針路,原速力のまま,同礁に乗り揚げた。
当時,天候は晴で風力2の南南西風が吹き,潮候は上げ潮の初期であった。
A受審人は,浸水や漏油がないことを確認し,離礁などの事後の措置に当たった。
乗揚の結果,船底に凹損及び擦過傷,推進器翼に欠損などを生じたが,自力離礁し,のち修理された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,高崎瀬戸最狭部を過ぎたのでB受審人と交替しても大丈夫と思い,引き続き操船指揮に当たらなかったこと
2 A受審人が,交替後海図台に後方を向いていすに腰掛けて航海日誌の記入を始めたこと
3 B受審人が藻ノ手礁の正確な位置を知らなかったこと
4 B受審人が水路調査を十分に行わなかったこと
5 B受審人がフェリーを替わすために左転したこと
(原因の考察)
本件は,狭隘な高崎瀬戸を西行中,左舷前方から北上するフェリーを替わすため,左転して藻ノ手礁に乗り揚げたものであり,同礁の位置を知っているA受審人が引き続き操船に当たっていれば本件発生は防止できたものと認められ,また,藻ノ手礁の位置を知らない操船を引き継いだ一等航海士が水路調査を十分に行っていれば本件発生は防止できたものと認められる。
したがって,A受審人が,高崎瀬戸最狭部を過ぎたのでB受審人と交替しても大丈夫と思い,引き続き操船指揮に当たらなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,狭隘な高崎瀬戸を西行中,操船を交替後海図台に後方を向いていすに腰掛けて航海日誌の記入を始めたことは,本件発生に至る過程において関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
また,B受審人が,藻ノ手礁の正確な位置を知らなかったのに,水路調査を十分に行うことなくフェリーを替わすために左転したことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件乗揚は,広島県竹原港において,狭隘な高崎瀬戸を西行する際,水路調査が不十分で,フェリーを替わすために左転し,藻ノ手礁に向けて進行したことによって発生したものである。
運航が適切でなかったのは,狭隘な高崎瀬戸を西行する際,船長が引き続き操船指揮に当たらなかったことと,操船指揮に当たる一等航海士が水路調査を十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は,広島県竹原港において,狭隘な高崎瀬戸を西行する場合,引き続き操船指揮に当たるべき注意義務があった。しかるに,同人は,同瀬戸最狭部を過ぎたので一等航海士と交替しても大丈夫と思い,引き続き操船指揮に当たらなかった職務上の過失により,一等航海士がフェリーを替わすために左転して藻ノ手礁への乗揚を招き,船底に凹損及び擦過傷,推進器翼に欠損などを生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,広島県竹原港において,狭隘な高崎瀬戸を西行中,左舷船首方に北上するフェリーを認め,左転して同フェリーの船尾を替わす針路とする場合,同針路線上の航行の妨げとなる険礁の有無が確認できるよう,備え付けの海図によって水路調査を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,左舷側には藻ノ手礁が存在することは知っていたものの,藻ノ手礁はすでに替わっているものと思い,水路調査を十分に行わなかった職務上の過失により,フェリーを替わすために左転して同礁への乗揚を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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