(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年10月27日05時09分
関門海峡西口
(北緯33度57.9分 東経130度50.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第六十八神洋丸 |
貨物船サニーメープル |
総トン数 |
324トン |
3,981トン |
全長 |
58.31メートル |
107.30メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
809キロワット |
3,912キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第六十八神洋丸
第六十八神洋丸(以下「神洋丸」という。)は,平成12年11月に進水した船尾船橋型の鋼製漁船で,活魚運搬に従事していた。
操舵室は,船橋甲板に設置され,同室前方の上甲板下が魚倉になっていて同甲板中央にクレーンが設置されていたものの,前方の視界を妨げる構造物はなく,同室前部中央に操舵スタンドが,その左舷側にはARPA付きの第1レーダー及び第2レーダーが,右舷側には機関操作盤や各種ポンプ操作盤などが,機関操作盤の前方にGPSプロッターが,同室後部右舷側に海図台が,同中央部及び左舷側にはGPS受信機,VHF無線電話などがそれぞれ設置されていた。
操縦性能は,航海速力が機関を回転数毎分375として満載時約11ノット,空倉時約12.5ノットで,公試運転成績書写によれば,最大縦距及び同横距が右旋回及び左旋回とも140メートル及び126メートルで,360度回頭するのに約2分10秒を要した。
航海灯は,船首楼の前部マストに前部マスト灯が,操舵室左右両ウイング端に各舷灯が,同室上部中央のレーダーマストに後部マスト灯及び紅色全周灯2灯が,船尾楼甲板の後部マストに船尾灯がそれぞれ設置されていた。
イ サニーメープル
サニーメープル(以下「サ号」という。)は,1996年10月大韓民国で進水した船尾船橋型のコンテナ船で,船橋前方には船首側から順に第1から第5までのコンテナ船倉を有し,船橋前方及び後方の甲板上にはコンテナを3段積むようになっており,大阪港,神戸港,岡山県水島港,広島県広島港,同県福山港並びに大韓民国の釜山港及び蔚山港の各港を1週間で回る定期航路に就航していた。
操舵室は,前部中央にジャイロコンパスレピーター及び汽笛の押しボタンが,左舷側にVHF無線電話及び昼間信号灯が,同室中央部に操舵スタンドが,その左舷側にARPA付きのレーダーが,右舷側にテレグラフ,バウスラスター操縦装置などを備えた操船コンソール及びレーダーがそれぞれ設置され,同室後部右舷側に海図台があってその上方にGPS受信機などが設置されていた。
操縦性能は,航海速力が機関を回転数毎分200として約17ノットで,試運転成績書抜粋写によれば,旋回径,縦距及び横距は,右旋回がそれぞれ490メートル,488メートル及び214メートルで,左旋回がそれぞれ422メートル,395メートル及び182メートルとなり,速力が16.8ノットのとき全速力後進をかけると,速力が2.0ノットに落ちるまでの進出距離が1,534.5メートルで,所要時間が9分20秒であった。
3 A受審人の操船指揮模様について
A受審人は,06時から10時まで及び18時から22時までの単独の船橋当直並びに出入港時の操船指揮にあたったが,関門海峡などの狭水道を通航するときにはそのときの船橋当直者が引き続き操船を行うこととしており,狭水道通航時に昇橋した場合でも当直者に求められたとき以外には操船指揮をとっていなかった。
4 関門第2航路北側境界線付近について
関門第2航路(以下「第2航路」という。)北側は,山口県六連島西方沖合を経て同航路と響灘とを結ぶ通航路(以下「六連島通航路」という。)と,関門港響新港区を経て同航路と倉良瀬戸方面とを結ぶ通航路(以下「響新港区通航路」という。)とが存在し,同航路北側境界線付近では,同航路とそれぞれの通航路とを行き来する各船舶の針路が交差する海域であった。
5 神洋丸の第2航路及び同航路通航後の予定針路について
A受審人は,関門航路を通航後,第2航路を斜航して六連島西水路第6号灯浮標(以下「第6号灯浮標」という。)の南方沖に定めた転針予定地点に向かい,その後針路を270度に転じ,響新港区通航路を経て倉良瀬戸に向かうこととしており,同灯浮標南方沖の転針予定地点及び予定針路線をGPSプロッター画面上に表示させ,同針路線に沿って航行するよう,各船橋当直者に指示していた。
6 事実の経過
