(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年12月12日00時40分
東京湾北部
(北緯35度29.4分 東経139度53.8分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第八立島丸 |
貨物船第五秀栄丸 |
総トン数 |
473.09トン |
343トン |
全長 |
57.50メートル |
52.90メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第八立島丸
第八立島丸(以下「立島丸」という。)は,昭和56年1月に進水した船尾船橋型鋼製ケミカルタンカーで,航行区域を限定沿海区域とし,専ら愛媛県伊予三島港と静岡県田子の浦港間の紙の原料及び塩化カルシウム等の液体物質ばら積輸送に従事していた。
操舵室には操舵装置,機関操縦装置のほか日本測地系で設定されたGPS及び同プロッタ,レーダー並びに気象用ファックス等の航海計器が備えられ,音響信号設備としてモーターホーンが設置されていた。
また,重量850キログラムのストックレスアンカーが直径30ミリメートルのスタッドチェーンに連なって両舷船首に備えられていた。
イ 第五秀栄丸
第五秀栄丸(以下「秀栄丸」という。)は,平成8年6月に進水した船尾船橋型鋼製油タンカー兼ケミカルタンカーで,航行区域を限定沿海区域とし,専ら不定期で国内各港間の液体物質ばら積輸送に従事していた。
操舵室には操舵装置,機関操縦装置のほかGPS及び同プロッタ,レーダー等の航海計器が設置されていた。
船橋と船首の間には,船首マスト,クレーン,ベントラインが設備されていたが,船首見通しの妨げになるほどの構造物はなかった。
3 事実の経過
立島丸は,A受審人ほか3人が乗り組み,空倉のまま,船首1.35メートル船尾3.55メートルの喫水をもって,平成16年12月12日00時05分千葉港千葉区南袖を発し,田子の浦港に向かった。
A受審人は,正規の灯火を掲げ,一等航海士を手動操舵に当たらせ,袖ヶ浦水路の千葉港南袖ヶ浦第4号灯浮標を左舷至近に見て出航し,00時19分東京湾アクアライン海ほたる灯(以下「海ほたる灯」という。)から084度(真方位,以下同じ。)4.2海里の地点で,針路を292度に定め,機関を全速力前進にかけ,10.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
ところで,袖ヶ浦水路から東京湾アクアラインを替わって南下するには東水路を航行するが,東京湾東水路中央第3号,同2号及び同1号の各灯浮標を左舷側に見て航行するので,千葉港に向けて同水路を北上する船舶と海ほたる(木更津人工島)の北東において進路が交差することから,船舶には注意深い見張りと操船が求められるところであった。
A受審人は,海ほたる東方で数隻の停泊船を左舷方に見て続航し,00時35分海ほたる灯から051度2.2海里の地点に達したとき,左舷船首31度1.5海里に,秀栄丸の白,白,緑3灯及びその右方約100メートルにこれと同航する500トンほどの第三船の灯火を初認し,その後秀栄丸を自船とほぼ同じ速力で,前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する船舶であると認めたが,同船は避航船なのでそのうちに自船を避けるものと思い,同じ針路,速力のまま続航した。
00時38分A受審人は,海ほたる灯から038度2.0海里の地点に達したとき,第三船が無難に航過し,秀栄丸が方位に変化のないまま1,100メートルに接近したが,探照灯を照らしたものの汽笛による警告信号を行わず,さらに間近に接近しても,直ちに大きく右転するなどの衝突を避けるための協力動作をとることなく,同船が避航動作をとることを期待し,同じ針路,速力で続航した。
00時39分半A受審人は,秀栄丸が距離300メートルとなったとき,衝突の危険を感じ,右舵一杯,全速力後進としたが及ばず,立島丸は,00時40分海ほたる灯から029度2.0海里の地点において,船首が右に40度回頭して332度を向き,4.0ノットの速力となったとき,その左舷船首部に秀栄丸の右舷船首部が後方から81度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で,風力2の北風が吹き,視界は良好であった。
また,秀栄丸は,B,C両受審人ほか2人が乗り組み,空倉のまま,船首1.0メートル船尾2.6メートルの喫水をもって,同月11日10時45分茨城県鹿島港を発し,千葉港千葉区新港に向かった。
ところで,秀栄丸では,船橋当直を船長と航海士2人による単独4時間交代としていたところ,今航海はB受審人が出航操船に引き続き11時30分まで,その後C受審人次いで一等航海士が各々4時間入直することとし,千葉港の錨地着が翌12日03時前後となるので,入港時の配置をB受審人が船橋,C受審人が船首とそれぞれ予定していた。
B受審人は,浦賀水道航路を北上後中ノ瀬航路に入り,23時30分中ノ瀬航路第1号灯浮標を通過したとき,C受審人と船橋当直を交代したが,同人は代行船長を務めるほどの経歴があり,何度となく夜間に東京湾内の単独当直を経験しているので,特に見張りの重要性を指摘しなかった。
C受審人は,正規の灯火を掲げ,00時29分海ほたる灯から310度0.8海里の地点で,針路を053度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,11.0ノットの速力で進行した。
C受審人は,操舵輪後方の椅子に腰を掛け,右舷方に陸上の明かりを背景にした数隻の停泊船の灯火を認め,3マイルレンジとしたレーダー画面の右半円にそれらの映像を捉えたものの,レンジを変えるなどしなかったので,3.3海里ほどの立島丸に気付かなかった。
00時35分C受審人は,海ほたる灯から011度1.2海里の地点に達したとき,右舷船首28度1.5海里に立島丸の白,白,紅3灯を視認することができ,その後同船が前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する状況となったが,右舷方には前示の停泊船以外に支障となる他船はいないものと思い込み,少し前に左舷側を追い抜いて行った500トンほどの第三船に気を取られ,右舷方の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,立島丸の進路を避けることなく続航した。
