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平成16年横審第102号
件名

貨物船サンドラアズル貨物船ヨルゲンロウリッツェン衝突事件
第二審請求者〔補佐人c〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年7月15日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(黒岩 貢,岩渕三穂,小寺俊秋)

理事官
供田仁男

受審人
A 職名:サンドラアズル水先人 水先免許:横須賀水先区
補佐人
a,b
指定海難関係人
B 職名:サンドラアズル船長
受審人
C 職名:ヨルゲンロウリッツェン水先人 水先免許:横須賀水先区
補佐人
c
指定海難関係人
D 職名 ヨルゲンロウリッツェン船長

損害
サンドラアズル・・・右舷側中央部に凹損
ヨルゲンロウリッツェン・・・右舷船首部に凹損

原因
ヨルゲンロウリッツェン・・・見張り不十分,船員の常務(増速して新たな衝突のおそれを生じさせたこと,衝突回避措置)不遵守(主因)
サンドラアズル・・・船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,ヨルゲンロウリッツェンが,見張り不十分で,サンドラアズルに対し,増速して新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,サンドラアズルが,衝突を避けるための措置が遅れたことも一因をなすものである。
 受審人Cの横須賀水先区水先の業務を1箇月停止する。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年6月23日23時12分
 京浜港横浜区
 (北緯35度26.4分 東経139度44.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船サンドラアズル
総トン数 60,117トン
全長 299.95メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 43,620キロワット
船種船名 貨物船ヨルゲンロウリッツェン
総トン数 14,406トン
全長 164.33メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 11,431キロワット
(2)設備及び性能等
ア サンドラアズル
 サンドラアズル(以下「サ号」という。)は,1994年に建造されたバウスラスター付き船尾船橋型貨物船で,船首端から船橋までの距離が約225メートルであった。バラストコンディションにおける機関回転数毎分96の航海速力状態の旋回性能は,舵角35度で右転したときの最大縦距が972メートル,最大横距が1,249メートルで,左転したときの最大縦距が974メートル,最大横距が1,083メートルであった。また,同状態でのクラッシュストップアスターンテストでは,速力0ノットまで7分29秒を要し,進出距離は2,924メートルとなっていた。
 船橋前部中央の操舵スタンドから右舷側にかけて,汽笛レバー,リピータコンパス,ドップラーソナー,VHF,衝突予防援助装置(以下「アルパ」という。)付きレーダー2台等が,同左舷側にかけて,VHF,テレグラフ等が備わったコントロールスタンドがそれぞれ設置されていた。また,船橋中央部天井には,テレグラフ表示灯が,船橋前端中央上部には舵角指示器,機関回転数表示計,速力計等が設置されていた。
イ ヨルゲンロウリッツェン
 ヨルゲンロウリッツェン(以下「ヨ号」という。)は,1991年に建造された可変ピッチプロペラ,バウ及びスターンスラスターを装備した船尾船橋型貨物船で,船首端から船橋までの距離が約143メートルであった。バラストコンディションにおける機関回転数毎分119の航海速力状態の旋回性能は,舵角35度で右舵一杯として,最大縦距530メートル,最大横距480メートルであった。また,同状態でのクラッシュストップアスターンテストでは,速力0ノットまで3分40秒を要し,進出距離は1,075メートルとなっていた。
 船橋は,両舷端までを室内とした横長の構造で,前方に台形状に突き出した中央部分が,椅子の備わったコックピット状の操縦席となっており,その中心となる主操縦コンソールには,片手を上から被せて操作する半球状のレバー式操舵用ホイール,自動操舵装置,バウ及びスターンスラスター操作レバー,可変ピッチプロペラ操作レバー,操船情報データモニターなどが組み込まれ,両脇にそれぞれアルパ付きレーダーが設置されていた。右舷側レーダーの脇にはVHF,電子海図,海図台が,左舷側レーダーの脇にはVHF,機関監視装置がそれぞれ置かれ,操縦席の椅子に腰をかけた姿勢で船体の制御や外部との連絡が可能な構造となっていた。
 船橋の両舷端には,主操縦コンソールと同様の操舵用ホイール,スラスター及び機関操作のためのジョイスティック操作レバー,VHF等が備わった離岸操船のためのコントロールスタンドが設けられていた。
 主操縦コンソールと両舷端のコントロールスタンドの各天井には,舵角指示器,速力計,機関毎分回転数等を表示する計器類が取り付けられていた。船橋中央部には横長の台が置かれ,GPS,ドップラーソナー等の計器のほか,操船情報データモニターに表示されるプロペラピッチの指令,実際のピッチ角,船首方位,速力,GPSによる船位を数秒から数十秒単位で記録するロガーが設置されていたが,当時,ロガーの時刻は1分40秒遅れで印字されていた。
 そして,船橋内にはシャドウピンの備わったリピータコンパスはなく,船首方位は操船情報データモニターや右舷側レーダー脇のVHF上方に設置されたデジタル方式の船首方位表示計に表示されるようになっていた。したがって,他船の方位変化の観測は,見通し線による目視やアルパ等のレーダー監視によって行われていた。
 また,船橋内部の電子機器類の保護のため,外側に通じる窓,ドアはすべて閉鎖しており,他船の汽笛等,外部音聴取用のスピーカーが備えられていたが,本件当時,そのスイッチはオフの状態となっていた。

