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平成16年神審第110号
件名

旅客船あさかぜ丸旅客船あさしお丸衝突事件
第二審請求者〔補佐人 a〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年8月30日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(中井 勤,工藤民雄,横須賀勇一)

理事官
岸 良彬

受審人
A 職名:あさかぜ丸船長 海技免許:三級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:C社工務部長
補佐人
a(受審人A,指定海難関係人B選任)
指定海難関係人
D社Eグループ 責任者:Eグループ参事F 業種名:機械製造業

損害
あさかぜ丸・・・左舷船首部に凹損
あさしお丸・・・右舷船尾部及び左舷船首部外板に凹損

原因
あさかぜ丸・・・入港時,可変ピッチプロペラ装置の翼角追従状態の確認不十分,機関保守担当者が変節油の性状管理不十分

主文

 本件衝突は,あさかぜ丸が,入港操船中,可変ピッチプロペラ装置の翼角追従状態についての確認が不十分で,岸壁係留中のあさしお丸に向け進行したことによって発生したものである。
 機関の保守担当者が,可変ピッチプロペラ装置の保守管理を行うにあたり,変節油の性状管理が十分でなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aの三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月18日22時50分
 兵庫県岩屋港
 (北緯34度35.6分東経135度00.9分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船あさかぜ丸 旅客船あさしお丸
総トン数 1,296トン 1,295トン
全長 65.02メートル 65.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 2,942キロワット 2,942キロワット
回転数 毎分720 毎分720
(2)設備及び性能等
ア あさかぜ丸
 あさかぜ丸は,平成元年7月に進水し,兵庫県明石港と同県岩屋港間において,片道20分の所用時間をもって1日約20往復の定期運航に従事する全通一層甲板型の鋼製旅客船兼自動車航送船で,車両甲板下の船体中央部から後方にかけて,機関室,軸室,空所及び操舵機室の各区画を配し,両舷にそれぞれ可変ピッチプロペラ装置(以下「CPP」という。)を備え,船首部にはサイドスラスタ1機を装備していた。
イ 主機
 主機は,G社が製造した,6DLM-28S型と称するA重油専焼の4サイクル機関で,機関室の中央部両舷に各1機が据え付けられ,常用回転数を毎分620とし,湿式多板クラッチを介してそれぞれ各舷のCPPに動力を伝達するようになっていた。
 主機の遠隔操縦は,操舵室内又は右舷ウイングに設けられた操縦卓のいずれからも,増・減速及び危急停止などの操作が可能なほか,機関室内の制御室から,クラッチの嵌・脱操作もできるようになっていた。
ウ CPP
 CPPは,D社が製造した650CB/180RU型と称する電気油圧式のもので,可変ピッチプロペラ,翼角変節装置,変節油ポンプ及び制御装置で構成されていた。
 変節油は,容量650リットルのサンプタンクから電動の変節油ポンプで吸引・加圧され,電磁弁を経てプロペラボス内に至り,サーボモータピストンの前進又は後進側に作用するようになっていた。
 翼角変節機構は,プロペラボス内の油圧シリンダでのサーボモータピストンの往復運動を,4個のスライディングブロックを介してクランクディスクの回転運動に変換するリンク機構により,同ディスクに取り付けられた各翼を前進側及び後進側にそれぞれ最大30及び20度の範囲で変節できるようになっていた。
 翼角は,操舵室又は右舷ウイングからの遠隔操縦で,フォローアップ方式による制御が可能で,それぞれ操縦卓上のハンドル又はスイッチを操作すると,変節機構に所要の油圧が作用して毎秒2度の速度で翼角の増減が開始され,目標値とする翼角に達すると,その位置が保持されると共に,検出されたその位置が,同卓に組み込まれた翼角指示計に表示され,操縦者が操作した結果を容易に知ることができるようになっていた。また,遠隔操縦が不能となる事態などにも対応できるよう,ノンフォローアップ方式による操縦を行うことも可能であった。
エ サイドスラスタ
 サイドスラスタは,D社が製造したKT-43B1型と称する定格出力299キロワットの電動式で,可変ピッチプロペラを装備し,操舵室から遠隔操縦を行えるようになっていた。
オ 出入港時の操船方法
 あさかぜ丸は,航行中,両舷に備えた舵を同期させて(以下「連動状態」という。)操舵されていたが,出入港時には,低速域におけるより効果的な操船性能を得る目的で,左右の舵をそれぞれ右舵及び左舵一杯にとった状態で固定し(以下「単動状態」という。),主機の回転数を毎分600に下げ,両舷CPP及びサイドスラスタの推力に依存して回頭力を得る操船方法が採用されていた。

