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平成17年長審第5号
件名

漁船日の出丸モーターボート隼丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年8月18日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(藤江哲三,山本哲也,稲木秀邦)

理事官
平良玄栄

受審人
A 職名:日の出丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:隼丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
日の出丸・・・船首船底に擦過傷及びプロペラに曲損
隼丸・・・船体中央部切断,のち廃船処分,船長が右足関節外果開放骨折,同乗者が第1,3腰椎圧迫骨折及び前額部挫創の負傷

原因
日の出丸・・・見張り不十分,船員の常務(避航動作)不遵守

主文

 本件衝突は,日の出丸が,見張り不十分で,停留中の隼丸に向かって至近のところから転針進行したことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月28日08時00分
 熊本県牛深港
 (北緯32度11.5分 東経130度01.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船日の出丸 モーターボート隼丸
総トン数 4.8トン  
登録長 11.67メートル 3.91メートル
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出力   5キロワット
漁船法馬力数 70  
(2)設備及び性能等
ア 日の出丸
 日の出丸は,平成6年4月に進水したFRP製漁船で,船体後部甲板上に船室と操舵室を設け,船室の前部から船首楼までが主甲板,操舵室の後方が船尾甲板となっており,操舵室右舷側前部に舵輪,左舷側囲壁に機関操縦装置をそれぞれ備え,同室前面及び左右両舷にガラス窓を設けて右舷側前部ガラス窓には旋回窓が取り付けられていた。
 速力は,機関回転数毎分600(以下,回転数については毎分のものを示す。)が微速力前進の3ないし4ノット,同回転数1,500が半速力前進の約10ノットで,同回転数2,500が全速力前進の16ないし17ノットであった。
イ 隼丸
 隼丸は,昭和56年2月に建造され,有効な音響による信号を行うことができる設備を有さない最大搭載人員が3人の,船尾端に船外機を備えたFRP製モーターボートで,甲板上に構造物がなく,船首楼と後部甲板上に物入れが,船体中央部にいけすがそれぞれ設けられ,航海速力は5ないし6ノットであった。

3 牛深港
 牛深港は,熊本県天草下島南端に位置する牛深漁港区域と重複して,同漁港区域東部に設けられた港則法適用港で,同港西口付近に当たる天草下島長手ノ鼻とその南側対岸にある下須島間には瀬戸脇瀬戸があり,その東側の港域内には,長手ノ鼻から下須島北岸を経てその北側対岸にある崎町岸壁まで6個の橋脚(以下,各橋脚には長手ノ鼻側から順にP1ないしP6の記号を付す。)で支えられた最高水面上高さ17ないし18メートルの牛深ハイヤ大橋(以下「ハイヤ大橋」という。)が設けられ,牛深漁港区域西部から牛深港東口に向かう船舶は,瀬戸脇瀬戸から橋脚P1とP2間及び同P4とP5間の海域を航行するようになっていた。
 橋脚P4とP5間の海域は,可航幅約130メートルの狭い航路筋となっており,漁船などが1日当たり200ないし300隻通航するものの,08時前後の通航量は1時間当たり約10隻程度で,橋梁下の可航水域の中央及び橋脚P4並びに同P5上方に当たるハイヤ大橋の橋桁東側には,それぞれ橋梁灯が設置されていた。

4 事実の経過
 日の出丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,牛深漁港区域西部にある後浜2号岸壁で漁獲物の水揚げを終え,船首0.4メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,平成16年5月28日07時50分同岸壁を発し,熊本県大多尾漁港の係船地に向かった。
 発航後,A受審人は,乗組員を船尾甲板で休息させて自らは舵輪の後方に立ち,単独で操舵操船に当たって瀬戸脇瀬戸を航行したのち,07時59分少し前牛深ハイヤ大橋橋梁灯(C二灯)(以下「C二橋梁灯」という。)から223.5度(真方位,以下同じ。)420メートルの地点に達したとき,針路を下須島北西岸に沿うよう039度に定め,機関を回転数1,500の半速力前進にかけ,10.0ノットの速力で,牛深港の航路筋を北上した。
 07時59分A受審人は,C二橋梁灯から224.5度350メートルの地点に達して橋脚P1とP2間の海域を通過したとき,橋脚P4とP5間の狭い航路筋に当たる右舷船首6度300メートルのところに,停留中の隼丸が存在したが,平素,付近の海域で停留して釣りをしている小型船を見掛けたことがなかったこともあって,前路には航行の支障となる小型船はないものと思い,右舷前方の見張りを十分に行うことなく,このことに気付かず,間もなく,ハイヤ大橋の東側から橋脚P4とP5間のほぼ中央に向けて入航して来る自船より大型の漁船を認め,その後,同船が自船の前方を港奥に向けて西行する状況を見ながら進行した。
 こうして,A受審人は,08時00分少し前C二橋梁灯から238.5度100メートルの地点に達し,原針路のまま進行すれば,右舷船首36度60メートルのところに,船体左舷側を見せて停留している隼丸の左舷側を約30メートル離して無難に航過する態勢であったが,依然として右舷前方の見張りを行っていなかったので,このことに気付かないまま,航路筋に沿って針路を075度に転じ,隼丸に向首したまま衝突のおそれがある態勢で続航中,突然衝撃を感じ,08時00分C二橋梁灯から219度40メートルの地点において,日の出丸は,原速力のまま,075度を向いた船首が,隼丸の左舷側中央部に後方から75度の角度で衝突し,乗り切った。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の末期であった。
 また,隼丸は,B受審人が1人で乗り組み,兄を同乗させ,釣りの目的で,船首0.15メートル船尾0.50メートルの喫水をもって,同日07時40分下須島北岸にある牛深市元下須の係船地を発し,同時45分橋脚P4とP5間の狭い航路筋の南側に当たる釣り場に到着して船外機を停止し,停留して釣りを始めた。
 07時59分B受審人は,前示衝突地点において,船首が000度を向いた態勢で停留し,左舷船尾に座って左舷方を向き,左舷側から釣り糸を出して手釣りをしていたとき,左舷船尾45度300メートルのところに,北上して来る態勢の日の出丸が存在したが,平素,停留して魚釣り中の自船を航行船が避けてくれていたこともあって,航行船が自船を視認して避航してくれるものと思い,釣りをすることのみに気を奪われ,周囲の見張りを十分に行っていなかったので,日の出丸を認めなかった。
 こうして,B受審人は,08時00分少し前左舷船尾75度60メートルのところで,日の出丸が針路を転じ,自船に向首したまま衝突のおそれがある態勢で接近する状況となったが,依然として同船を認めないまま停留中,隼丸は,船首が000度を向いたまま前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,日の出丸は,船首船底に擦過傷及びプロペラに曲損を生じ,隼丸は,船体中央部を切断し,のち廃船処分とされ,B受審人が右足関節外果開放骨折を,隼丸の同乗者が第1,3腰椎圧迫骨折及び前額部挫創をそれぞれ負った。

