(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年7月14日20時24分
広島県尾道糸崎港
(北緯34度23.7分 東経133度05.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
押船第十一山陽丸 |
起重機船第11山陽号 |
総トン数 |
13トン |
約320トン |
全長 |
13.30メートル |
31.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
220キロワット |
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(2)設備及び性能等
ア 第十一山陽丸
第十一山陽丸(以下「山陽丸」という。)は,平成6年に建造された限定沿海区域を航行区域とする交通船兼作業船で,専ら起重機船第11山陽号と押船列(以下「山陽丸押船列」という。)を形成して運航されていた。
操舵室は,上甲板中央部に設置されていたところ,その上方に長さ1.5メートル幅2.2メートル高さ2.0メートルで,眼高が上甲板上6メートルとなる操舵室(以下「上操舵室」という。)が増設され,単独で航行する際には上甲板の操舵室が,第11山陽号などを押して航行する際には上操舵室がそれぞれ使用され,上甲板の操舵室及び上操舵室のいずれにも,その中央部に操舵輪が,右舷側にクラッチレバーなどの機関操縦装置が設置されていた。
航海灯は,上操舵室上の水面から高さ約9メートルのマスト前部に上から順に,マスト灯,マスト灯及び両色灯が,同後部に上から順に,引船灯及び船尾灯が設置されていた。
イ 第11山陽号
第11山陽号(以下「台船」という。)は,船首部に吊上げ荷重40トンの全旋回式ジブクレーンを,後部に乗組員の休憩室となるハウスをそれぞれ設置し,中央部が機材などの物置場として使用される箱型の非自航式台船で,防波堤の築造工事や消波ブロックの据付け作業などに従事していた。
ジブクレーンは,船首端から4.5メートル後方のところに回転の中心をもつ運転席付き機械室及び長さ30.5メートルのクレーンブーム(以下「ブーム」という。)を備え,航行するときなどにはハウス上の前部中央部に備えた格納台にブームの先端部が固定されていた。
係留設備は,船首及び船尾それぞれの,中央から両舷約2.5メートルのところにビット各1個が,両舷端付近にボラード各1個及び重さ1トンの錨各1個が,また,ハウス少し前方の甲板上の左右両舷に長さ約15メートルのスパッド各1本がそれぞれ設置されていた。
航海灯は,ハウス上の中央部のマストに上から順に,紅色全周灯,白色全周灯及び紅色全周灯が,ハウス上の前部両舷端に各舷灯がそれぞれ設置されていた。
ウ 山陽丸押船列
山陽丸押船列は,直径60ミリメートルの合成繊維製索を山陽丸の前部両舷ビットと台船の船尾両舷端付近のボラードとに,直径24ミリメートルの合成繊維製索を山陽丸の前部両舷ボラードと台船の船尾両舷ビットとにそれぞれとって山陽丸の船首を台船の船尾中央部に押し付け,台船の船首から山陽丸の船尾までの長さが約45メートルとなっていた。
操船が行われる上操舵室は,ブームが格納台に固定されると,その先端部が同室前方約4メートルのところにあって前方の視界が妨げられたが,船橋当直者が同室を左右に移動するなどして死角を補う見張りが行われていた。
操縦性能は,機関を回転数毎分240としたとき速力が約3ノットで,同速力で航行しているとき機関を全速力後進にかけると,船体が停止するまで約80メートルを要した。
3 広島県尾道糸崎港及び同港第6区について
尾道糸崎港は,同県東部の松永湾,尾道水道及び三原湾にまたがった東西方向に長い港で,松永湾からその西方の三原湾に順に,第1区から第6区に分かれていた。
尾道糸崎港第6区は,三原湾並びに同湾西部に注ぐ西野川及び沼田川の河口付近を港域とし,同区中央部に同湾に面する東西方向の長さ350メートルの糸崎岸壁があり,同岸壁の西方200メートルのところから,水深5.4メートル幅80メートルないし110メートル長さ1,050メートルの掘下げ水路が西野川河口の古浜岸壁西端付近まで延びており,さらに同岸壁の西方約900メートルの,同河口左岸に船だまり(以下「内港船だまり」という。)が存在し,掘下げ水路及び内港船だまり間の水路(以下「西方水路」という。)の可航幅が100メートルと狭く,同水路中間付近の南北両岸に送電線用鉄塔が設置されていた。
送電線用鉄塔は,西方水路北岸の,尾道糸崎港松浜防波堤南灯台(以下「防波堤南灯台」という。)から297.5度(真方位,以下同じ。)1.39海里の地点と,同水路南岸の,同灯台から292.5度1.48海里の地点とにそれぞれ1基が設置され,各高さが45メートル及び47メートルで,両鉄塔間の距離が301メートルあり,その間にアルミめっき鋼より線で直径9.6ミリメートルの架空地線1本が,その下に中防食鋼心アルミより線で直径14.6ミリメートルの送電線6本が西方水路北岸の鉄塔から南岸の鉄塔に向け240度の方向に架けられていた。
