(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年5月30日16時42分
周防灘 姫島北方沖合
(北緯33度48.4分 東経131度45.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船八起丸 |
油送船由誠丸 |
総トン数 |
199トン |
149トン |
全長 |
56.02メートル |
39.34メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
514キロワット |
441キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 八起丸
八起丸は,平成5年2月に進水した限定沿海区域を航行区域とする二層甲板船尾船橋型の貨物船で,船橋前方に貨物倉1箇を有し,操舵室には,中央に操舵スタンドが,同スタンドの左舷側に隣接して1号及び2号レーダーが,右舷側にGPSプロッター及び主機遠隔操縦装置がそれぞれ配置され,ジャイロコンパス及び自動吹鳴装置付きの汽笛などが装備されていた。
同船は,専ら内地各港間で鋼材輸送に従事し,船舶件名表抜粋写中の海上試運転成績によれば,最大速力が機関回転数毎分320のときに11.4ノットで,旋回性能は左右とも1回転するのに1分59秒を,全速力前進中全速力後進を発令して船体が停止するまでに1分16秒をそれぞれ要した。
イ 由誠丸
由誠丸は,平成7年10月に進水した限定沿海区域を航行区域とする船尾船橋型の油送船で,船橋前方に左右各舷にそれぞれ貨物油槽4個を有し,操舵室には,前方中央に操舵スタンドが,同スタンドの左舷側に隣接してGPSプロッター及びその左に2台のレーダーが,右舷側に主機遠隔操縦装置がそれぞれ配置され,ジャイロコンパス及び自動吹鳴装置付きの汽笛などが装備されていた。
同船は,主として瀬戸内海及び九州各港の製油所及び油槽所で漁船や発電機の燃料用A重油を積載し,九州一円の諸漁港への輸送に従事し,海上公試運転成績書写によれば,最大速力が機関回転数毎分420のときに約10.3ノットで,旋回性能は左右とも1回転するのに旋回径が40メートル,所要時間が1分20秒ないし同28秒を,全速力前進中全速力後進を発令して船体が停止するまでに1分12秒をそれぞれ要した。
3 事実の経過
八起丸は,A受審人が,父である機関長と2人で乗り組み,鋼材約700トンを積載し,船首2.9メートル船尾3.8メートルの喫水をもって,平成16年5月30日11時30分関門港小倉区を発し,大阪港に向かった。
A受審人は,船橋当直体制を,自らと機関長とによる単独6時間2直制とし,16時25分姫島灯台から012度(真方位,以下同じ。)4.8海里の地点に差し掛かったとき,当直中の機関長から,霧によって視界が悪化した旨の連絡を受けて昇橋し,視程が約1海里で視界制限状態にあることを知って当直を交替し,機関長を見張りに就け,自らが操舵操船に当たったが,霧中信号を行わなかった。
交替したときA受審人は,針路を101度に定め,機関を半速力前進の回転数毎分260に減じて6.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)とし,6海里レンジとした1号レーダーで正船首少し右4.5海里のところに由誠丸の映像を初めて認め,その動静を監視しながら,自動操舵によって進行した。
16時32分A受審人は,姫島灯台から020度4.9海里の地点に差し掛かったとき,3海里レンジに変更した1号レーダーにより右舷船首3度2.7海里のところに由誠丸の映像を認めたことから,同船と右舷を対して航過するつもりで,針路を096度に転じて続航した。
16時36分A受審人は,姫島灯台から024度5.0海里の地点に達し,視程がさらに悪化して200メートルばかりになったとき,由誠丸の映像を右舷船首10度1.6海里のところに認め,その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となったことを知ったが,少し左転すれば右舷を対して無難に航過できるものと思い,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,必要に応じて行きあしを止めることもなく,針路を091度に転じ,同じ速力で進行した。
16時42分少し前A受審人は,右舷船首至近に由誠丸の船体を初めて視認して衝突の危険を感じ,左舵一杯をとったが及ばず,16時42分姫島灯台から031度5.3海里の地点において,八起丸は,原針路原速力のまま,その右舷後部に,由誠丸の船首が前方から45度の角度で衝突した。
当時,天候は濃霧で風はほとんどなく,視程は約200メートルで,山口県東部に雷,濃霧注意報が発表されていた。
また,由誠丸は,B受審人及びC指定海難関係人ほか1人が乗り組み,A重油300キロリットルを積載し,船首2.2メートル船尾3.2メートルの喫水をもって,同日11時35分岩国港を発し,伊万里港に向かった。
