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平成16年第二審第32号
件名

貨物船カレッジアスエース漁船フユエンユエフ38衝突事件
[原審・広島]

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成17年9月15日

審判庁区分
高等海難審判庁(上中拓治,平田照彦,山田豊三郎,竹内伸二,長谷川峯清)

理事官
雲林院信行,長浜義昭

受審人
A 職名:カレッジアスエース水先人 水先免許:内海水先区
補佐人
a
指定海難関係人
B 職名:フユエンユエフ38船長

第二審請求者
A受審人

損害
カレッジアスエース・・・球状船首部外板に凹損と擦過傷
フユエンユエフ38・・・左舷中央部外板に破口を伴う損傷

原因
フユエンユエフ38・・・海上交通安全法の航法不遵守

主文

 本件衝突は,南流時の来島海峡航路において,東行中のフユエンユエフ38が,水先人を乗船させず,同航路の交通方法についての理解が不十分で,大下島側に近寄って航行しなかったばかりか,西行中のカレッジアスエースの前路に進出したことによって発生したものである。
 指定海難関係人Bに対し勧告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年11月3日02時08分
 来島海峡航路西口
 (北緯34度09.5分 東経132度55.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船カレッジアスエース 漁船フユエンユエフ38
総トン数 56,439トン 608トン
全長 198.00メートル  
登録長   52.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 14,159キロワット 735キロワット
(2)設備及び性能等
ア カレッジアスエース
 カレッジアスエース(以下「カ号」という。)は,2003年3月に建造された船首船橋型の自動車専用船で,固定ピッチプロペラ及びバウスラスターを有し,船首端から船橋前面までの距離が18.2メートル,当時の喫水で船橋における眼高が29.5メートルであった。
 船橋には,主機遠隔操縦装置,操舵スタンド,ジャイロコンパス,レーダー2台,自動衝突予防援助装置,VHF無線電話,GPS及び電子海図装置が備えられ,本件当時はそれら全てが使用されていた。同船の操縦性能表によれば,満載状態において,港内全速力は11.4ノット,常用航海全速力は17.4ノットであり,港内全速力における左旋回時の縦距は600メートル,横距は255メートル,右旋回時の縦距は580メートル,横距は245メートルで,最短停止距離は1,075メートル,所要時間は5分00秒であった。
イ フユエンユエフ38
 フユエンユエフ38(以下「フ号」という。)は,1988年10月に建造された船尾船橋型の漁船で,船首と船橋との間に魚倉を有していた。
 船橋には,ジャイロコンパス,操舵スタンド及び主機遠隔操縦装置が組み込まれた航海コンソール,レーダー2台,GPS及びVHF無線電話が装備されており,当時,レーダー1台が故障していたが,ほかの機器は使用状態にあった。
 同船は,専ら活魚運搬に従事し,主として中華人民共和国と大韓民国間の航路に配船されており,日本へは鹿児島港に3回寄港したことがあったが,瀬戸内海に入域したことはなかった。

3 来島海峡航路の交通方法
 来島海峡は,安芸灘と燧灘を結ぶ瀬戸内海中部の海峡で,小島,馬島,中渡島,津島などの島々により西水道,中水道,東水道及び来島ノ瀬戸の4つの水道に分かれ,通航船にとっては可航幅が狭く屈曲し見通しが悪いうえ,潮流が強く複雑なことから,海上交通安全法により航路が設けられ,潮流の流向により通航すべき水道が変わる特殊な交通方法が採用されていた。潮流は南流と北流の2方向があり,通航船は順潮時には中水道を,逆潮時には西水道を航行すること,中水道を航行する場合はできる限り大島及び大下島側に近寄り,西水道を航行する場合はできる限り四国側に近寄ることなどが規定されていた。
 これに加えて,第六管区海上保安本部から航行安全指導が出されており,瀬戸内海を初めて航行する船長が乗船する外国船舶は水先人を乗船させること,及び,南流時には航路内において右舷対右舷になることから,航路に入航する際,航路入口から離れた広い水域において,十分に安全を確認の上,流向に応じた経路へ移行するべきことが求められていた。
 これらのことは,海上保安庁発行の「日本沿岸の安全航海のために」と題する日本語及び英語の冊子や,第六管区海上保安本部発行の「瀬戸内海安全通航ガイド」と題する日本語,英語,中国語及び韓国語版のパンフレットなどにより広く周知されていた。

