(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年1月9日02時52分
鳴門海峡大鳴門
(北緯34度14.3分東経134度39.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船緑隆丸 |
貨物船吉祥丸 |
総トン数 |
5,199トン |
460トン |
全長 |
115.02メートル |
61.17メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
4,471キロワット |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 緑隆丸
緑隆丸は,平成8年10月に進水した,自動衝突予防援助装置が組み込まれたレーダーを有する,航海速力16.5ノットの中央船橋船尾機関室型鋼製貨物船で,専ら広島県福山港で鉄板や鉄製コイルなどを積み,千葉,京浜及び名古屋の各港で揚荷する航路に就航していた。
イ 吉祥丸
吉祥丸は,平成5年6月に進水した,緑隆丸と同じく,自動衝突予防援助装置が組み込まれたレーダーを有する,航海速力12.5ノットの船尾船橋型鋼製ケミカルタンカーで,主に京浜,関西,瀬戸内海の各港間における石油製品の輸送に従事していた。
3 事実の経過
緑隆丸は,A受審人ほか10人が乗り組み,空倉で,船首3.16メートル船尾4.18メートルの喫水をもって,平成17年1月8日14時00分名古屋港を発し,鳴門海峡を経由する予定で広島県福山港へ向かった。
翌9日02時30分A受審人は,徳島県大磯埼東方3海里付近で昇橋して,一等航海士を船長補佐に,甲板部員を操舵に配して鳴門海峡通峡の指揮を執り,同時47分半鳴門飛島灯台から139度(真方位,以下同じ。)1.1海里の地点に達したとき,針路を330度に定め,機関を全速力前進にかけ,1.5ノットの潮流に乗じた18.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,法定灯火を表示して,手動操舵によって進行した。
ところで,当時,大鳴門橋直下の鳴門海峡最狭部における潮流模様は,南流から北流への転流時刻を1時間以上過ぎて6ノットばかりの北流となっていたうえ,約2時間後の最大9.6ノットと予測された最強時に向けて,さらに潮流が強くなっていく時間帯であったので,当該時間帯に通峡する船舶は,小型船はもとより,操船上の不安がない大馬力の大型船であっても,他船と最狭部で出会う場合は,複雑な潮流の影響を受けて,互いに著しく接近する危険性があると容易に予見できたことから,安全に通峡できるよう,他船と最狭部で出会う状況を回避して慎重に操船することが求められていた。
針路を定めたとき,A受審人は,大鳴門橋北側0.5海里付近に当たる正船首方1.9海里のところに,吉祥丸が表示するマスト灯2灯及び右舷灯を認め,これを注視していたところ,やがて同船と大鳴門橋直下の最狭部で出会う状況となったが,しばらくして,その舷灯が両舷灯となり,さらに左舷灯に変わったことから,最狭部の右側端に沿って航行すれば,互いに左舷を対して無難に航過できるものと思い,吉祥丸に対して自船が最狭部を通過するまで待つように警告信号を行わなかったばかりか,速力を減じるなどして同船と最狭部で出会う状況を回避することもなく続航した。
こうして,02時51分A受審人は,鳴門飛島灯台から060度375メートルの地点に至ったとき,大鳴門橋橋梁灯中央灯(以下,橋梁灯については「大鳴門橋橋梁灯」を省略する。)と右側端灯の間に向けた340度の針路に転じたのち,最狭部の右側端に沿って北上したところ,同時51分半吉祥丸が門埼側に圧流されるようになり,自船の左舷船首至近に接近して衝突の危険がある状況となったことから,急きょ,同船に対し探照灯を照射して注意を喚起し,右舵一杯を取ったが,及ばず,02時52分鳴門飛島灯台から015度700メートルの地点において,緑隆丸は,船首が350度を向いたとき,6.5ノットの北流に乗じた23.0ノットの速力で,その左舷中央部が,吉祥丸の左舷船尾に前方から15度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力4の西北西風が吹き,大鳴門中央部付近の潮流は6.5ノットの北流に当たり,視界は良好であった。
