(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年2月16日05時00分
山口県平郡水道
(北緯33度48.0分 東経132度08.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
引船第十一阿蘇丸 |
台船朱雀 |
総トン数 |
201トン |
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全長 |
36.30メートル |
70.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
735キロワット |
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船種船名 |
漁船松栄丸 |
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総トン数 |
4.2トン |
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登録長 |
10.92メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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漁船法馬力数 |
15 |
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(2)設備及び性能等
ア 第十一阿蘇丸
第十一阿蘇丸(以下「阿蘇丸」という。)は,昭和61年3月に進水した航行区域を限定近海区域とする船首船橋型引船で,レーダー,GPSプロッター,モーターホーン及びエアーホーンを装備しており,船体ほぼ中央部にロープリール及び引索用フックを設置していた。
また,船橋当直は,A及びB両受審人と一等航海士による単独4時間制となっていた。
イ 朱雀
朱雀は,昭和63年に建造された非自航の鋼製台船で,甲板上に構造物はなかった。
ウ 松栄丸
松栄丸は,昭和61年6月に進水した底びき網漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央部に操舵室を配置し,航海計器としてGPSプロッターが装備されていた。
3 事実の経過
阿蘇丸は,A及びB両受審人ほか4人が乗り組み,鋼管325トンを積載して船首尾とも2.4メートルの喫水となった無人の朱雀との間に引索180メートルをとり,阿蘇丸船尾から朱雀後端までの長さが約250メートルの引船列(以下「阿蘇丸引船列」という。)を形成し,平成16年2月15日18時00分関門港を発し,徳島県徳島小松島港に向かった。
A受審人は,阿蘇丸にマスト灯3個,両舷灯,船尾灯及び引船灯のほかにマスト頂部に黄色点滅灯を点灯し,朱雀には両舷灯及び船尾灯のほかに,両舷に各3個及び積荷の上部に2個の白色点滅灯をそれぞれ点灯し,出港操船ののちいったん降橋し,再び昇橋して船橋当直に当たり,23時30分一等航海士と交替して自室で休息した。
翌16日03時15分B受審人は,山口県祝島西方で一等航海士と交替して単独の当直につき,平郡水道第1号灯浮標(以下平郡水道各灯浮標については「平郡水道」の冠称を省略する。)の南方に向けて東行した。
04時18分B受審人は,第1号灯浮標南方700メートルばかりで,天田島灯台から152度(真方位,以下同じ。)1.3海里の地点に達したとき,針路を第2号灯浮標の南方に向首する054度に定め,機関を全速力前進にかけて7.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,手動操舵により進行した。
04時55分B受審人は,舵掛岩灯標から197度2.4海里の地点に達したとき,左舷船首52度1.0海里のところに南下する松栄丸の灯火を視認でき,その後同船が前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが,船首からやや左方にかけて自船の前路に向けて連なって南下する漁船群の灯火に気をとられ,左舷方の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かなかった。
04時57分B受審人は,松栄丸が避航の気配がないまま同方向0.6海里に接近したが,依然としてこのことに気付かず,警告信号を行わず,間近に接近しても右転するなど衝突を避けるための協力動作をとることもなく続航し,05時00分舵掛岩灯標から189度2.0海里の地点において,阿蘇丸引船列は,原針路,原速力のまま,朱雀側至近の引索が松栄丸と衝突し,更に朱雀船首部左舷側が松栄丸と衝突した。
当時,天候は晴で風力2の北北東風が吹き,潮候はほぼ高潮時で,視界は良好であった。
B受審人は,衝突の衝撃を感じなかったのでそのまま進行した。
A受審人は,同日07時30分ころ海上保安部の巡視船から松栄丸と衝突したことを知らされ,その後同部の実況見分に立ち会い,朱雀至近の引索のブライドルワイヤに3メートルばかりの擦過傷及び朱雀船首部左舷側に松栄丸のペイントが付着しているのを認めた。
また,松栄丸は,C受審人が妻の甲板員と乗り組み,底びき網漁の目的で,船首0.2メートル船尾0.4メートルの喫水をもって,同月16日04時40分僚船10隻ばかりとともに山口県上関港を発し,伊予灘西部の漁場に向かった。
04時49分C受審人は,舵掛岩灯標から250度1.2海里の地点で,針路を151度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけて9.5ノットの速力で,航行中の動力船の灯火を点灯し,連なって南下する僚船から少し離れてその最後尾を進行した。
