(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年7月5日20時10分
北海道シノダイ岬南西方沖合
(北緯42度27.4分 東経141度58.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船チン リ |
総トン数 |
1,997トン |
全長 |
79.99メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,080キロワット |
(2)設備及び性能等
チン リは,2002年6月に進水した船尾船橋型の鋼製貨物船で,中華人民共和国と日本諸港間の貨物輸送に従事し,操舵室中央に操舵スタンド,両舷側にレーダー各1台,GPSプロッタ及び機関操縦装置が備え付けられていた。
3 事実の経過
チン リは,船長A及び一等航海士Bほか中華人民共和国人10人が乗り組み,同国営口港でシリカパウダー2,298トンを積み,新潟県新潟港及び北海道苫小牧港で揚げたのち,残量約240トンを揚げる目的で,船首2.2メートル船尾3.2メートルの喫水をもって,平成16年7月5日17時50分同港を発し,北海道釧路港に向かった。
ところで,苫小牧港から襟裳岬を経由し釧路港へ至る沿岸沿いには多数の定置網が存在しており,シノダイ岬南西方沖合には,日高門別灯台から262度(真方位,以下同じ。)4.8海里の地点から,037度方向に幅370メートル長さ1,700メートルの門さけ定第6号と呼称されるさけ定置網漁業区域(以下「門さけ定第6号」という。)が,その沖合で同灯台から256度5.4海里の地点から,037度方向に幅370メートル長さ900メートルの門さけ定第7号と呼称される同区域(以下「門さけ定第7号」という。)がそれぞれ設定され,光達距離約7キロメートル,白色毎4秒1閃光の標識灯が,門さけ定第7号の南西端に3個,門さけ定第6号の北東端に1個,及び16個のボンデンがこれら定置網周辺にそれぞれ設置されていた。そして,これら定置網の位置が,海上保安庁刊行の漁具定置箇所一覧図に記載されていた。
A船長は,苫小牧港を発航するにあたり,これまでの経験から日本沿岸に定置網などが設置されていることを知っていたものの,陸岸から3海里ばかり離せば航行に支障ないと考え,船舶代理店に問い合わすなり,前示一覧図を入手するなりして,沿岸に設置されている同網などの水路調査を十分に行わなかったので,予定航行海域にさけ定置網が存在することに気付かないまま,釧路港に向け陸岸から3海里ばかり離す航海計画を立て,三等航海士に予定針路を海図に引かせたあと,自らも確認して発航した。
発航操船後,A船長は,苫小牧港の防波堤を替わったところで,B一等航海士に予定針路に乗せて航行するよう指示して船橋当直を引き継ぎ,降橋して自室で休息した。
B一等航海士は,予定針路上にさけ定置網及びその標識灯が存在することを知らないまま,甲板長とともに船橋当直を引き継ぎ,18時36分苫小牧港出光興産シーバース灯から139度1.7海里の地点に達したとき,針路を121度に定め,機関を全速力前進にかけ,右舷方からの風浪により1度左方に圧流されながら,9.7ノットの対地速力で進行した。
B一等航海士は,GPSで船位を確かめるとともに,レーダーを作動させながら見張りにあたり,20時06分半わずか過ぎ船首方1,000メートルのところに,前示さけ定置網と標識灯が存在し,同網に向首する状況となったものの,このことに気付かずに続航し,チン
リは,20時10分日高門別灯台から260度5.1海里の地点において,原針路,原速力のまま,同網に乗り入れた。
当時,天候は曇で風力6の南東風が吹き,潮候は下げ潮の初期で,波高は約2メートルであった。
A船長は,自室で休息中,船体が特別の動揺を受けたのを感じ,昇橋してさけ定置網に乗り入れたことを知り,事後の措置に当たった。
その結果,チン リは,推進器翼にさけ定置網のロープを巻き込んで航行不能となり,付近海域に一旦投錨したのち,曳航されて苫小牧港に引き付けられたが,損傷はなく,同網は,型綱などに損傷を生じた。
(本件発生に至る事由)
1 A船長が,水路調査を十分に行わなかったこと
2 A船長が,陸岸から3海里ばかり離せば航行に支障がないと考え,予定針路を陸岸から3海里ばかり沖合に設定したこと
3 A船長が,定置網などについてB一等航海士に指示しなかったこと
4 B一等航海士が,さけ定置網の標識灯に気付かなかったこと
(原因の考察)
本件定置網損傷は,チン リの揚地が新潟港,苫小牧港及び釧路港であることは,今航海の開始から決められており,苫小牧港から釧路港へ至る海域の,定置網などの水路調査を事前に行っていれば,同網を離して航海するよう予定針路が設定されることから,同網に乗り入れることを避けることができたと認められる。
したがって,A船長が,苫小牧港を出港する前に,航海する海域の水路調査を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
次に,A船長が,陸岸から3海里ばかり離せば航行に支障がないと考え,予定針路を陸岸から3海里ばかり沖合に設定したこと,定置網などについてB一等航海士に指示を行わなかったことは,いずれも水路調査を十分に行っていれば,適切な航海計画及び指示ができると推認されるので,原因に摘示するのは相当でない。
B一等航海士が,さけ定置網の標識灯に気付かなかったことは,定置網の存在を知らなかったことと,当時の気象・海象状況により,同灯を視認することが困難であったことから,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件定置網損傷は,北海道苫小牧港を発航するにあたり,水路調査が不十分で,夜間,シノダイ岬南西方沖合を航行中,さけ定置網に向首進行したことによって発生したものである。
よって主文のとおり裁決する。
|