3 岩屋港
 岩屋港は,兵庫県淡路島の北端部で明石海峡に面して位置し,北西から南東方向への陸岸に沿い,全長約280メートル(m)の長浜防波堤,同約250mの同防波堤の南に隣接する防波堤(以下「長浜南防波堤」という。)及び同約300mの西防波堤が設けられ,西防波堤の西端と長浜南防波堤の付け根とで囲まれた区域に,C社所有のあさかぜ丸など3隻の船舶が使用する,東西に約40mの距離をおいて設置された2箇所の専用岸壁(以下,それぞれ「東岸壁」及び「西岸壁」という。)が設けられており,西防波堤の西端が,東岸壁の先端から北東約70mに位置し,出入港時に通航する長浜南防波堤の付け根部との最短距離が約90mであった。

4 事実の経過
 あさかぜ丸は,各乗組員を配乗表にしたがって順次入れ替える交替制の下,1箇月につき20日間を営業,また,10日間を予備船として待機する形態で,僚船であるあさしお丸及びあさなぎ丸と共に運航されていた。
 平成14年9月あさかぜ丸は,定期検査工事を施工した際,以前から摩耗が進行していた右舷CPPのスライディングブロック全数を新替えするなどして工事を終えた。
 翌15年9月,CPPの開放を行わないで第1種中間検査工事を終えたあさかぜ丸は,定期運航に復帰していたところ,9月29日軸室内に敷設されていた海水管に破口が生じてビルジが急増し,CPPの変節油サンプタンク及び制御装置などに濡れ損(以下「浸水事故」という。)を生じた。
 このとき,B指定海難関係人は,両舷CPPの変節油系統に海水が浸入したことを認めたが,上架したうえプロペラボスのドレンプラグを取り外すなどの措置を施すことなくフラッシングを数回繰り返しただけであったので,依然として同油系統に海水が残留した状況となり,このことに気づかないまま新油を張り込み,10月15日に運航を再開させた。
 平成16年3月22日A受審人は,あさかぜ丸に船長として乗り組み,翌23日岩屋港を出港後,同人が増速するために右舷CPPの翼角を変節させる操作を行った際,前進7度の位置のまま変節が不能(以下「前回変節不能事故」という。)となっていることを認めたが,その後,自然に変節が可能となったので,明石港に向けて航行を続け,入港後に作動試験を行ったものの,変節が不能となる状況が再現されず,原因を把握できないまま運航管理者に故障の事実を報告すると共に,原因調査を依頼し,同管理者の指示であさかぜ丸をあさなぎ丸と交代させて予備船としたうえ,下船した。
 3月23日右舷CPPの故障情報を知ったB指定海難関係人は,早速,D社Eグループに対して原因の調査を依頼し,その際に前記浸水事故があったことを初めて伝えた。
 依頼を受けたD社Eグループは,3月25日技師を岩屋港に係留中のあさかぜ丸に派遣し,B指定海難関係人の立会いの下,右舷CPPの点検を行った結果,変節が不能となる状況が再現されなかったものの,変節油の乳化及び同油こし器に目詰まりを示す表示が現れていることを認め,3月30日同指定海難関係人に対し,早急に全系統のフラッシングを実施したうえ,同油を新替えすべきである旨の助言を伝えた。
 ところが,B指定海難関係人は,両舷CPPの変節油がいずれも乳化していることを認め,それらが浸水事故に起因するものであることを推認したが,左舷CPPには依然として作動上の不具合が生じていなかったことに加え,同事故後にとった前記措置から5箇月間は無難に運転できていたうえ,変節が不能となる状況が再現されなかったことから,上架する予定であった同年9月の検査工事に合わせて実施すればよいと思い,速やかに性状試験を行わなかったばかりか,全系統のフラッシングを行ったうえで新替えするなど,同油の性状管理を十分に行わないまま,4月7日あさかぜ丸の運航を再開させた。
 5月12日A受審人は,前回変節不能事故を体験したのち,初めてあさかぜ丸に船長として乗り組んだ。そして,あさかぜ丸は,変節油の性状劣化の進行に伴い,右舷CPP変節機構各摺動部の摩耗が進行する状況で運航が繰り返されていたところ,同月18日22時32分,同受審人ほか6人が乗り組み,旅客29人を乗せ,車両8台を積載し,船首2.70m船尾2.65mの喫水をもって,明石港を発し,淡路島の大石鼻に向けて明石海峡を横断したのち,左転して陸岸に沿って進行する予定で,甲板長及び甲板員1人を操舵室に配置し,同受審人が操船指揮をとり,両舷舵を連動状態として,両舷主機回転数及びCPPの翼角をそれぞれ毎分620及び前進22度に定め,15.0ノットの速力(対地速力,以下同じ)で岩屋港に向かった。