また,吉祥丸は,B受審人ほか4人が乗り組み,空倉で,船首1.40メートル船尾3.85メートルの喫水をもって,同月8日16時20分山口県岩国港を発し,緑隆丸と同じく,鳴門海峡を経由する予定で茨城県鹿島港へ向かった。
出港後,B受審人は,8〜0直を同人,0〜4直を二等航海士,4〜8直を一等航海士による単独4時間交替3直制の当直態勢に定めて瀬戸内海を東航したのち,翌9日02時30分徳島県瀬ノ肩鼻北方1海里付近で昇橋して,二等航海士を船長補佐に,二等機関士を見張りに配して鳴門海峡通峡の指揮を執り,同時40分孫埼灯台から318度1.5海里の地点に達したとき,大鳴門橋中瀬橋脚を船首目標とした124度の針路に定め,機関を全速力前進にかけ,2.5ノットの潮流に抗した10.0ノットの速力で,法定灯火を表示して,手動操舵によって進行した。
そして,02時47分半B受審人は,孫埼灯台から006度750メートルの地点に至ったとき,大鳴門橋南側1.4海里付近に当たる右舷船首26度1.9海里のところに,緑隆丸が表示するマスト灯2灯及び両舷灯を視認し,やがて最狭部で出会う状況となったが,前示レーダーを用いるなどして同船の速力を確かめなかったことから,その速力が,通常の船舶に比して非常に速いことに気付かないまま,緑隆丸とは飛島を過ぎた辺りで無難に航過できるものと思い,大鳴門橋手前の広い海域で同船が最狭部を通過するまで待つことなく続航した。
こうして,B受審人は,その後,強い北流に抗した6.0ノットの速力で,中央灯と左側端灯の間に向けて徐々に161度の針路まで転針したのち,最狭部の右側端に沿って南下中,同時51分半飛島と裸島の間を抜けて播磨灘へ流れ込む複雑な潮流の影響を受け,急激に門埼側に圧流されるようになり,緑隆丸に著しく接近して衝突の危険がある状況となったことから,急きょ,右舵一杯を取って右側端の進路に戻そうとしたが,効なく,吉祥丸は,船首が185度を向いたとき,約3ノットの速力で,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,緑隆丸は左舷外板に破口を生じ,吉祥丸は左舷船尾外板上端及びボートデッキカーテンプレートに擦過傷を生じるとともに左舷船尾のフェアリーダーを損壊し,B受審人が1箇月の加療を要する左胸部肋骨骨折などの傷を負った。
(航法の適用)
本件は,夜間,鳴門海峡において,北上する緑隆丸と南下する吉祥丸が衝突したものであり,以下,適用される航法について検討する。
本件衝突は,大鳴門橋直下の鳴門海峡最狭部において発生したものであるが,緑隆丸及び吉祥丸の両船ともに海上衝突予防法第9条を遵守して,その右側端を航行しようとしていたことに疑う余地がないうえ,複雑な潮流の影響を受けて互いに著しく接近したことによって衝突したと推認できることから,両船が最狭部で出会う状況となった際,同法第39条に規定された船員の常務である特殊な状況下での注意を怠り,予見された危険な状況を回避しなかったものと認められる。
よって,海上衝突予防法第39条をもって律することとする。
(本件発生に至る事由)
1 緑隆丸
(1)A受審人が,強潮流時に大鳴門橋直下の最狭部で吉祥丸と出会う状況となった際,最狭部の右側端に沿って航行すれば,互いに左舷を対して無難に航過できると思ったこと
(2)A受審人が,警告信号を行わなかったこと
(3)A受審人が,吉祥丸と最狭部で出会う状況を回避しなかったこと
2 吉祥丸
(1)B受審人が,レーダーを用いるなどして緑隆丸の速力を確認しなかったこと
(2)B受審人が,強潮流時に最狭部で緑隆丸と出会う状況となった際,同船と飛島を過ぎた辺りで無難に航過できるものと思ったこと
(3)B受審人が,大鳴門橋手前の広い海域で緑隆丸が最狭部を通過するまで待たなかったこと
(4)最狭部の右側端を南下していた吉祥丸が,複雑な潮流の影響を受けて門埼側へ圧流されたこと
(原因の考察)
