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平成16年横審第98号
件名

モーターボートキティーホーク防波堤衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年8月30日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(西田克史,田邉行夫,濱本 宏)

理事官
亀井龍雄

受審人
A 職名:キティホーク船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a
受審人
B 職名:キティーホーク操縦者 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
船首部を圧壊,のち廃船処理,同乗者1人が溺死

原因
過大速力,同乗者死亡は救命胴衣不着用

主文

 本件防波堤衝突は,安全な速力とせず,防波堤に向かって進行したことによって発生したものである。
 なお,同乗者が死亡したのは,救命胴衣を着用していなかったことによるものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 受審人Bの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年9月1日19時45分
 愛知県三河港
 (北緯34度44.8分 東経137度17.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 モーターボートキティーホーク
全長 6.80メートル
機関の種類 電気点火機関
出力 55キロワット
(2)設備及び性能等
 キティーホークは,昭和60年2月に建造された限定沿海区域を航行区域とする最大搭載人員6人のFRP製モーターボートで,船体中央より少し後方に船外機を遠隔操作できる操舵スタンドを設けていた。
 操舵スタンドは,甲板からの高さ1.0メートルで,同スタンド上の周囲には高さ30センチメートルのプラスティック製の風防と,その上辺に沿うようパイプレールを備え,同スタンド前には甲板からの高さ2.5メートルのマストを設け,それには風防の上辺より少し低い位置に両色灯1灯及び頂部に白色全周灯1灯が設置され,レーダーやGPSプロッターは備えていなかった。

3 三河港の状況
 三河港は,愛知県渥美湾東部にあり,西方に向かってU字形に開口した港で,南方に田原,東方に豊橋,北方に蒲郡の各地区があり,田原地区にはトヨタ田原ふ頭が整備され,同ふ頭北東端から南方に向かって100メートルの等間隔で岸壁照明灯が8基(以下「岸壁照明灯群」という。)設けられていた。

4 神野北防波堤
 神野北防波堤は,トヨタ田原ふ頭北方沖合の海上に築造されており,同ふ頭北東端から291度(真方位,以下同じ。)1.6海里のところを南西端として緑色1閃光を5秒毎に発する三河港神野北防波堤南灯台(以下「防波堤南灯台」という。)が設置され,同灯台から056度方向に,長さ1,750メートル水面上高さ4メートル弱の完成した防波堤と,更に続いて200メートル延びる水面上高さ2メートル弱の延長工事中の防波堤とで形成され,その北東端には点滅式黄色簡易標識灯(以下「簡易標識灯」という。)が設置されていた。

5 キティーホークの係留地
 キティーホークは,田原地区港奥の船だまりを係留地とし,同地への出入りにあたっては西側のトヨタ田原ふ頭と東側の豊橋地区明海ふ頭との間の水路を南北に通航していた。

6 事実の経過
 キティーホークは,A受審人が1人で乗り組み,操縦者B受審人及び同乗者Cを乗せ,釣りの目的で,喫水不詳のまま,平成15年9月1日13時30分係留地を発し,三河港北部海域の釣り場に向かった。
 A受審人は,14時00分大島東方沖合の釣り場に到着し,錨泊して釣りを始め,15時ごろ釣りを中断して蒲郡地区の三谷漁港に向かい,同漁港で合流した知人1人を同乗させ,その後大島南方沖合の釣り場に移動して再び錨泊し,釣りを楽しむ傍らB受審人とともにそれぞれが350ミリリットルの缶ビールなどを4,5缶飲み,18時45分日没を過ぎたころ釣りを止めて三谷漁港に向かった。
 19時00分A受審人は,三谷漁港に入港して着岸し,知人1人を降ろし,B受審人とともに甲板の水洗いや釣り道具等の後片づけを行ったのち,帰途に就くこととしたが,明るいうちに帰航する予定だったことから度付きのサングラスしか持参しておらず,夜間の操船に一抹の不安を覚えたので,B受審人にモーターボートの操縦経験の有無を確かめないまま操縦してみないかと誘い,同人が受諾したので操縦方法を簡単に説明し,岸壁照明灯群を目標にするよう告げて操縦を任せた。
 一方,B受審人は,それまでモーターボートの操縦経験がなかったうえ,前日の8月31日19時ごろキティーホークに同乗してA受審人とともに神野北防波堤に向かい,延長工事中の防波堤に上がって翌早朝まで夜釣りを行ったが,B受審人が田原地区に出かけたのがそのとき初めてで,神野北防波堤や簡易標識灯の存在が分かったものの,付近のふ頭や水路との正確な位置関係など水路状況について十分に知らないまま,キティーホークを操縦してみたい強い気持ちからA受審人の申し出を引き受けた。
 19時30分B受審人は,航海灯を点灯のうえ,操舵スタンドの後方に立って操縦を始め,三谷漁港を発航して係留地目指して南下した。
 一方,A受審人は,自身を含め同乗者全員が救命胴衣を着用しないまま,C同乗者が操舵スタンドの左側に位置し,自らは同スタンドの右側に立ってパイプレールを握り,前方の見張りにあたった。
 19時35分半B受審人は,防波堤南灯台から353度3.35海里の地点で,針路を岸壁照明灯群に向けて155度に定め,機関をほぼ全速力前進にかけ,19.0ノットの対地速力で手動操舵により進行した。
 19時43分半少し前B受審人は,防波堤南灯台から030度1.24海里の地点に達したとき,正船首1,000メートルのところに神野北防波堤が存在し,その後同防波堤の北東端付近に向首したまま接近する状況であったが,進行方向よりはるか右方に防波堤が離れているものと思い,簡易標識灯がその背景となる岸壁照明灯群によって見えにくかったから,余裕をもって神野北防波堤を視認して無難に水路に入ることができるよう,安全な速力にすることなく続航した。
 また,A受審人は,操縦免許受有者が操縦しているので大丈夫と思い,B受審人に対して安全な速力にするよう指示しなかった。
 こうして,B受審人は,19時49分少し前船首方100メートルのところに簡易標識灯や神野北防波堤を視認することができる状況であったものの,依然として安全な速力にしなかったので,これを認めるいとまもないまま急速に接近し,19時45分わずか前A受審人が目前に迫った同防波堤を初めて視認し,堤防と叫ぶだけでどうすることもできず,B受審人が慌てて右舵に操作したが,時すでに遅く,19時45分防波堤南灯台から056度1,900メートルの地点において,キティーホークは,原針路,原速力のまま,その船首が,神野北防波堤の北東端付近に81度の角度で衝突した。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,視界は良好で,潮候は上げ潮の末期であった。
 防波堤衝突の結果,キティーホークは,船首部を圧壊し,のち廃船処理され,C同乗者が海中転落し,B受審人が海に飛び込み捜したが見つからずに行方不明となり,翌2日02時30分海上保安庁の潜水士により付近海底から溺死体で発見された。