 22時45分A受審人は,岩屋港西防波堤東灯台(以下「西防波堤東灯台」という。)から335度(真方位,以下同じ)1,080m(船位は操舵室位置を示す。以下同じ。)の地点に達したとき,C社が定めた運航基準に基づき,西岸壁を目標とする針路164度に定め,機関用意を発令して両舷主機を回転数毎分600に減速し,両舷CPPの翼角を前進20度に変節して速力を13.0ノットとしたのち,同翼角を10度まで徐々に変節して速力を7.0ノットに減じながら長浜防波堤に沿って進行した。
 22時46分半わずか過ぎ,A受審人は,西防波堤東灯台から328度630mの地点に達したとき,両舷舵を単動状態とし,針路を165度に転じ,両舷CPPの翼角を前進7度に変節したのち,長浜南防波堤の東端付近に常設されていた蛸壺漁用漁具の所在を示すブイを右舷近くに見て航過する必要があったことから,自ら操舵室内中央部の操縦卓後部に立って,両舷主機,CPP及びサイドスラスタを操縦できる体勢をとり,甲板長に同ブイに注意するよう指示し,船首尾への人員配置と投錨準備を行わないまま,3.0ノットの速力で進行した。
 22時48分15秒A受審人は,東岸壁に係留されていたあさしお丸まで130mの,西防波堤東灯台から316度395mの地点に達したとき,前記ブイを航過したので着岸を予定している西岸壁に向首するために右転することとし,甲板長及び甲板員をそれぞれ船首尾配置につける直前,右舷CPPの翼角を後進7度に変節すべく操作したとき,前進7度の位置のまま変節が不能となり,本来,毎秒2度の速度で動き始めるはずの翼角指示計の指針が動作していなかったが,至近に迫った周囲の状況に気を取られ,同指示計に目をやるなど,翼角追従状態についての確認を行わなかったので,このことに気づかず,広い海域に出るため,左舷CPPの翼角を後進一杯及びサイドスラスタを左全力とするなど,速やかに左転する措置をとらずに原針路のまま進行した。
 22時48分半A受審人は,西防波堤東灯台から314度370mの地点に達したとき,右転しないことを認め,前進行きあしを止めるために全速力後進とすべく,両舷CPPの翼角を後進17度となるよう操作した。
 ところが,A受審人は,左舷CPPの翼角が後進17度となったものの,依然として右舷CPPの翼角が前進7度の位置のままで,右転することが困難であることに気づかず,左方への回頭力が生じたことから気が動転し,両舷主機の回転数をそれぞれ毎分670まで増速したので,同回頭力が増加した状況で,同スラスタを右全力としてなおも右転を試みた。
 こうして,あさかぜ丸は,左右方への回頭力が拮抗した状況となり,ほぼ原針路のまま,速力が漸減しつつあさしお丸に向け進行し,既に投錨して停船させる余裕もない状況となっていたところ,22時50分西防波堤東灯台から298度280Mの地点において,左舷船首部があさしお丸の東岸壁から突出していた右舷船尾部に170度を向いてほぼ平行した態勢で衝突した。
 当時,天候は晴で,風力2の南風が吹き,潮候は下げ潮の末期であった。
 また,あさしお丸は,平成元年8月に進水し,明石港と岩屋港間に就航する,あさかぜ丸と同型の鋼製旅客船兼自動車航送船で,予備船として船長Hほか6人が管理にあたり,船首2.80m船尾2.60mの喫水をもって,船首を169度に向け,東岸壁に入り船右舷付けで係留中,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,あさかぜ丸は,左舷船首部に凹損を,また,あさしお丸は,右舷船尾部及び左舷船首部外板に凹損をそれぞれ生じた。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人
(1)右舷CPPの翼角を変節させる操作を行った際,周囲の状況に気を取られ,速やかに翼角追従状態についての確認を行わなかったこと
(2)右舷CPP翼角が前進7度の位置で固着し,変節不能な事態に陥っていることに気づかなかったこと
(3)右転しないことを認めた際,左転する措置をとらなかったこと
(4)入港に際し,船首に人員を早めに配置していなかったこと
(5)入港に際し,投錨準備を行っていなかったこと

