(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年5月14日05時40分
新居浜港新居浜区
(北緯34度00.2分 東経133度19.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船蛭子丸 |
漁船第二幸漁丸 |
総トン数 |
4.96トン |
4.9トン |
全長 |
13.85メートル |
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登録長 |
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12.18メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
15 |
90 |
(2)設備及び性能等
ア 蛭子丸
蛭子丸は,昭和53年7月に進水した,底引き網漁に従事するFRP製漁船で,船体中央部に操舵室を有し,レーダーはなかったものの,操舵室からの周囲の見通し状況は良好であった。また,汽笛を装備せず,所定の形象物を所有していなかった。
イ 第二幸漁丸
第二幸漁丸(以下「幸漁丸」という。)は,平成14年1月に進水した,流し網漁に従事するFRP製漁船で,レーダー及びGPSプロッタを設備しており,操舵室からの前方の見通し状況は良好であった。また,旋回径及び最短停止距離はいずれも船の長さの約3倍であった。
3 事実の経過
蛭子丸は,A受審人が1人で乗り組み,底引き網漁の目的で,船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成16年5月14日04時30分愛媛県大島漁港を発し,新居浜港多喜浜区で氷130キログラムを積み,同港新居浜区の漁場に向かった。
目的地に着いたA受審人は,05時20分操業を開始し,新居浜港垣生(はぶ)埼灯台(以下「垣生埼灯台」という。)から289度(真方位,以下同じ。)1.0海里の地点において,針路を074度に定め,機関を回転数毎分2,850にかけ3.0ノットの曳網速力(対地速力,以下同じ。)とし,所定の形象物を掲げないまま,操舵輪後方に置いたいすに腰掛け,手動操舵により進行した。
ところで,A受審人の行う底引き網漁は,船尾から長さ約200メートルのワイヤロープ2本を引き,その先端に桁と長さ35メートルの化学繊維索を連結した長さ30メートルの網を取り付け,これを約3.0ノットの速力で曳網するもので,網を引いていることから操舵によって他船を替わすことは困難であったが,機関を停止することは可能であった。
05時37分A受審人は,垣生埼灯台から344度1,100メートルの地点に達したとき,左舷船首43度1.2海里のところに,幸漁丸を初めて認め,その後同船が自船の後方150メートルのところを無難に替わる態勢であることが分かり,その動静を監視していたところ,05時39分700メートルに接近したところで幸漁丸が左転して新たな衝突のおそれを生じさせたことに気付いたが,汽笛不装備で警告信号を行わないで続航した。
A受審人は,幸漁丸が衝突のおそれがある態勢で自船を避けないまま間近に接近するのを認めたが,自船は操業中なので至近になれば幸漁丸が避けてくれるものと思い,機関を停止するなど,衝突を避けるための措置をとらずに進行した。
05時40分少し前A受審人は,衝突の危険を感じて左舷側から海中に飛び込んだ直後,05時40分垣生埼灯台から359度1,100メートルの地点において,蛭子丸は,原針路原速力のまま,その左舷船首部に,幸漁丸の左舷船首部が,前方から54度の角度で衝突し,乗り上げた。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の末期であった。
また,幸漁丸は,B受審人ほか1人が乗り組み,さわら流し網漁の目的で,船首0.2メートル船尾0.4メートルの喫水をもって,同月13日15時30分愛媛県垣生漁港を発し,同港北方の漁場で操業したのち,翌14日05時ごろ帰途に就いた。
05時33分B受審人は,垣生埼灯台から021.5度3.0海里の地点において,針路を208度に定め,機関を全速力前進にかけ21.4ノットの速力とし,視界が良かったので3海里レンジとしたレーダーを監視しないまま,自動操舵により進行した。
05時37分B受審人は,垣生埼灯台から016度1.7海里の地点に達したとき,右舷船首3度1.2海里のところに,東行中の蛭子丸を視認することができ,その後自船の前路700メートルのところを無難に替わる態勢であることが分かる状況となったが,前路を一瞥しただけで他船を見かけなかったことから,付近に航行の妨げとなる船舶はいないものと思い,船首方の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かなかった。