送電線は,上,中,下段の3段にそれぞれ2メートルの間隔で分かれ,各段いずれにも2本ずつ架けられており,海図第1117号には送電線用鉄塔とともに明記され,同海図の西方水路南端付近の干出浜部分の送電線に沿って,送電線下の通航可能な海面からの高さが17メートルと記載されていた。
4 入出港及び回航時のブームの格納について
A受審人は,船長を命じられたときに「船長の心構え」と題する文書や「起重機船入出港及び回航作業手順書」(以下「回航作業手順書」という。)などの各作業手順書を,また,B指定海難関係人は,船団長を命じられたときに「船団長の心構え」と題する文書や回航作業手順書などの各作業手順書をそれぞれ辞令とともに手渡され,両人ともにその職務を十分に理解し,回航作業手順書には出港及び回航の準備作業として,ブームの格納及び固定を点検表によって確認することが記載されていることを知っていたものの,作業現場等での短距離の移動の際,水路の状況や堪航性に問題がない場合には,ブームを立てたまま移動することがあった。
5 山陽丸押船列の作業時等の指揮について
山陽丸押船列の指揮は,航行時についてはA受審人が指揮をとって上操舵室で操船と見張りを行い,B指定海難関係人及び一等航海士が台船上で見張りにあたり,クレーン操作を含む作業時については同指定海難関係人が指揮をとって同受審人及び同航海士が作業にあたっており,出港時はスパッド及び錨の揚収作業を終えるまでの全ての指揮を同指定海難関係人が,それ以後は同受審人が指揮をとっていた。
6 事実の経過
A受審人は,平成16年7月14日昼ごろ糸崎岸壁に着岸中,B指定海難関係人とともに会社から電話連絡を受け,同日午後は広島県生口島で作業を行って同岸壁に戻り,夜間は内港船だまりに移動して待機するよう指示され,それまで夜航海も,狭い掘下げ水路や西方水路を通った経験もなかったことから,直ちに備付けの海図第1117号を見たものの,水深や灯浮標の設置状況などの確認に気を奪われ,拡大鏡を利用して精査するなど,水路調査を十分に行わなかったので,送電線用鉄塔や送電線の記載を見落とし,それらの存在に気付かず,12時50分同岸壁を離れて同島で作業を行い,15時55分スパッド及び台船の右舷船尾の錨を利用して同岸壁に再び着岸した。
B指定海難関係人は,着岸したあと,A受審人及び一等航海士とともに機材の陸揚げなどを行い,19時ころ糸崎岸壁での全ての作業を終えたところで,ブームを立てて後方に向け,その先端が水面から高さ32メートルとなった状態で,台船上の後片付けを済ませたのち,ブームを倒して格納するなど,回航の作業手順を遵守しないまま,同受審人と打ち合わせて日没後の薄明時にできるだけ回航を済ませるつもりで,急いで出港配置についた。
こうして,山陽丸は,A受審人及び一等航海士が乗り組み,船首0.8メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,B指定海難関係人が単独で乗り組み,船首0.8メートル船尾1.2メートルの喫水となった台船の船尾中央部に船首部を押し付け,合成繊維製索を両船間にとって山陽丸押船列を形成し,同日20時00分尾道糸崎港糸崎岸壁を発し,内港船だまりに向け移動を始めた。
A受審人は,B指定海難関係人及び一等航海士がスパッドを引き揚げ,台船右舷船尾の錨を揚収したのち,ブームを立てた状態になっていたものの,同指定海難関係人に指示し,ブームを倒して格納するなど,回航の作業手順を遵守することなく,山陽丸にマスト灯2個,両色灯及び船尾灯を,台船に紅,白,紅3灯及び両舷灯をそれぞれ表示し,同指定海難関係人を台船の右舷船首に,同航海士を左舷船首にそれぞれ配して作業灯の明かりで周囲の見張りを行わせ,自らは上操舵室の中央に立って操船にあたり,船首付けの状態から,機関を適宜使用し,後退しながら左回頭を行って掘下げ水路に向かった。
20時09分半わずか前A受審人は,掘下げ水路東口の,防波堤南灯台から293度1,260メートルの地点で,針路を300度に定め,機関を全速力前進にかけて3.0ノットの対地速力で,手動操舵により進行した。
A受審人は,掘下げ水路を斜航し,20時19分半わずか前防波堤南灯台から296度1.2海里の地点に達したとき,針路を296度に転じ,同じ速力で,灯浮標の灯火やB指定海難関係人及び一等航海士の合図に注意しながら右舷側の岸壁に沿って続航した。
