(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年3月25日03時20分
四国南方海域
(北緯31度09分東経133度43分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第八国丸 |
漁船健洋丸 |
総トン数 |
14トン |
12トン |
登録長 |
14.03メートル |
11.89メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
404キロワット |
404キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第八国丸
第八国丸(以下「国丸」という。)は,平成9年7月に進水し,従業制限を小型第2種とし,まぐろはえなわ漁業に従事するFRP製漁船で,球状船首を有し,船体のほぼ中央に操舵室が配置されていた。
操舵室内には,前部中央にマグネットコンパス及び操舵輪が備えられ,その右側に主機遠隔操縦装置が,その左側に無線方位探知機がそれぞれ備えられ,左舷側壁に接して設けられた棚に,船首から順に1号GPSプロッタ,1号レーダー,2号GPSプロッタ,2号レーダー及び魚群探知機が備えられ,同棚の下に寝台が設けられていたほか,同室右舷側壁に接して台が設けられ,投縄及び揚縄時には同台前部に腰掛けて遠隔操舵で操船できるようになっており,その操船位置の後方に数枚の座布団を船首尾方向に並べ,身体を横たえることができるようにしていた。
また,操業形態は,04時から4時間半ばかりかけて投縄作業を行い,投縄終了地点で約3時間漂泊待機したのち,11時半から22時ごろまで揚縄作業を行っており,不漁のときは3時間ばかりかけて漁場を移動し,次の投縄に備えることを繰り返し,1航海の操業日数は10日ないし約2週間であった。
イ 健洋丸
健洋丸は,平成4年12月に進水し,従業制限を小型第1種とし,まぐろはえなわ漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央やや後方に操舵室が,その直下に船員室がそれぞれ配置され,両室は前部中央の開口部で階段により連絡されていた。
操舵室内には,前部中央に操舵輪が備えられ,その右側に主機遠隔操縦装置が,その左側に無線方位探知機がそれぞれ備えられ,左舷側壁に接して設けられた棚に,船首から順にレーダー,GPSプロッタが備えられ,同室右舷側床に布団が敷かれていた。
船員室には,前部中央にマグネットコンパスが備えられ,左右の側壁に接してそれぞれ棚が設けられており,左舷側の棚に,船首から順に魚群探知機,レーダー,GPSプロッタが備えられ,操舵室右舷側の布団の位置から,前記の開口部を通してそれらの計器類を監視できるようになっていた。また,左右の棚の下が甲板員の寝台となっていた。
また,操業形態は,04時から4時間半ばかりかけて投縄作業を行い,投縄終了地点で約3時間漂泊待機したのち,11時半から22時ごろまで揚縄作業を行っており,不漁のときは3時間ばかりかけて漁場を移動し,次の投縄に備えることを繰り返し,1航海の操業日数は10日ないし約2週間であった。
3 事実の経過
国丸は,A及びB両受審人ほか甲板員2人が乗り組み,操業の目的で,船首1.0メートル船尾2.5メートルの喫水をもって,平成16年3月13日08時00分宮崎県細島港を発し,翌14日四国南方の漁場に至り,同月15日から操業を開始した。
同月24日21時45分A受審人は,北緯30度14.0分東経133度55.0分の地点で,長さ75キロメートルのはえなわを約10時間操船して揚げ終わったものの,漁獲が思わしくなかったことから,平素より長距離の漁場移動を行うこととしたものの,揚縄作業に引き続いて単独の船橋当直を長時間続ければ,同当直者が居眠りに陥るおそれがあったが,船橋当直体制についてはB受審人に任せておけば良いと思い,小型船舶操縦士免許を有する甲板員を当直要員として交代制とするなどの居眠り運航の防止措置をとることなく,同当直をB受審人に任せ,操舵室後方の自室で休息した。
また,B受審人は,連日の操業による疲れを感じていたが,当日は投縄開始までに約4時間,そして,投縄後の待機中に約3時間の休息を取っており,眠気をさほど覚えなかったところから,単独で当直を続けることができると思い,A受審人に対して船橋当直を交代制とするなどの居眠り運航の防止措置をとるよう進言しなかった。
こうして,22時00分B受審人は,法定の灯火を表示して揚縄終了地点を発進し,針路を349度(真方位,以下同じ。)に定め,機関を全速力前進にかけて10.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)とし,右舷側の台前部にあぐらをかいて座り,レーダー2台を作動させ,それらの警報リング機能をいずれも1.5海里の距離に設定し,自動操舵により進行した。
