(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月15日02時30分
周防灘北部
(北緯33度50.4分 東経131度15.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船神祥丸 |
漁船昭寿丸 |
総トン数 |
3,899トン |
4.92トン |
全長 |
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13.55メートル |
登録長 |
104.08メートル |
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出力 |
3,309キロワット |
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漁船法馬力数 |
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15 |
(2)設備及び性能等
ア 神祥丸
神祥丸は,平成10年2月に進水し,山口県仙崎港又は宇部港を荷積港及び東播磨港を荷揚港として,専ら石灰石の運搬に従事する船尾船橋型鋼製貨物船で,船首方に死角を生じさせる構造物はなく,船橋からの見通しは良好で,見張りの障害となるものはなかった。
同船は,バウスラスタ,可変ピッチ式推進器1個,自動衝突予防援助装置付きレーダー2台,GPS,測深儀,電動油圧式操舵装置,自動操舵装置,エアホーン及びコンパスデッキに固定式信号灯を装備していた。
イ 昭寿丸
昭寿丸は,昭和55年6月に進水したほぼ船体中央部に操舵室,船尾に揚網用櫓(やぐら)を有するFRP製漁船で,小型機船底びき網漁業に従事していた。
同船は,固定ピッチ式推進器1個,レーダー1台,GPS,遠隔操舵装置及び自動操舵装置を装備していた。なお,操舵室に装備されたレーダーはデイライトタイプで,後部甲板上からも監視することができ,また,同甲板上から遠隔操舵装置によって操船することもできた。
3 事実の経過
神祥丸は,船長C,A受審人ほか8人が乗り組み,石灰石5,790トンを積載し,船首5.65メートル船尾6.75メートルの喫水をもって,平成16年9月14日19時35分仙崎港を発し,法定の灯火を点灯して,関門海峡を経由する予定で,東播磨港に向かった。
ところで,C船長は,出入港時,狭水道航行,視界制限時,船舶輻輳(ふくそう)時などに昇橋して操船の指揮を執ることとしており,船橋当直責任者に対して狭水道通過時の船長連絡地点を指示するとともに,航海中,船舶の輻輳時,視界制限時及び不安があればいつでも呼ぶように指示していた。また,同船長は,航海船橋当直体制を,一等航海士,次席一等航海士及び二等航海士による3直制とし,各当直に甲板員など1人を配して2人1組による,4時間毎の輪番制をとらせていた。
翌15日00時00分A受審人は,六連島灯台の手前約5海里の地点で二等航海士から船橋当直を引き継ぎ,二等機関士とともに2人で当直に就き,関門海峡に至ってC船長の指揮のもとで進行し,01時30分下関南東水道第1号灯浮標付近に達し,同船長が降橋するとき,同船長から船舶輻輳時には報告するよう指示を受け,推薦航路に沿って周防灘北部を東行した。
02時06分A受審人は,本山灯標から252度(真方位,以下同じ。)5.1海里の地点で針路を105度に定め,機関を全速力前進にかけ,13.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,自動操舵により航行した。
02時20分A受審人は,本山灯標から218度3.0海里の地点に達したとき,レーダー及び双眼鏡により右舷船首12度2.7海里のところに昭寿丸の表示する緑,白2灯及び舷灯の紅1灯を初認し,2灯の配列がマスト頂部に緑灯,船尾端の高いところに白灯となっており,その動静を監視したところ,同船が自船の前路を右方から左方に向け北上することを知った。
このころ,A受審人は,右舷後方に自船より速力が速い大型の同航船を認めていたので,同船との航過距離を空けるため,02時21分本山灯標から214.5度3.0海里の地点で,左舵をとって針路を090度として進行し,同時26分同灯標から193.5度2.5海里の地点に達したとき,針路を推薦航路に沿う095度に転じた。
転針したとき,A受審人は,昭寿丸が右舷船首24度1.1海里のところに接近し,同船の灯火の表示状況からその運航実態が分からなかったものの,その後同船と方位が変わらず衝突のおそれがある態勢で接近していたが,左舷前方に存在した漁船群の動向に気を奪われ,昭寿丸に対する動静監視を十分に行っていなかったので,このことに気付かず,警告信号を行わず,更に接近しても減速するなどして衝突を避けるための措置をとることなく続航した。
