(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月17日05時45分
紀伊半島南岸沖合
(北緯33度27.0分東経135度35.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船天将丸 |
貨物船祥雲丸 |
総トン数 |
498トン |
492トン |
全長 |
80.15メートル |
73.08メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
1,029キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 天将丸
天将丸は,平成6年3月に進水し,限定近海区域を航行区域とする二層甲板船尾船橋型の貨物船で,船首から約63メートル後方の,上甲板上の高さ約4.5メートルのところに長さ4.2メートル幅6.0メートルの操舵室を設け,主に岡山県水島港と京浜,清水両港との間で鋼材やスクラップの輸送に従事していた。
操舵室には,前部中央にコンソールが設けられ,これの中央部にジャイロコンパス組込型の操舵装置,その右舷側に主機遠隔操縦盤等が,また左舷側にレーダー,海図台,更にレーダーがそれぞれ配置され,モーターホーン1基が装備されていた。操舵室前面は,窓枠によって5分割されたガラス窓となっていた。
海上公試運転成績表によれば,最大速力は,主機回転数毎分295の13.5ノットであり,同速力における右舵35度での最大縦距が236メートル,最大横距が258メートル,左舵35度での最大縦距が236メートル,最大横距が238メートルで,同速力で前進中,全速力後進発令から船体停止に要する時間は1分56秒,停止までの航走距離は462メートルであった。
イ 祥雲丸
祥雲丸は,平成2年9月に進水し,限定沿海区域を航行区域とする二層甲板船尾船橋型の貨物船で,船首から約56メートル後方の,上甲板上の高さ約5.3メートルのところに長さ4.2メートル幅5.5メートルの操舵室を設け,専ら岡山県水島港と愛知県衣浦港との間で鋼材の輸送に従事していた。
操舵室には,前部中央にコンソールが設けられ,これの中央部にジャイロコンパス組込型の操舵装置,その左舷側にレーダー2台,また右舷側に主機遠隔操縦盤等がそれぞれ配置され,左舷船尾端に海図台があり,エアーホーン1基が装備されていた。操舵室後壁は,両舷端から左右約1.3メートルの範囲がガラス窓となっていた。
海上公試運転成績書によれば,最大速力は,主機回転数毎分345の13.1ノットであり,同速力における舵角35度での左旋回径が140メートル,右旋回径が155メートルで,同速力で前進中,全速力後進発令から船体停止に要する時間は2分20秒であった。
3 事実の経過
天将丸は,船長C及びA受審人ほか2人が乗り組み,鋼材1,552トンを積載し,船首3.5メートル船尾5.0メートルの喫水をもって,平成16年11月16日19時00分岡山県水島港を発し,千葉県千葉港に向かった。
A受審人は,3直4時間交替制の船橋当直を03時30分から07時30分まで,及び15時30分から19時30分までの時間帯を受け持っており,翌17日03時30分紀伊半島西岸の田辺港西方沖合で,二等航海士と交替して単独の船橋当直に就き,同半島沿いに南下した。
05時03分半A受審人は,江須埼灯台から269度(真方位,以下同じ。)8.4海里の地点で,針路を110度に定めて自動操舵とし,機関を回転数毎分282の全速力前進にかけ,12.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,航行中の動力船の灯火を表示し,舵輪の後ろでいすに腰掛けた姿勢で見張りに当たって進行した。
その後,A受審人は,左舷船首方に祥雲丸が同航中で,次第に同船に接近する状況であったが,前路に航行の支障となる他船はいないと思って,作動していたレーダーを見なかったうえ,肉眼による見張りを十分に行わず,同船を見落としたまま続航した。
05時35分A受審人は,江須埼灯台から228度3.3海里の地点に達したとき,左舷船首23度0.4海里に祥雲丸の船尾灯を視認することができ,その後,同船を追い越し衝突のおそれがある態勢で接近していたが,前示姿勢のままコンパスの左右に両肘を乗せ,両手を顎と顔に当て少し下を向いて家族のことを考え込んでいて,依然,前方の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,同船を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けることなく進行中,05時45分わずか前,船首至近に祥雲丸の黒い船影を認めたがどうすることもできず,05時45分江須埼灯台から191度3.0海里の地点において,天将丸は,原針路,原速力のまま,その左舷船首が祥雲丸の右舷中央部に後方から5度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力3の北北西風が吹き,潮候は上げ潮の末期にあたり,視界は良好であった。
A受審人は,直ちに機関を停止し,衝突に気付いて昇橋したC船長とともに事後の措置にあたった。
また,祥雲丸は,船長D及びB受審人ほか3人が乗り組み,鋼材1,206トンを積載し,船首3.55メートル船尾4.45メートルの喫水をもって,平成16年11月16日18時30分岡山県水島港を発し,愛知県衣浦港に向かった。
B受審人は,3直4時間交替制の船橋当直を03時30分から07時30分まで,及び15時30分から19時30分までの時間帯を受け持っており,翌17日03時30分紀伊半島西岸の田辺港西南西方沖合で,二等航海士と交替して単独の船橋当直に就き,同半島沿いに南下した。
04時52分少し過ぎB受審人は,江須埼灯台から273度8.6海里の地点で,針路を110度に定めて自動操舵とし,機関を回転数毎分280の全速力前進にかけ,10.0ノットの速力で,航行中の動力船の灯火を表示して進行し,05時15分同灯台から260度5.0海里の地点に差し掛かったとき,左舷船首方に認めていた,点在する操業中の漁船から離れるよう,自動操舵のまま5度右転して115度の針路とし,同一速力で続航した。
転針後,B受審人は,左舷側の漁船のほかに前方に航行の支障となる他船も見当たらず,また,これまでの経験から,後方から接近する他船が自船を無難に避けてくれるものと思って,操舵室の左舷前部に備え付けられたいすに腰掛け,専ら前方の見張りに当たって進行した。