神洋丸は,A受審人及び一等航海士C(四級海技士(航海)の免状を受有し,受審人に指定されていたところ,死亡したことにより,これが取り消された。)ほか4人が乗り組み,空倉のまま,たいの稚魚を積む目的で,船首3.8メートル船尾4.4メートルの喫水をもって,平成16年10月26日19時30分宇和島港を発し,関門航路,第2航路及び響新港区通航路を経由する予定で,長崎県楠泊漁港に向かった。
A受審人は,出港操船に続いて単独の船橋当直にあたり,21時40分佐田岬南方沖合に差し掛かったころ当直を交替して降橋し,関門海峡通航時に昇橋するつもりで自室で休息した。
C一等航海士は,翌27日01時40分大分県姫島付近に達したころ昇橋し,前直者から引き継いで単独の船橋当直にあたり,航行中の動力船の灯火を表示して周防灘を西行し,04時05分ころ関門航路に入った。
A受審人は,関門航路に入ったころ目が覚め,04時20分関門橋に近づいたところで昇橋したが,一等航海士に任せても大丈夫と思い,自ら操船指揮をとることなく,操舵室左舷側の窓際に置いたいすに腰を掛けて見張りを行った。
C一等航海士は,舵輪後方に立って見張りと操舵にあたり,04時44分半小倉日明防潮堤灯台から065度(真方位,以下同じ。)1,380メートルの地点で,針路を航路に沿う321度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけて11.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,航路の右側を進行した。
04時58分A受審人は,馬島港B防波堤灯台(以下「馬島灯台」という。)から151度1.5海里の地点に達し,台場鼻灯台に並んだころ,周囲を一瞥して航行の妨げとなる他船はいないものと判断し,サ号の存在に気付かないまま降橋した。
C一等航海士は,そのころ左舷船尾35度530メートルのところにサ号の白,白,緑3灯を認め,同船が自船の左舷側を追い越す態勢で接近することを知り,05時02分少し過ぎ第2航路内の,馬島灯台から160度1,350メートルの地点に達したとき,GPSプロッターで船位を確認し,自動操舵のまま,針路を第6号灯浮標南方沖の転針予定地点に向く295度に転じた。
C一等航海士は,第2航路を斜航し,05時04分わずか過ぎ長音1回を聞いて左舷方を見たところ,正横後16度300メートルのところに同航路の左側を航行するサ号を認め,同船の方位に明確な変化が認められず,そのまま進行すると第2航路北側境界線付近で同船と衝突のおそれがあったが,警告信号を行うことなく,同船と少し距離を離すつもりで,自動操舵のまま,針路を297度に転じ,同船の様子を見ながら進行した。
C一等航海士は,間もなく第2航路を通過し,05時07分馬島灯台から240度1,150メートルの地点に至り,サ号が左舷方130メートルに接近したとき,同船が右転を始めたので,船間距離を保つためゆっくりと右回頭を始めた。
C一等航海士は,05時08分サ号がなおも衝突のおそれがある態勢で接近したが,直ちに機関を使用して行きあしを停止するなど,衝突を避けるための措置をとることなく,機関回転数を全速力前進から少し落とし,05時09分わずか前機関を停止したものの,及ばず,05時09分馬島灯台から270度1,250メートルの地点において,神洋丸は,315度に向首し,6.0ノットになったとき,その左舷船首が,サ号の右舷後部に後方から30度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力4の北西風が吹き,視界は良好で,潮候は上げ潮の中央期であった。
また,サ号は,B指定海難関係人ほか14人が乗り組み,コンテナ163個を載せ,船首3.8メートル船尾5.2メートルの喫水をもって,同月26日20時15分に広島港を発し,関門航路,第2航路及び六連島通航路を経由する予定で,蔚山港に向かった。
B指定海難関係人は,船橋当直を航海士3人による4時間3直制として瀬戸内海を西行し,翌27日03時過ぎ下関南東水道第3号灯浮標付近に差し掛かったころ昇橋して操船指揮をとり,航行中の動力船の灯火を表示して関門航路東口に向かった。
B指定海難関係人は,関門航路に入って関門航路第37号灯浮標に並んだころ,前方約3海里の,関門橋東側のところに神洋丸の船尾灯を認め,ARPAにより同船の速力が約11ノットであることを知ってその動静監視にあたり,当直の一等航海士を船長の操船補佐に,見習い航海士を見張りに,操舵手を舵輪にそれぞれつけ,同航路の右側を航路に沿って航行した。
04時46分B指定海難関係人は,小倉日明防潮堤灯台から073度1,500メートルの地点で,針路を関門航路を斜航する316度に定め,機関を全速力前進から少し落とした12.0ノットの速力で,手動操舵により進行した。
