(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年12月3日03時49分
福岡県志賀島北西方の中曽根
(北緯33度41.63分東経130度17.10分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船ジン マン へ |
総トン数 |
2,900トン |
全長 |
98.43メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
2,940キロワット |
(2)設備及び性能等
ジン マン へ(以下「ジ号」という。)は,1996年8月にドイツ連邦共和国で竣工した1機1軸の船尾船橋型鋼製貨物船で,中華人民共和国(以下「中国」という。)と本邦の間を1週間で1往復の定期コンテナ貨物輸送に就航しており,船首部にサイドスラスター1基を備え,船橋には,レーダー2台,スティック式の操舵装置,GPSプロッタ,音響測深機及び居眠り防止装置などが装備され,同装置は,予め設定した時間間隔でアラームが鳴るのを,その都度一定の操作を行って解除するもので,本件当時は使用されていなかった。
3 事実の経過
ジ号は,中国国籍の船長B及びA指定海難関係人ほか同国国籍の12人が乗り組み,コンテナ貨物約2,663トンを積載し,船首4.34メートル船尾5.86メートルの喫水をもって,平成16年12月2日22時48分(日本標準時,以下同じ。)関門港田野浦区を発し,博多港に向かった。
B船長は,船橋当直体制を,01時から05時及び13時から17時までをA指定海難関係人,05時から09時及び17時から21時までを一等航海士,09時から13時及び21時から01時までを三等航海士にそれぞれ当らせ,各直に甲板員1人を付けた2人1組による4時間3直制と定め,出入港,狭水道通峡,荒天及び視界不良時には自らが昇橋して操船の指揮を執ることとしていた。
発航後B船長は,関門航路を指揮して通航したのち,当直中の三等航海士に口頭で安全に気をつけるよう指示し,博多港に3日05時00分に到着する旨を伝えて降橋し,自室で休息した。
ところで,B船長は,関門海峡から博多港に至るまでの予定の転針地点及び針路を,白島石油備蓄シーバース灯から339度(真方位,以下同じ。)1.25海里の地点で246度,筑前大島灯台から284度1.3海里の地点(以下「大島西方転針点」という。)で211度,玄界島灯台から015度2.2海里の地点(以下「福岡湾口転針点」という。)で171度,残島灯台から117度2.5海里の地点(以下「博多港外転針点」という。)で105度として,使用海図に記入していた。
そして,ジ号のGPSプロッタには,これらの転針点の緯度,経度の数値がポイントとして,番号を付して入力されていて,自船が同転針点の0.2海里以内に達すると,次の転針点に向かう針路が自動的に表示されるようになっていた。また,次の転針点を手動で入力するときは,任意の転針点のポイント番号を選択して入力すれば,画面に同転針点に向かう針路が表示されるようになっていた。
翌3日01時00分A指定海難関係人は,白島石油備蓄シーバース灯から257度3.9海里の地点で,三等航海士から口頭で船長からの指示及び伝達事項を聞いて当直を引き継ぎ,船橋内の右舷側前方に設置されたレーダーの後方のいすに腰掛け,自動操舵によって進行した。
ところで,A指定海難関係人の前日の就労時間は,01時00分から05時00分まで船橋当直,07時30分から08時00分まで接岸作業,13時から19時まで停泊当直,22時12分から23時まで離岸作業に就いており,まとまった睡眠時間がとれなかったことや当直中の作業によって疲れ気味の状況となっていた。
02時30分頃A指定海難関係人は,大島西方転針点付近に差しかかったところ,船位が同転針点から0.2海里を超えて偏位しており,GPSプロッタに福岡湾口転針点までの予定針路が自動表示されなかったので,手動で次の転針点を入力することにしたが,海図に当たって同転針点を確認せずに,GPSに入力されていたポイント番号を選択して入力したことから,福岡湾口転針点を入力すべきところを間違って博多港外転針点を入力してしまい,同プロッタの針路が201度で表示された。
02時32分A指定海難関係人は筑前大島灯台から274度1.5海里の地点で,GPSプロッタの表示に合わせて針路を201度に定めたが,慣れた海域であったことから,針路を間違えるようなことはないと思い,予定針路線が記入された海図に当たって針路を確認しなかったので,誤った針路に定めたことに気付かなかった。
こうして,ジ号は,折からの潮流の影響を受けて左方に1度圧流されながら,10.8ノットの対地速力で,志賀島の北西1.2海里に所在のシタエ曽根灯浮標(光達距離4海里)と志賀島との間に拡延する浅礁域にある中曽根に向かって進行した。