緑隆丸は,鳴門海峡を北上中,吉祥丸と強潮流となる時間帯に大鳴門橋直下の最狭部で出会う状況となった場合,複雑な潮流の影響によって,互いに著しく接近する危険性があると容易に予見できたことから,左舷を対して無難に航過できるよう,同船に対して自船の通過を待つように警告信号を行い,さらに速力を減じるなどして最狭部で出会う状況を回避することは可能であったものと認められる。
したがって,A受審人が,吉祥丸と左舷を対して無難に航過できるものと思い,同船に対して警告信号を行わなかったばかりか,最狭部で出会う状況を回避しなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,吉祥丸は,鳴門海峡を南下中,強潮流となる時間帯に北上する緑隆丸を船首方に認めた場合,レーダーを用いるなどして同船の速力を確認すれば,最狭部で出会う状況であるか否かを正確に判断することが可能であったことから,大鳴門橋手前の広い海域で緑隆丸が最狭部を通過するまで待ち,門埼側に圧流されて同船に著しく接近する危険性を回避することは,十分に可能であったものと認められる。
したがって,B受審人が,緑隆丸と飛島を過ぎた辺りで無難に航過できるものと思い,大鳴門橋手前の広い海域で同船が最狭部を通過するまで待たなかったことは,本件発生の原因となる。
B受審人が,レーダーを用いるなどして緑隆丸の速力を確認しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,強潮流時の鳴門海峡において,潮流に乗じて北上する緑隆丸と,潮流に抗して南下する吉祥丸の両船が,大鳴門橋直下の最狭部で出会う状況となった際,緑隆丸に較べて操船が容易であった吉祥丸が,同橋手前の広い海域で緑隆丸が最狭部を通過するまで待たなかったことによって発生したが,緑隆丸が,警告信号を行わなかったばかりか,速力を減ずるなどして吉祥丸と最狭部で出会う状況を回避しなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は,強潮流時の鳴門海峡において,潮流に抗して南下中,これに乗じて北上する緑隆丸と大鳴門橋直下の最狭部で出会う状況となった場合,複雑な潮流の影響を受け,互いに著しく接近する危険性があると容易に予見できたことから,安全に通峡できるよう,同橋手前の広い海域で緑隆丸が最狭部を通過するまで待つべき注意義務があった。しかしながら,同人は,自動衝突予防援助装置が組み込まれたレーダーを用いるなどして緑隆丸の速力を確かめなかったことから,その速力が,通常の船舶に比して非常に速いことに気付かないまま,同船とは飛島を過ぎた辺りで無難に航過できるものと思い,大鳴門橋手前の広い海域で待たなかった職務上の過失により,複雑な潮流の影響を受け,門埼側に圧流されて緑隆丸との衝突を招き,自船の左舷船尾外板上端及びボートデッキカーテンプレートに擦過傷並びに左舷船尾フェアリーダーに損傷を,緑隆丸の左舷外板に破口を,それぞれ生じさせるとともに,自らも1箇月の加療を要する左胸部肋骨骨折などの傷を負うに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
A受審人は,強潮流時の鳴門海峡において,潮流に乗じて北上中,南下する吉祥丸と大鳴門橋直下の最狭部で出会う状況となった場合,強潮流の影響により,互いに著しく接近する危険性があると容易に予見できたことから,同船に対して自船が最狭部を通過するまで待つように警告信号を行い,さらに速力を減ずるなどして最狭部で出会う状況を回避すべき注意義務があった。しかしながら,同人は,吉祥丸の舷灯が両舷灯から左舷灯に変わったことから,最狭部の右側端に沿って航行すれば,互いに左舷を対して無難に航過できると思い,警告信号を行わなかったばかりか,同船と最狭部で出会う状況を回避しなかった職務上の過失により吉祥丸との衝突を招き,前示の損傷等を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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