C受審人は,00時38分立島丸の方位が変わらずに1,100メートルとなり,衝突の危険が生じたが,依然このことに気付かないまま続航中,00時40分わずか前同船の航海灯を至近に認め,慌てて左舵一杯としたが効なく,秀栄丸は,ほぼ原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,立島丸は,左舷船首外板に凹損及び上部外板に破口並びに左舷錨の海没を生じ,秀栄丸は,右舷バウチョックに凹損等を生じたが,のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件は,夜間,東京湾北部において,航行中の両船が衝突したもので,衝突地点に港則法の適用はなく,海上交通安全法の適用海域ではあるが,同法上の定められた航路,航路の周辺及び狭い水道に指定された経路はなく,また,同法上で両船に適用される個別規定はないから,一般法である海上衝突予防法によって律することとなる。
立島丸は針路292度,速力10.0ノットで,秀栄丸は針路053度,速力11.0ノットでそれぞれ航行中であったから,両船の相対位置関係は,衝突の5分前に立島丸から秀栄丸を左舷船首31度1.5海里に見る態勢となり,両船はそのままの針路,速力で航行して衝突に至ったのであるから,海上衝突予防法第15条横切り船の航法の規定によるのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 立島丸
(1)警告信号を行わなかったこと
(2)相手船は避航船だからそのうちに自船を避けるものと思い,衝突を避けるための協力動作が遅れたこと
2 秀栄丸
(1)椅子に腰掛けて船橋当直していたこと
(2)左舷側を追い抜いて行った同航船に気を取られていたこと
(3)レーダーに映っている他船の映像のうち,右半円に映っているのは停泊船のみであると思い込み,右舷船首方の見張りを十分に行わなかったこと
(4)立島丸の進路を避けなかったこと
3 その他
晴天の夜間で,秀栄丸の右舷方に陸上の明かりを背景にした停泊船の灯火があり,その背後にある立島丸の灯火が見難かったこと
(原因の考察)
秀栄丸が,右舷船首方の見張りを十分に行っていたなら,前路を左方に横切る態勢で接近する立島丸を認めることができ,十分に余裕のある時期に同船の進路を避けることができたと認められる。
したがって,C受審人が,レーダーに映っている他船の映像のうち,右舷方に見えているのは停泊船のみであると思い込み,右舷船首方の見張りを十分に行わなかったこと及び立島丸の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,立島丸が,前路を右方に横切る態勢の秀栄丸に対し,警告信号を行い,その後さらに同船が避航の気配なく接近したとき,衝突の1分以上前に右舵一杯とするなり,機関を使用して減速するなりして衝突を避けるための協力動作をとっていたなら,衝突を回避することができたものと認められる。
したがって,A受審人が,警告信号を行わなかったこと及び相手船は避航船だからそのうちに自船を避けるものと思い,衝突を避けるための協力動作が遅れたことは,本件発生の原因となる。
C受審人が,椅子に腰掛けて船橋当直していたこと及び左舷側を追い抜いて行った同航船に気を取られていたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
晴天の夜間で,秀栄丸の右舷方に陸上の明かりを背景にした停泊船の灯火があり,その背後にある立島丸の灯火が見難かったことは,東京湾を航行する船舶にとって特別の状況とはいえず,見張りを十分に行っていれば立島丸の接近に容易に気付くことができると認められるから,原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,東京湾北部において,千葉航路に向け北東進する秀栄丸が,見張り不十分で,前路を左方に横切る立島丸の進路を避けなかったことによって発生したが,袖ヶ浦水路から東水路に向け北西進する立島丸が,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作が遅れたことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
C受審人は,夜間,東京湾北部において,千葉航路に向け北東進する場合,袖ヶ浦水路を出て前路を左方に横切る立島丸を見落とすことのないよう,右舷船首方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,レーダーに映っている他船の映像のうち,右半円に映っているのは停泊船のみであると思い込み,左舷側を追い抜いて行った同航船に気を取られて右舷船首方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,立島丸に気付かずに進行して同船との衝突を招き,秀栄丸に右舷バウチョックの凹損等を,立島丸に左舷船首外板の凹損及び上部外板の破口並びに左舷錨の海没を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
A受審人は,夜間,東京湾北部において,袖ヶ浦水路から東水路に向け北西進中,前路を右方に横切る秀栄丸が,自船の進路を避けないまま間近に接近するのを認めた場合,直ちに大きく右転するなどの衝突を避けるための協力動作をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,相手船は避航船だから,そのうち自船を避けるものと思い,直ちに協力動作をとらなかった職務上の過失により,同船との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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