05時39分B受審人は,垣生埼灯台から006度1,750メートルの地点に達したとき,垣生漁港防波堤西方に向け左転して針路を200度としたところ,蛭子丸に対し新たな衝突のおそれを生じさせたが,依然として船首方の見張りが不十分で,このことに気付かず,右転するなど,衝突を避けるための措置をとらずに続航し,05時40分少し前至近に迫った蛭子丸を初めて視認し,とっさに左舵一杯としたが及ばず,幸漁丸は,原針路原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,蛭子丸は,船首部外板に破口を伴う損傷を,幸漁丸は,左舷船首部外板に破口を伴う損傷をそれぞれ生じたが,のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件は,新居浜港新居浜区において,幸漁丸が蛭子丸の後方150メートルのところを無難に替わる態勢で進行中,衝突の1分前に同船の前路に向け左転して新たな衝突のおそれを生じさせたことによって発生したもので,同港が港則法を適用される港であるが,同法に適用できる航法の規定はなく,また,海上衝突予防法の定型航法を適用する時間的,距離的余裕がないので,同法第38条及び39条の船員の常務で律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 蛭子丸
(1)所定の形象物を掲げていなかったこと
(2)汽笛不装備で警告信号を行わなかったこと
(3)自船は操業中なので至近になれば幸漁丸が避けてくれるものと思い,機関を停止するなど,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 幸漁丸
(1)視界が良かったので3海里レンジとしたレーダーを監視しなかったこと
(2)船首方の見張りを十分に行わなかったこと
(3)左転して新たな衝突のおそれを生じさせたこと
(4)右転するなど,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件は,操業中の蛭子丸が,警告信号を行い,衝突を避けるための措置をとっていれば,発生を回避できたと認められる。
したがって,A受審人が,汽笛不装備で警告信号を行わなかったこと及び自船は操業中なので至近になれば幸漁丸が避けてくれるものと思い,機関を停止するなど,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
蛭子丸が,所定の形象物を掲げていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方,帰航中の幸漁丸が,見張りを十分に行っていれば,操業中の蛭子丸の存在に気付き,左転を遅らせるなど,新たな衝突のおそれを生じさせないことが可能であり,また,生じさせたとしても,右転するなど,衝突を避けるための措置をとり,発生を回避できたものと認められる。
したがって,B受審人が,船首方の見張りを十分に行わなかったこと,左転して新たな衝突のおそれを生じさせたこと及び右転するなど,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
B受審人が,3海里レンジとしたレーダーを監視しなかったことは,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は,新居浜港新居浜区において,帰航中の幸漁丸が,見張り不十分で,無難に航過する態勢の蛭子丸に対し,左転して新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,操業中の蛭子丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は,単独で操舵と見張りに当たり,垣生漁港に向けて帰航する場合,右舷前方の蛭子丸を見落とさないよう,船首方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,前路を一瞥しただけで他船を見かけなかったことから,付近に航行の妨げとなる船舶はいないものと思い,船首方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,蛭子丸の存在に気付かず,無難に航過する態勢の同船に対し,左転して新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,右転するなど,衝突を避けるための措置をとらないまま進行して衝突を招き,蛭子丸の船首部外板に破口を伴う損傷を,幸漁丸の左舷船首部外板に破口を伴う損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
A受審人は,新居浜港新居浜区において,単独で操舵と見張りに当たり,底引き網漁の操業中,左舷船首方から接近する幸漁丸が左転して衝突のおそれがある態勢で間近に接近するのを認めた場合,機関を停止するなど,衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,自船は操業中なので至近になれば幸漁丸が避けてくれるものと思い,衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により,幸漁丸との衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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