3 E水先人会のトランシーバー使用基準
 E水先人会では,同会水先人にVHF17チャンネルのトランシーバーを貸与し,同会水先人の乗る船舶同士が,横切り関係等が発生するおそれのあるときなど,当該船に対し注意を喚起するため,水先人名,行き先,経由する航路名等を含めて自らが乗る船舶の動静をトランシーバーで放送する自己放送と称する取り決めがなされており,中ノ瀬航路を経由する北航船は,中ノ瀬航路を出る前に,離岸後,浦賀水道航路に向かう南航船は,離岸時,及び東京湾水先区水先人(以下「港内水先人」という。)との交代時にそれぞれ自己放送を行うことになっていた。

4 本件発生海域
 港内水先人乗船予定地点(以下「水先交代地点」という。)は,鶴見航路沖合の港界付近となるが,その東側は,京浜港東京区等と浦賀水道航路を行き来する北航船,南航船の航路筋に当たり,中ノ瀬航路を出て同交代地点に向かう船舶は,航路筋を低速力で横断することとなり,他船と横切りの見合い関係が生じ易く,とりわけ,巨大船であれば,操縦性能が制限された状態となるため,他船への対応が難しい状況となった。
 また,前示港界に沿って数箇所の大型タンカー用の錨地が設定されており,本件当時,数隻の錨泊船が存在した。

