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平成16年門審第99号
件名

油送船昇徳丸乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成17年7月8日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(上田英夫,織戸孝治,西林 眞)

理事官
金城隆支

受審人
A 職名:昇徳丸船長 海技免許:四級海技士(航海)
B 職名:昇徳丸機関員 海技免許:四級海技士(航海)(履歴限定)

損害
球状船首に凹損及び破口,船底外板に擦過傷を含む亀裂及び右舷後部のビルジキールに凹損

原因
見張り不十分

主文

 本件乗揚は,見張りが十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Bの四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年7月4日00時02分
 福岡県玄界島西方の灯台瀬
 (北緯33度39.3分東経130度07.2分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 油送船昇徳丸
総トン数 199トン
全長 48.26メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 625キロワット
(2)設備及び性能等
 昇徳丸は,平成4年12月に進水した船尾船橋型油タンカーで,上甲板下に1番から4番までの貨物油槽が設けられており,船首端から船尾楼前面までの水平距離が約37メートルで,同楼の最上層に配置された操舵室には,同室前部中央に操舵用磁気コンパス及び舵輪があり,舵輪に隣接して右舷側に主機遠隔操縦装置が,左舷側にレーダーがそれぞれ備えられており,瀬戸内海及び九州一円の沿海区域で,主にA重油の輸送に従事していた。
 本件発生当時,操舵室での眼高は海面から約5.5メートルで,同室から前方の視界を遮る甲板上構造物はなく,見通し状況は良好であった。

3 周辺海域の航路標識
 灯台瀬灯標は,福岡県玄界島の西南西方約6海里に所在する灯台瀬に設置された孤立障害標識で,灯質が毎5秒に2閃光の群閃白光,光達距離が5海里であり,九州沿岸水路誌(海上保安庁刊行書誌第105号)によれば,通常,少なくとも5海里離れた距離からレーダーによる確認が可能であった。また,長間礁灯標は,玄界島の西方約4海里に所在する長間礁に設置された北方位標識で,灯質が連続急閃白光,光達距離が5海里であった。

4 事実の経過
 昇徳丸は,A及びB両受審人ほか2人が乗り組み,A重油521キロリットルを搭載し,船首2.7メートル船尾3.6メートルの喫水をもって,平成16年7月3日10時30分岩国港を発し,関門海峡を経由して熊本県八代港に向かった。
 ところで,A受審人は,見張り第一の事項と,定期的な船位確認及び不安を感じたときの報告の各事項を記載したポスターを自ら作成して操舵室内の壁に掲示するなど,平素から船橋当直者に対して同事項の遵守を指導していた。また,安全運航に関する船内ミーティングを毎月1回実施しており,同月2日岩国港に向け航行中,船橋に全乗組員を集め,衝突及び座礁の防止をテーマとした7月期の同ミーティングを実施し,意見交換を行うなどして海難防止に関する指導を行っていた。
 3日19時00分A受審人は,関門海峡東口付近で前直者と交代して単独の船橋当直に就き,同海峡を通航して響灘及び玄界灘を九州北岸に沿って西行し,22時45分玄界島北東方約7海里の地点で,当直交代のため昇橋したB受審人に引継ぎを行い,右舷前方で操業中のいか釣り漁船群に注意するよう指示を与えて降橋した。
 22時47分B受審人は,単独の船橋当直に就き,舵輪の左舷側に立ち,レーダーのレンジを6海里に設定し,機関を全速力前進にかけ,10.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,灯台瀬灯標を右舷側に1海里ばかりで並航する地点を次の転針予定地点と決め,自動操舵により南西の針路で進行した。
 B受審人は,当直交代後しばらくして,自宅の妻との間で,携帯電話を使用してメールのやり取りを始め,時折前方を見ては,漁船を自動操舵の針路設定ダイヤルを操作して避航しながら続航し,23時29分玄界島灯台から306度(真方位,以下同じ。)1.6海里の地点に至り,1隻の漁船を避航したところで,針路を転針予定地点に向く228度に定めて進行した。
 23時48分わずか前B受審人は,長間礁灯標から158度1.9海里の地点に差し掛かり,右舷側に漁船を替わしたとき,その沖合の,右舷正横後20度方向に同灯標の灯光を認め,閃光を2回発したように見えたことから,これを灯台瀬灯標の灯光と誤認し,転針目標としていた同灯標を航過したものと思い,船位を十分に確認しないまま,レーダーのレンジを12海里に切り替えて船首方を約20海里まで表示するオフセンターに設定し,佐賀県加部島の映像が正船首方向となるようレーダー映像を見ながら針路設定ダイヤルを操作し,針路を244度に転じ,灯台瀬に向首する状況となって続航した。
 B受審人は,レーダーのレンジを6海里に戻し,再びメールのやり取りを行いながら進行し,23時57分長間礁灯標から195度2.6海里に達したとき,ほぼ正船首約1,500メートルのところに灯台瀬灯標の灯光を視認できる状況であったが,転針したとき,右舷側に操業中のいか釣り漁船群を航過して前方に他船の灯火を認めなかったことから,当分の間は前方を注視しなくても大丈夫と思い,依然,俯いた姿勢でメールのやり取りに没頭していて,同やり取りを止めて前方を見張るなり,レーダー映像を確認するなりして,見張りを十分に行わなかったので,同灯標に向首していることに気付かず,続航した。
 翌4日00時ごろ機関長は,機関室の見回りを終えて船尾楼甲板に出たとき,船首方向に航路標識らしき灯光を認め,不安を感じて船橋に赴き,当直中のB受審人に声をかけた。
 00時02分わずか前B受審人は,機関長から声をかけられ,ふと顔を上げたとき,右舷船首至近に灯台瀬灯標の灯光を認めたが何もすることができず,00時02分同灯標から180度10メートルの地点において,昇徳丸は,原針路,原速力のまま,灯台瀬の岩場に乗り揚げた。
 当時,天候は晴で風力2の南東風が吹き,潮候は下げ潮の初期にあたり,視界は良好であった。
 A受審人は,自室で就寝中,船底に衝撃を感じて直ちに昇橋し,乗揚の事実を知り,事後の措置に当たった。
 乗揚の結果,球状船首に凹損及び破口を,船底外板に擦過傷を含む亀裂及び右舷後部のビルジキールに凹損をそれぞれ生じたが,引船により引き降ろされ,のち修理された。また,搭載していたA重油約7キロリットルが流出したが,のち回収処理された。