B受審人は,船橋当直体制を,C指定海難関係人,一等航海士及び自らの3人による単独の3時間3直制とし,入出港時,狭水道通航時及び必要に応じて自ら昇橋し,操船指揮を執っていた。
B受審人は,出港前に代理店からの情報で霧により入港船が遅れていることやVHFで濃霧注意報が発表されていることで,霧の発生を知っていたが,11時55分岩国港沖合で出港操船を終えて一等航海士に船橋当直を引き継ぐ際,船長命令簿に視界制限時には船長へ報告することを記載しているので,なにかあれば知らせてくれるものと思い,霧により視界制限状態になったときには報告すること及びそのことを次直に引き継ぐことなどの指示を十分に行うことなく,降橋して自室で休息した。
15時05分C指定海難関係人は,山口県天田島東方沖合1.5海里付近で昇橋して一等航海士から当直を引き継ぎ,15時30分ホウジロ灯台から305度2.2海里の地点に達したとき,針路を284度に定め,機関を全速力前進にかけ,9.7ノットの速力で,自動操舵で進行した。
16時30分C指定海難関係人は,姫島灯台から050度6.0海里の地点に差し掛かったとき,霧のため視程が約1海里となって視界が制限される状況となったが,船長に報告する視程の基準が3海里以下であることを認識していなかったので,このことをB受審人に報告せず,16時32分,姫島灯台から048度5.8海里の地点に達したとき,3海里レンジとした1号レーダーで,正船首少し右2.7海里のところに,八起丸の映像を初めて認め,同映像を監視しながら続航した。
B受審人は,C指定海難関係人から報告を受けなかったので,霧のため視程が約1海里となって視界が制限される状況となったことに気付かず,霧中信号を行うことも,安全な速力とすることもできずに進行した。
16時36分C指定海難関係人は,姫島灯台から042度5.4海里の地点に差し掛かり,視程がさらに悪化して200メートルばかりになったとき,八起丸の映像を正船首1.6海里のところに認めたが,少し右転すれば左舷を対して無難に航過することができるものと思い,このことをB受審人に報告せず,針路を287度に転じた。
B受審人は,その後八起丸と著しく接近することを避けることができない状況となったが,このことを知る由もなく,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,必要に応じて行きあしを止める措置をとることもできずに進行した。
その後C指定海難関係人は,依然として八起丸のレーダー映像が自船に向かって接近するのを認め,小角度の右転を繰り返しながら続航し,16時42分少し前,右舷船首方至近に同船を初めて視認し,衝突の危険を感じ,左舵一杯全速力後進としたが及ばず,由誠丸は,船首が316度に向いたとき,ほぼ原速力のまま,前示のとおり衝突した。
B受審人は,機関が後進に掛かる音に気付いた直後,船体に衝撃を受けて衝突したことを知り,急いで昇橋して事後の措置に当たった。
衝突の結果,八起丸は右舷後部外板及び同部ブルワークに,由誠丸は右舷船首部にそれぞれ損傷等を生じたが,のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件は,霧のため視程が約200メートルの視界制限状態となった周防灘姫島北方沖合において,東行中の八起丸と西行中の由誠丸とが衝突したもので,海上衝突予防法第19条視界制限状態における船舶の航法を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 八起丸
(1)針路を左に転じたこと
(2)霧中信号を行わなかったこと
(3)針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,必要に応じて行きあしを止めることもしなかったこと
2 由誠丸
(1)B受審人が,視界制限状態になったときの報告について十分に指示を行わなかったこと
(2)C指定海難関係人が,視界制限状態になったとき,船長に報告しなかったこと
(3)小刻みに針路を右に転じたこと
(4)安全な速力にせず,霧中信号を吹鳴しなかったこと
(5)針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,必要に応じて行きあしを止めることもしなかったこと
3 気象等
衝突地点付近が霧のため視界制限状態となっていたこと
(原因の考察)