4 事実の経過
 カ号は,インド人船長Cほかインド人船員4人及びフィリピン人船員16人が乗り組み,車両など5,618トンを積載し,船首8.40メートル船尾8.80メートルの喫水をもって,平成15年11月2日16時05分大阪港堺泉北区を発し,来島海峡を経由する予定で福岡県苅田港に向かった。
 A受審人は,17時45分兵庫県和田岬沖合で,交替で水先にあたるもう1人の内海水先人と一緒にカ号に乗船し,21時45分備讃瀬戸東航路航行中に昇橋し,来島海峡航路を通過し終えるまでの予定できょう導を開始し,所定の灯火を表示して瀬戸内海を西行した。
 翌3日01時30分A受審人は,来島海峡航路に入り,C船長,二等航海士及び甲板手1人が在橋するなか,船橋前面の中央で操船にあたり,当時の潮流が南流で逆潮にあたることから,海上交通安全法の交通方法に従って西水道を航行し,01時43分来島海峡第3大橋下を通過した。
 A受審人は,航路入航後,機関をスタンバイとして種々使用したために速力が低下し,01時48分半には対地速力が9.3ノットとなったので,機関を航海全速力に切り換えさせ,航路を出航するころには対水速力が16ノット程度になるよう回転数の調整を指示し,01時54分桴磯灯標から101度(真方位,以下同じ。)2.4海里の地点で,針路を302度に定めて手動操舵により進行した。
 02時04分A受審人は,桴磯灯標から040度1,600メートルの地点で,14.9ノットの対地速力(以下「速力」という。)となったとき,左舷船首30度2,450メートルのところに,フ号の白,白,緑3灯を初めて視認した。
 A受審人は,安芸灘から東行船が相次いで来航しているうえ,自船の前後に数隻の同航船があることから,来島海峡航路西口付近の船舶交通が輻輳(ふくそう)しているのを認めたが,東行船のなかのフ号が,海上交通安全法の交通方法に違反して四国側寄りの経路で同航路に入航したことに気付かなかった。
 02時05分A受審人は,桴磯灯標から023度1,600メートルの地点に達したとき,来島海峡航路第4号灯浮標を左舷側400メートルばかりに航過し,航路の屈曲に沿って左転する予定地点となったが,左舷前方600メートルばかりにいた同航船が左転を始めるのを待っていたことから,自船の左転開始が遅れ,航路帯の中央寄りの航行経路をとることとなった。
 02時05分半A受審人は,桴磯灯標から015度1,630メートルの地点に達したとき,前示の同航船が左転したのを見て,自船も左舵10度により左転を開始したところ,フ号が265度の新針路方向よりやや北側の位置にあり,四国側寄りにいるのを認めたが,同船の右舷灯が見えていたことから,海上交通安全法の交通方法に従って北上を続けるものと思い,同じ速力のまま左転を続けた。
 A受審人は,引き続きフ号の動静を監視しながら左転を続けたところ,02時06分少し過ぎ船首が269度を向いたとき,正船首方向950メートルに接近した同船が両舷灯を見せる態勢になったのを認めたことから,右転していることに気が付き,注意を喚起するために探照灯を照射するとともに,機関を港内全速力に落とし,更に微速力前進とした。
 また,C船長も,フ号の異常な動きに気付いて,汽笛により短音を連続吹鳴して警告信号を行った。
 02時06分半A受審人は,右舷側に替わったフ号の紅灯が見えるようになったことから,衝突の危険を感じ,機関全速力後進及び左舵一杯を発令した。
 カ号は,左回頭を続けながら次第に行きあしを減じたが,及ばず,02時08分桴磯灯標から343度1,450メートルの地点において,ほぼ11ノットの速力となり230度に向首したとき,その船首がフ号の左舷側中央部に後方から50度の角度で衝突した。
 当時,天候は曇で風力2の東風が吹き,来島海峡は南流の中央期にあたり,衝突地点付近には微弱な東流があった。
 また,フ号は,B指定海難関係人ほか12人の中国人船員が乗り組み,同年10月28日08時28分(現地標準時)中華人民共和国大連港を発し,途中,渤海湾で活フグ12.3トンを積載し,船首2.80メートル船尾4.20メートルの喫水をもって,神戸港に向かった。
 B指定海難関係人は,一等航海士及び二等航海士と3人で4時間交替の輪番制で船橋当直を行い,11月2日14時ころ関門海峡を通過し,来島海峡を経由して神戸港に向かうこととしたが,第六管区海上保安本部の航行安全指導により求められる水先人を乗せないで,瀬戸内海を東行した。
 翌3日00時15分B指定海難関係人は,安芸灘を航行中,来島海峡通峡の指揮を執るために昇橋し,所定の灯火を表示し,一等航海士と甲板手を見張りに,二等航海士を操舵に就け,ほとんど海図を見ないでGPSプロッターを見ながら東行し,01時51分桴磯灯標から266度1.7海里の地点で,針路を024度とし,機関を半速力前進に減じ,折からの潮流に乗じて6.8ノットの速力で,来島海峡航路西口に向けて進行した。
 01時57分B指定海難関係人は,桴磯灯標から290度2,700メートルの地点で,右舷船首78度3.3海里ばかりのところに,来島海峡航路を西行中のカ号の白,白,紅3灯を初めて視認した。
 B指定海難関係人は,01時58分航路西口まで1,000メートル余りとなったとき,航路の右側を航行するつもりで機関を微速力前進に落として右転を始め,右回頭しながら02時00分桴磯灯標から300度2,500メートルの地点に至り,ほぼ100度に向首して舵を戻したとき,船首方向に多数の反航船があったことから,左転を命じ,機関を全速力前進とした。
 B指定海難関係人は,左回頭しながら航路の入口に接近し,02時04分少し前桴磯灯標から310度1,950メートルの地点で,043度の針路及び9.3ノットの速力で航路に入ったが,同地点は航路の右側に当たり,海上交通安全法の交通方法に規定された大下島側に近寄っていなかった。
 まもなく,B指定海難関係人は,航路を斜航しながら北東方に進行中,自船に対するものと思われる来島海峡海上交通センターからのVHF無線電話の呼び掛けを聴取したが,英語も日本語も理解できなかったので応答できなかった。
 02時05分B指定海難関係人は,桴磯灯標から322度1,950メートルの地点で,カ号の紅灯を右舷船首46度1,800メートルに認めるようになったとき,同航路の交通方法を理解していなかったので,同船がまもなく左転して自船と右舷を対して無難に通過する態勢になることを予測できず,航路の右側に付こうとして右転を始めた。
 02時06分少し過ぎB指定海難関係人は,船首が089度を向いたとき,正船首方向950メートルに接近したカ号が両舷灯を見せる態勢に変わっているのを認め,同船が左転していることに気付いたが,そのまま航路の右側に付こうとして,転針を中止することなく,カ号の前路に進出する態勢で全速力のまま右転を続けた。
 B指定海難関係人は,衝突の直前にようやく機関を停止したが,及ばず,フ号は,180度に向首したとき,ほぼ原速力のまま,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,カ号は球状船首部外板に凹損と擦過傷を生じ,フ号は左舷中央部外板に破口を伴う損傷を生じた。

