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平成17年仙審第3号
件名

貨物船文祥丸貨物船ペングレース衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年9月29日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(原 清澄,半間俊士,大山繁樹)

理事官
今泉豊光

受審人
A 職名:文祥丸船長 海技免許:二級海技士(航海)
補佐人
a

損害
文祥丸・・・船首及び左舷船首部両外板に凹傷
ペングレース・・・右舷船首部外板に亀裂を伴う凹傷,同ブルワークに裂損及び曲損など

原因
文祥丸・・・動静監視不十分,警告信号不履行,船員の常務(衝突回避措置)
ペングレース・・・動静監視不十分,警告信号不履行,船員の常務(衝突回避措置)

主文

 本件衝突は,投錨準備作業中の文祥丸が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,投錨準備作業中のペングレースとの衝突を避けるための措置をとらなかったことと,投錨準備作業中のペングレースが,動静監視不十分で,警告信号を行わず,投錨準備作業中の文祥丸との衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年8月7日06時15分
 広島県小麗女島南方沖合
 (北緯34度13.2分東経132度31.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船文祥丸 貨物船ペングレース
総トン数 468トン 2,402トン
全長 76.696メートル 98.90メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 1,029キロワット 2,427キロワット
(2)設備及び性能等
ア 文祥丸
 文祥丸は,航行区域を限定沿海区域として昭和61年12月に進水した,主として鋼材やコイルなどを輸送する船尾船橋型鋼製貨物船で,船橋には操舵装置を設備するほか,航海計器としてジャイロコンパス,レーダー2台及び衛星航法装置などを装備していた。
 また,海上試運転成績書によれば主機出力85パーセントでの最大縦距が,左旋回で244メートル,右旋回で264メートル,同様に最大横距が,左旋回で291メートル,右旋回で356メートルであり,90度旋回するのに要する時間は左旋回で58秒,右旋回で60秒であった。主機出力89パーセントで前進中,全力後進発令から船体停止までの所要時間は2分40秒で,主機出力89パーセントで後進中,全力前進発令から船体停止までの所要時間は1分13秒であった。
イ ペングレース
 ペングレース(以下「ペ号」という。)は,昭和60年5月に進水した船尾船橋型鋼製貨物船で,コイル,スチールバー及びコークスなどを積載し,船橋には操舵装置を設備するほかレーダー,衛星航法装置及び測深儀などを装備していた。
 また,海上試運転成績書によれば90度旋回するのに要する時間は左旋回で1分02秒,右旋回で1分03秒であり,同じく180度旋回するのに要する時間は左旋回で2分00秒,右旋回で2分01秒であった。最大縦距は,左旋回で309メートル,右旋回で302メートルであり,最大横距は,左旋回で154メートル,右旋回で142メートルであった。
 全速力前進で航走中,後進発令から船体停止までの所要時間は3分53秒であった。