02時30分少し前A受審人は,ふと右舷船首方を見たとき,至近距離に迫った昭寿丸を認めて慌ててしまい,いったん右舵を令したものの,すぐに左舵を令したが及ばず,02時30分本山灯標から174度2.5海里の地点において,神祥丸は,原速力のまま,090度を向首したとき,その右舷中央部に昭寿丸の船首部が前方から77度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力5の南東風が吹き,潮候は下げ潮の末期で,視界は良好であった。
また,昭寿丸は,B受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.30メートル船尾1.00メートルの喫水をもって,同月14日16時00分宇部港を発し,同港南方8海里ばかりの漁場に向かった。
ところで,B受審人は,昭寿丸に汽笛を備えていなかった。
B受審人は,17時ごろ漁場に到着し,操舵室上部両舷側に各舷灯,同室上部マストの頂部に緑色全周灯,同マスト中間部から櫓上部に渡した桁の船尾側先端の,喫水線上高さ約4メートルのところに白色裸電球1個及び後部甲板上の操舵室寄りに傘付き作業灯1個を点灯し,操業を続けたのち,帰航の途に就くこととし,灯火を同じ表示状態としたまま,02時15分本山灯標から169度4.2海里の地点を発進して,北上を開始した。
発進後,B受審人は,魚網洗浄の目的で,船尾から網を海中に流し,7.0ノットの速力で進行し,自らは後部甲板の操舵室寄りにおいて中腰の姿勢で,船首方を向き,漁獲物の選別作業を行いながら,目視やレーダーにより見張りに当たり,同甲板上に置いた遠隔操舵装置により操舵を行い,02時20分本山灯標から172度3.7海里の地点で,針路を347度に定め,自動操舵により進行した。
定針したとき,B受審人は,左舷船首50度2.7海里のところに神祥丸が表示する白,白,緑3灯を初認し,同船が前路を左方から右方に向け航行する船舶であることを認めたものの,同船は東行する大型貨物船で,速力が速いから,自船の船首方を無難に通過すると思い,漁獲物の選別作業を行いながら続行した。
02時26分B受審人は,本山灯標から173度3.0海里の地点に達したとき,神祥丸が左舷船首48度1.1海里に接近し,その後同船と方位が変わらず衝突のおそれがある態勢で接近していたが,同選別作業に熱中していて,同船に対する動静監視を行っていなかったので,このことに気付かず,同船に対して警告信号を行わず,間近に接近しても減速するなどして衝突を避けるための措置をとることなく続航した。
こうして,B受審人は,02時30分わずか前ふと船首方を見たとき,至近距離に迫った神祥丸を認め,衝突の危険を感じ,機関を後進にかけたが効なく,昭寿丸は,原針路,ほぼ原速力のまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果,神祥丸は,右舷中央部ハンドレールステイ2本に曲損及び同部クロスビット1本に破損をそれぞれ生じ,昭寿丸は,船首上部先端を損壊したが,のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件は,海上交通安全法が適用される宇部港沖の周防灘において,東行する神祥丸と北上する昭寿丸が衝突したものであるが,同法には,同海域における灯火形象物に関する規定のほかに,2船間に適用される航法の規定はないから,航法に関しては,海上衝突予防法が適用されることになる。
両船は,互いに針路が交差する態勢で接近し,衝突に至ったものであるが,昭寿丸が,法定の灯火を表示していなかったことから,衝突の見合い関係に入った時点で,神祥丸から昭寿丸を見て,同船がどのような運航実態にあるかが認識できず,衝突の見合い関係に入ったとき,当該船舶が互いにいかなる状態の船舶であるかの運航実態とその実態に関しての客観的認識とが一致することが前提とされる海上衝突予防法第15条に規定する横切り船の航法については適用できない。したがって海上衝突予防法第38条,同39条による船員の常務を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 神祥丸
(1)後方に自船より速い同航船が存在したこと
(2)漁船群が存在し,A受審人が,これらの動向に気を奪われたこと
(3)A受審人が,動静監視を十分に行わなかったこと
(4)A受審人が,警告信号を行わなかったこと
(5)A受審人が,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 昭寿丸
(1)汽笛を備えていなかったこと
(2)自動操舵で航行していたこと
(3)緑,白2灯及び舷灯各1灯を掲げ,マスト灯及び船尾灯を掲げていなかったこと
(4)B受審人が,漁獲物選別作業を行っていたこと
(5)B受審人が,神祥丸が大型貨物船で速力が速いから,自船の船首方を無難に航過すると思ったこと