A指定海難関係人は,相当直の甲板員を船橋内の中央部にある操舵装置の後方に立った姿勢で見張りに当たらせ,自らは引き続き右舷側前方に設置されたレーダー後方のいすに腰掛け,予定のとおり安全な針路で進行しているものと思い込んだまま,右肘を肘かけに乗せ頬杖をついた姿勢で当直を続け,海上も平穏で,前方に危険な状態となる他船もおらず,次の転針点までしばらく間があったことなどから,次第に緊張がゆるみ,03時03分頃筑前相ノ島灯台から347度4.0海里ばかりの地点に差しかかったとき,眠気を感じたが,まもなく入港するので居眠りすることはあるまいと思い,立って操舵室を移動しながら見張るなり,居眠り防止装置のスイッチを入れるなどの居眠り運航の防止措置をとることなく,いすに腰掛けたままの姿勢を続けているうち,まもなく居眠りに陥った。
03時30分A指定海難関係人は,筑前相ノ島灯台から252度2.8海里の地点に達し,シタエ曽根灯浮標を右舷前方3.5海里に認めるようになっており,西方位標識である同灯浮標を左舷側に航過できるよう,右転すべき状況となっていたが,居眠りしていてこのことに気付かず,また,相直の甲板員が同指定海難関係人の後方にいたことから,同指定海難関係人が居眠りしていることに気付かなかったものか,同甲板員から声を掛けられることもないまま,同じ針路,速力で続航中,03時49分玄界島灯台から087度2.5海里の中曽根に,原針路,原速力のまま乗り揚げた。
当時,天候は晴で風力1の南東風が吹き,潮候は下げ潮の中央期にあたり,視界は良好で,付近には微弱な北東流があった。
乗揚の結果,船底外板に破口を含む凹損を生じて重油が流出したが,巡視船などにより回収処理され,ジ号は一部のコンテナを瀬取りしたのち,引船によって引きおろされた。
(本件発生に至る事由)
1 疲れ気味であったこと
2 GPSプロッタに次の転針点を間違えて入力したこと
3 海図に当たって針路の確認を十分に行わなかったこと
4 誤った針路に定めたこと
5 中曽根に向かって進行したこと
6 居眠り運航の防止措置をとらなかったこと
7 いすに腰掛けたままの姿勢を続けたこと
8 居眠りに陥ったこと
(原因の考察)
ジ号が,大島西方沖合で,針路を福岡湾口に向けて定めるにあたり,使用海図に当たって針路の確認を十分に行っておれば,GPSプロッタに表示された針路が誤っていて,中曽根に向かっていることが分かり,正しい針路に定めることができたと認められる。
したがって,A指定海難関係人が,大島西方沖合で,針路を福岡湾口に向けて定める際,慣れた海域であったことから,針路を間違えるようなことはないと思い,海図に当たって針路の確認を十分に行わず,誤った針路に定め,中曽根に向かって進行したことは,本件発生の原因となる。
また,A指定海難関係人が眠気を感じた際,立って操舵室を移動しながら見張るなり,居眠り防止装置のスイッチを入れるなど,居眠り運航の防止措置を十分に行っておれば,やがてシタエ曽根灯浮標を右舷前方に認めるようになり,危険であることに気付き,同灯浮標を左舷側に見るよう右転したと認められる。
したがって,同人が,眠気を感じた際,まもなく入港するので居眠りすることはないと思い,居眠り運航の防止措置をとらず,いすに腰掛けたままの姿勢を続け,居眠りに陥ったことは,本件発生の原因となる。
GPSプロッタに次の転針点を間違えて入力したことは,海図上で針路の確認を十分に行っていれば,すぐに間違いに気付いたと認められることから,本件発生に至る過程で関与した事実ではあるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,GPSプロッタのみに頼って針路を決めることは,同ソフトに途中の障害物等が全て入力されているとは限らないので,これを参考程度に止め,針路決定は海図によって行うよう,心掛けるべきである。
A指定海難関係人が,疲れ気味であったことは,通常あり得る状況としてやむを得ないことであり,居眠り運航の防止措置をとっていれば,居眠りに陥ることはなかったと認められるので,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件乗揚は,夜間,福岡県大島西方沖合において,針路を福岡湾口に向けて定める際,海図上での針路の確認が不十分で,誤った針路に定めたばかりか,居眠り運航の防止措置が不十分で,志賀島北西方の中曽根に向かって進行したことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
A指定海難関係人が,夜間,福岡県大島西方沖合を博多港に向けて航行中,眠気を感じた際,立って操舵室を移動しながら見張るなり,居眠り防止装置のスイッチを入れるなどの居眠り運航の防止措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
A指定海難関係人に対しては勧告しないが,今後,航行中に眠気を感じた際は,居眠り運航の防止措置を十分にとり,安全運航に努めなければならない。
よって主文のとおり裁決する。
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