B指定海難関係人は,04時47分神洋丸を正船首少し右方700メートルに認め,04時58分馬島灯台から155度1.73海里の,関門航路中央に達したとき,同船が右舷船首40度530メートルとなり,その後同船の左舷側を追い越す態勢で接近し,そのまま進行すると,同航路及び第2航路の左側を航行し,第2航路北側境界線付近で追い付いて著しく接近し,同船が自船を安全に通過させるための動作をとることを必要とする状況が生じるおそれがあったが,直ちに減速して神洋丸の後方から航路の右側を航路に沿って航行するなど,追越しを中止しなかった。
B指定海難関係人は,間もなく第2航路に入ってその左側を続航し,05時02分少し過ぎ馬島灯台から170度1.0海里の地点に差し掛かり,神洋丸が右舷船首57度570メートルとなったとき,同船が左転し,第6号灯浮標の南側に向けて第2航路を斜航するのを認めた。
05時04分わずか過ぎB指定海難関係人は,神洋丸を右舷船首53度300メートルに認め,同船の方位に明確な変化がなく,衝突のおそれがあったが,追越し信号も,VHF無線電話などを利用して同船の針路の確認も行わないまま,汽笛で長音1回を鳴らし,その様子を窺ったところ,同船が汽笛による信号を行わなかったことから,同船も六連島通航路を北上するので間もなく右転するものと判断し,05時05分少し前船間距離を保つため,針路を305度に転じて進行した。
B指定海難関係人は,05時07分馬島灯台から236度1,300メートルの地点で,第2航路北側境界線付近に達したとき,六連島通航路に向けて少し転針することとし,針路信号を行わないまま,右舵をとって回頭を始め,05時08分330度に向首して神洋丸が右舷正横120メートルばかりになったとき,さらに右舵5度をとってゆっくり回頭を続け,機関の回転数を少し上げて増速しているうち,05時09分わずか前六連島通航路に入って右舷方を見たところ,至近に接近した神洋丸を認めて衝突の危険を感じ,左舵一杯を命じたものの,及ばず,サ号は,345度に向首したとき,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,神洋丸は,左舷船首部外板及び球状船首に凹損などを,サ号は,右舷後部外板に擦過傷をそれぞれ生じたが,のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件は,夜間,関門海峡西口において,神洋丸と同船を追い越す態勢で接近したサ号とが衝突したもので,衝突地点が関門港の港域外であるが,サ号が神洋丸を追い越す態勢で接近する状況となったと認められる地点及び衝突のおそれが生じたと認められる地点が関門航路及び第2航路内で関門港の港域であること並びに港則法には関門港における特定航法が定められていることから,港則法第19条,同法施行規則第39条及び同法施行規則第27条の2によって律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 神洋丸
(1)A受審人が操船指揮をとらなかったこと
(2)第2航路を斜航したこと
(3)警告信号を行わなかったこと
(4)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 サ号
(1)関門航路を斜航したこと
(2)関門航路及び第2航路の左側を航行したこと
(3)追越しを中止しなかったこと
(4)追越し信号も,針路信号も行わなかったこと
(5)VHF無線電話などを利用して神洋丸の針路を確認しなかったこと
(原因の考察)
本件は,神洋丸が,衝突のおそれがある態勢で接近するサ号に対して警告信号を行い,衝突を避けるための措置をとっていれば,衝突を回避できたものと認められる。
したがって,神洋丸の一等航海士が,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
また,船長が操船指揮をとっていれば,衝突のおそれがある態勢で接近するサ号に対し,警告信号を行うなどして衝突を回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が,操船指揮をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
第2航路を斜航したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当の因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正すべき事項である。
一方,サ号が,神洋丸の追越しを中止していれば衝突しなかったものと認められる。
したがって,B指定海難関係人が,神洋丸の追越しを中止しなかったことは,本件発生の原因となる。