(6)B受審人が,漁獲物の選別作業に熱中していたこと
(7)B受審人が,動静監視を十分に行わなかったこと
(8)B受審人が,神祥丸に対して警告信号を行わなかったこと
(9)B受審人が,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
神祥丸が,昭寿丸を認めた後,その動静を監視していたならば,同船と衝突のおそれがある態勢で接近していることが分かり,警告信号を行い,同船との衝突を避けるための措置をとることができ,本件衝突は回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が,漁船群の動向に気を奪われて,昭寿丸に対する動静監視が不十分となり,警告信号を行わず,同船との衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
後方に自船より速い同航船が存在したことは,本件発生の原因とならない。
昭寿丸が,神祥丸を認めた後,その動静を監視していたならば,同船と衝突のおそれがある態勢で接近していることが分かり,警告信号を行い,同船との衝突を避けるための措置をとることができ,本件衝突は回避できたものと認められる。
したがって,B受審人が,神祥丸が大型貨物船で速力が速く,自船の船首方を無難に航過すると思い,後部甲板で漁獲物選別作業に熱中し,神祥丸に対する動静監視が不十分となり,警告信号を行わず,同船との衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
B受審人は,海上衝突予防法により,汽笛を装備する義務があったにもかかわらず,これを備えず,また,これを備えることができなかった特段の理由はない。信号装置の重要性を思い起こし,その励行を厳守すべきである。
B受審人が,緑,白2灯及び舷灯各1灯を掲げ,マスト灯及び船尾灯を掲げていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であり,緑,白2灯を掲げていたことは航法の適用に関して齟齬(そご)を生じる状況であったものの,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
B受審人が,自動操舵により航行していたことは,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,宇部港沖の周防灘において,東行する神祥丸と運航実態と異なる灯火を表示して北上する昭寿丸とが,互いに衝突のおそれがある態勢で接近中,神祥丸が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことと,昭寿丸が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,宇部港沖の周防灘を東行中,右舷船首方に自船の針路と交差する態勢で北上する昭寿丸を認めた場合,同船との衝突のおそれの有無を判断できるよう,同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,左舷船首方の漁船群の動向に気を奪われ,昭寿丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船と衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず,警告信号を行わず,減速するなどして衝突を避けるための措置をとることなく進行して衝突を招き,神祥丸の右舷中央部ハンドレールステイ2本に曲損及び同部クロスビット1本に破損をそれぞれ生じさせ,昭寿丸の船首上部先端を損壊させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,夜間,宇部港沖の周防灘を北上中,左舷船首方に自船の針路と交差する態勢で東行する神祥丸を認めた場合,同船との衝突のおそれの有無を判断できるよう,同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,同船は東行する大型貨物船で速力が速いから,自船の船首方を無難に通過すると思い,後部甲板で漁獲物の選別作業に熱中し,神祥丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船と衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず,警告信号を行わず,減速するなどして衝突を避けるための措置をとることなく進行して衝突を招き,前示のとおり両船に損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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