(航法の適用)
 本件は,特別法である港則法が適用される牛深港の狭い航路筋で発生した事件であり,同法第35条においては,「船舶交通の妨げとなる虞(おそれ)のある港内の場所においては,みだりに漁ろうをしてはならない。」旨の規定を設け,港内の特に船舶が輻輳する場所において,船舶交通の支障となるような漁ろうをみだりに行うことを禁じており,この漁ろうには手釣りによる漁ろうも含まれると解される。
 しかしながら,港内において,みだりに漁ろうを禁じている場所というのは,単に航路筋,泊地といった場所的な要素だけでなく,当該場所の当該時刻における船舶の通航,停泊船の状況等時間的な要素も考慮に入れて具体的,かつ,個別的に判断して決まるものである。
 したがって,当該漁ろう行為が,船舶交通の妨げとなるおそれがあるかどうかということは,そのときの個々の状況に即して判断されるべきものである。
 ところで,事実認定の根拠9において述べたとおり,本件発生当時可航幅約130メートルのハイヤ大橋下付近の海域で停留して魚釣り中の船舶は隼丸1隻であり,また,付近の海域を航行中の船舶は,日の出丸1隻であったことが認められ,日の出丸は,航路筋の南側に位置していた隼丸を替わして目的地へ向かうのに何の支障もなかったと認められる。
 したがって,隼丸が,日の出丸の通航を妨げるような漁ろうをみだりに行っていたとは認められず,また,港則法には他に適用する条項がないので,一般法である海上衝突予防法が適用されることとなる。
 本件は,前述したように狭い航路筋で発生しており,海上衝突予防法第9条(狭い水道等)第3項ただし書においては,「漁ろうに従事している船舶が狭い水道等の内側を航行している他の船舶の通航を妨げることができることとするものではない。」旨を規定しているが,隼丸は,同法で定義された「漁ろうに従事する船舶」に該当せず,また,前述のとおり,隼丸が日の出丸の通航を妨げていた事実もない。
 さらに,停留中の船舶は,海上衝突予防法上,航行中の船舶の概念に含まれ,両船の関係について個別に規定した条文はないから,第38条及び第39条の規定により,船員の常務で律するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 日の出丸
(1)前路には航行の支障となる小型船はないものと思って,右舷前方の見張りを十分に行っていなかったこと
(2)停留中の隼丸に向かって至近のところから転針進行したこと

2 隼丸
(1)狭い航路筋で停留していたこと
(2)衝突の危険に対する認識が十分でなかったこと
(3)周囲の見張りを十分に行っていなかったこと

(原因の考察)
 本件は,航路筋に沿って航行中の日の出丸が,右舷前方の見張りを十分に行っていれば,停留中の隼丸を視認して同船を無難に替わすための措置をとり,本件発生を回避できたと認められる。
 したがって,A受審人が,前路には航行の支障となる小型船はないものと思って,右舷前方の見張りを十分に行わなかったこと,隼丸に向かって至近のところから転針進行したことは,いずれも本件発生の原因となる。
 隼丸が,周囲の見張りを十分に行っていなかったことは,日の出丸が自船に向けて転針した時期が衝突直前であり,見張りを十分に行っていても,衝突を回避する措置をとるのに時間的にも距離的にも余裕がなく,本件発生の原因とするまでもない。
 B受審人が,衝突の危険に対する認識が十分でなかったことは,原因とするまでもないが,今後,本件の経験を生かして衝突の危険を予知し,他船の避航だけに頼るのではなく,十分な余裕のあるときに自らの行動によって,そうした事態を積極的に回避するという安全意識の高揚が求められるところである。
 隼丸が狭い航路筋で停留していたことは原因とならない。

(海難の原因)
 本件衝突は,熊本県牛深港において,航路筋に沿って航行中の日の出丸が,見張り不十分で,前路で停留中の隼丸に向かって至近のところから転針進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,熊本県牛深港において,航路筋に沿って航行する場合,前路で停留中の隼丸を見落とすことのないよう,右舷前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,前路には航行の支障となる小型船はないものと思い,右舷前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路で停留して魚釣り中の隼丸に気付かず,同船に向かってその至近のところから転針進行して衝突を招き,日の出丸の船首船底に擦過傷及びプロペラに曲損を生じさせ,隼丸の船体中央部を切断して同船を廃船とさせたほか,B受審人に右足関節外果開放骨折を,隼丸の同乗者に第1,3腰椎圧迫骨折及び前額部挫創をそれぞれ負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 B受審人の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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