(本件発生に至る事由)
1 B受審人が,長間礁灯標を灯台瀬灯標と誤認したこと
2 B受審人が,灯台瀬灯標を航過したと思ったこと
3 B受審人が,船位を十分に確認しないまま転針したこと
4 B受審人が,操業中のいか釣り漁船群を航過して前方に他船の灯火を認めなかったことから,当分の間は前方を注視しなくても大丈夫と思ったこと
5 B受審人が,メールのやり取りに没頭していたこと
6 B受審人が,見張りを十分に行わなかったこと

(原因の考察)
 本件は,転針後に,見張りを十分に行っていれば,灯台瀬灯標の灯光を正船首方に視認することができ,灯台瀬に向首していることが分かり,発生を回避できたものと認められる。
 したがって,B受審人が,操業中のいか釣り漁船群を航過して前方に他船の灯火を認めなかったことから,当分の間は前方を注視しなくても大丈夫と思い,メールのやり取りに没頭していて,見張りを十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 B受審人が,長間礁灯標を灯台瀬灯標と誤認したこと及び灯台瀬灯標を航過したと思い,船位を十分に確認しないまま転針したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,転針後,見張りを十分に行っていれば,灯台瀬灯標に向首していることに気付き,灯台瀬への接近を回避する操船余地は十分にあったと認められるから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,いずれも海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件乗揚は,夜間,福岡県玄界島西方沖合を西行中,見張りが不十分で,灯台瀬に向首したまま進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 B受審人は,夜間,福岡県玄界島西方沖合を西行する場合,灯台瀬灯標の灯光を見落とさないよう,メールのやり取りを止めて前方を見張るなり,レーダー映像を確認するなりして,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,操業中のいか釣り漁船群を航過して前方に他船の灯火を認めなかったことから,当分の間は前方を注視しなくても大丈夫と思い,メールのやり取りに没頭していて,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,灯台瀬に向首していることに気付かずに進行して乗揚を招き,球状船首に凹損及び破口を,船底外板に擦過傷を含む亀裂及び右舷後部のビルジキールに凹損をそれぞれ生じさせ,搭載していたA重油約7キロリットルを流出させるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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