04時55分C受審人は,舵掛岩灯標から207度1.4海里の地点に達したとき,右舷船首31度1.0海里のところに東行する阿蘇丸の灯火を視認することができ,その後阿蘇丸引船列が前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが,船首方の僚船を追尾することに気をとられ,右舷方の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かなかった。
C受審人は,右転するなど阿蘇丸引船列の進路を避けないまま続航し,04時59分半少し過ぎ正船首方50メートルばかりのところに阿蘇丸の灯火を初認して直ちに右転したが,その後阿蘇丸に気をとられて朱雀の灯火に気付かず,松栄丸は,船首が241度に向首したとき,原速力で,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,阿蘇丸引船列は引索に擦過傷を生じ,松栄丸は甲板上の構造物が倒壊するなどしたがのち修理され,C受審人が肋骨骨折及び甲板員が打撲傷などをそれぞれ負った。
(航法の適用)
事実認定のとおり,阿蘇丸引船列及び松栄丸は,それぞれ法定灯火を表示した航行中の動力船であり,東行する阿蘇丸引船列と南下する松栄丸が,互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近して衝突したもので,海上衝突予防法第15条の横切り船の航法を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 阿蘇丸引船列
(1)阿蘇丸船尾から朱雀後端までの長さが約250メートルの引船列を形成していたこと
(2)A受審人が,衝突時に操船指揮を執っていなかったこと
(3)B受審人が,船首からやや左方にかけて自船の前路に向けて連なって南下する漁船群の灯火に気をとられたこと
(4)B受審人が,見張りを十分に行わなかったこと
(5)B受審人が,警告信号を行わなかったこと
(6)B受審人が,衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
2 松栄丸
(1)船首方の僚船を追尾することに気をとられたこと
(2)見張りを十分に行わなかったこと
(3)阿蘇丸引船列の進路を避けなかったこと
(原因の考察)
阿蘇丸引船列は,見張りを十分に行っていれば,衝突5分前に,左舷船首52度1.0海里のところに南下する松栄丸の灯火を視認でき,その後同船が前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する状況が判断できたので,松栄丸に対して警告信号を行い,自船の進路を避けないまま間近に接近したときに衝突を避けるための協力動作をとることができ,衝突は回避できたものと認められる。
したがって,B受審人が船首からやや左方にかけて自船の前路に向けて連なって南下する漁船群の灯火に気をとられ,見張りを十分に行わず,警告信号を行うことも,衝突を避けるための協力動作もとらなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,衝突時に操船指揮を執っていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。
阿蘇丸引船列が,阿蘇丸船尾から朱雀後端までの長さが約250メートルの引船列を形成していたことは,本件発生の原因とならない。
また,松栄丸は,見張りを十分に行っていれば,衝突5分前に,右舷船首31度1.0海里のところに東行する阿蘇丸の灯火を視認することができ,その後阿蘇丸引船列が前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する状況が判断できたので,余裕のある時期に阿蘇丸引船列の進路を避けることができ,衝突は回避できたものと認められる。
したがって,C受審人が,船首方の僚船を追尾することに気をとられ,見張りを十分に行わず,阿蘇丸引船列の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,山口県平郡水道において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中,南下する松栄丸が,見張り不十分で,前路を左方に横切る阿蘇丸引船列の進路を避けなかったことによって発生したが,東行する阿蘇丸引船列が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
C受審人は,夜間,山口県平郡水道を南下する場合,接近する他船を見落とさないよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,船首方の僚船を追尾することに気をとられ,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する阿蘇丸引船列に気付かず,その進路を避けないまま進行して同引船列との衝突を招き,阿蘇丸引船列引索に擦過傷を生じさせ,松栄丸の甲板上の構造物を倒壊させ,自身が肋骨骨折及び甲板員が打撲傷などを負うに至った。
以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,夜間,山口県平郡水道を東行する場合,接近する他船を見落とさないよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,船首からやや左方にかけて自船の前路に向けて連なって南下する漁船群の灯火に気をとられ,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する松栄丸に気付かず,警告信号を行うことも,衝突を避けるための協力動作もとらないで同船との衝突を招き,前示の損傷などを生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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