翌25日03時14分少し過ぎB受審人は,北緯31度08.0分東経133度43.2分の地点に差しかかったとき,レーダーの警報が鳴り,2号レーダーで確認したところ,左舷船首14度1.5海里のところに健洋丸の映像を認めたものの,同船が白,緑2灯を見せて前路を右方に横切る態勢で接近していたが,平穏な航海の中,連日の操業と長時間の当直による疲れから覚醒度が徐々に低下していた状態で,レーダー映像を一見し,同船の位置と時間帯からして,次の投縄に備えて漂泊待機中のまぐろはえなわ漁船と思い,目視で同船の灯火を確認したうえで,その動静監視を十分に行うことなく,同警報のスイッチを切って続航した。
03時15分B受審人は,北緯31度08.1分東経133度43.1分の地点に達し,健洋丸が左舷船首13度1.3海里のところに接近したとき,同船が減速したことから,その後同船の方位が変わらず,同船と衝突のおそれのある態勢で互いに接近する状況となったが,依然とし動静監視を十分に行わなかったので,この状況に気付かずに進行した。
B受審人は,付近には漂泊中の漁船しかいないと思い込んで気が緩んだうえ,顔を左舷側の計器棚の方に向けて座布団敷きのところで横になったので,急激に覚醒度が低下して間もなく居眠りに陥り,健洋丸が避航の様子を示さないまま接近することに気付かず,同船に対して警告信号を行わず,さらに接近したとき,右転するなどの衝突を避けるための協力動作をとらないで続航中,03時20分北緯31度09.0分東経133度43.0分の地点において,国丸は,原針路,原速力のまま,その船首が健洋丸の右舷中央に前方から39度の角度で衝突した。
A受審人は,衝撃を感じて起き,直ちに昇橋して事後の措置に当たった。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,視界は良好で,海上は穏やかであった。
また,健洋丸は,C受審人ほか甲板員2人が乗り組み,操業の目的で,船首1.0メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,平成16年3月15日07時00分宮崎県島野浦漁港を発し,同県油津港に寄港して食料品を積み込んだのち,四国南方の漁場に向かい,同月17日同漁場に至り,05時から操業を開始した。
同月24日22時30分C受審人は,北緯31度27.9分東経133度16.5分の地点で,長さ63キロメートルのはえなわを約11時間かけて揚げ終わったものの,漁獲が思わしくなかったことから,平素より長距離の漁場移動を行うこととしたものの,連日の操業による疲れと睡眠不足とを感じており,揚縄時の操船及び甲板作業に引き続いて単独の船橋当直を長時間続ければ,居眠りに陥るおそれがあったが,当日は投縄開始までに約4時間,そして,投縄後の待機中に約3時間の休息を取っていたところから,単独で当直を続けることができると思い,小型船舶操縦士免許を有する甲板員を当直要員として交代制とするなどの居眠り運航の防止措置をとらなかった。
こうして,C受審人は,法定の灯火を表示し,同じ目的地に向かう僚船の左舷後方約3海里に後続するかたちで,23時00分揚縄終了地点を発進し,針路を130度に定め,機関を全速力前進にかけて7.0ノットの速力とし,操舵室右舷側の布団の上であぐらをかいて座り,操舵室内のレーダーを作動させ,その警報リング機能を1.5海里の距離に設定し,自動操舵により進行した。
翌25日03時14分少し過ぎC受審人は,北緯31度09.3分東経133度42.6分の地点に差しかかったとき,レーダーの警報が鳴って前方を見たところ,右舷船首25度1.5海里のところに国丸の白1灯を認め,平穏な航海の中,連日の操業と長時間にわたる当直による疲れから覚醒度が徐々に低下していた状態で,一見して先航する僚船の船尾灯と思い込んだまま続航した。
03時15分C受審人は,北緯31度09.3分東経133度42.7分の地点に達したとき,右舷船首26度1.3海里のところに接近した国丸の白,紅2灯を視認でき,同船が前路を左方に横切る態勢で接近しているのが分かる状況であったが,先航する僚船の灯火と思い,動静監視を十分に行わなかったので,この状況に気付かないまま,僚船との船間距離を空けようと考え,速力を5.5ノットに減じた。
C受審人は,その後国丸の方位が変わらず,同船と衝突のおそれのある態勢で互いに接近する状況となったが,依然として動静監視を十分に行わなかったので,この状況にも気付かないまま進行した。
