日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  衝突事件一覧 >  事件





平成17年横審第32号
件名

漁船第七十六稲荷丸漁船小川丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年8月31日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(岩渕三穂,田邉行夫,古城達也)

理事官
小金沢重充

受審人
A 職名:第七十六稲荷丸船長 海技免許:五級海技士(航海)
補佐人
a
受審人
B 職名:小川丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
第七十六稲荷丸・・・左舷船首部に擦過傷
小川丸・・・船首突き出し部が折損

原因
小川丸・・・見張り不十分,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(主因)
第七十六稲荷丸・・・警告信号不履行,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,小川丸が,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,第七十六稲荷丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Bを戒告する。
 受審人Aに対しては懲戒を免除する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年8月11日10時25分
 千葉県銚子漁港
 (北緯35度44.9分 東経140度51.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第七十六稲荷丸 漁船小川丸
総トン数 203トン 4.23トン
登録長 43.00メートル 10.40メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット  
漁船法馬力数   90
(2)設備及び性能等
ア 第七十六稲荷丸
 第七十六稲荷丸(以下「稲荷丸」という。)は,平成13年10月に進水し,網船,探索船及び運搬船2隻の合計4隻で構成するいわしまき網漁業船団に,運搬船として従事する船尾船橋型鋼製漁船で,船首に門型マスト及び船橋から船首にかけて魚倉を有し,船尾からレッコボートを降ろせるようになっていた。
 航海計器として衝突予防装置装備のレーダー2台,GPS,ソナー並びに魚群探知機2台が,信号装置としてモーターサイレンがそれぞれ設置されていた。
イ 小川丸
 小川丸は,昭和46年12月に進水した,かつお一本釣り及び底はえ縄漁に従事するFRP製漁船で,船首にハンドレール付きの突き出し部を設け,船体中央部に機関室,その上部に操舵室を備え,同室の入り口は後部にあって引き戸構造になっており,締め切り部分に当たる左半分の外壁に横板を取り付けて横向きに腰掛けられるようにし,操舵室外から操舵と見張りができるようになっていた。
 横板に腰掛けた状態では,顔が操舵室屋根上方に出るが,同屋根にアンテナ構造物や航海灯が設置され,また,右横向きに腰掛けるために,正船首方の見張りには十分な注意が必要であった。