5 事実の経過
 サ号は,B指定海難関係人ほか23人が乗り組み,コンテナ1,406個約24,000トンを積載し,船首9.36メートル船尾10.60メートルの喫水をもって,2004年6月22日大韓民国釜山港を発し,京浜港横浜区に向かった。
 23日21時30分B指定海難関係人は,浦賀水道航路南側の水先人乗船地点でA受審人を乗船させ,以後三等航海士を船橋指揮の補佐に,操舵手を手動操舵にそれぞれ就け,所定の灯火のほか,巨大船の灯火を掲げて同受審人嚮導(きょうどう)のもと,進路警戒船先導で浦賀水道航路,中ノ瀬航路を北上して水先交代地点に向け航行した。
 22時35分ごろA受審人は,中ノ瀬航路第5号及び第6号灯浮標を通過したとき,E水先人会の内規に従い,自己放送を行って他船に注意喚起したが,このころ,サ号に乗る港内水先人が,東扇島岸壁を出港するヨ号の離岸作業に当たるタグボートに乗って来船するとの情報を得たことから,レーダーにより同岸壁方向を監視し,離岸直後のヨ号と先行するタグボートを確認した。
 22時42分A受審人は,中ノ瀬航路第7号及び8号灯浮標を航過して大きく左転するとともに居住区周りの通路灯を点灯し,そのころ右舷船首方に認めた3隻の南航船と見合い関係になるおそれがあったため,水先交代地点への到着時間調整を兼ねて機関を約7ノットに減速し,鶴見航路第2号灯浮標を船首目標として航行した。
 A受審人は,前示3隻の南航船を替わすため機関を停止,ときには後進にかけながら航行を続け,23時02分ヨ号の港内水先人が下船したとの情報を得た際,同船に乗船している水先人の自己放送を聞かなかったことから,トランシーバーによりヨ号の船名で何度か呼びかけていたところ,他船からC受審人が乗船との連絡を受け,同人の名前で呼びかけたが,依然,応答がなかった。
 A受審人は,アルパにより扇島水路中央付近を航行中のヨ号の針路変化を見ていたところ,そのベクトルが東京湾中ノ瀬D灯浮標(以下,中ノ瀬航路の灯浮標名については,「東京湾中ノ瀬」を省略する。)に向首しており,同船の緑灯も確認したため,同船がサ号後方を替わすものと判断し,その後衝突のおそれが生じていた南航船に注意しながら航行したので,間もなくヨ号が右転を開始し,増速を開始したことに気付かなかった。
 23時05分A受審人は,横浜大黒防波堤東灯台(以下「防波堤東灯台」という。)から124度(真方位,以下同じ。)2.5海里の地点に達したとき,針路をほぼ鶴見航路第2号灯浮標に向首する303度に定め,南航船避航のため機関を種々使用しながら平均5.3ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
 この結果,サ号は,ほぼB灯浮標に向首したヨ号と針路が交差するようになったが,同船がまだ低速力であったため,同船を船尾方に無難に替わす態勢にあった。
 23時07分半A受審人は,防波堤東灯台から124度2.25海里の地点に至ったとき,右舷船首61度1.24海里となったヨ号の速力が11.6ノットに達して新たな衝突のおそれが生じ,その後明確な方位変化のないまま衝突のおそれのある態勢で接近したが,南航船を気にしていてこの状況に気付かず,23時08分半南航船3隻を替わし終え,ふと右舷方を見たとき,ヨ号の白,白,紅3灯を右舷船首62度1,800メートルに視認し,同船が衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めた。
 A受審人は,ヨ号に水先人が乗船していることやサ号の操縦性能が著しく低下していることなどからヨ号の避航を期待し,汽笛を何度か吹鳴したものの,機関を停止するなどの衝突を避けるための措置をとることなく,A受審人と同じころ同船の接近を認めたB指定海難関係人も,A受審人に対し,直ちに機関を停止するなどの指示をしなかった。
 A受審人は,トランシーバー及びVHF16チャンネルでもC受審人を何度も呼び出し,B指定海難関係人は昼間信号灯を点滅してヨ号に避航を促すなどしたが,いずれにも反応がないまま続航中,23時10分防波堤東灯台から124.5度2.0海里の地点に至ったとき,アルパに表示される同船の速力が14ないし15ノットに達し,そのベクトルがサ号の船首方約0.3海里に向いているように見えたことから,ヨ号がサ号の船首方を横切るものと判断し,機関全速後進とした。
 23時11分少し前A受審人は,ようやく後進がかかり始めた直後,ヨ号が左転を始めたことを認めたが,どうすることもできず,23時12分防波堤東灯台から124度1.85海里の地点において,サ号は,310度を向首し,ほぼ停止したその右舷中央部にヨ号の船首が前方から40度の角度で衝突した。
 当時,天候は曇で風力3の南南西風が吹き,潮候は下げ潮の中央期であった。
 また,ヨ号は,D指定海難関係人ほか14人が乗り組み,自動車など946トンを積載し,C受審人及び港内水先人を乗せ,同人の嚮導のもと,船首5.5メートル船尾6.6メートルの喫水をもって,同日22時35分京浜港川崎区東扇島第7号岸壁を発し,所定の灯火を掲げてペルー共和国マタラニに向かった。
 ところで,D指定海難関係人は,出港時,船橋に自分のほか機関状態確認のための機関長しか配置せず,自ら単独で操舵,見張り,機関制御に当たる体制としていた。
 一方,C受審人は,出港の約1時間前に乗船していたが,舵角指示器,機関回転計,船首方位表示計,速力計等の操船時監視すべき計器類がどこにあるか確認することも,D指定海難関係人に同計器類の掲示場所を聞くこともしなかったため,操船に必要な情報について一切分からず,自分の指示が正確に伝わっているか,また,それが実施されているかを確認できない状況でヨ号を嚮導することとなった。