(航法の適用)
 本件衝突は,南流時の来島海峡航路において,西行中のカ号と東行中のフ号とが衝突したもので,以下適用される航法について検討する。
 来島海峡航路は海上交通安全法に定められた航路のひとつで,同法第20条及び第21条が適用され,海上衝突予防法第9条第1項が適用されないこと,順潮時には中水道,逆潮時には西水道を航行すべきこと,中水道を航行する場合はできるだけ大下島側に近寄り,西水道を航行する場合はできるだけ四国側に近寄るべきことが規定されている。本件時は南流時であったから,カ号は西水道,フ号は中水道を航行しなければならなかった。

(本件発生に至る事由)
1 カ号
(1)フ号が四国側に近寄って航路に入航したことを認識していなかったこと
(2)航路の屈曲部で中央寄りを航行したこと
(3)航路の四国側に寄っているフ号を認めた際,減速しなかったこと
(4)左舵一杯として左転を続けたこと

2 フ号
(1)瀬戸内海及び来島海峡を航行するのが初めてであったこと
(2)水先人を乗船させなかったこと
(3)海図をほとんど見ないでGPSプロッターを見て航行していたこと
(4)来島海峡航路の交通方法を理解していなかったこと
(5)四国側に近寄って航路に入ったこと
(6)英語も日本語も理解できなかったこと
(7)カ号の前路に進出したこと