関門航路を斜航したこと,関門航路及び第2航路の左側を航行したこと,追越し信号も針路信号も行わなかったこと及びVHF無線電話などを利用して神洋丸の針路を確認しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当の因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正すべき事項である。
(主張に対する判断)
サ号側補佐人は,サ号が神洋丸に追い越す態勢で接近したことを港則法第19条,同法施行規則第39条及び同規則第27条の2のいずれにも違反するものではなく,衝突の原因が一方的に神洋丸の不適切な航行にあると主張するので,これについて検討する。
関門港においては,港則法第19条及び同法施行規則第27条の2により,当該他の船舶が自船を安全に通過させるための動作をとることを必要としないとき,及び,自船以外の船舶の進路を安全に避けられるときの,いずれにも該当する場合には,他の船舶を追い越すことができること,また,港則法施行規則第39条第1項には,関門航路及び第2航路を航行する汽船は,できる限り,航路の右側を航行することが定められている。
本件は,神洋丸が関門航路の右側をこれに沿って航行し,同船を追い越す態勢のサ号が同航路を斜航して同航路の中央に達した際,両船の各運航模様から,そのまま両船が進行すると,狭隘で,船舶が輻輳するおそれがある第2航路の北側境界線付近において,サ号が神洋丸に追い付いて著しく接近する状況となり,サ号を安全に通過させるために,神洋丸が減速するなどの動作が必要となるおそれが生じるものと認められ,港則法施行規則第27条の2に定められている追越しが認められている場合ではない。
また,本件は,第2航路を斜航する神洋丸と,関門航路を斜航し,同航路及び第2航路の左側を航行したサ号とが,第2航路北側境界線付近で著しく接近し,その結果,両船が右転しながら同航路北側の海域で衝突したもので,両船ともに港則法を順守していたとは認められず,そもそも,サ号が関門航路を航行中に追越しを中止し,港則法を順守し,神洋丸の後方から関門航路及び第2航路の右側を航路に沿って航行していたならば,狭隘で,船舶の輻輳するおそれがある第2航路北側境界線付近で,両船が著しく接近する事態を招くことはなかったもので,一方的に同境界線付近における神洋丸の航行を本件の原因とすることはできない。
したがって,サ号側補佐人の主張は認められない。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,関門航路において,神洋丸及びサ号の両船が同航路を西行中,神洋丸を追い越す態勢のサ号が,狭隘で,船舶が輻輳するおそれがある第2航路北側境界線付近で神洋丸に追い付いて著しく接近し,神洋丸が自船を安全に通過させるための動作をとることを必要とする状況が生じるおそれがあった際,追越しを中止しなかったことによって発生したが,神洋丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
神洋丸の運航が適切でなかったのは,船長が,関門海峡において,自ら操船指揮をとらなかったことと,船橋当直者が,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
1 懲戒
A受審人は,夜間,愛媛県宇和島港から長崎県楠泊漁港に向けて航行中,関門海峡を通航する場合,自ら操船指揮をとるべき注意義務があった。ところが,同受審人は,一等航海士に任せても大丈夫と思い,自ら操船指揮をとらなかった職務上の過失により,同航海士が操船にあたって第2航路を通航中,衝突のおそれがある態勢で接近するサ号に対し,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらないまま進行して同船との衝突を招き,神洋丸の左舷船首部外板及び球状船首に凹損などを,サ号の右舷後部外板に擦過傷をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
B指定海難関係人が,夜間,関門航路において,神洋丸に追い越す態勢で接近中,狭隘で,船舶が輻輳するおそれがある第2航路北側境界線付近で神洋丸に追い付いて著しく接近し,神洋丸が自船を安全に通過させるための動作をとることを必要とする状況が生じるおそれがあった際,追越しを中止しなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,勧告しないが,関門航路及び第2航路を通航するにあたっては,できる限りその右側を,同航路に沿って航行するなど,港則法及び同法施行規則を順守して安全運航に努めなければならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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