05時35分B受審人は,江須埼灯台から223度3.0海里の地点に達したとき,右舷船尾28度0.4海里に天将丸の白,白,紅3灯を視認することができ,その後,同船が自船を追い越し衝突のおそれがある態勢で接近していたが,左舷方の漁船の動向に気を奪われ,操舵室後部のガラス窓のところに移動して後方の他船の有無を確かめたり,見張りの補助として作動中のレーダーを活用したりするなど,後方の見張りを十分に行わなかったので,この状況に気付かず,天将丸に対して警告信号を行わず,更に間近に接近したとき減速するなどして,衝突を避けるための協力動作をとらずに進行中,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
B受審人は,衝突に気付いて昇橋したD船長とともに事後の措置にあたった。
衝突の結果,天将丸は,左舷外板の船首から中央部にかけて凹損を生じ,祥雲丸は,右舷中央部外板に凹損及び上甲板ハンドレール,エアーパイプ等にそれぞれ損傷を生じ,のち修理された。
(航法の適用)
本件は,紀伊半島南岸沖合において発生したものであるが,同地点付近が港則法及び海上交通安全法の適用されない海域であり,海上衝突予防法によって律することになる。
本件の場合,両船が共に東行中で,天将丸は祥雲丸の右舷正横後62度から2.0ノットの速力差をもって追い越す態勢で接近し,衝突したものであることから,海上衝突予防法第13条の追越し船の航法によって律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 天将丸
(1)作動中のレーダーを見なかったこと
(2)前路に航行の支障となる他船はいないと思っていたこと
(3)いすに腰掛け家族のことを考え込んで,前方の見張りを十分に行わなかったこと
(4)祥雲丸を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまで同船の進路を避けなかったこと
2 祥雲丸
(1)作動中のレーダーを見なかったこと
(2)見張り位置を移動しなかったこと
(3)後方から接近する他船が自船を無難に避けていくと思っていたこと
(4)左舷方の漁船の動向に気を奪われ,後方の見張りを十分に行わなかったこと
(5)警告信号を行わなかったこと
(6)衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
3 その他
近くに漁船が点在して操業していたこと
(原因の考察)
天将丸が,前方の見張りを十分に行っておれば,余裕のある時期に祥雲丸の船尾灯を視認でき,その動向を把握することにより,同船と衝突のおそれがある追い越しの態勢で接近することが分かり,同船を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまで,その進路を避けることで,本件発生を容易に回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が,作動中のレーダーを見なかったこと,及び前路に航行の支障となる他船はいないと思い,いすに腰掛け家族のことを考え込んで,前方の見張りを十分に行わず,祥雲丸の進路を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
一方,祥雲丸が,後方の見張りを十分に行っておれば,余裕のある時期に天将丸の航海灯を船尾方に視認でき,その動静を把握することにより,同船が衝突のおそれがある追い越しの態勢で接近することが分かり,同船に避航の気配がなかったのであるから,警告信号を行い,更に間近に接近したとき衝突を避けるための協力動作をとることで,本件発生を回避できたものと認められる。
したがって,祥雲丸が,作動中のレーダーを見なかったこと,見張り位置を移動しなかったこと,及び後方から接近する他船が自船を無難に避けていくと思い,左舷方の漁船の動向に気を奪われ,後方の見張りを十分に行わず,警告信号の吹鳴も,更に間近に接近したとき衝突を避けるための協力動作もとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
また,近くに漁船が点在して操業していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があると認められず,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,紀伊半島南岸沖合において,両船が共に東行中,祥雲丸を追い越す天将丸が,見張り不十分で,祥雲丸を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けなかったことによって発生したが,祥雲丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,紀伊半島南岸沖合を東行する場合,先航する他船を見落とすことのないよう,前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,前路に航行の支障となる他船がいないものと思い,いすに腰掛け家族のことを考え込んでいて,前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,祥雲丸を追い越し,衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず,同船を確実に追い越し,かつ,十分に遠ざかるまでその進路を避けることなく進行して祥雲丸との衝突を招き,天将丸の左舷外板の船首から中央部にかけて凹損を,祥雲丸の右舷中央部外板に凹損及び上甲板ハンドレール,エアーパイプ等に損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,夜間,紀伊半島南岸沖合を東行する場合,追い越す態勢で後方から接近する他船を見落とすことのないよう,後方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,後方から接近する他船が自船を無難に避けていくと思い,左舷方の漁船の動向に気を奪われ,後方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,自船を追い越し,衝突のおそれがある態勢で接近する天将丸に気付かないで,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらないまま進行して同船との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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