3 事実の経過
 稲荷丸は,A受審人ほか10人が乗り組み,船首2.6メートル船尾4.7メートルの喫水をもって,平成16年8月11日10時17分千葉県銚子漁港第1漁船だまりの魚市場前岸壁を発し,回航の目的で,茨城県波崎漁港に向かった。
 ところで,銚子漁港は,北東側に高さ約5メートルの東防波堤が築造され,同防波堤北端から西方に約60メートル延びた北西端に銚子港川口東突堤灯台(以下「川口灯台」という。)が,同灯台から南南西方約210メートルに銚子港西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)が設置され,両灯台間が港口となっていた。東防波堤は,川口灯台から76度130メートルの地点から北に延び,この北部分南端と川口灯台との間は,可航幅が約30メートルの切り通し(以下「切り通し」という。)を形成して小型漁船の通航水路となっており,また,東防波堤の北東側は同防波堤より約1メートル高めに消波ブロックが積み上げられていて,眼高の低い船は同防波堤越しに切り通しを通航する漁船を視認するのが困難な状態になっていた。
 A受審人は,単独で操舵室左舷側のレーダーの後方に立って見張りと操船に当たり,導流堤内を北東に進んだのち,10時24分少し前西防波堤灯台から133度175メートルの地点で,針路を港口中央に向首する348度(真方位,以下同じ。)に定め,機関を回転数毎分450の前進にかけ,6.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で手動操舵により進行した。
 定針したときA受審人は,ほぼ正船首に自船に向首する態勢の小川丸の白色船体及び操舵室を認め,レーダーにより同船との距離が280メートルであることを知り,このまま進行すれば西防波堤灯台付近で同船と接近し衝突する危険があったが,警告信号を行うことなく,同船の動向を見るつもりで,10時24分機関停止として続航した。
 10時24分半A受審人は,小川丸との距離が120メートルとなったが,依然警告信号を行わず,同船が自船の少し左舷側を向首しているように見えたことから,自船は機関を停止したので,小川丸が自船を避けるものと思い,水路の右側に寄るなどの措置をとらないで,同じ針路で,機関停止のまま続航中,10時25分少し前甲板上の乗組員数名が小川丸に向かって「危ないぞ」と大声をかけたが効なく,10時25分西防波堤灯台から088度100メートルの地点において,稲荷丸は,原針路のまま,2.0ノットの速力となったとき,その左舷船首部に,小川丸の左舷船首が前方から3度の角度で衝突した。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の中央期に当たり,視界は良好であった。
 また,小川丸は,B受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.2メートル船尾2.2メートルの喫水をもって,同月11日03時30分銚子漁港を発し,漁場に向かった。
 B受審人は,目的の漁場に至り,底はえ縄であなご漁を操業後,約60キログラムほどを漁獲して帰航することとし,09時00分漁場を発進し,切り通しを経て第2ふ頭岸壁に向かった。
 B受審人は,切り通しを経由し,川口灯台を20メートルほどの距離でつけ回して港口の内側に入り,10時24分少し前西防波堤灯台から022度165メートルの地点で,針路を同灯台と東防波堤との中間に向く165度に定め,機関を半速力前進にかけて5.0ノットの速力で,手動操舵により進行した。
 B受審人は,操舵室外の横板に右向きに腰掛け舵輪を握って操船し,定針したときほぼ正船首方280メートルに稲荷丸を認めることができる状況で,そのまま進行すれば同船と衝突する危険があったが,川口灯台をつけ回すときに港内を一瞥(いちべつ)して他船を見なかったことから,出航する他船はいないと思い,正船首方の見張りを十分に行わなかったので,操舵室屋根のアンテナ構造物に遮られた同船に気付かず,西防波堤灯台に近寄るなどの衝突を避けるための措置をとることなく,同じ針路,速力で続航した。
 10時24分半B受審人は,西防波堤灯台から048度110メートルの地点に達したとき,稲荷丸がほぼ正船首方120メートルとなったが,依然同船に気付かずに続航中,10時25分直前船首至近に稲荷丸の左舷船首部を見上げるように認め,急ぎ機関停止,右舵一杯としたが効なく,小川丸は,同じ針路,速力のまま前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,稲荷丸は左舷船首部に擦過傷を生じ,小川丸は船首突き出し部に折損を生じたが,のち修理された。

(航法の適用)
 本件は,銚子漁港内で発生したもので,港則法の適用区域であるが,切り通しを経て入航した小川丸が川口灯台を替わった時点で,港口の内側に入る状況となったこと,及び同港は比較的広い港口を持ち,A,B両受審人が認めているように,出入航の漁船同士は互いに右側に寄り,擦れ違って出入りすることが日常的に行われていると認められることから,港則法第15条は適用しない。なお,港則法において,本件に当てはまる航法規定が他にないので,海上衝突予防法を適用することとなるが,衝突の1分少し前に初めて「衝突の危険」が生じた本件のケースでは,同法に当てはまる航法規定がない。従って,海上衝突予防法第38条及び第39条を適用して律するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 稲荷丸
(1)警告信号を行わなかったこと
(2)自船が機関を停止したので,相手船は自船を避けるだろうと思い,水路の右側に寄るなどの衝突を避けるための措置をとらなかったこと

2 小川丸
(1)操舵室屋根にアンテナ構造物があったこと
(2)出航する他船はいないものと思い,正船首方の見張りを十分に行わなかったこと
(3)西防波堤灯台に近寄るなどの衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(4)稲荷丸を避けなかったこと

