(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年7月1日17時30分
沖縄県国頭郡本部町水納島北方沖
2 船舶の要目
船種船名 |
水上オートバイカイセイ308 |
登録長 |
2.64メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
出力 |
73キロワット |
3 事実の経過
カイセイ308(以下「カイセイ」という。)は,B社がJT900B型として製造し,販売した3人乗りのFRP製水上オートバイで,C社がマリンレジャー業者等に貸し出す目的で購入し,平成13年3月に第1回定期検査を受けた。
カイセイは,船体の前部寄りにハンドルバー,同バーの後部に,いずれも鞍型(くらがた)の操縦者用の前部座席及び同乗者用の後部座席が設けられており,前部座席にまたがった操縦者が進みたい方向に同バーを左方,または右方に操作すると,船尾にあるジェットポンプ推進装置のジェットノズルがこれに連動し,同ノズル噴流の向きが変わることにより旋回するようになっていた。
そして,カイセイは,前部座席の下方に位置する機関室内にJH900AE型と称する定格回転数毎分6,750のセルモータ始動式の2サイクル3シリンダ電気点火機関(以下「エンジン」という。)を装備し,エンジンの回転数を調整するスロットルレバーがハンドルバーの右グリップ根元部に,エンジン発停用スイッチが同バーの左グリップ根元部にそれぞれ設けられていた。
ところで,カイセイは,船首備品入れ用ハッチカバー内の船体上方に,長径104ミリメートル(以下「ミリ」という。)短径59ミリの楕円形(だえんけい)の断面を有した機関室用吸気口(以下「吸気口」という。)及び後部座席後部の船体の両舷に,直径56ミリの同室用換気口(以下「換気口」という。)各1個をそれぞれ設け,吸気口からの空気がエンジンに供給されるとともに,同室内の空気が換気口から大気に放出されるようになっていた。
また,機関室内のビルジは,航走時,ジェットポンプで加圧された海水がジェットノズルから船外に噴出される際に,同ノズル内に負圧が生じることから,同室の両舷にあるビルジだめからビルジストレーナを経て同ノズル内まで内径8ミリのビルジ用ゴムホースを配管し,同負圧により吸引されて海水の噴出とともに船外に排出されるようになっていた。
このため,カイセイは,船体を転覆したままにすると,機関室内の空気がビルジ用ゴムホースを通って水面上となったジェットノズルから大気に逃げるとともに,水面下となった吸気口及び換気口などから海水が同室に浸入するおそれがあった。
A受審人は,インターネット支援サービス等を業務とし,D社の沖縄観光事業部(以下「事業部」という。)に,平成16年4月臨時職員として入社し,沖縄県国頭郡本部町瀬底島瀬底ビーチ(以下「瀬底ビーチ」という。)において,ビーチスタッフとしてマリンレジャーの業務に就いた。
そして,A受審人は,水上オートバイの操縦に興味があったので,同年5月に特殊小型船舶操縦士免許を取得し,事業部所有の3人乗り同オートバイ2台とC社から借り受けたカイセイを操縦して,バナナボートの曳航及び同オートバイの後部座席に観光客を乗せてさんご礁周辺の遊覧航走などの業務に当たることとなった。
しかし,A受審人は,これまで水上オートバイを操縦した経験がなかったことから,発航前の点検として,ジェットノズル及びジェットポンプ海水吸入口の異常の有無,ドレンプラグの取付け状態並びに燃料油・潤滑油の油量などを点検することのほか,救命胴衣及び小型船舶用信号紅炎などの格納状態を確認することなどを事業部の上司(以下「上司」という。)から指示され,また,低速航走時及びエンジン停止時においては,船体のバランスが不安定となって転覆しやすいこと,及び船体を転覆したままにすると機関室内に多量の海水が浸入してエンジンが始動不能となるおそれがあることも上司から指導された。
このため,A受審人は,水上オートバイが転覆した際に船体を復元できるよう,上司の指導の下で,波浪の影響を受けない海岸近くで,数回,同オートバイを転覆させて船体の復元方法についての訓練を受けた。
その後,A受審人は,水上オートバイの操縦に当たっていたが,上司の指導の下で,船体の復元方法についての訓練を受けたとき,容易に船体を復元することができたので大丈夫と思い,波浪などの影響を受ける水面で転覆した際にも,すばやく,かつ確実に船体を復元することができるよう,繰り返し練習するなどして,船体の復元方法を十分に習熟することなく,後部座席に観光客を乗せて遊覧航走などを行っていた。
カイセイは,救命胴衣を着用したA受審人が船長として前部座席にまたがり,後部座席に同胴衣を着用した知人2人を同乗させ,さんご礁帯の遊覧航走の目的で,船首尾とも0.1メートルの喫水をもって,同年7月1日17時10分瀬底ビーチを発し,毎時約40キロメートルの対地速力で沖縄県国頭郡本部町水納島北方に広がるさんご礁帯の東端に至り,同速力を毎時約3キロメートルに減じて船首を西方に向け,同礁帯の外縁に沿って航走中,同受審人が,エンジンの作動音が変調したことに気付き,ジェットポンプ海水吸入口に異物が付着したものと考えてエンジンを停止した。
こうして,A受審人は,潜水してジェットポンプの海水吸入口を調査しようと身体を左舷側に向けたとき船体のバランスが崩れ,カイセイが左舷側に大きく傾いて転覆し,同乗していた知人2人とともに水面に投げ出されたのち,水面に浮上しながら船体を復元しようと努めたものの,波浪の影響もあってなかなかこれが果たせず,しばらくして船体を復元し終えて始動スイッチを繰り返し操作したが,機関室に多量の海水が浸入したためエンジンが始動不能となり,17時30分水納島灯台から真方位349度1,000メートルの地点において,運航不能と判断した。
当時,天候は晴で風力3の南風が吹き,潮候は上げ潮の末期で,海上には少し波浪があった。
A受審人は,同乗していた知人2人が水泳に堪能であり,水納島の北側海岸までさほどの距離がなかったので,船首備品入れに格納していたシュノーケル2個を同2人に着用させ,泳いで水納島に帰るよう指示したのち,カイセイを自力で同島の水納港まで帰港させようと努めたものの,折からの潮流によりカイセイとともに西方に流されることから,危険を感じて携帯電話で海上保安庁に救助を要請した。
その結果,カイセイは,来援した巡視艇により水納港に引き付けられ,のち海水が浸入して始動不能となったエンジンが修理された。
(原因)
本件運航阻害は,水上オートバイを操縦するに当たり,船体の復元方法についての習熟が不十分で,バランスを崩して転覆し,船体の復元に手間取り,多量の海水が機関室に浸入してエンジンが始動不能となったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,水上オートバイを操縦する場合,船体の復元に手間取ると,多量の海水が機関室に浸入するおそれがあるから,すばやく,かつ確実に船体を復元することができるよう,繰り返し練習するなどして,船体の復元方法について十分に習熟すべき注意義務があった。しかしながら,同人は,上司の指導の下で,船体の復元方法についての訓練を受けたとき,容易に船体を復元することができたので大丈夫と思い,船体の復元方法について十分に習熟していなかった職務上の過失により,水納島北方に広がるさんご礁帯の遊覧航走中,作動音が変調したエンジンを止めてジェットポンプ海水吸入口を調査しようとしたとき,バランスが崩れて転覆し,船体の復元に手間取り,多量の海水が機関室に浸入してエンジンが始動不能となる事態を招き,運航が阻害されるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。