C受審人は,レーダーの警報スイッチを切ったのち,再び,布団の上に座り,背中を右舷側壁に付け,顔を左舷側の計器棚の方に向けていたところ,付近には先航する僚船しかいないと思い込んで気が緩み,急激に覚醒度が低下して間もなく居眠りに陥り,国丸が衝突のおそれのある態勢のまま接近していることに気付かず,右転するなどして同船の進路を避けないで続航中,健洋丸は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,国丸は,球状船首及び船首外板に破口を生じたほか,船首部のハンドレールを曲損し,健洋丸は,右舷中央外板に破口を生じて主機及び電気系統を濡損したほか,右舷中央ブルワーク及び操舵室右舷側を損傷したが,のちいずれも修理された。
(本件発生に至る事由)
1 国丸
(1)B受審人に連日の操業で疲れがあったこと
(2)平素より長距離の漁場移動を行ったこと
(3)A受審人が,船橋当直をB受審人に任せておけば良いと思ったこと
(4)A受審人が,居眠り運航の防止措置をとらなかったこと
(5)B受審人が,単独で船橋当直を続けることができると思ったこと
(6)B受審人が,A受審人に対して居眠り運航の防止措置をとるよう進言しなかったこと
(7)自動操舵装置を使用したこと
(8)健洋丸を漂泊待機中の漁船と思い込んだこと
(9)動静監視を十分に行わなかったこと
(10)身体を横にしたこと
(11)B受審人が,居眠りに陥ったこと
(12)警告信号を行わなかったこと
(13)衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
2 健洋丸
(1)連日の操業で疲れと睡眠不足とがあったこと
(2)平素より長距離の漁場移動を行ったこと
(3)単独で船橋当直を続けることができると思ったこと
(4)居眠り運航の防止措置をとらなかったこと
(5)自動操舵装置を使用したこと
(6)国丸の灯火を先航する僚船の船尾灯と思い込んだこと
(7)動静監視を十分に行わなかったこと
(8)C受審人が,居眠りに陥ったこと
(9)国丸の進路を避けなかったこと
(原因の考察)
本件衝突は,夜間,互いに他の船舶の視野の内にある状況下,北上する国丸と南東進する健洋丸とが,互いに進路を横切る態勢で接近して発生したものであり,国丸が,居眠り運航の防止措置をとり,健洋丸に対する動静監視を十分に行っていれば,同船が前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近することに気付き,警告信号を行い,さらに接近したとき,右転するなどの衝突を避けるための協力動作をとることができ,衝突を防ぎ得たものと認められる。
したがって,B受審人が,単独で船橋当直を続けることができると思い,居眠り運航の防止措置をとらなかったばかりか,動静監視を十分に行わないまま,居眠りに陥り,健洋丸に対して警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,平素より長距離の漁場移動を行うに当たり,船橋当直をB受審人に任せておけば良いと思い,小型船舶操縦士免許を有する甲板員を当直要員として交代制とするなどの居眠り運航の防止措置をとらなかったこと,また,B受審人が,単独で船橋当直を続けることができると思い,A受審人に対して,前記の居眠り運航の防止措置をとるよう進言しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
B受審人が,健洋丸を漂泊待機中の漁船と思い込んだことは,同船に対する動静監視を十分に行わなかったことの態様であり,本件発生の原因となる。
B受審人に連日の操業で疲れがあったこと,平素より長距離の漁場移動を行ったこと,自動操舵装置を使用したこと及び身体を横にしたことは,それぞれ覚醒度を低下させた要因であり,いずれもB受審人が居眠りするに至った過程において関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,船橋当直中に身体を横にすることは,居眠りを誘発しやすい行為なので,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方,健洋丸が,居眠り運航の防止措置をとり,国丸に対する動静監視を十分に行っていれば,同船が前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近することに気付き,右転するなどして同船の進路を避けることができ,衝突を防ぎ得たものと認められる。
したがって,C受審人が,平素より長距離の漁場移動を行うに当たり,単独で船橋当直を続けることができると思い,小型船舶操縦士免許を有する甲板員を当直要員として交代制とするなどの居眠り運航の防止措置をとらなかったばかりか,動静監視を十分に行わないまま,居眠りに陥り,国丸の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