 さらに,C受審人は,離岸時,E水先人会の内規に従い,自らが所有するトランシーバーによる自己放送を行ったものの,その放送がA受審人やタグボート等が所有する他の同一周波数のトランシーバーで受信されておらず,また,このころ行われたA受審人の自己放送も受信できないなど,トランシーバーが通信不能の状態となっていたが,このことに気付いていなかった。
 こうしてヨ号は,港内水先人の嚮導の下,D指定海難関係人の右舷側コントロールスタンドのジョイスティック操作により離岸し,その後主操縦コンソールの後方に移動した同人の操舵ホイール,機関制御装置等を使った操縦により,東扇島防波堤内側の水路を出て扇島水路を南東進し,23時02分JFEスチール扇島第3号灯浮標(以下,扇島水路の灯浮標名については,「JFEスチール」を省略する。)及び同第1号灯浮標の中間付近で,港内水先人がサ号の存在を知らせないまま下船し,C受審人がヨ号の嚮導を開始した。
 港内水先人から160度の針路,約6ノットの速力で引き継いだC受審人は,VHFにより東京マーチスに浦賀水道航路入航予定時刻を連絡し,トランシーバーが通信不能であることを知らないまま自己放送を行った。
 このころC受審人及びD指定海難関係人は,右舷船首20度2海里付近に所定の灯火及び巨大船の灯火を掲げ,居住区周りの通路灯を点灯して水先交代地点に向け低速力で航行するサ号を認めることができる状況であったが,視界が良く,遠方の灯りと船舶の灯火との区別がつき難かったことや,両人ともレーダー監視をしていなかったこともあってサ号の存在に気付かず,C受審人は,関係する他船はいないものと判断し,間もなく小舵角による右転を開始するとともに,速力を12ノットまで上げるようD指定海難関係人に指示した。
 このときD指定海難関係人は,機関制御ハンドルを12ノットの位置まで操作したつもりであったが,14ないし15ノットの位置まで上げたことに気付かなかった。
 23時05分C受審人は,防波堤東灯台から081度2.1海里の地点に達し,扇島第1号灯浮標を右舷側100メートルに並航したとき,針路を左舷船首3度にB灯浮標を見る200度に定め,6.6ノットとなった速力で進行した。
 この結果,ヨ号は,サ号と針路が交差するようになったが,まだ低速力であったことから,サ号の船尾方を無難に替わる態勢であった。
 23時07分半C受審人は,防波堤東灯台から091度1.95海里の地点に至ったとき,ヨ号の速力が11.6ノットに達したため,左舷船首16度1.24海里となったサ号と新たな衝突のおそれが生じ,その後明確な方位変化のないまま衝突のおそれのある態勢で接近する状況となったが,依然,関係する他船はいないものと思い,見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かなかった。
 23時08分半C受審人は,防波堤東灯台から097度1.9海里の地点に達したとき,左舷船首15度1,800メートルにサ号の通路灯,航海灯などの灯火を初めて認め,同船の船影や低速力で航行している様子から水先交代地点に向かう大型コンテナ船と分かり,その方位がわずかに右方に変わっていたものの,衝突のおそれがあったので避航動作をとることとし,同時09分D指定海難関係人に対し左舵一杯を令したが,このころサ号が行っていた汽笛の連吹及び昼間信号灯の点滅にも,A受審人のVHFによる呼び出しにも気付かず,速力は14.6ノットに達していた。
 一方,D指定海難関係人は,C受審人と同じころサ号を初認したが,その時点で衝突のおそれを感じ,気付かないうちに操舵ホイールを操作したものか,きわめて小舵角の右舵をとった状態となり,ヨ号はわずかずつ右転を始めていた。
 そしてD指定海難関係人は,間もなく受けたC受審人からの左舵一杯の転舵指示に対し,1972年海上における衝突の予防のための国際規則15条及び17条の横切り船の航法を思い起こして疑問を感じたが,C受審人にその意図を確認せず,左舵をとることを躊躇(ちゅうちょ)したまま続航した。
 C受審人は,しばらく待っても一向に舵効が現れないことから,23時09分半D指定海難関係人に左舵をとったか確かめたものの,同人の「イエス」との曖昧(あいまい)な返答に対し舵効が現れないことを追求することも,舵角指示器で確認することもせず,ヨ号は,衝突を避けるための措置をとらないまま進行した。
 そして,C受審人は,ますます接近するサ号を見て急速に不安が募り,23時10分船首方位が209度となり,サ号が左舷船首23度1,100メートルとなったとき,いまだ左転が始まらないことに舵の故障を疑ってクラッシュアスターンを令し,間もなくプロペラピッチが下がり始めた。
 23時10分半C受審人は,すでに左回頭ではサ号を避けることができない状況となっていたが,混乱状態に陥っていたため船間距離も確認しないまま再度左舵一杯を令したところ,23時11分少し前左転を始め,間もなくプロペラピッチがマイナス方向となって機関後進がかかり始めたが効なく,ヨ号は,170度を向首し,約10ノットの速力となったとき,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,サ号は,右舷側中央部に凹損を,ヨ号は右舷船首部に凹損をそれぞれ生じたが,のちいずれも修理された。

(航法の適用)
 本件は,中ノ瀬航路を出て水先交代地点に向け北西進中のサ号と,扇島水路を出て同港内を浦賀水道に向け南西進中のヨ号とが衝突したものであり,港則法あるいは海上交通安全法の適用が考えられるが,両法には該当する規定がないため,海上衝突予防法が適用される。
 また,両船の針路から海上衝突予防法第15条横切り船の航法が考えられるが,巨大船であるサ号は低速力のため操船が著しく制限された状況にあったうえ,当初,低速力でサ号の後方を無難に航過する態勢であったヨ号が,23時07分半速力が11.6ノットとなったことで新たな衝突のおそれが生じたもので,該当する航法はなく,同予防法第38条,第39条の船員の常務により律するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 サ号
(1)A受審人及びB指定海難関係人が,扇島水路を南東進するヨ号を認めた後,しばらく同船から目を離したこと
(2)B指定海難関係人が,衝突のおそれのある態勢で接近するヨ号を認めた際,A受審人に対し,直ちに衝突を避けるための措置をとるよう指示しなかったこと
(3)A受審人が,衝突のおそれのある態勢で接近するヨ号を認めた際,直ちに衝突を避けるための措置をとらなかったこと

2 ヨ号
(1)C受審人が,機関回転計,速力計,舵角指示器,船首方位表示器等の操船上必要な計器類の取り付け場所が分からないまま嚮導に当たったこと
(2)ヨ号の船橋人員配置が,船長単独で操舵,機関制御等を行う体制であったこと
(3)C受審人のトランシーバーが送受信とも不調であったこと<
(4)港内水先人が,水先交代地点に向かっているサ号の存在をC受審人に引き継がなかったこと
(5)C受審人の12ノットの指示に対し,D指定海難関係人が機関制御ハンドルを14ないし15ノットの位置まで操作したこと
(6)C受審人及びD指定海難関係人が,見張り不十分で,サ号に気付かず,増速して新たな衝突のおそれを生じさせたこと
(7)D指定海難関係人によりきわめて小舵角の右舵がとられ,ヨ号はわずかずつ右転したこと
(8)C受審人が,左舵一杯の指示をした際,自らの指示が実行されているか舵角指示器等で確認しなかったこと
(9)D指定海難関係人がC受審人の左舵一杯の指示に疑問を持った際,同受審人に確認せず,転舵を躊躇したまま進行したこと
(10)C受審人が,サ号の間近になっても左転の指示を出していたこと

(原因の考察)
 サ号が,早期にヨ号との衝突を避けるための措置をとっていれば,衝突は未然に防げたものと認められる。
 したがって,A受審人が,ヨ号が衝突のおそれのある態勢で接近していることを認めた際,直ちに衝突を避けるための措置をとらなかったこと,そのときB指定海難関係人が,直ちに同措置をとるよう指示しなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人及びB指定海難関係人とも,扇島水路を南東進するヨ号の態勢からサ号の船尾方を通過すると判断し,しばらくの間ヨ号から目を離していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,同船の増速で新たな衝突のおそれが生じて間もなく,同船が衝突のおそれのある態勢で接近していることを認めているので,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 一方,ヨ号が見張りを十分に行っていたら,水先交代地点に向け低速力で進行するサ号を視認することができ,機関の増速を続けると衝突のおそれが生ずることも分かり,衝突を未然に防ぐことが出来たものと認められる。
 また,C受審人が,舵角指示器,船首方位表示器等を確認していたなら,D指定海難関係人が自らの転舵指示を躊躇していることに気付き,問いただすなどしてこれを実行させ,衝突を避けるための措置をとることが出来たものと認められる。
 一方,D指定海難関係人が,C受審人の転舵指示に疑問を持った際,同受審人に再度確認するなどして疑問を解決し,同指示を実行に移していたなら,衝突を避けるための措置がとられていたものと認められる。
 したがって,C受審人及びD指定海難関係人が見張りを十分に行わなかったこと,C受審人が,舵角指示器,船首方位指示器等の確認をしなかったこと,D指定海難関係人がC受審人の転舵指示を確認せず,転舵を躊躇したことは,いずれも本件発生の原因となる。
 出港時のヨ号の人員配置が,船長単独で操舵,機関制御等を行う体制であったこと,D指定海難関係人が速力制御ハンドルを14ないし15ノットの位置まで上げていたこと,小舵角の右舵がとられ,わずかずつ右転していたこと,C受審人がサ号との船間距離を確認しないまま左舵一杯を令したことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 港内水先人下船時,サ号の存在についての引き継ぎがなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,この引き継ぎが行われていたならば,C受審人がサ号を見落とすこともなく,本件の発生を防止できたものと思われ,海難防止の観点から是正されるべき事項であり,水先人交代時の引き継ぎ事項の見直しなど,E及びFの各水先人会間の協力体制の強化を切望する。
 C受審人のトランシーバーが送受信とも不調であったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,トランシーバーが正常に作動していたなら,衝突を避けることが出来た可能性もあり,海難防止の観点からは是正すべき事項である。本件後,E水先人会では,トランシーバーの総点検を実施し,VHFが2台備えられた船舶では,そのチャンネルを16及び17にしておくこと,トランシーバーで連絡が取れないときはVHF16チャンネルで連絡を取ること,などの改善策を打ち出している。

(主張に対する判断)
 本件衝突は,ヨ号船長であるD指定海難関係人がC受審人の指示に従わず,不適切な操船をしたことによって発生したとする主張があるので,これについて検討する。
 まず,速力については,C受審人の12ノットとの指示に対し,一時期14.6ノットに達していたのは明らかであるが,操船データを見てもスムースに増速しており,ある時点で意図的に増速させたとは思えず,最初に機関操縦ハンドルを操作した際,予定より高めの位置まで上げていたと見るのが自然である。
 次に,23時08分半からの右転は,C受審人も気付かない,2分間で10度程度の緩やかな回頭で,きわめて小舵角の右舵によるものである。D指定海難関係人の回答書によると,この時期,大きく右転すべきところ,右舷側には錨泊船がいてできなかったと述べ,何とか右への避航措置がとれないか迷った節もあり,意図的に小舵角の右舵をとったと考えられなくもないが,結果的に10度の転針であり,同指定海難関係人の誤操作と見ても差し支えない。
 また,C受審人の左舵一杯の指示が実行されなかった点については,D指定海難関係人が,サ号とヨ号の関係を横切り船の航法と見て,同受審人の指示に対し疑問を持つとともに同受審人の指示が理解できなかった節があり,その後の問いかけにも曖昧に答え,左舵を躊躇したものと認められる。
 しかしながら,C受審人が,舵角指示器,船首方位等を確認していれば衝突は避けられたものであり,本主張を採ることはできない。

(海難の原因)
 本件衝突は,夜間,京浜港横浜区鶴見航路沖合において,扇島水路を出て浦賀水道航路に向け航行中のヨ号が,見張り不十分で,水先交代地点に向け低速力で航行中のサ号に対し,増速して新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,サ号が,衝突を避けるための措置が遅れたことも一因をなすものである。
 ヨ号の運航が適切でなかったのは,船長が,見張り不十分で,増速して新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとる際,嚮導中の水先人の転舵指示に疑問を持ち,転舵を躊躇したまま進行したことと,水先人が,見張り不十分で,増速して新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとる際,自らの転舵指示が実行されているか舵角指示器等で確認しなかったこととによるものである。
 サ号の運航が適切でなかったのは,船長が,衝突のおそれのある態勢で接近するヨ号を認めた際,水先人に対し,速やかに機関を停止して減速するなどの衝突を避けるための措置をとるよう指示しなかったことと,水先人が,衝突のおそれのある態勢で接近するヨ号を認めた際,同措置が遅れたこととによるものである。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 C受審人は,夜間,京浜港内において,扇島水路から浦賀水道に向け航行するヨ号の嚮導に当たる場合,水先交代地点に向け航行するサ号を見落とさないよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,他船はいないものと思い,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,サ号に気付かず,同船に対し増速して新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるため転舵指示をした際,舵角指示器等により自らの指示が実行されているか確認しなかったため,ヨ号船長が転舵を躊躇していることに気付かず,衝突を避けるための措置をとらないまま進行してサ号との衝突を招き,ヨ号の船首部に凹損を,サ号の右舷中央部に凹損をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の横須賀水先区水先の業務を1箇月停止する。
 A受審人は,夜間,浦賀水道航路南口から水先交代地点までサ号を嚮導中,衝突のおそれのある態勢で接近するヨ号を認めた場合,直ちに機関を停止するなどの衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,ヨ号に水先人が乗船していることから,同船が操縦性能の著しく低下しているサ号を避航することを期待し,直ちに衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により,衝突を避けるための措置が遅れてヨ号との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

2 勧告
 D指定海難関係人が,見張り不十分で,増速して新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,水先人の転舵指示を聞いた際,転舵を躊躇したまま進行したことは,本件発生の原因となる。
 D指定海難関係人に対しては勧告しない。
 B指定海難関係人が,衝突のおそれのある態勢で接近するヨ号を認めた際,A受審人に対し,直ちに機関を停止するなどの衝突を避けるための措置をとるよう指示しなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図





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