八起丸が,霧のため視界制限状態となった周防灘姫島北方沖合を東行中,霧中信号を行い,更に,由誠丸と著しく接近することを避けることができない状況になったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,必要に応じて行きあしを止めていたなら,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,八起丸が,霧中信号を行わなかったこと及び由誠丸と著しく接近することを避けることができない状況になったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,必要に応じて行きあしを止めなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,由誠丸が,霧のため視界制限状態となった周防灘姫島北方沖合を西行中,霧中信号を行い,安全な速力とし,更に,八起丸と著しく接近することを避けることができない状況になったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,必要に応じて行きあしを止めていたなら,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,由誠丸が,霧中信号を行わなかったこと及び八起丸と著しく接近することを避けることができない状況になったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,必要に応じて行きあしを止めることもしなかったことは,本件発生の原因となる。
B受審人が,視界制限状態になったときの報告について十分に指示を行わなかったこと及びC指定海難関係人が視界制限状態になったとき,B受審人に報告しなかったことは,本件発生の原因となる。
八起丸が針路を左に転じたこと及び由誠丸が小刻みに針路を右に転じたことは本件発生の原因とならない。しかし,このことは,海難防止の観点から,是正されるべき事項である。
霧のため衝突地点付近が視界制限状態となっていたことは,両船が視界制限状態における航法を適切に遵守していれば本件は発生していなかったと認められることから,原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は,霧のため視界制限状態となった周防灘姫島北方沖合において,東行する八起丸が,霧中信号を行わなかったばかりか,レーダーにより前方に探知した由誠丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを止めなかったことと,西行中の由誠丸が,霧中信号を行うことも,安全な速力とすることもしなかったばかりか,レーダーにより前方に探知した八起丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを止めなかったこととによって発生したものである。
由誠丸の運航が適切でなかったのは,船長が,船橋当直者に対し,視界制限状態になったときの報告について十分な指示を行わなかったことと,船橋当直者が,視界制限状態になったとき,このことを船長に報告しなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は,霧のため視界制限状態となった周防灘姫島北方沖合を東行中,レーダーで前方に由誠丸の映像を探知し,同船と著しく接近することを避けることができない状況となった場合,速やかに針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,必要に応じて行きあしを止めるべき注意義務があった。ところが,同人は,少し左転すれば同船と無難に航過できるものと思い,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを止めなかった職務上の過失により,由誠丸との衝突を招き,八起丸の右舷後部外板及び同部ブルワークに損傷等を,由誠丸の右舷船首部に損傷等をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,単独の船橋当直を無資格の当直者に委ねる場合,視界制限状態になったとき自ら操船指揮をとることができるよう,同当直者に対し,視界制限状態となったときの報告について十分に指示すべき注意義務があった。ところが,同人は,船長命令簿に同報告について記載していたので,なにかあれば報告があるものと思い,視界制限状態になったときの報告について十分に指示しなかった職務上の過失により,自ら操船の指揮を執ることができず,八起丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,必要に応じて行きあしを止めるなどの措置をとることができずに進行して同船との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C指定海難関係人が,単独の船橋当直に就き,周防灘姫島北方沖合を西行中,視界が制限される状況となった際,速やかにそのことを船長に報告しなかったことは,本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては,勧告しないが,航海当直の業務に就く場合には,船長の指示事項を十分に認識し,安全運航に努めなければならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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