(本件発生に至る事由)
1 飲酒したこと
2 A受審人がB受審人に操縦経験を確認しないで操縦させたこと
3 B受審人が操縦経験がなく水路状況を十分に知らないまま操縦したこと
4 救命胴衣を着用していなかったこと
5 簡易標識灯が背景の岸壁照明灯群によって見えにくかったこと
6 安全な速力でなかったこと

(原因の考察)
 本件は,安全な速力として進行していたなら,余裕をもって神野北防波堤を視認し,衝突を回避できたと認められる。
 したがって,A受審人が安全な速力にするよう指示しなかったこと及びB受審人が安全な速力にしなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 なお,救命胴衣を着用していたなら,同乗者が行方不明とならずに直ちに救助することができ,一命を取り止めた可能性が大であると認められるのであり,キティーホークには乗船者全員分の救命胴衣が備えられ,いつでも着用できる状況にあったのであるから,救命胴衣を着用していなかったことは,同乗者が死亡に結びついた原因となる。
 A,B両受審人が釣りの間に飲酒していたこと,A受審人がB受審人に操縦経験を確認しないで操縦させたこと及びB受審人が操縦経験がなく水路状況を十分に知らないまま操縦したことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 簡易標識灯が背景の岸壁照明灯群によって見えにくかったことは,進行方向によっては起こり得る事態であるから,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件防波堤衝突は,夜間,愛知県三河港において,係留地に続く水路入口に向かう際,安全な速力とせず,防波堤に向かって進行したことによって発生したものである。
 なお,同乗者が死亡したのは,救命胴衣を着用していなかったことによるものである。
 運航が適切でなかったのは,船長が,操縦者に対して安全な速力にするよう指示しなかったことと,操縦者が,安全な速力にしなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,夜間,愛知県三河港において,同乗の操縦免許受有者に操縦させて係留地に続く水路入口に向かう場合,水路入口手前にある防波堤北東端の簡易標識灯がその背景となる岸壁照明灯群によって見えにくかったから,余裕をもって防波堤を視認して無難に水路に入ることができるよう,操縦者に対して安全な速力にするよう指示すべき注意義務があった。しかるに,A受審人は,操縦免許受有者が操縦しているので大丈夫と思い,操縦者に対して安全な速力にするよう指示しなかった職務上の過失により,防波堤に向首していることに気付かず進行して同堤北東端付近への衝突を招き,キティーホークの船首部を圧壊させ,救命胴衣を着用していない同乗者1人が海中転落して行方不明となり,のち溺死体で発見されるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 B受審人は,夜間,愛知県三河港において,操縦にあたって係留地に続く水路入口に向かう場合,水路入口手前にある防波堤北東端の簡易標識灯がその背景となる岸壁照明灯群によって見えにくかったから,余裕をもって防波堤を視認して無難に水路に入ることができるよう,安全な速力にすべき注意義務があった。しかるに,同人は,進路方向よりはるか右方に防波堤が離れているものと思い,安全な速力にしなかった職務上の過失により,防波堤に向首していることに気付かず進行して同堤北東端付近への衝突を招き,前示の損傷を生じさせ,同乗者1人が溺死する事態に至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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