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平成17年神審第58号
件名

漁船昭新丸モーターボートヨシユキII衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年9月6日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(佐和 明,中井 勤,横須賀勇一)

理事官
阿部直之

受審人
A 職名:昭新丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a
受審人
B 職名: ヨシユキII船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
昭新丸・・・左舷船首部に破口,推進器翼及び推進軸が曲損
ヨシユキII・・・キャビン倒壊,キャビン後部外板に破口,廃船

原因
昭新丸・・・見張り不十分,船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
ヨシユキII・・・見張り不十分,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,昭新丸が,見張り不十分で,錨泊中のヨシユキIIを避けなかったことによって発生したが,ヨシユキIIが,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年9月2日11時45分
 若狭湾押廻埼北東方沖合
 (北緯35度35.2分東経135度31.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船昭新丸 モーターボートヨシユキII
総トン数 4.9トン  
全長 13.10メートル 8.35メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 253キロワット 88キロワット
(2)設備及び性能等
ア 昭新丸
 昭新丸は,平成7年12月に進水し,船体中央部船尾寄りに操舵室を設けたFRP製漁船で,同室前面窓の右舷寄りに旋回窓1基が取り付けられ,同室内前部操舵スタンド中央に操舵輪が,その前方に磁気羅針儀がそれぞれ設置されており,同羅針儀の左舷側にはGPSプロッター及び魚群探知機が装備されていた。
 操舵室前面から船首端までの距離は約7メートルで,船首甲板右舷側には揚網機が設置されており,刺し網漁を操業するときには網巻取り用ローラーを右舷側船外に張り出して使用され,延縄漁操業時には,舷側に沿って折り込まれていた。
 また,機関回転数が毎分2,800の航海全速力前進時の速力は約25ノットで,同回転数毎分2,000の半速力前進時の速力は約14ノットであった。
 そして,航行中操舵室内右舷寄りに設けられている高さ約75センチメートルのいすに腰掛けて操舵にあたる場合,20ノット前後の速力で船首浮上が最大となり,正船首方向左右にわたって約10度の死角が生じていた。
 このため,操舵室天井に長さ幅とも約60センチメートルの開口部が設けられ,操船者がいすの上に立って胸から上を天井から出して見張りを行うことができるようになっていたものの,視界制限状態時などに使用されるだけで,平素は使用されずに蓋が閉められていた。
イ ヨシユキII
 ヨシユキIIは,平成10年8月に進水し,航行区域を限定沿海区域とするFRP製モーターボートで,キャビンが船体ほぼ中央部に設けられ,キャビン内前部右舷寄りに操舵輪及びその後方に操縦席が設置されていた。操舵輪前壁にはスイッチパネル及び計器盤が取り付けられ,操縦席右横には主機リモートコントロールハンドルが設置されていたが,汽笛吹鳴装置が設備されておらず,笛以外に有効な音響による信号を行うことができる他の手段も講じられていなかった。
 また,船首端からキャビン前面窓までの距離が3.70メートルで,キャビン後部には船尾甲板への引き戸式出入り口が設けられ,同出入り口から船尾端までの距離が2.80メートルであった。船尾甲板下には機関室が設けられており,同甲板中央部にFRP製の機関室カバーが設置されていた。

3 周辺海域の状況
 本件発生地点は,若狭湾南部の高浜湾湾口部に位置し,高浜漁港,和田港,内浦港及び田井港などの各港に出入航する漁船が若狭湾や日本海で操業する際に通航する海域にあり,さらに,付近に数箇所の人工魚礁が設けられており,休日には多くの遊漁船やプレジャーボートが錨泊して釣りを行っていた。

4 事実の経過
 昭新丸は,A受審人が1人で乗り組み,甘鯛等の延縄漁を行う目的で,船首0.1メートル船尾0.7メートルの喫水をもって,平成16年9月2日04時30分僚船約10隻とともに福井県高浜漁港を発し,05時00分ごろ若狭湾冠島東方3海里ばかりの漁場に至って操業に従事したが,漁模様が思わしくなかったので早めに切り上げることとし,11時20分押廻埼灯台から355度(真方位,以下同じ。)8.0海里の地点を発して帰途についた。
 漁場発進時A受審人は,GPSプロッターに残されていた高浜漁港から漁場までの航跡をたどることとして針路を165度に定め,折からの右方からの強い風で波しぶきが操舵室窓にかかるので,いすに腰掛けた姿勢で旋回窓を通して前路を見張りながら,機関回転数を毎分2,000の半速力前進とし,14.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で手動操舵により進行した。
 11時40分A受審人は,毛島北端のローデ鼻を右舷側に並航するころ,風浪が弱まったことから,機関回転数を毎分2,400に上げて19.0ノットに増速した。
 このときA受審人は,前路の押廻埼北東方沖合には人工魚礁が点在し,休日などは多数の釣り船が錨泊していることを知っていたので,船首方向の死角を補うため,船首を左右に振るように操舵して前方を確認したところ,錨泊船等を視認できなかったことから,平日だから釣り船はいないものと思い,その後死角を補うための見張りを十分に行わないまま,右舷前方毛島付近で操業している僚船の操業模様を見ながら進行した。
 11時42分A受審人は,押廻埼灯台から013度3.0海里の地点に達したとき,正船首方向1,750メートルのところにヨシユキIIの船体右舷側を視認でき,同船が,人工魚礁が設けられている海域において,風に船首を立てた状態のまま,その方位に変化が認められないことから,錨泊中であることを推定できる状況であったが,依然として死角を補うための見張りを十分に行っていなかったので,ヨシユキIIに気づかず,同船を避けることなく続航した。
 こうして,昭新丸は,原針路,原速力のまま進行中,11時45分押廻埼灯台から025度2.2海里の地点において,その船首がヨシユキIIの右舷側後部にほぼ直角に衝突し,これを乗り切った。
 当時,天候は曇で,風力5の西南西風が吹き,潮候は上げ潮の初期で,視界は良好であった。
 また,ヨシユキIIは,B受審人が1人で乗り組み,釣りの目的で,船首0.3メートル船尾0.5メートルの喫水をもって,同日10時30分高浜町内浦港神野浦地区の係船地を発し,押廻埼北東方3海里ばかりの人工魚礁が設けられている釣り場に至り,錨泊して釣りを開始した。
 B受審人は,潮流と風の変化で船体が人工魚礁上から外れるので2度錨を打ち直して位置を調整し,11時20分前示衝突地点付近において,先端に約5キログラム(以下「キロ」という。)の鎖を付けた直径12ミリメートル(以下「ミリ」という。)の化学繊維製の錨索を用いた重さ15キロの錨を,水深63メートルのところに投入し,錨索約100メートルを延出し,折からの西南西風により船首を255度に向けた状態で,船舶が錨泊中に掲示すべき球形形象物を掲げないまま,前示衝突地点付近において錨泊した。
 B受審人は,錨泊した海域が高浜漁港や内浦港などに出入りする漁船が多く通航する海域であることを長年人工魚礁で釣りをした経験から知っていたが,人工魚礁付近で釣りをしている船をいつも漁船の方で避けてくれていたので大丈夫と思い,周囲の見張りを十分に行わないまま,船尾甲板の機関室カバーの上に腰をかけて左舷側を向いて竿による釣りを開始した。
 11時42分B受審人は,右舷正横1,750メートルのところに,衝突のおそれがある態勢で来航する昭新丸を視認できる状況であったが,依然として周囲の見張りを十分に行っていなかったので昭新丸に気づかず,その後も同船が避航する気配を見せないまま急速に接近したが,操縦席に戻って機関を使用して移動するなど,衝突を回避するための措置をとることなく釣りを続けた。
 11時44分半わずか過ぎB受審人は,機関音を聞いて振り向いたところ,右舷正横約200メートルに来航する昭新丸の船首を初めて視認したが,キャビンに戻って機関をかける余裕のないまま,大声で叫んだが効なく,身に危険を感じて海に飛び込んだ直後に前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,昭新丸は右舷船首部に破口を生じ,推進器翼及び推進軸にそれぞれ曲損を生じたが,のち修理され,ヨシユキIIはキャビンが倒壊したほかキャビン後部両舷外板に破口を生じ,昭新丸に曳航されて高浜漁港に向かう途中で沈没し,廃船とされた。

(航法の適用)
 本件は,港則法及び海上交通安全法の適用外である若狭湾南部の高浜湾湾口部において,錨泊中のヨシユキIIに航行中の昭新丸が衝突したもので,海上衝突予防法により律すべきであるが,適用する航法がないので同法第38条及び39条,いわゆる船員の常務についての条項を適用することとなる。

(本件発生に至る事由)
1 昭新丸
(1)航行中,船首浮上により船首方向に死角が生じる船であったこと
(2)平日だから釣り船等がでていないものと思ったこと
(3)船首方の死角を補う見張りを行わなかったこと
(4)錨泊中のヨシユキIIを避けなかったこと

2 ヨシユキII
(1)錨泊中に掲示すべき球形形象物を掲げなかったこと
(2)笛以外に有効な音響による信号を行うことができる手段を備えていなかったこと
(3)人工魚礁のところで錨泊して釣りをしている船を通航漁船が避けてくれると思っていたこと
(4)見張りを十分に行っていなかったこと
(5)衝突を避けるための措置をとらなかったこと

3 その他
 錨泊地点付近は高浜漁港,内浦港及び田井港などの各港へ入出航する漁船が通航する海域であったこと

(原因の考察)
 本件は,操業を終えて帰航中の昭新丸が,見張りを十分に行っておれば,前路の人工魚礁が設置された海域で錨泊して釣りを行っているヨシユキIIを認め,避航の措置をとることができたものと認められる。
 したがって,A受審人が,人工魚礁設置海域に近づき,船首方の死角を補うため船首を左右に振って前路を確認したものの,そのときには釣り船等を認めなかったことから,平日なので釣り船はいないものと思い,ヨシユキIIを視認し得る状況となった際,死角を補う見張りを十分に行わず,錨泊中のヨシユキIIを避けなかったことは,本件発生の原因となる。
 昭新丸が,航行中に船首の浮上で死角を生じることは,船首を左右に振るか,いすに立って操舵室天井から身体を出して見張りに当たれば死角を補う見張りを行うことができたのであるから,本件発生の原因とならない。
 一方,漁船等の通航が多い海域において錨泊中のヨシユキIIが,見張りを十分に行っておれば,右舷正横から衝突のおそれがある態勢で高速で来航する昭新丸を視認でき,同船に避航の気配が認められないときには,笛以外に有効な音響信号を行う手段を有しなかったのであるから,速やかに機関を使用して移動するなどの措置をとることにより,衝突に至る事態を回避できたものと認められ,B受審人が,人工魚礁のところで錨泊して釣りをしている船を通航漁船が避けてくれると思い,見張りを十分に行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 なお,ヨシユキIIが,錨泊中に掲示すべき球形形象物を掲げていなかったことは遺憾であるが,昭新丸が衝突に至るまでヨシユキIIを認めていなかったことから,本件発生の原因としない。
 また,ヨシユキIIが,笛以外に有効な音響信号を行う手段を講じておらず,昭新丸に避航を促す注意喚起の信号を行えなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,見張りを十分に行っておれば,機関を使用して移動するなど,衝突を回避する手段をとることが可能であったことから,あえて原因とするまでもない。しかしながら,今後海難防止のためには,例えば笛以外に携帯型圧縮空気ボンベによる小型エアホーンなどを船内に備えるなど,有効な音響信号を行う手段を講じることが望まれる。

(海難の原因)
 本件衝突は,若狭湾南部押廻埼北東方沖合において,操業を終えて帰航中の昭新丸が,見張り不十分で,前路で錨泊中のヨシユキIIを避けなかったことによって発生したが,ヨシユキIIが,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,若狭湾南部冠島東方の漁場から帰航する場合,釣り船などが錨泊している可能性のある人工魚礁設置海域に接近していたのであるから,錨泊中の釣り船を見落とすことがないよう,船首方向の死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,平日なので釣り船などが錨泊していないものと思い,死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,錨泊中のヨシユキIIに気づかず,同船を避けることなく進行して衝突を招き,昭新丸の右舷船首部に破口及び推進器翼などに曲損を生じさせ,ヨシユキIIのキャビンを倒壊させたほか,キャビン後部両舷外板に破口を生じさせて沈没に至らせしめた。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 B受審人は,若狭湾南部押廻埼北東方沖合において錨泊して釣りを行う場合,付近海域は漁船などが多く通航する海域であったから,衝突のおそれがある態勢で来航する他船が,避航の気配を見せないまま接近した際,速やかに機関を使用するなどして衝突を避けるための措置をとることができるよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,付近を航行する漁船は錨泊して釣りを行っている船を避けてくれるものと思い,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により昭新丸との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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