2 B指定海難関係人
(1)浸水事故が生じたことにより,CPP変節油系統に海水が浸入したことを知った際,同油全系統のフラッシングを十分に行わなかったこと
(2)前回変節不能事故後,上架する予定であった同年9月の検査工事に合わせて実施すればよいと思い,速やかに変節油の性状試験を行わなかったばかりか,全系統のフラッシングを行ったうえで新替えするなど,同油の性状管理を十分に行わなかったこと

3 その他
 右舷CPPの翼角が前進7度の位置で固着して変節不能な状態となったこと

(原因の考察)
 本件衝突は,夜間,兵庫県岩屋港において,あさかぜ丸が,両舷舵を単動状態とし,両舷CPP及びサイドスラスタの推力に依存する方法で入港操船中,右舷CPPの翼角が前進7度の位置で固着して変節不能な事態となり,このことが認識されないまま係留中のあさしお丸に向け進行したことによって発生したものである。

1 右舷CPPの翼角が変節不能な事態となった点
 あさかぜ丸は,入港操船中,右舷CPPにおいて,固着部分を特定することができないものの,変節機構各摺動部の摩耗が急速に進行していたことによって前進7度の位置で固着し,変節不能な事態となったが,このような事態が生じていなければ,予定していた着岸地点に向かって無難に操船でき,本件が発生しなかったと認められる。
 変節機構各摺動部の摩耗が急速に進行したのは,平成15年9月29日の浸水事故により,変節油系統に海水が浸入した際,同油全系統のフラッシングが不十分で,海水が残留したまま運転が繰り返されるうち,同油の性状劣化が著しく進行したことによる。
 変節機構各摺動部の摩耗状況を知る機会が得られないまま,本件発生の約2箇月前に生じた前回変節不能事故の際,海水浸入による変節油の性状劣化が明らかとなったが,このときに同油の性状管理が十分に行われていれば,同機構各摺動部の潤滑状態は改善されるとともに,更なる摩耗は抑制され,同様の変節不能事故は発生しなかったと認められる。
 一方,B指定海難関係人は,機関士としての実務を長年経験しており,その後,C社の工務部長として機器の保守計画を立案するなどの業務につき,CPPの保守経験が豊富であったから,変節油の性状劣化がCPPに及ぼす影響及び同劣化に対する措置についての知識を十分に有していた。
 したがって,B指定海難関係人が,前回変節不能事故後,変節油の変色を認めたものの,速やかに同油の性状試験を行わなかったばかりか,同じく性状劣化を認めたD社Eグループからの助言に基づき,全系統のフラッシングを行ったうえで新替えするなど,同油の性状管理を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人が,浸水事故によってCPP変節油系統に海水が浸入したことを知り,同油を新替えした際,十分に同油全系統のフラッシングを行わなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,当時,同油系統中に残留する海水量を推し量ることができないままあさかぜ丸の運航を再開させたことにより,前回変節不能事故を発生させたと認められるものの,その後に同油の性状管理を十分に行っていれば,本件を未然に防止できたと考えられることから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