3 その他
(1)当時の来島海峡の潮流が南流で,東行船と西行船が航路を右舷対右舷で通航しなければならなかったこと
(2)衝突地点付近の船舶交通が輻輳していたこと

(原因の考察)
 本件は,南流時の来島海峡航路において,西行中のカ号が,海上交通安全法の規定に従って同航路の四国側寄りを航行中,航路の屈曲部で左転を開始した際,東行中のフ号が,大下島側寄りを航行すべきところ,四国側に近寄って航路に入航し,右転に続いて左転するなど針路が定まらない状態で航行したうえ,カ号と至近距離になったところで突然大きく右転して衝突に至ったもので,カ号としては,警告信号を吹鳴して機関を停止する以外にとり得る手段がなかったから,同船の行動は原因とならない。
 A受審人が,フ号が四国側に近寄って航路に入航したことを認識していなかったことは,衝突に至る過程で関与した事実であるが,その時点では,フ号が右舷灯を見せる態勢で北上しており,右方に替わっていたので,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,操船者は自船の前路にある船舶の動静を把握しておくことが望ましいという観点から,是正されるべき事項である。
 航路の屈曲部で中央寄りを航行したことは,中央寄りといっても航路の右側に出たわけではないので,本件発生の原因とするまでもない。
 A受審人が,航路の四国側に寄っているフ号を認めた際,減速しなかったことは,左転後,同船と右舷を対して無難に替わる態勢となることから,本件発生の原因とならない。また,左舵一杯として左転を続けたことは,右転すれば他の東行船の前路に進出する危険があり,左回頭を速めることが最善の動作と認められるので,本件発生の原因とならない。
 フ号が,大下島側に近寄って航路に入航していればカ号と危険な位置関係になることはなく,また,右転しなければその前路に進出することにはならないので,本件は発生していなかったと認められる。
 したがって,B指定海難関係人が,航路の四国側に近寄って航路に入ったこと,及び,カ号の至近距離で右転してその前路に進出したことは本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人が,そうした操船をするに至った理由は,瀬戸内海及び来島海峡航路の航行経験がなく,海上交通安全法に定められた同航路の交通方法を理解していなかったからであり,国際海上衝突予防規則第9条の狭い水道の航法に従って,航路の右側端に寄って航行しようとしたことによるものと推認される。第六管区海上保安本部の航行安全指導に従って水先人を乗船させていれば,本件は防止できたのである。
 B指定海難関係人が,海図をほとんど見ないでGPSプロッターを見て航行していたこと,及び,英語も日本語も理解できなかったことは,いずれも本件衝突に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,いずれも海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 仮に両船が航路に入ったのが北流時であれば,海上交通安全法の交通方法と国際海上衝突予防規則第9条の航法が一致し,左舷対左舷で通航したであろうから,本件は発生していなかったものと認められる。従って,当時が南流時で,東行船と西行船が右舷対右舷で通航しなければならなかったことは,国際規則と逆の航法が要求されることになるが,長い歴史を経てすでに定着している航法であることから,本件発生の原因とならない。
 衝突地点付近の船舶交通が輻輳していたことは,両船の操船に直接影響を及ぼした第三船があったとは認められないので,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件衝突は,夜間,南流時の来島海峡航路において,瀬戸内海を初めて航行する船長が乗船している外国船のフ号が,水先人を乗船させず,航路を東行するにあたり,同航路の交通方法についての理解が不十分で,大下島側に近寄って航行しなかったばかりか,西行中のカ号の前路に進出したことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。

2 勧告
 B指定海難関係人が,来島海峡航路を通航するに当たり,瀬戸内海を航行するのが初めてで,同航路の交通方法を理解していなかったにもかかわらず,海上保安庁第六管区海上保安本部の航行安全指導により求められる水先人を乗船させず,大下島側に近寄って航行しなかったばかりか,西行中のカ号の前路に進出したことは本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,海難審判法第4条第3項の規定により勧告する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成16年8月31日広審言渡
 本件衝突は,南流時の来島海峡航路において,東航するフユエンユエフ38が,できる限り大下島側に近寄って航行しなかったばかりか,同航路をこれに沿って航行しているカレッジアスエースの進路を避けなかったことによって発生したが,西航するカレッジアスエースが,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。


参考図





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