(原因の考察)
 小川丸が,正船首方の見張りを十分に行っていたなら,余裕のある時期に稲荷丸に気付くことができ,右転して西防波堤灯台に近寄るなどして衝突を回避できたと認められる。
 したがって,B受審人が,正船首方の見張りを十分に行わなかったこと,西防波堤灯台に近寄るなどの衝突を避けるための措置をとらなかったこと及び稲荷丸を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
 一方,稲荷丸が,警告信号を行っていれば,小川丸に自船の存在を気付かせることができ,互いに水路の右側に寄り航過することができたと認められる。
 したがって,A受審人が,警告信号を行わなかったこと及び自船が機関を停止したので,相手船は自船を避けるだろうと思い,水路の右側に寄るなどの衝突を避けるための措置をとらなかったことは原因となる。
 小川丸の操舵室屋根にアンテナ構造物があったことは,検査調書の写真からも分かるとおり,少しの注意をもって船首方の見張りを行えば,稲荷丸を見落とすことにはならなかったもので,原因とするまでもない。

(主張に対する判断)
 A受審人は,小川丸が入航を中止し,防波堤の外で自船の出航を待たなかったことが原因であると主張するので,この点について検討する。
 港口に当たる西防波堤灯台と川口灯台との間は,約210メートルの距離があり,このうち喫水4.7メートルの稲荷丸及び同2.2メートルの小川丸にとっての可航水路幅は約180メートルとなる。また,港口から南下して最も狭くなる西防波堤灯台と東防波堤との間は約180メートルの距離があり,同じく両船の可航幅は約150メートルとなる。
 漁船同士がこの幅の水路を互いに擦れ違って航過することに航過距離の不安を生じることはなく,A受審人の当廷における供述及びB受審人に対する質問調書中の供述記載においても,入出航船同士が互いに航過していることが示されている。
 切り通しを通航中の漁船を港内から防波堤越しに視認することは眼高の低い漁船には難しく,川口灯台を替わって港口に入った後に認めることが多く,事実の経過のとおり,稲荷丸が小川丸をほぼ正船首方280メートルに初認した時点で,同船は既に港口から20メートルほど内側に入っていた。この後小川丸が機関を停止して水路中央付近に留まることは,上げ潮の中央期や河口に面した港内の複雑な潮の流れを考えると,衝突回避策として疑問が残り,また,小川丸が反転して港外に出ることは,反転のためにさらに内側に進出する必要に迫られ,稲荷丸とさらに接近することとなって同船の判断に誤解を招きやすく,稲荷丸が全速力後進をかけて緊急停止することを前提にした衝突回避策となる。
 小川丸の動向を見極めようと機関停止したA受審人の判断に間違いはないが,何よりも,警告信号を行って同船に対して自船の存在を知らしめるのが先決で,その後さらに小川丸が西防波堤灯台に近寄るなどの措置をとらないで進出してきた場合に,緊急停止するなどの措置をとるべきであり,警告信号ののち,小川丸が西防波堤灯台に近寄る進路をとり,稲荷丸が水路の右側に寄るなどの措置をとっていれば,本件は発生していなかったと認められる。
 そうしてみると,本件は,港則法第15条の規定を適用するのではなく,船員の常務によって律するのが相当であり,したがって,小川丸に対して防波堤の外で自船の出航を待つべきであるとするA受審人の主張は採らない。

(海難の原因)
 本件衝突は,千葉県銚子漁港において,両船が西防波堤灯台付近で接近した際,入航する小川丸が,見張り不十分で,西防波堤灯台に近寄るなどの衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,出航する稲荷丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 B受審人は,千葉県銚子漁港において,切り通しを経て第2ふ頭に向かう場合,前路の稲荷丸を見落とすことのないよう,正船首方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,出航する他船はいないものと思い,正船首方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,稲荷丸に気付かないまま進行して衝突を招き,同船の左舷船首部に擦過傷を,小川丸の船首突き出し部に折損をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 A受審人は,千葉県銚子漁港を出航して茨城県波崎漁港に向かう途中,港口の内側に入航する小川丸を認めた場合,警告信号を行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,小川丸が自船を避けるものと思い,警告信号を行わなかった職務上の過失により,小川丸との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告すべきところ,多年にわたり船員として職務に精励し,海運の発展に寄与した功績により国土交通大臣の表彰を受けた閲歴に徴し,同法第6条を適用してその懲戒を免除する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
(拡大画面:29KB)





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION