(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年12月8日14時40分
室戸岬南東方沖合
(北緯33度13.9分 東経134度12.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船海福丸 |
漁船菊栄丸 |
総トン数 |
199トン |
9.69トン |
全長 |
59.87メートル |
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登録長 |
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11.98メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
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漁船法馬力数 |
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120 |
(2)設備及び性能等
ア 海福丸
海福丸は,平成3年9月に進水した船尾船橋型の貨物船で,主に岡山県水島港において鋼材を積載し,瀬戸内海各港,名古屋港及び千葉港などで揚げる航海に従事していた。
操舵室前面窓から船首端に至る距離は49.9メートルで,操舵室内には,前面窓に接して幅約3.8メートル奥行き約50センチメートル(以下「センチ」という。)高さ約90センチの操船用コンソールデスク(以下「コンソールデスク」という。)が設置されており,上面中央に操舵用コンパスが組み込まれ,その左舷側には主及び従レーダーが,右舷側には主機遠隔操縦盤等がそれぞれ装備されていた。そして,操舵室前面窓下部囲壁の高さとコンソールデスクの高さとがほぼ同じであった。
また,コンソールデスク後面の中央部には操舵輪が設置されており,その最大舵角は70度であるが,通常の航海中に使用可能な最大舵角は50度とされていた。
イ 菊栄丸
菊栄丸は,昭和56年3月に進水したFRP製小型漁船で,高知県室戸岬港内の室戸岬漁港を基地として室戸岬沖合における深海一本釣り漁などに従事していた。
操舵室は,船体中央部わずか後方に設けられており,同室内には操舵輪,主機遠隔操縦装置,レーダー,GPSプロッター及びモーターサイレンのスイッチなどが設置されていたが,操舵輪と主機遠隔操縦ハンドルは,操舵室後部囲壁外側にも設置され,操舵室後部においての操船も可能であった。
3 事実の経過
海福丸は,A受審人及び機関長Cが乗り組み,空倉のまま,船首1.8メートル船尾2.6メートルの喫水をもって,平成15年12月8日10時50分高知港第3ふ頭を発し,水島港に向かった。
発航操船は,D社代表取締役で四級海技士(航海)の海技免許を受有し,船長経験もあるC機関長が行い,11時30分高知港南防波堤入口付近においてA受審人と船橋当直を交替した。
14時25分A受審人は,室戸岬灯台から210度(真方位,以下同じ。)1.5海里の地点を通過したとき,前方2海里ばかりに漂泊している2隻の漁船を認めたので,その後小刻みに2回に分けて左に転針してこれらをかわし,14時35分同灯台から149度2.0海里の地点に達したとき,針路を四国南東岸に沿う035度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけて11.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
定針時A受審人は,周囲を見渡したものの,右舷前方1.2海里ばかりを航行する白色塗装の菊栄丸を白波に紛れて見落とし,右舷前方には他船はいないものと思い,また,同航船や反航船も見あたらなかったことから安心し,立ったまま上体をコンソールデスクにもたせかけて同デスク上に両肘を突き,両手のひらにあごを乗せて顔を動かさないで前方の見張りに当たった。
14時37分A受審人は,室戸岬灯台から138度1.9海里の地点に達したとき,右舷船首31度1,350メートルに菊栄丸を視認でき,その後同船が前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近したが,依然右舷前方の見張りを十分に行なっていなかったので,菊栄丸に気づかず,その進路を避けることなく続航した。
14時40分少し前A受審人は,ふと右方に目をやり,近くに迫った菊栄丸を初めて認め,左舵一杯をとったが効なく,14時40分室戸岬灯台から120度1.8海里の地点において,海福丸は,原針路,原速力のまま,その船首が,菊栄丸の左舷中央部に前方から85度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で,風力5の北西風が吹き,視界は良好であった。
また,菊栄丸は,B受審人が1人で乗り組み,深海一本釣り漁の目的で,船首0.3メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,同日03時00分室戸岬漁港を発し,07時00分ごろ室戸岬南東方20海里ばかりの漁場に至って操業に従事したのち,金目鯛約100キログラムを漁獲して12時00分帰途に就いた。
14時20分B受審人は,室戸岬灯台から120度4.3海里の地点に達したとき,陸岸に近づいたので,見張りが十分にできない操舵室内から同室後部囲壁外側の,操舵輪と主機遠隔操縦ハンドルが設けられている場所に移動し,針路を同灯台に向首する300度に定め,機関回転数を毎分1,300の半速力前進とし,7.5ノットの速力で手動操舵により進行した。
定針後B受審人は,操舵輪の後部に設けたいすに腰掛け,操舵室屋根越しに前方の見張りに当たったが,眼前40センチばかりに設けられている風防に,前方からの波しぶきがかかるうえ,左方からの太陽光及び海面に反射した光が眩しかったことから,左方の見張りが困難な状態で続航した。
14時37分B受審人は,室戸岬灯台から120度2.2海里の地点に達したとき,左舷船首54度1,350メートルのところに海福丸を視認でき,その後同船が前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近したが,手をかざすなどして太陽光及びその海面反射光の眩しさを防ぐ手段をとらず,同方向への見張りを十分に行わなかったので,海福丸の存在に気づかないまま進行した。
こうして,B受審人は,しぶきがかかる風防を通して針路目標とした室戸岬灯台を見ながら続航し,14時39分海福丸が,自船の進路を避ける気配を見せないまま,ほぼ同方位500メートルに接近したが,依然として気づかず,同船に対して警告信号を行わず,更に間近に接近しても機関を使用して行きあしを止めるなど,衝突を避けるための協力動作をとることもなく,原針路,原速力で進行中,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,海福丸は船首材に擦過傷が生じただけであったが,菊栄丸は左舷中央部外板に破口を生じて沈没し,のち引き上げられたものの廃船処分にされた。また,B受審人は,右肩等に打撲傷を負った。
(航法の適用)
本件は,港則法及び海上交通安全法の適用外である室戸岬南東方沖合において,紀伊水道方向に向けて北東進する海福丸と室戸岬に向けて北西進する菊栄丸の両船が,互いに進路を横切る態勢で衝突したもので,海上衝突予防法第15,16及び17条の航法を適用することになる。
(本件発生に至る事由)
1 海福丸
(1)室戸岬沖合において定針予定海域に接近中,前路に漂泊中の2隻の漁船以外認めておらず,定針後も反航船や同航船を認めていなかったこと
(2)海面に白波が立ち白色塗装の小型漁船が紛れ易い状態であったこと
(3)定針後コンソールデスクに上体をもたせかけて同デスク上に両肘を突き,両手のひらにあごを乗せて顔を動かさないまま,右舷前方に対する見張りを十分に行わなかったこと
(4)前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する菊栄丸の進路を避けなかったこと
2 菊栄丸
(1)太陽光などで,左方の見張りが困難な状態であったこと
(2)サングラスを備えていなかったこと
(3)左方を一瞥しただけで,その後同方向の見張りを十分に行わなかったこと
(4)警告信号を行わなかったこと
(5)衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
(原因の考察)
海福丸が,室戸岬沖合において,北東進中,右方の見張りを十分に行っておれば,右舷前方に,方位が明確に変わらず衝突のおそれがある態勢で接近する菊栄丸を視認でき,速やかに右転するなどしてその進路を避ける措置をとることができた。
したがって,A受審人が,コンソールデスクに上体をもたせかけて,その上面に両肘を突き,両手のひらであごを支えた姿勢で顔を動かさないまま,右方の見張りを十分に行わず,菊栄丸の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,定針直後に周囲を見渡したものの,白波に紛れた白色塗装の菊栄丸を見落としたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,その後右方の見張りを十分に行っておれば,菊栄丸を視認することが可能であったから,本件発生の原因とならない。しかしながら,荒天時においては,往々にして白波に紛れた白色塗装の小型船を見落とすことがあるので,このような海面状態のときは,海難防止上特に見張りを厳重に行わなければならない。
一方,菊栄丸が,室戸岬沖合において,北西進中,左方の見張りを十分に行っておれば,自船の前路を右方に横切り,衝突のおそれがある態勢で接近する海福丸を視認でき,同船が避航の気配を見せないまま接近するときは,直ちに警告信号を吹鳴し,更に間近に接近したときは,機関を使用して行きあしを止めるなど,衝突を避けるための協力動作をとることが可能であり,これらの措置がとられておれば,本件発生に至らなかった。
したがって,B受審人が,太陽光及びその海面反射が眩しく,見張りが困難な状態の左方を一瞥しただけで,接近する他船はいないものと思い,左方の見張りを十分に行わず,警告信号及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
当時太陽の高度が約22度で,太陽光の海面反射の輝度値が最大になるとされる高度20度に近く,更に太陽の方位が菊栄丸の左舷船首80度方向にあり,左舷船首約54度方向を航行している海福丸を,太陽光及びその海面反射が眩しくて見落とし易い状況であったが,菊栄丸にはサングラスを装備していなかったとはいえ,手をかざすなどして左方の見張りを厳重に行うことが可能であった。今後,海難防止のためには,このような場合に備えてサングラスを装備し,また,太陽の光で眩しい状態のときは,その方向に他船が存在することを想定して厳重な見張りが行われるべきである。
(海難の原因)
本件衝突は,室戸岬南東方沖合において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中,海福丸が,見張り不十分で,前路を左方に横切る菊栄丸の進路を避けなかったことによって発生したが,菊栄丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,室戸岬南東方沖合を紀伊水道に向けて北東進する場合,時化模様で海上に白波が立っていたから,小型漁船等を見落とすことがないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,定針時に周囲を見渡し,右舷後方にかわった漂泊中の2隻の漁船以外に他船はいないものと思い,操舵室内コンソールデスク上に両肘を突き,両手のひらにあごを乗せた状態で,顔を前方に向けたまま動かさず,右方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,右舷前方から接近する菊栄丸に気づかず,その進路を避けることなく進行して衝突を招き,自船の船首部に擦過傷を,菊栄丸の左舷中央部外板に破口をそれぞれ生じさせ,同船を沈没に至らせしめ,B受審人に右肩打撲などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B受審人は,室戸岬南東方沖合漁場から,同岬に向けて北西進する場合,左方からの太陽光及びその海面反射光で同方向の見張りが困難な状況であったから,左舷前方から接近する海福丸を見落とすことがないよう,太陽に手をかざすなどして左方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,左方を一瞥しただけで接近する他船はいないものと思い,左方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,衝突のおそれがある態勢で接近する海福丸に気づかず,警告信号を行うことも,衝突を避けるための協力動作をとることもなく進行して衝突を招き,前示の事態を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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