3 事実の経過
 文祥丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,空倉のまま,船首1.5メートル船尾3.0メートルの喫水をもって,平成16年8月6日16時20分大阪港を発し,広島県呉港に向かった。
 ところで,A受審人は,船橋当直を単独の4時間制とし,00時から04時及び12時から16時までを甲板長に,04時から08時及び16時から20時までを一等航海士にそれぞれ行わせ,自らは08時から12時及び20時から00時までを行っていた。
 発航後,A受審人は,17時00分ごろまで自ら出港操船にあたり,船橋当直を一等航海士に引き継いだのち,降橋して入浴したり,食事をとったりし,19時30分ごろ再び昇橋して当直に就き,翌7日00時00分に当直を終え,同時30分ごろ就寝した。
 A受審人は,03時ごろ来島海峡通航のため,昇橋して同海峡の通峡操船にあたり,同時40分ごろ通峡を終え,同海峡には航行船舶が多かったこともあってか,神経が高ぶってなかなか寝付けなかったものの,しばらくの間まどろんだのち,05時34分早瀬瀬戸を航行中,呉港での投錨作業のため,昇橋して操船の指揮にあたった。
 06時00分A受審人は,大柿港引島防波堤北灯台(以下「北灯台」という。)から052.5度(真方位,以下同じ)1,200メートルの地点に達したとき,針路を029度に定め,機関を全速力前進にかけ,12.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)とし,手動操舵により進行した。
 06時08分少し前A受審人は,小麗女島灯台から196度2.17海里の地点に達したとき,予定の錨地まで2海里ばかりとなったので,速力を8.0ノットの半速力前進まで下げて続航し,同時08分左舷船首15度1.24海里のところに,同様に速力を減じて投錨準備作業中のペ号を双眼鏡で初めて視認した。
 A受審人は,ペ号を一瞥したとき,同船が波切りも認められない状態であり,間もなく投錨するであろうし,また,避航船としての態勢で航行していたので,間もなく自船を避けるであろうし,自船も右舷前方の錨泊船を替わせば右転するので危険はないものと判断し,その後,同船の動静監視を十分に行うことなく進行した。
 06時11分半A受審人は,小麗女島灯台から192度1.66海里の地点に達したとき,左舷船首11度1,080メートルのところに,衝突のおそれがある態勢で接近するペ号を視認することができたものの,右舷前方の錨泊船の陰から出て来るかもしれない小型船などの確認に気をとられ,左舷前方の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かないまま続航した。
 06時13分A受審人は,小麗女島灯台から190度1.47海里の地点に達したとき,ペ号を左舷船首ほぼ同方位600メートルのところに視認できる状況となったが,依然として右舷前方の錨泊船付近の状況確認に気をとられ,左舷前方の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,警告信号を行うことも,右転するなどして衝突を避けるための措置をとることもなく進行した。
 こうして,06時14分少し過ぎA受審人は,ペ号の連続した短音の汽笛音を聞き,左舷船首至近に迫った同船に気付き,右舵一杯,続いて機関停止としたが,及ばず,06時15分小麗女島灯台から186度1.23海里の地点において,その船首が035度を向いたとき,原速力のまま,文祥丸の船首がペ号の右舷船首部に前方から59度の角度をもって衝突した。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の末期であった。
 また,ペ号は,大韓民国国籍の船長Bほか15人が乗り組み,コークス5,250トンを積載し,船首6.35メートル船尾6.70メートルの喫水をもって,同月3日11時45分(現地時刻)中華人民共和国天津新港を発し,呉港に向かった。
 越えて7日B船長は,広島湾の奈佐美瀬戸に至って昇橋し,錨泊待機する予定で三等航海士を見張りと主機の遠隔操作に,甲板手を手動操舵にそれぞれ就け,自らは操船の指揮を執り,06時02分小麗女島灯台から252度940メートルの地点に達したとき,針路を161度に定め,機関回転数を半速力前進に下げて6.8ノットの速力とし,手動操舵により進行した。
 06時04分半B船長は,小麗女島灯台から223度1,060メートルの地点に至り,右舷船首32度2.26海里のところに,北上する文祥丸を初認したが,同船とはまだ距離があったので,その動向に対して特に注意を払わないまま続航した。
 06時08分B船長は,小麗女島灯台から198度1,550メートルの地点に達したとき,予定の錨地が近づいたので,更に機関回転数を極微速力前進まで下げ,4.0ノットの速力として進行し,同時10分同灯台から191度1.02海里の地点に達したとき,右舷船首36度1,540メートルのところに文祥丸を視認でき,同船が衝突のおそれがある態勢で接近していたものの,自船が投錨準備作業中であり,速力も落としているので,文祥丸が自船の進路を避けるものと思い,まもなく投錨地点に至るところから,機関を停止して惰力で続航した。
 06時13分B船長は,小麗女島灯台から187度1.14海里の地点に達したとき,文祥丸をほぼ同方位600メートルのところに視認できる状況となったが,依然として同船が自船の進路を避けて行くものと思い,警告信号を行うことも,機関を後進にかけるなどして衝突を避けるための措置をとることもなく進行した。
 こうして,06時13分少し過ぎペ号は,B船長が投錨予定地点に近づいたところから,機関を全速力後進にかけて行きあしが停止するのを待つうち,同時14分少し前右舷船首方200メートルばかりまで接近した文祥丸に衝突の危険を感じ,汽笛による短音を数回吹鳴したものの,効なく,船首が156度を向いたとき,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,文祥丸は,船首及び左舷船首部両外板に凹傷を,ペ号は,右舷船首部外板に亀裂を伴う凹傷,同ブルワークに裂損及び曲損,同甲板に歪損をそれぞれ生じた。

