(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年2月13日14時00分
福井県三国港西北西方沖合
(北緯36度20.0分 東経135度49.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船福若丸 |
総トン数 |
14.94トン |
登録長 |
14.90メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
478キロワット |
(2)設備及び性能等
福若丸は,主として,底びき網漁業に従事するFRP製漁船で,船首楼後方の前部甲板最前部に船尾方へ向けて備えられたデリックブーム(以下「ブーム」という。)を擁する,モンキーステップ付き二脚型デリックマスト(以下「マスト」という。)が装備されており,マスト及びブーム先端部のトッピングブラケットにそれぞれ取り付けられた,C社のオーフ式首廻りオタフク滑車と呼称される,安全荷重1トンの船用スイベル付き鋼製滑車(以下「滑車」という。)を介したトッピングリフトによって,ブームの吊り上げ,及び吊り下げを行うようになっていた。
また,同船は,常に前部甲板左舷側に設けられた舷門から漁獲網を甲板上に引き揚げていたことから,航海中及び操業中を問わず,船体中央部高さ約5メートルのところにブームトップが位置するよう,船橋前面の囲壁下端左舷側に溶接されたブラケットに左舷側のガイをとり,他方,同囲壁下端右舷側のワーピングエンドには,ガイテークルを介して右舷側のガイをとり,両ガイの長さを調節したのち,ガイテークルのロープを張り合わせてブームの位置を固定していたのであった。
さらに,マスト先端部に取り付けられたトッピングリフト用の滑車は,スイベル上端から滑車側板下端までの全長が37.0センチメートル(以下「センチ」という。),側板の最大横幅が16.4センチであり,滑車本体とねじ込み部分で繋がっているスイベルは,内径の縦長が4.3センチ及び同横幅が2.9センチの楕円形で,首廻り構造となっているねじ部の直径は1.9センチであった。
3 事実の経過
福若丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,底びき網漁業に従事する目的で,船首0.9メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,平成16年2月13日01時00分福井県福井港を発し,同港北西方16海里付近の漁場へ向かった。
ところで,福若丸は,毎年9月1日の甘えび漁解禁に備えて,7月ないし8月には必ず入渠していたのであるが,その都度,稼働状況の激しいカーゴフォール用滑車を新替えしていたものの,比較的稼働状況が緩やかなトッピングリフト用滑車は,必要があれば新替えすることにしていたことや,デリックの保守点検に関する記録を残していなかったことなどから,同滑車の交換年月日が定かでない状況であった。
出航前,A受審人は,船長兼安全衛生担当者として,デリックの各ギア類が安全に稼働するか否かを十分に確認しておく必要があったが,機関長を含めた経験のある乗組員が保守点検を行っていたことから,全て任せておいても大丈夫と思い,同ギア類を自ら点検するなり,現状を報告させるなりしなかったので,マスト先端部に取り付けられたトッピングリフト用滑車が,そのスイベル用ナット及び座金の錆具合並びに滑車全体の現状などから判断して,首廻り構造となっているスイベルねじ部の摩耗や腐食が進んでおり,負荷の掛かり具合によっては,同ねじ部が破断するおそれがあると容易に推認できる状況であったが,そのことに気付くことなく出航したのであった。
そして,02時30分A受審人は,前示漁場に到着したのち,自らが操業の指揮を執り,網入れに15分,曳網に1時間,揚網に35分及び漁獲物の選別などに20分の計約2時間10分を要する操業形態で底びき網漁を行い,正午ごろ5回目の操業に取り掛かった。
こうして,13時50分A受審人は,三国防波堤灯台から295度(真方位,以下同じ。)16.6海里の地点において,機関回転数を毎分1,000にかけ,クラッチの位置を中立運転として漂泊を行い,船首を270度に向けた態勢でカーゴフォールを巻き上げて揚網していたところ,平素に比して多量の漁獲物が袋網に入り,一度に甲板上まで吊り上げることができない状況となったので,甲板の高さまで引き揚げたとき,一旦,巻き上げを停止して袋網の一部を切り開き,漁獲物を甲板上に半分ほど掻き出したのち,再び巻き上げ中,14時00分少し前袋網の一部が左舷側水面下の船底に潜り込み,カーゴフォールが非常に強く張ったことなどに起因して,マスト先端部に固定していたトッピングリフト用滑車のスイベルねじ部に急激な負荷が掛かり,14時00分同ねじ部が破断してブームが落下し,左舷側舷門付近で漁獲物を引き揚げる作業に従事していたB甲板員が,うねったガイロープに撥(は)ねられて海中に転落したものの,直ちに他の乗組員によって救助された。
当時,天候は晴で風力1の南風が吹き,海上は平穏であった。
その結果,B甲板員は,左第5肋骨等を骨折する傷を負った。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,デリックの保守点検に関する記録を残していなかったので,各ギア類の交換年月日が定かでない状況であったこと
2 A受審人が,デリックギア類を自ら点検するなり,保守点検を任せていた乗組員に現状を報告させるなりせず,安全確認を十分に行わなかったこと
3 A受審人が,マスト先端部に取り付けられたトッピングリフト用滑車のスイベルねじ部が,破断するおそれがあることに気付くことなく操業に従事したこと
(原因の考察)
福若丸は,マストにモンキーステップが備え付けられていたのであるから,安全衛生担当者を兼ねる船長が,自らマストに登ってデリックギア類を点検するなり,保守点検を任せていた乗組員に同ギア類の現状を報告させるなりして,その全てが安全に稼働するか否かを確認することは可能であり,同ギア類の安全確認を十分に行っていたならば,マスト先端部に取り付けられたトッピングリフト用滑車のスイベルねじ部が,破断するおそれがあることに気付くことは,容易であったものと認められる。
したがって,A受審人が,デリックギア類の安全確認を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,保守点検に関する記録を残していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件乗組員負傷は,福井県西方沖合において,底びき網漁業に従事する際,マスト先端部に取り付けられたトッピングリフト用滑車の安全確認が不十分で,首廻り構造となっているスイベルねじ部の摩耗や腐食が進んでいることに気付くことなく操業中,同ねじ部が破断してブームが落下したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,福井県西方沖合において,底びき網漁業に従事する場合,漁獲網を巻き上げるデリックギア類の交換年月日が定かでない状況であったのであるから,同ギア類が安全に稼働するか否かを,自ら点検するなり,保守点検を任せていた乗組員に現状を報告させるなりして,その安全確認を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,機関長を含めた経験のある乗組員が保守点検を行っていたことから,全て任せておいても大丈夫と思い,安全確認を十分に行わなかった職務上の過失により,トッピングリフト用滑車スイベルねじ部の摩耗や腐食が進んでいることに気付くことなく操業中,カーゴフォールが非常に強く張ったことなどに起因して急激な負荷が掛かり,同ねじ部が破断してブームの落下を招き,左舷側舷門付近で作業に従事していた甲板員の左第5肋骨等を骨折させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して,同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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