2 係留中のあさしお丸に向け進行した点
 あさかぜ丸の操船者が,西岸壁に向け右転する目的で,右舷CPPの翼角を前進7度から後進7度に変節する操作を行った際,翼角指示計に目をやっていれば,指針が動作していないこと,又は,後進7度を示していないことに気づき,同CPPの翼角が変節不能な状態に陥っていて右転が困難であることを容易に判断できたのであるから,左舷CPPの翼角を後進一杯及びサイドスラスタを左全力とするなど,速やかに左転する措置をとり,その結果,本件衝突のみならず,船首左舷方の西防波堤との衝突を回避することが十分に可能であったと認められる。
 一般に,自動制御系は,外乱に対する応答動作を自動的に行うものであるが,翼角を変節する操作のように,操作者が,制御対象に新たな目標値を設定して制御偏差を意図的に生じせしめた場合には,同動作を過信することなく,同対象の応答状況,又は,同値を満足する制御量の有無を確認すべきである。
 また,A受審人が,1人で操船し,着岸直前の切迫した状況であったものの,翼角指示計に目をやるだけの余裕もなかったとまでは言えないうえ,本件の約2箇月前に前回変節不能事故を体験していた。
 したがって,A受審人が,対策がとられていなかったあさかぜ丸において,同種事故が再発することを予見できたとも言え,右舷CPPの翼角を前進7度から後進7度に変節させる操作を行った際,翼角が後進方向に向かって変節していること,又は,目標値とした後進7度になっていることを確認する必要があったものの,周囲の状況に気を取られ,速やかに翼角指示計に目をやらず,翼角追従状態についての確認を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 あさかぜ丸において,入港に際し,船首に人員を早めに配置していなかったこと及び投錨準備をしていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(主張に対する判断)
1 衝突の回避可能性
 A受審人は,右転するための操作を行ったのち,周囲の状況から目を離すことができず,さらに,右転しないことを認めた時点では,左転して衝突を回避できる状況ではなかったと主張している。
 CPPの翼角は,正常に動作したとすると,前進7度の状態で操縦者が後進7度を新たな目標値に定めた直後から毎秒2度の速度で連続的に進み,7秒後には後進7度に達していた。
 あさしお丸との衝突の回避については,その操船方法として5種類の操作を採用して検証を行ったところ,それらのうち,左舷CPPの翼角を後進17度とし,サイドスラスタを左全力とする措置が最も簡便且つ有効であることが実証された。すなわち,本件においては,右転する目的で右舷CPPの翼角を変節した時点は勿論のこと,その後右転しないことを認めた時点であっても,両舷主機の回転数が毎分600のままで,同措置がとられていたならば,衝突を回避できたのである。
 このような措置がとられなかったのは,右舷CPPの翼角が変節不能な状態に陥っていることが認識されず,そのため,右転が困難な状況であるとの判断がなされなかったことによるものであるが,同状態の認識は,翼角操作後から20秒の間に翼角指示計に目をやりさえすれば可能であったと認められ,A受審人の同指示計を見る余裕がなかったとする主張は採用できない。