C受審人が,国丸の灯火を先航する僚船の船尾灯と思い込んだことは,同船に対する動静監視を十分に行わなかったことの態様であり,本件発生の原因となる。
C受審人が,連日の操業で疲れと睡眠不足とがあったこと,平素より長距離の漁場移動を行ったこと及び自動操舵装置を使用したことは,それぞれ覚醒度を低下させた要因であり,いずれもC受審人が居眠りするに至った過程において関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,四国南方沖の太平洋上において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近中,南東進中の健洋丸が,居眠り運航の防止措置が十分でなかったばかりか,動静監視不十分で,前路を左方に横切る国丸の進路を避けなかったことによって発生したが,北上中の国丸が,居眠り運航の防止措置が十分でなかったばかりか,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
国丸の運航が適切でなかったのは,平素より長距離の漁場移動を行うに際し,船長が,船橋当直を交代制とするなどの居眠り運航の防止措置をとらなかったことと,移動時の同当直を任された機関長が,船長に対して同当直を交代制とするなどの居眠り運航の防止措置を進言しなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
C受審人は,夜間,四国南方沖の太平洋上において操業中,平素より長距離の漁場移動を行う予定で船橋当直に就く場合,連日の操業で疲労しており,長時間にわたって同当直を続けると居眠りに陥るおそれがあったから,居眠り運航とならないよう,船橋当直を交代制とするなどの居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。ところが,同人は,自らが単独で当直を続けることができると思い,船橋当直を交代制とするなどの居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により,単独で船橋当直を続けて居眠りに陥り,前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する国丸に気付かず,同船の進路を避けずに進行して衝突を招き,国丸の球状船首及び船首外板に破口を生じさせたほか,船首部のハンドレールを曲損させ,健洋丸の右舷中央外板に破口を生じさせて主機及び電気系統を濡損させたほか,右舷中央ブルワーク及び操舵室右舷側を損傷させるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は,夜間,四国南方沖の太平洋上において操業中,平素より長距離の漁場移動を行う予定で乗組員を船橋当直に就かせる場合,連日の操業で乗組員が疲労しており,長時間にわたって同一の乗組員が同当直を続けると居眠りに陥るおそれがあったから,居眠り運航とならないよう,船橋当直を交代制とするなどの居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。ところが,同人は,いつものようにB受審人に任せておけば良いと思い,船橋当直を交代制とするなどの居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により,B受審人が単独の船橋当直を続け居眠り運航となって健洋丸との衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,夜間,四国南方沖の太平洋上において操業中,平素より長距離の漁場移動を行う予定で船橋当直に就く場合,連日の操業で疲労しており,長時間にわたって同当直を続けると居眠りに陥るおそれがあったから,居眠り運航とならないよう,船長に対して船橋当直を交代制とするなどの居眠り運航の防止措置をとるよう進言すべき注意義務があった。ところが,同人は,自らが単独で当直を続けることができると思い,船長に対して居眠り運航の防止措置をとるよう進言しなかった職務上の過失により,単独で船橋当直を続けて居眠りに陥り,前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する健洋丸に気付かず,同船に対して警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらないまま進行して衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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