(航法の適用)
 本件は,文祥丸が,投錨するため減速中のペ号に衝突したものであり,適用するべき定形航法がなく,海上衝突予防法第38条及び第39条を適用して船員の常務で律するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 文祥丸
(1)A受審人が,ペ号は速力を減じており,そのうち投錨すると思い,ペ号の前路を航過できると判断していたこと
(2)A受審人が,錨泊船を替わしたら右転するので大丈夫と思っていたこと
(3)A受審人が,右舷方の錨泊船付近の状況確認に気を奪われ,左舷方の見張りを行っていなかったこと
(4)A受審人が,警告信号を行わなかったこと
(5)A受審人が,ペ号は避航船で避けてくれると思い,同船の進路を避けなかったこと

2 ペ号
(1)B船長が,文祥丸が,錨泊船と自船の間を北上してくるとは思っていなかったこと
(2)B船長が,自船が投錨間近であったので,文祥丸が避航船となり,自船を避けるものと思っていたこと
(3)B船長が,文祥丸が,針路,速力を変更しないで接近するのを知っていたのにそのまま進行したこと
(4)B船長が,速やかに衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(5)B船長が,警告信号を行わなかったこと

(原因の考察)
 文祥丸において,A受審人が,ペ号が速力を減じて航行しており,そのうち投錨すると思い,自船もまた間もなく右転するので,同船の前路を航過できると判断したこと,右舷方の錨泊船付近の状況確認に気を奪われ,左舷方の見張りを行わなかったこと,ペ号の接近に気付かないで警告信号を行わなかったこと,及びペ号の進路を避けるための措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。
 なお,A受審人が,ペ号が避航船で自船を避けてくれると思っていたことは本件発生に至る過程において関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められず,本件発生の原因とならない。
 一方,ペ号において,B船長が,文祥丸が針路,速力を変更しないで接近するのを知っていたのにそのまま進行したこと,警告信号を行わなかったこと,速やかに衝突を避けるための措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。
 なお,B船長が,文祥丸が錨泊船と自船の間を北上してくると思っていなかったこと,自船が投錨間近であったので,文祥丸が避航船で自船を避けると思っていたことは,本件発生に至る過程において関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認めらず,本件発生の原因とならない。

(主張に対する判断)
 理事官は,文祥丸側の衝突原因について,A受審人が居眠りしていたことが原因である旨を主張するので,以下,この点について考察する。
1 文祥丸は,手動操舵で進行していたが,A受審人に対する質問調書中,「当時,立ってコンパスを見ながら操舵していた。」旨の供述記載及び同人の当廷における,「舵中央のままで直進するのは100メートル前後である。ペ号から目を離していたのはほんの2分ないし3分であった。立って手で舵輪を持って操船していた。居眠りしていて膝がガクッとするような状態は経験しなかった。相手船の汽笛を聞いたときは真っ直ぐ立っていた。眠気は少しはあったが,コンパスを見て舵をとりながら針路を保っていた。」旨の供述並びにD三等航海士に対する質問調書中,「文祥丸は衝突するまで一度も針路を変えていなかった。」旨の,及びB船長に対する質問調書中,「三等航海士から相手船は針路,速力を変えていない旨の報告を受け,私も同じ考えであった。」旨の各供述記載があり,A受審人が操舵をしていたものと認められること
2 A受審人の当廷における供述からも明らかなように,本件前,すなわち8月6日以前は十分な休息をとる時間が確保されており,睡眠が不足したり,疲労が蓄積するような状況ではなかったこと
 以上のことから,A受審人は,衝突直前には右舷方の錨泊船付近及び予定錨地付近の状況確認に気を奪われ,左舷方の見張りを行っていなかったと認定するのが相当である。

(海難の原因)
 本件衝突は,広島県呉港沖合において,投錨準備作業中の文祥丸が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,投錨準備作業中のペングレースとの衝突を避けるための措置をとらなかったことと,投錨準備作業中のペングレースが,動静監視不十分で,警告信号を行わず,投錨準備作業中の文祥丸との衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,広島県呉港沖合において,予定の錨地に向かって航行する場合,自船の前路に向かって投錨作業の準備をしながら進行中のペングレースを左舷前方に視認していたのであるから,同船と衝突のおそれを生じさせることのないよう,引き続き同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,右舷前方の錨泊船付近の状況確認に気をとられ,動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,衝突のおそれがある態勢で接近するペングレースに気付かず,警告信号を行うことも,衝突を避けるための措置をとることもなく進行して同船との衝突を招き,文祥丸の船首及び左舷船首部両外板に凹傷を,ペングレースの右舷船首部外板に亀裂を伴う凹傷などを生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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