転針したときA受審人は,右舷船首10度380メートルに西方水路北岸の送電線用鉄塔が,左舷船首18度580メートルに南岸の送電線用鉄塔がそれぞれ存在し,両鉄塔間に架けられた送電線に接近する状況となったが,水路調査を十分に行わなかったので,このことに気付かず,その後掘下げ水路を通過し,西方水路を岸壁に沿って進行中,20時24分防波堤南灯台から296度1.4海里の地点において,山陽丸押船列は,原針路,原速力のまま,ブーム先端部が送電線に衝突した。
当時,天候は晴で風力1の西南西風が吹き,潮候は上げ潮の末期にあたり,視界は良好で,日没は19時21分であった。
A受審人は,上方から台船のハウスに火花が落下するのを見たものの,その理由がわからず,送電線に衝突したことに気付かないで進行し,内港船だまりに到着し,スパッドを入れて停泊したのち,ブームが立っているのを見て再度海図第1117号により西方水路付近の状況を調査したところ,送電線が同水路の上方に架かっていることを初めて知り,ブームと送電線との衝突を認め,事後の措置にあたった。
その結果,山陽丸押船列は,ブーム用ガイケーブルに損傷を生じ,送電線4本を切断して送電線用鉄塔周辺の事業所が停電し,工場での操業と公益施設の運営停止を余儀なくされたが,のちいずれも修理された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,夜航海も,西方水路を通った経験もなかったこと
2 A受審人が,水深や灯浮標の設置状況などの確認に気を奪われ,水路調査を十分に行わなかったこと
3 回航の作業手順を遵守しなかったこと
4 日没後の薄明時にできるだけ回航を済ませるつもりで急いでいたこと
(原因の考察)
本件は,備付けの海図第1117号によって水路調査を十分に行っていれば,送電線の存在を知ってブームを倒して格納し,送電線に衝突することはなく,また,回航の作業手順を遵守し,ブームを倒して格納していれば,送電線に衝突することはなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,水路調査を十分に行わなかったこと及び回航の作業手順を遵守しなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人が,回航の作業手順を遵守しなかったことは,本件発生の原因となる。
日没後の薄明時にできるだけ回航を済ませるつもりで急いでいたこと及びA受審人が,夜航海も,西方水路を通った経験もなかったことは,本件発生に至る過程において関与した事実であるが,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件送電線衝突は,夜間,広島県尾道糸崎港第6区において,糸崎岸壁から狭い西方水路を通って内港船だまりに移動する際,水路調査を十分に行わなかったばかりか,回航の作業手順を遵守せず,ブームを立てたまま,同水路上に架けられた送電線に向け進行したことによって発生したものである。
船団長が,夜間,広島県尾道糸崎港第6区において,糸崎岸壁から狭い西方水路を通って内港船だまりに移動する際,回航の作業手順を遵守せず,ブームを倒して格納しなかったことは,本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
1 懲戒
A受審人は,夜間,広島県尾道糸崎港第6区において,糸崎岸壁から狭い西方水路を通って内港船だまりに移動する場合,それまで夜航海も,狭い西方水路を通った経験もなかったのだから,拡大鏡を利用して備付けの海図第1117号を精査するなど,水路調査を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同受審人は,同海図を見たものの,水深や灯浮標の設置状況などの確認に気を奪われ,水路調査を十分に行わなかった職務上の過失により,送電線用鉄塔や送電線の記載を見落とし,それらの存在に気付かず,ブームを立てたまま進行して送電線との衝突を招き,ブーム用ガイケーブルに損傷を生じさせ,送電線4本を切断して送電線用鉄塔周辺の事業所が停電するなどの事態を招くに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
2 勧告
B指定海難関係人が,夜間,広島県尾道糸崎港第6区において,糸崎岸壁から狭い西方水路を通って内港船だまりに移動する際,回航の作業手順を遵守せず,ブームを倒して格納しなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,勧告しないが,台船の出港及び回航に際しては,入出港回航時確認項目一覧表等により,ブームの格納及び固定を確認するなど,常時作業手順を遵守して作業にあたり,安全運航に努めなければならない。
よって主文のとおり裁決する。
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