2 D社Eグループの関与
 理事官は,D社Eグループが,前回変節不能事故後にCPPの点検調査を行い,変節油の性状劣化を認めた際,B指定海難関係人に対し,整備についての助言を十分に行わなかったと主張している。
 しかし,それまで変節油系統に海水が浸入した事実を知らされていなかった同グループが,平成16年3月25日付工事完了報告書写中,「油圧系統内の点検が現状では完全にできないので,改めて点検・掃除及び変節油の性状試験を早急に実施すべきである。」旨の助言をしたことと,F責任者に対する質問調書中,「前記報告書で,当社として変節油の性状劣化を認め,B工務部長に対し,早急に全系統のフラッシング及び同油新替の必要性を伝えたと理解している。」との供述記載とに,矛盾点が認められない。
 さらに,D社Eグループは,平成16年3月30日付あさかぜ丸CPP点検記録報告書写中,「引き続き運転しても問題はない。」旨を記載したが,このことは,電磁比例弁の動作についての所見を述べたものであり,同報告書写中においても,変節油系統のフラッシングと同油の新替を早急に行うように再度助言していることから,B指定海難関係人に対する質問調書中,「9月まで継続して使用可能と判断した。」旨の供述記載に関する,同人が判断した根拠に相当しない。
 D社Eグループの前記技術的助言は,機械製造業者としてその内容及び時機共に適切であり,この助言に基づき,運航を中断して速やかに上記整備を実施するのは,社会通念上,運航者の判断に委ねられるものであるから,理事官の主張を採用することはできない。
 また,B指定海難関係人が主張する,D社Eグループに対して前回変節不能事故の原因を問い合わせたものの,同グループから明確な回答が得られなかったとする点については,両者間の情報交換模様に若干の改善余地があると認められるものの,同事故が再現性に乏しい性質のものであったこと及び開放点検が行われなかったことなどから,同グループとしては確たる原因を示すことができなかったものと理解でき,むしろ,前記助言に基づく措置の実行が優先されるべき状況であったから,同指定海難関係人が9月まで継続して使用可能と判断する過程で,同グループの関与があったとまでは言えない。

(海難の原因)
 本件衝突は,夜間,兵庫県岩屋港において,あさかぜ丸が,着岸岸壁に向け入港操船中,舵を固定し,両舷CPP及びサイドスラスタの推力に依存した方法で右転しようとした際,右舷CPPの翼角追従状態についての確認が不十分で,同CPPの翼角が前進位置で固着し,変節不能となった状況で左転されないまま,前方の岸壁に係留中のあさしお丸に向け進行したことによって発生したものである。
 保守担当者が,本件の約2箇月前に右舷CPPが変節不能の事態となった際,点検にあたった機械製造業者からの助言に基づき,同油の性状管理を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,夜間,兵庫県岩屋港において,着岸岸壁に向け入港操船中,舵を固定し,両舷CPP及びサイドスラスタの推力に依存した方法で,右転するために右舷CPPの翼角を後進に変節する操作を行った場合,同CPPの翼角が適切に変節していることを判断できるよう,翼角指示計に目をやるなど,翼角追従状態についての確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,周囲の状況に気を取られ,翼角追従状態についての確認を行わなかった職務上の過失により,同CPPの翼角が前進位置で固着して変節不能となっていることに気づかず,速やかに左転する措置をとらないまま,船体の姿勢を制御することができない事態を招き,前方の岸壁に係留中のあさしお丸に向け進行して左舷船首部が同船の右舷船尾部に衝突し,同船の右舷船尾部及び左舷船首部並びに自船の左舷船首部にそれぞれ凹損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

2 勧告
 B指定海難関係人が,変節油系統に海水が浸入したことを承知して右舷CPPの運転を続けるうち,本件の約2箇月前に同CPPが本件時と同様の変節不能の事態となった際,点検にあたった機械製造業者からの助言に基づき,速やかに変節油の性状試験を行わなかったばかりか,全系統のフラッシングを行ったうえで新替えするなど,同油の性状管理を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,勧告しない。
 D社Eグループの所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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